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9.今日は、初めてのデートです?
しおりを挟む俺が御風呂豆腐店で働き始めて一年と二ヶ月。そして、前述の先輩と付き合うことになって一週間と一日目。
俺達は、前々から行く予定だった映画を見に出掛けた。
『メルキアデス・エストラーダの三度の埋葬”2”』
『メルキアデス・エストラーダの三度の埋葬』は、名作だった。それに続く第二弾。『メルキアデス・エストラーダの3度の埋葬』で、三度埋葬されたメルキアデス・エストラーダが、ゾンビになって蘇り、メヒコの村は大パニック。オファーを蹴ったトニー・リー・ジョーンズの代わりに、ダニー・トレホを持ってきたのは、好いチョイスだ。俺はスクリーンに映し出されたトレホの顔の皺を数えながら、そんなことを考えていた。
『あえて”付き合う”と言うことの意味がよくわからない』
俺は、そう言いたかった。
先輩と向かい合って、朝飯を食いながら、俺は昨日考えていたことを反芻した。口に出しては言えなかった。これでも俺は、先輩の優秀な部下でありたい。一を聞けば、十を理解する。先輩が考えることは、最後まで聞かなくても、わかる。そういう人間でありたかった。一年と二ヶ月も先輩に付いてまわったんだ。先輩の意図が汲み取れないなんてことがあるだろうか。先輩を失望させたくない。だが答えの引き出し方がわからない。
『わからない』と口に出すことが、とてつもなく高いハードルに思えた。それを聞いたからって、先輩は嫌な顔をする人じゃない。いつだって、俺が訊けば、丁寧に教えてくれるだろう。だが俺は訊けなかった。これは俺のプライドの問題だ。
一方で、別に今の関係に不満があるわけじゃない。だったら無理にあれこれ聞き出す必要なんかない。俺はただ、このまま気楽に楽しく過ごせればいいんじゃなかったのか…とも思う。それに纏まらない頭で下手な聞き方をして、新たな誤解を生むんじゃないか?とも考えてしまう。いくら考えても答えは出そうになかった。
そして、俺は頭を捻ってなんとか言葉を絞り出した。
「今日は、初めてのデートっすね?」
俺が笑ってそう言うと、先輩はにっこり笑い返した。それだけだった。
地面がグラグラと揺れる気がした。ダメだ。わからない。こんな時は…なんて、なんて切り出せばいいんだ?!
俺がスクリーンに映し出されるトレホに気を取られていると、俺の手に、そっと重ねられるものがあった。視線を落とすと、先輩の手が見えた。先輩の顔に目線を移した。目が合うと、先輩は意味ありげに笑って、スクリーンに目を戻した。俺もおずおずとスクリーンに視線を戻したが、神経は手に持っていかれていた。
さらっとして、ほんのりと冷たい先輩の掌が俺の手を包む。先輩の長い指が、俺の指の間を割って、そのまま握り込んできた。時に弄ぶように指を絡めたり、指先でくすぐったり。俺は前を向いたまま、全神経を使って、体が強張ってしまわないように気を遣った。
組み合わせた手から、先輩の意識が伝わってくる。俺の反応を面白がっている。段々なすがままになっている状態が悔しくなってきた。俺は、掌を返して先輩の手を握り返した。先輩がそれを交わして、またくすぐってくる。何故だか急に可笑しくなって、俺は画面を見据えながら笑いを堪えるのに必死だった。そうやってしばらく視界の外で互いに組んず解れつしていたら、不意に下半身にズシンと衝撃が走り、体がカッと熱くなった。
『……嘘だろ?!』
無意識に体が硬直してしまった。シアターの暗さが有り難かった。俺はスクリーンを凝視しながら、一心に『トレホ、トレホ』と繰り返し念じた。
『トレホ、トレホ、トレホの皺…』
その間、先輩がどうしていたのか、俺は自分のことで精一杯ではっきり言って憶えていない。
映画は馬鹿みたいに面白かった。三回埋葬すると見せかけて、四回埋葬したのには驚かされた。次回作が楽しみだ。ついでに言うと、『メルキアデス・エストラーダの三度の埋葬』と、『メルキアデス・エストラーダの三度の埋葬”2”』は、まったくの別物だった。結局、トレホの顔の皺は深過ぎて、細かいものまでは数え切れなかった。エンドロールが上がり、シアターの明かりが点くと、俺は自分の手をおずおずと引っこめた。
「行こうか」
先輩が立ち上がる。俺が立ち上がろうとすると、先輩がさっと手を差し出した。だけど俺は、先輩の手を取ることなく立ち上がった。先輩の顔を見ることが出来なかった。俺は先輩の横に並んで必死で平静を装いながら、なるべく遠くに視線を移し続けた。
頭の中は、ぐるぐると渦巻いていた。
その中を二つのセンテンスが、行ったり来たりしていた。
…… 勃起してしまった。
手を握っていただだけなのに。。。orz
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