俺の上司で、先輩で、

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48.スウィート トゥエンティってなんですか?

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 『まさか、この歳になって伸びるとはな』

 鏡の中の俺は(明らかに気の所為だが)ちょっとばかりイケメンに見えた。

 俺は一般的に見て子供の頃から背は低くない。寧ろ高い部類だった。小学校中学年時分には俺の身長は既に170センチあった。クラスで飛び抜けて背が高かった。それは中学に入っても変わらなかった。その頃には、日本国内における成人男性の平均身長を上回っていたし、上級生ですら殆どが俺より背が低かった。それまでの俺は”学校生活に於けるヒエラルキー”で常に頂点に居たと言っても過言ではない。高身長に加えて俊足。ただそれだけで皆に一目置かれ、また尊敬された。物心ついた時には既に手にしていた上級アイテムによって、時に『オッサン、先生』等とイジられながらも、俺は恵まれた学校生活を謳歌していた。ただ同級生達より背が高いというだけで、無敵の万能感すら持っていた。
 その輝きが曇り始めたのは、高校に入った頃からだった。周りの同級生達も次第に成長期を迎え、個人差はあれど幾人かは俺に追いつき始め、ともすれば追い越す奴さえ現れた。そうだ。俺は他の同級生達よりもちょっとばかり成長を先取りしていただけで、無敵の高身長だったわけではなかったのだ。同じ年の連中がメキメキ身長を伸ばし始めた頃、俺の成長期は既に終わりを迎えていた。高校の三年間で伸びたのは僅かに1センチ。最終到達点179センチ。子供の頃から漠然と、だが当然超えるものと見越していた180センチの大台に1センチ及ばない、179センチ。それが俺の限界だった。

 しかし、世間を見渡せば、気に病むほどの背丈ではない。少なくとも『低い』とまでは言われない。俺自身、身長についてコンプレックスを持ったこともない、まあ、これだけあれば及第点といったところだろうと思っていた。それが変わったのは、この会社に、否、今の部署に配属されてからだった。先輩率いる営業部は、皆が高身長だ。開発部と営業部が混在するこのフロアは専務を筆頭に殆どが180センチ中~後半。ことさら華奢に見える先輩ですら180センチ。マスコット的愛嬌と愛くるしさを売りにしている塩田さんでさえ、175センチ。常に50人近く居る部内で、俺は下から七番目。俺より目線が低い人が、このフロアでたったの六人。その内の2人は女性だ。衝撃の平均以下。自分が所属していたコミュニティに於いて、背丈で下から数えた方が早いという経験を、俺はこれまでしたことがなかった。179センチ。180センチに1センチ足りない、179センチ。それは俺にとって地味にショックな現実だった。

 ぶっちゃけ、身長はイケメン度にも影響を与える重要な要項だ。どんなに顔が整っていたって背が小さければ、若い内はまだいい、だが加齢とともに行く行くは必ず『小さいオッサン』と呼ばれる日が来る。無敵のイケメンにはなり得ないのだ。故に身長とイケメン度はそこそこ比例している。営業部の面々のクソ長い股下こそがイケメンの証であり、必要最低限の条件でもあるのだ。たかが1センチ、されど1センチ。だが、この歳になってここから身長を伸ばすのは、考えようによってはエベレストに登るよりも難しい。気にならないといえば嘘になるが、気にしても仕様がないことだとは思っていた。今朝までは。

 『181センチ』

 これが今現在の俺の身長だ。まさかこの歳になって伸びるとは思わなかった。贅沢を言えば、脚が伸びて欲しかったが、状況からして伸びたのは無難に胴部分なんだろう。ここで働き出した頃、やたらと背中が痛いと思っていた。元々猫背気味だったから、スーツを着て背筋を伸ばしているだけで、慣れるまでは結構な苦痛だった。だが、あの痛みは無駄ではなかった。ついに目出度く俺は180センチの大台を突破し、フロア内で最も比率の高い平均グループに仲間入りを果たし、そして(ここ一番重要→)先輩を追い越したのだ。健康診断、最高だ。一応は社員の義務なんだが、それでも受けて良かったと思った。


