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番外編
熱情 1 ―橘 玲央―
しおりを挟むいくら恋人とは言え、その交友関係にまでとやかく言う権利も無ければ、否定する筋合いも無い。
(人の道を外していなければの話だけれど)
相手には相手のこれまで歩んできた人生があって、そこで培って来た大切な宝でもあるのだから。
それは自分自身にも言える事で、例えば相手に春夜との交友関係を疑われ、更に否定、もしくは断ち切れなどと言われれば恐らく、激昂……とまでは行かなくても、何かしら心の中に小さな蟠りが根をはってしまうに違いない。
そして、そこから徐々に積み重なる小さな不満や懐疑心は蟠りを大きく育てる事となり、やがて、二人の間を裂いてしまう事にもなり兼ねない。
故に、
「玲央、コーヒー淹れて来るけど、俺のいない間にイタズラしてまこと起こすなよ」
「……んー、善処します?」
目の前のソファで何とも気持ちよさそうに寝息を立てている人物に、どう反応・対処すれば良いのか悩んでいるのだ。
確認しておこう。
ここは、恋人である彼方 悠の暮らすアパートのリビングで、ソファの一つを陣取って眠っているのは、悠の中学時代の友人である。
今日は午前中の休日登校だと言っていた悠の家にサプライズで訪ねて見ようと思い立ち、悠の驚いた顔が嬉しさに綻ぶ様を想像しながら、キツイ稽古後にも関わらず軽やかな足取りで彼の家へと向かい、逸る気持ちを抑えながら玄関を開けると、そこには見慣れない靴が綺麗に揃え並べられていて、珍しく来客だろうかと首を傾げている所で、慌ててリビングから出てきた悠から「物音を立てないで」と注意されたと思えば、先述、この状況だった訳だ。
……あーあ、せっかく悠のこと驚かせようと思ったのに、お前のお陰で台無しだよ。
休日にも関わらず早朝からの稽古で疲れ切った身体を引きずるように、悠の友人が横になっているソファに音を立てないように近づけば、不穏な気配を察知した悠がキッチンから顔を覗かせ、小さな声で念を押すように窘める。
「つーか、何でここにいんの?」
「気分転換に近所の本屋に行ったら偶然そこで会って。まことと会うのも久しぶりだし、丁度話し相手も欲しかったから、家に誘ったんだ」
キッチンで作業しながら答える悠の声に、若干不満を含ませながらも理解の言葉を呟くと、堪らず玲央は目の前ので眠る彼の頬を指先で突付いた。
確かに、友人であれば自宅に招かれてもおかしくはないのだけれど、なんだか妙に悠の優しさのベクトルがその彼に傾いているような気がして、更に(勝手ではあるけれど)自分の思い描いていたプランを見事にブチ壊してくれたのだから、これは少しばかり憎らしいと思っても仕方がないのではないかと、弾力のある頬を何度か突付いていれば、不意に閉じていた瞼が開き、
「……誰?」
「どんだけ肝据わってんだよ……っ、普通っ、もっと、驚かねぇ?」
この状況に、何一つ慌てた様子もなく誰だと確認をする様子に、沸点の低い笑いのツボを突かれた玲央は、不覚にも腹を抱えて笑い転げてしまい、コーヒーの入ったマグカップを片手にリビングへ戻った悠に再三注意しただろうと叱られてしまった。
「ごめん、まこと。気持ちよさそうだったから、もうちょっとそのまま寝かせてあげようと思ってたんだけど、予想外の来客が……」
「大丈夫だよ。いつの間にか、眠ってたんだね」
「あ、俺、橘 玲央って言うの。よろしくなっ!」
「……絢瀬 まこと……。よろしく」
やはり今日の悠は少々自分に手厳しいなと、やたら絢瀬を気遣う姿に眉を顰めながら差し出されたカップを受け取ろうと手を伸ばし、そこでいつも使っているカップとは違うことに気がつき、何気なく問えば、
「ごめん、俺の不注意で割っちゃって……」
「……ふーん、そっか」
僅かではあるが悠の顔色が変わったことに気づいた玲央は、向かいのソファに座る絢瀬に視線を移し、それからまた何事もなかったかのようにカップへ口をつける。
何を考えているのか読み取れない表情ではあったけれど、微かに絢瀬の瞳が動揺し泳いでいるのを、玲央は見逃さなかった。
恐らく、カップを割ってしまったのは悠ではなく絢瀬の方だろう。
仮に悠が割ったのなら、カップを渡す時に自らそう告白し、すぐに謝罪するはずだ。
それをしないと言う事は、悠が別の誰かを庇っている証拠であり、この場にいるその別の誰かに該当する人物は絢瀬しかいないのだから。
そう考えると、ますますこの状況は面白くない。
カップが割れたことなどどうでも良くて、ただ単純に、悠が絢瀬に肩入れしている事が面白くないのだ。
中学に通っていた頃、二人がどこまで親しい友人であったかは解らないが、絢瀬の悠を見る時の瞳の熱っぽさと自分を見る時の瞳の鋭さを見れば、友情よりも更に上の感情が見え隠れしているのは明らかで、
「悠くんは橘くんと、とても仲が良いんだね」
「当然っ! 俺たち、チョー仲良しだから!」
だからこそ、この場ではあえて悠が答えにくいような質問をぶつけて来たのだろうと、絢瀬の遠まわしの挑戦状を容赦なく叩き落とした。
まったく、油断ならない。
仮に今日、ここに自分が来なかったら、何が起こってもおかしくない状況であったのかも知れない。
悠を信じてはいるが、恋心ほど一方的で傲慢且つ危険な衝動を突き動かすものはない事を、玲央は身をもって知っているのだから。
微妙に漂う気まずい空気を感じたのか絢瀬が帰り支度を整え始め、そんな彼を玄関先まで見送って来ると言う悠に頷き、いつの間にか空になっていたカップを片付ける為にキッチンへ向かえば、隅っこに追いやるかのように置かれた不自然なビニール袋を見つけ、なんとなく気になってしまった玲央はそれを手に取った。
中からは陶器の破片がぶつかるような乾いた音が聞こえ、もしやと思い結ばれたビニールの口を開いて見ると、案の定、そこにはいつも使っていたマグカップが変わり果てた姿で小さく収まっていた。
まるで、自分がここに来なければそのまま無かったことにされていたような扱いと、そこまでして絢瀬を庇うのかと言う不満が、何とも言えない不快な感情を伴って沸いて来る。
今すぐにでも絢瀬の傍から引き離し、どう言うつもりなのかを悠に問いたださなければ気が済まないと、すぐに悠がいるだろう玄関先へ向かえば、タイミング良く絢瀬を見送った後なのか此方に向き直りドアを閉める姿が見え、とても満足気に微笑んで何か言葉を発しようとした彼の肩を掴んで押しやると、ドアと自分の身体の間に挟みこみ押さえつけるように体重をかけた。
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