俺の上司で、先輩で、

これっとここれっと

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46.とある物質と反物質 w

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 「少し目を閉じたら?寝ちゃってもいいよ」

 何度目かのあくびを噛み殺したところで、先輩が言った。そうは言っても帰社途中。助手席に座っているだけだとしても一応は仕事中だ。ここで眠るわけにはいかない。

 「いや、大丈夫です。ありがとうございます」

 俺は目を擦りながら、前方に目を凝らした。こんな日に限って事故渋滞だ。二十分前から全く動いていない。今日は家に帰ったら思いっきり寝よう。そんな計画は吹き飛びそうな勢いだ。どの程度の事故だったんだろう?いつまで待たされるんだろう?…あれこれ考えて気を紛らわそうとしたが、ああ、もう、本当は全然大丈夫じゃない。眠くて眠くて死にそうだ。今ここで眠れないのなら、いっそ殺してくれってくらいの眠気だった。

 「ユキちゃん最近いつも眠そうだね?どうかした?」

 「………ぁ、いえ、大したことでは…」

 自分でも呂律が怪しいのはわかったが、コントロールが効かない。まどろみ丸は絶賛航行中だ。眠すぎて頭が痛い、吐きそうだ。もう、マジで溶けそうだった。

 「そう?本当に辛そうだよ?気にしないでいいから、少し寝たら?」

 「…はぃ、ぁ、すみません。俺もぅ死にそぅです」

 正直、俺は睡魔に弱い。眠気には殆ど我慢が効かない。先輩にもその辺の所はよく知られているから、すごく気遣ってくれているのがわかる。

 「いいよ?お休み」

 「…すみません…だぃじょぅ…でぁ?」

… …… zZzzzzzzzzzzzz  (o_ _)o.。oOOzzzZZZZZ…





 「…ユキちゃん」

 先輩の声で目を開けると、俺のアパートの前だった。

 「…ぁれ?俺んち🤤」

 「うん、よく寝てたから、そのまま来ちゃった…」

 「はぇ?会社は? 」

 「もう遅かったから着帰にしたよ」

 「…………………今、何時ですか?」

 先輩は、手元の時計をチラッと見て『大体二十一時半だね』と言った。

 「ぇ?!そんな時間?!マジですか?!」

 漸く頭がハッキリしてきた。
慌ててずり下がった体を起こすと、胸の辺りに先輩のハンカチがシートベルトに挟んで掛けてあった。

 「うん、規制がなかなか解消されなくてね…」

 「ええ?!ああ、涎?ぁああ!!すみません。先輩、お疲れのところをスミマセン」

 「いいよ。気にしないで」

 先輩はニッコリ笑って俺のシートベルトを外した。

 「疲れてるみたいだね?どうしたの?」

 「…はあ」

 まさかネットのBL小説を読み漁っていて寝不足なんだとは言えない。

 「すみません。本当。明日はちゃんとします。大丈夫です。今日はちゃんと寝ますから」

 「そう?」

 「はい…あの、ハンカチ、借りてていいですか?洗ってお返ししますから…」

 そう言うと、先輩は笑った。

 「なんだか他人行儀だね。気にしなくていいよ?」

 「いや、俺の涎が…本当にスミマセン??」

 「そんなのいいよ。返して?」

 先輩が俺の前に掌を出した。俺は渋々、ハンカチを折り畳んでその掌に乗せた。

 「ゆっくり休んで」

 「はい、ありがとうございます」

 「うん、じゃ、明日ね」

 「…はい」

 先輩、今日は寄っていかないのか。散々寝て気力が回復した所為か、俺はちょっと物足りない気がした。渋滞で何時間も拘束された後だし、お疲れだろうし、明日もあるし、俺んちで遊んでる場合じゃない。先輩だって早く休みたいだろう。俺はのろのろと車を降りた。

 「ありがとうございました」

 先輩が運転席から覗き込むようにして『じゃ、明日ね』と爽やかに笑った。

 「はい、お疲れさまです」

 走り去る車を見送り、俺は部屋のドアを開けた。部屋は今朝家を出た時のまま雑然としていた。明日片付けよう。脱いだ靴もそのままに、ネクタイを力任せに引き抜いて部屋を横切り風呂場に向かった。スーツもシャツも脱ぎ捨て、パンツ一枚になると、風呂場のドアを開けた。面倒だったが、今日は湯を張ってゆっくり浸かろう。コントロールパネルを操作しようと、ふと空のバスタブに目をやると、真っ暗な中にデカイ黒い塊が縮こまっているのが見えて飛び上がった。

「ぅ゛おあ゛ぁぁああ😱!!!!ぁぁぁぁぁああ!?」

 俺は咄嗟に風呂場を飛び出し、慌てて戻って電気を点けた。不覚にもかなりの音量で叫んでしまった。恐る恐る明かりの点いた風呂場を覗くと、バスタブの中に居た物体は皓季こうきだった。