 皓季こうきが俺の部屋で暴れて帰ったのが先週。あの後、クソ皓季こうきが残していった言葉について俺は、この一週間考えていた。
 『優季オマエが攻めとかあり得ねぇ…』とか何とかいうアレだ。勿論だが、この発言には異論しかない。だが、あの場面で、いきなり妄想と現実ごちゃまぜのクソ台詞が出てくる皓季ヤツの脳味噌腐り加減にヤバさを感じつつも、そこからひとつ判ったことがある。それは皓季こうきが先輩を見て瞬時に『受けキャラ』だと判断したことだ。だから皓季ヤツは、相対的に俺が『攻めだなんてあり得ねぇ』と言ったのだろう。皓季アイツが俺を『受け認定』していることに関しては、頭が完全にイカれた皓季ヤツならあり得るとしか言い様がないが、そこはどうでもいい。

 そうなのだ。皓季こうきの見立て通り、先輩はどこから見ても可愛い乙男オトメン。BL的に言うところの、キラキラ&ふわふわキャッキャウフフの『受けキャラ』なのだ。これには俺も同意しかない。それで気がついた。これまでどうにも上手くは進展しなかった俺達の関係は、何実じつのところは俺の所為だった。
 思い起こせば、先輩はいつも受け身だったような気がする。今の関係を持ちかけたのは先輩だが、先輩はいつも俺を見て『今まで通りでいいでしょう?』『ユキちゃんもそう望んでるでしょ?』と言っていた。俺は俺で、先輩は年上だし上司だしで、若干の遠慮もあり、先輩として立てるつもりもあり、手綱を預けた気でいた。だが先輩はそもそも受動的、引っ張られる側のキャラなのだ。あの手綱は、本来は俺が持っていなければならないものだった。だが俺が無自覚にのらりくらりと遠慮していた所為で、結果的に先輩が持つしかなくなっていたのだ。だが先輩にこのまま手綱を預けていたら、俺達の関係はいつまで経っても最徐行だ。
 俺がこの関係の進展を望むなら、感染症だとか、吸血鬼だとか、安二郎のことだとかを乗り越えなきゃいけないのは先輩じゃない。俺だ。皓季こうきが俺にそれを気付かせた。皓季アイツも偶には役に立つ。俺と先輩の関係は、本来俺が引っ張って行かなければならない類のものだったのだ。これからは俺がイニシアチブを取る。豆腐ばっかり食ってイソフラボンを溜め込んでいる場合じゃない。攻めなきゃならないのは俺なのだ。

 そう思い始めていた俺に、この身長プラス二センチは追い風に思えた。180センチの大台を超えた1センチ、先輩の身長を超えた1センチ。1センチなんて無いに等しい差だが、それでも体格的優位には違いない。こう言えるのだ『俺の方が背が高い』と。壁ドンだって、お姫様抱っこをするにしたって、心の余裕が出来るってもんだろう。これからは俺は、先輩にドアを開けさせたりしない。エスコートするのは俺の役だし、先輩を女の子役にするのも俺の役だ。………一応言っとくが、別に変な意味じゃない。


 「ユキちゃん、もうすぐお誕生日だね」

 不意に先輩の声がして、俺は我に返った。

 「先輩。社長の用って終わったんですか?」

 「うん」

 身軽なウェアに着替えた先輩は、俺の側のベンチに座ると靴紐を結び始めた。

 「ユキちゃんは、もう終わったの?」

 「いや、これからです」

 「珍しいね」

 「?」

 「鏡しげしげ。何か良い事あった?」

 先輩は意味ありげに笑った。

 我社は社屋内にジムがある。社員は好きに利用できるシステムだ。完全に社長だか専務だかの趣味だが、便利なことには変わりない。俺は週に一、二回程度、就業後に利用している。ジムの壁一面は鏡張りだ。どこに立ったって、鏡の前にいることになる。そういえば前にどこかで見た映画で、吸血鬼は鏡に映らないってことになっていたが…俺は鏡越しに先輩を見た。そんなことはなかった。ちゃんと映ってる、そこまで確認してから馬鹿馬鹿しさに呆れた。大体、そもそも、鏡に映らないなんてことがあったら、とっくの昔に気付いてる。

 「健康診断どうだった?」

 「普通です。先輩は受けたんですか?」

 「受けたよ」

 「受けて大丈夫なんですね?」

 レントゲンとか血液検査とか、なんかいろいろやった気がするけど、直射日光で簡単に燃え上がってしまうような人が、血液検査で普通に『異常ナシ』なんてことがあるだろうか?

