もう海へは行かない

これっとここれっと

文字の大きさ
上 下
2 / 17

2.昌樹《まさき》

しおりを挟む
 どうせならもっと、こっ酷く振って欲しかった。

 今日、俺はフられた。否、曲がりなりにも付きあっていたんだから"別れた"か。それよりも"愛想をつかされた"という方が正確だろうか。大学も同じ、地元の高校からの付き合いだから、かれこれ3年。初めての恋人と言える相手だった。他に付き合った相手なんていない。少なくとも俺は。

 『他に好きな人が出来た』と言われた。

 あんなにすまなさそうに謝られたら、俺は一体どんな顔をすれば良かったんだ?
かえって惨めじゃないか。

 まあ、潮時だったんだろう。同じ大学じゃなかったら、もっと早く別れていたかもしれない。別にあの関係が、永遠に続くなんて思っていたわけじゃない。だけど、なんとなく、卒業までは一緒なんだろう、くらいには思ってた。彼は男にも女にも人気のある奴だから、望めば誰とだって付き合える。彼が見渡す限りで偶々、男と付き合えるのが俺しかいなかったから、付き合ってたようなもんだし。付き合いだした頃は、俺達はお互いにいろいろ持て余してた。そういうあれこれを、全部ひっくるめて一緒だったんだ。学校の時間も、部活の時も、受験の時も、俺の親が離婚した時も、ずっと彼が傍にいた。だからなんとなく、俺は彼を自分の人生の一部みたいに感じていたんだと思う。

 彼は目に涙を一杯溜めて、何度も言った。

 『ごめん。本当にごめん』

 別れ際なんて、寧ろ彼の方が名残惜し気にしてたっけ。俺の頭の中にある彼は、まだ顔を歪めて目に涙を溜めている。その顔が、どこか恨みがましく見えた。捨てられたのは俺の方だ。なのになぜ俺が後ろめたさを感じなければならないんだ。

 『好きな人』か。どんな奴だろう?大学の奴かな?明日、ゼミあるし。そいつと鉢合わせなんかしたら嫌だな。ああ、面倒臭い。

 気分はとてつもなく沈んでいた。だが自分の部屋に帰る気にはなれなかった。一人になるのが恐ろしかった。彼のことばかり考えてしまいそうで。

 なんか面白いことないかな。目的なく街をぶらついた。信号が青から赤へと変わるのを漫然と眺め、往来の人が行き交うのを見、雑踏の音を聞きながら、俺は自分を慰めた。

 たかが失恋したくらいでこの落ち込みようはどうだ。馬鹿馬鹿しい。彼等を見てみろ。あのサラリーマン。ストレスマックス、すごい顰めっ面だ。きっと今の俺より、ずっと複雑で困難な問題に直面してるんだろう。なのにあの足取りはどうだ。時速10キロは出てる。それなのに俺ときたら、失恋程度のことで、もう一歩も前に踏み出せずにいる。そう、俺には気力というものがない。昔からそうだ。俺という人間は、いつも惰性でしか動けないんだ。きっと、こんなところが駄目なんだろうな。そりゃあ愛想もつかされるわけだ。

 生ぬるい風が吹いていた。曇天が雨粒になって落ちはじめていた。雨は好きだ。丁度良い。いい感じに悲しい気分に浸れるじゃないか。俺は人気のない公園のベンチに座って、雨が本格的に降り始めるのを待った。

 雨脚はなかなか早まる気配を見せない。パラパラと降ってはあがり、またパラパラと降る。空を仰ぎ見た。戯れに雨粒が視界に入る瞬間を見極めようと、目を凝らした。曇天を背に雨粒は意外な近さで、不意に俺の視界に入ってきては、俺が目に留めるより早く落ち、地面を濡らす。また頭を上げ、空を見る。気の済むまで雨を眺めたあと、俺は立ち上がった。


◇ ◇ ◇


 『ぼく、あの時、あそこにいたんだよ』

 あの日、あの後のことは、はっきりとは覚えていない。別に酔っていたというのでもない。単にこれといって記憶に残るような出来事に遭うこともなく、いつものように家に帰りつき、次の日もまた、いつもと変わることなく何の特徴もないその日を過ごしたのだろう。

 だけどはっきりと言える事は、あの日、あそこには俺一人だった。俺をどこかで誰かが見ていたなんて、俺は全く思い当たらない。だがあの日、こいつは俺を見ていたのだという。あれが最初の出会いだったと、こいつは言った。あの日から全てが始まったんだと聞かされたのは、それから何ヶ月も後のことだった。

 「ひとめ惚れって、本当にあるんだね」

 水音みなとは歌うように言うと、涙を拭って笑ってみせた。
しおりを挟む
■ こんなものも書いています!! ■

    

  閲覧ありがとうございました!!
感想 0

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

騙されて快楽地獄

てけてとん
BL
友人におすすめされたマッサージ店で快楽地獄に落とされる話です。長すぎたので2話に分けています。

キサラギムツキ
BL
長い間アプローチし続け恋人同士になれたのはよかったが…………… 攻め視点から最後受け視点。 残酷な描写があります。気になる方はお気をつけください。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

美しき父親の誘惑に、今宵も息子は抗えない

すいかちゃん
BL
大学生の数馬には、人には言えない秘密があった。それは、実の父親から身体の関係を強いられている事だ。次第に心まで父親に取り込まれそうになった数馬は、彼女を作り父親との関係にピリオドを打とうとする。だが、父の誘惑は止まる事はなかった。 実の親子による禁断の関係です。

年越しチン玉蕎麦!!

ミクリ21
BL
チン玉……もちろん、ナニのことです。

仕事ができる子は騎乗位も上手い

冲令子
BL
うっかりマッチングしてしまった会社の先輩後輩が、付き合うまでの話です。 後輩×先輩。

『これで最後だから』と、抱きしめた腕の中で泣いていた

和泉奏
BL
「…俺も、愛しています」と返した従者の表情は、泣きそうなのに綺麗で。 皇太子×従者

処理中です...