 「…は?ぁ?…お前、ナニやってんの?こんなトコで?」

 皓季こうきは空のバスタブにむっつり座ったまま、気味の悪い目で俺を睨めつけた。

 「なんかオマエの部屋、散らかってるけど。俺がやったんじゃねえからな?」

 「はあ?アレは俺がやったんだよ」

 「あ?何で?」

 「ナン…どうでもイイだろ。関係ねえし」

 「チッ!」

 皓季こうきは、不機嫌に舌打ちした。

 「何してんだよ?」

 「オマエ、昼の電話ナニ?」

 「は?」

 「あ?」

 「コッチが訊いたことに返事してから質問しろよ?会話になんねえだろ」

 「それを言うなら、オマエ、いきなり電話してきといて、ナニ勝手に切ってブロックとかしてくれてんの?嫌がらせかよ」

 「ぁあ、あれな。悪かった。忘れろ」

 「は?ナニソレムカツク💢」

 皓季こうきは相当苛ついているらしく、やたらと目を顰めて俺を見る。お前、その顔怖い。

 「ってかさ、ちょっと見ねえ間に物が増えてンだけど。誰か住んでんの?」

 『ちょっと見ない間』って、お前この間一回来たきりじゃね-かと思ったが、突っ込むのも面倒だった。皓季コイツ酔ってるのか、悪いモンでも食ったのか、眼が完全にイッてる。

 「は?なんで?んなわけねーだろ」

 「じゃ、なんで歯ブラシとか六本もあるわけ?粗磨き用?歯間用?仕上げ用?二セット?…二セット色違い?どっちか間違えないように?色違い?」

 相変わらず煽り散らして来やがる。

 「それは別に…」

 俺用と先輩用だからだ。

 「ってか、お前、どうやって入った?」

 「誰そいつ?」

 「は?」

 もういい、やってられない。

 「ってか、そこ退け。お湯張り出来ね-だろ」

 「お湯張り?」

 「風呂に入るんだよ。なんでお前、こんなトコに入ってんだよ?ほら、退け」

 皓季こうきの肩を押して促したが、皓季ヤツの重たいケツはなかなか上がらない。

 「つか、ベッドは?」

 「いいから退け。疲れてんだよ」

 無理やり皓季こうきを立たせて、コントロールパネルの『お湯張り』ボタンを押す。お湯が出始めると、皓季こうきは渋々といった感じでバスタブから出てきた。

 「靴下濡れたし」

 「知るか」

 キッチンに戻って、冷蔵庫を開ける。何も残ってなかったか。今から晩飯を作るのも面倒だった。背後で皓季こうきが所在無げにウロウロしている。

 「なんでこんな散らかってんの?」

 「別に」

 皓季オマエが俺を盗撮してるんじゃないかと疑って家探しした後だとはさすがに言えない。薔薇色乙女・・・・・のことも、俺は皓季コイツに言うつもりはなかった。

 「空き巣かと思ったけど、お前が帰ってきた時、俺がここに居たら俺が犯人だとかオマエ思うじゃん?」

 「思わねーよ。ってか、それで風呂場に居たのかよ?わかんねぇヤツだな。そもそも勝手に入らなきゃぃいんじゃねーの」

 「誰?」

 「何が?」

 「枕、あそこにあるの、オマエが使ってるヤツじゃねえだろ」

 「知ってどーするよ?関係ねーだろ」

 「は?」

 「ってか、お前何しに来たの?」

 「オマエが呼んだから…」

 「呼んでねーし」

 「コールしたじゃん」

 「したけど、アレはもういい。忘れて」

 皓季コイツに訊こうとしたのは間違いだった。俺はため息を吐いた。皓季コイツとのこういう遣り取りが嫌いなんだ。目の端で、皓季こうきがその辺に散らばったものを押しのけて座り、キャビネットの中の俺の靴下を引っ張り出して履いているのが見えた。

 『…迷わず靴下が入った引き出しを開けやがった💢』

イラッとしたが、一々言うのが面倒だった。さっさと皓季コイツを帰したいんだが、何かいい方法はないだろうか?

 「あのさ、帰って?」

 俺は皓季こうきに向き直ってとりあえず言ってみた。

 「は?」

 「俺、疲れてんの。早く風呂入って寝たいの。明日も仕事あんのよ。お前構ってる暇ないの」

 苛つきながら、ふと目を落とすと、壁に追い詰められたてい皓季こうきの目が泳いでいる。挙動不審過ぎて、思わず絶句してしまった。

 「んだよ?」

 なんとも言えない間があった。
ぁ?え?もしかして裸?と、思った瞬間に、俺の脳裏に薔薇色乙女・・・・・の世界がブワっと蘇って、全身の毛が逆立つ気がした。

 『クソ見られた』

 薔薇色乙女は皓季コイツが本気で書いたものじゃないってのはわかってるんだが、下手に見られて、また後々ネタにされるのも腹が立つ。こっちの動揺を悟られまいと咄嗟に皓季ヤツに背中を向け、クローゼットからTシャツとパンツを出したが、見られているとわかると、慌てすぎてどっちを先に隠すべき…というか、どっちから先に着ればいいのか迷ってしまった。俺がマゴマゴしていると、不意にインターフォンが鳴り、俺の返事を待たずに鍵が差し込まれる音がしてドアが開いた。
 先輩だった。





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