 「うん、割と問題ないかな」

 『…そうなんだ』

 どういう仕組なんだろう、まだ現代の医療や科学では想定できない境地だから、異常にもならないということだろうか。

 先輩は、立ち上がってストレッチを始めた。すらっとした長い手足。太っても痩せすぎでも、筋肉が付きすぎてもいない。不思議なくらい絶妙なバランスの理想的な体型だと思った。本当になんというか、もっと恵まれていても良い筈の人なのに『勿体ない』としか言葉が出ない。

 「…そういえば先輩って、筋肉つけても?」

 ふと、思い立って聞いてみた。

 「うん、そうなんだ。付かないね。頑張って鍛えても、すぐ元に戻っちゃうんだ」

 そうだろうな。どんなに鍛えて筋肉つけたって、度々新しい体に入れ替わってしまっていたら鍛えようがない。

 「そうですよね、でも体型維持はバッチリですね」

 「うん、そうかな。でも体動かすのは好きだよ。偶に汗を流すのも気持ちいいしね。ビデオゲームばかりだと、体鈍っちゃうしね」

 「あ、そうだ。俺、身長伸びたんですよ」

 「ああ、それで。ユキちゃん、まだ成長過程なんだ、すごいね」

 「いや、もう成長は止まってますけどwでも、ここんところ姿勢良くしてたからかな?やっと大台超えました。」

 「そうなんだ。おめでとう」

 先輩が俺を振り返って笑った。やっぱり惚れ惚れしてしまう。俺の心を鷲掴みだ。こうして屈託なく笑っている先輩は、やっぱり自分だけのためにこの場に居てくれているような特別感がある。

 「…で、さっきの話。誕生日」

 「…ああ、来月ですね」

 誕生日なんて、なんとなく忘れかけていた。正直、どうでもいい。
我社では、誕生日を迎えた社員は、その月の朝礼でスピーチをするという習わしがある。内容は自由だ。今後一年の豊富や目標を語ってみたり、いい感じに社風を反映して『こんなに素敵に生んで貰って、パパ、ママ、ありがとう!!』とか『天下取ります!!』なんて言う社員もいた。例にもれず俺も去年やった。あの頃は、まだ入社して数ヶ月だったから『早く仕事を覚えたいデス。戦闘力上げたいです』みたいなことを言ったんだ。そうだ。今年はなんて言おう。

 「うん、その日、予定空けておいて貰っていい?」

 「…えっと、お気持ちはありがたいんですけど、そういうの、いいです。去年の時に何年分もやって貰っちゃいましたし」

 そうだ。去年は先輩に飯を奢ってもらって、ケーキとネクタイとゲーミングヘッドフォンを貰った。それに誕生日なんて関係なく普段から十分すぎるくらい、いろいろして貰ってる。

 「僕じゃなくて、皆が計画してるんだけど。これってオフレコね」

 「だったら、なおのこと要りませんよ。なんで職場で誕生日なんか」

 「うん、でも二十歳の誕生日だよ?特別じゃない?」
「ユキちゃんは、課の最年少だからね。やっと皆でお酒が飲めるようになるんだし」

 「俺が飲まなくても、いつも普通に飲んでるじゃないですか」

 「うん、でも、これで心置きなく飲めるって、みんな楽しみにしてるんだよ」

 俺は、これまでの数々の無茶振り飲み会模様を思い出していた。アレで”気兼ねしながら飲んでた”というのか。『気兼ね』の振り幅デカイな。

 「スウィート トゥエンティだよ。幹事は専務だけどね。これって内緒なんだけど、先々月から積立してるんだよ」

 スウィート トゥエンティなんて初耳だ。また飲みの理由に変な概念を生み出してるな。飲み会のために数ヶ月前から積立てするなんて、今まで聞いたこと無い。連中は一体、その日にどれだけ飲むつもりなんだ。気持ちはありがたいが、正直に言えば、俺は自分の誕生日くらいは静かに過ごしたい。否、どうせやるなら、静かな所で先輩と二人で祝うとか、そういう方が俺は嬉しいんだが、こういう事を言ってしまうのは女々しいだろうか。喉元まで上がってきた台詞を、吐いていいものかどうか躊躇った。鏡越しの先輩の背中に、視線を送る。

 「都合のいいことに、当日は金曜日なんだよね」

 先輩はストレッチを続けながら楽しそうに続けた。ウッキウキだ。
 『そうか。これは本格的に朝まで飲む気だな』俺は腹の中で呟いた。

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