【R18/BL】激情コンプレックス

姫嶋ヤシコ

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番外編

憧憬 1 ―絢瀬 まこと―

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 どうしても読みたいと思った本があり、けれど、そんな時に限って探している本はなかなか見つからず、いつもならば決して足を伸ばす事の無い地域の本屋まで出かけたのが幸運だったのかも知れないと、まことは隣を歩く人物の顔を見上げた。


「悠くんと、こんな所で会うなんて思いもしなかった」
「引っ越したアパートがすぐ近くだから、あそこの本屋にはよく行くんだ」


 立ち寄った本屋で偶然にもお互いの姿を見かけ、思わず息を呑んだまこととは対照的に、今までと変わらず微笑んで名前を呼んでくれた悠に安堵し、その上、時間があるのなら家に寄って行かないかとまで誘われたのだから、これを断る理由はないとばかりにまことは首を縦に振って見せ、現在、悠が住んでいると言うアパートへ向かっている途中である。

 モデルを引退し、世間に大きな衝撃と話題を提供した彼、彼方 悠とは中学時代からの友人で、中学を卒業した後も不定期に会うまでの関係ではあったのだけれど、とある事を境に一時的にその距離を置かれてしまっていた為、こうして彼と会うのは本当に久しぶりだった。

 いや、距離を置かれていたと言うのは勝手な思い込みで、距離を置いていた、と言うのが正しい表現なのかも知れない。

 それも、まことが一方的に。

 悠は友人であると同時に、部活仲間である久世の幼なじみ且つ親友で、仲の良かった彼らの関係がいつの間にか壊れていた事に少なからず心を痛めていたまことが、自身の勝手すぎる憂慮で込み入った事情を悠に突き詰めようとし、結果、彼を傷つけてしまったと言う罪悪感がそうさせていたのだ。

 それから謝罪をすることも出来ないまま、また、モデルの活動で多忙な悠からの連絡もないまま悶々と日々を過ごし、ついにはモデルを引退する事実をテレビで知る事となり、慌てて悠に連絡を入れるもスマホは既に解約され、抱いていた彼への罪悪感は膨れ上がるばかりだった。

 更に、悠の引退を知った久世からの呼び出しに応じては見たものの、結局、彼も悠と連絡が取れないと嘆くばかりで事態は進展せず、けれど、悠と無事和解することの出来た久世が、悠の親友である事を口にする度に、何とも言えない気持ちが腹の底から止め処なく沸き上がって仕方が無かった。


 悠の親友と言う立場が久世にはあるのに、何故、自分にはそれが与えられていないのか。

 親友であるはずの久世にすら連絡もなく姿をくらませたと言うのなら、自分は悠にとって一体何であるのか。

 そして、一体自分は悠の何でありたいと願っているのか。


 複雑に絡みあう感情は考えれば考える程深みにはまって行き、結果、去り際に口をついて出た言葉は、久世を羨むもので、けれどその一言ではまだ表現し足りない何かが胸の内に渦巻き続けていたのだ。

 悠に会えばそれがはっきりするのかも知れないと思っていても、連絡の取り様はなく、今日のこの偶然が無ければ延々と悩み続ける事になっていただろうと、悠と出会った本屋で購入する事の出来た本に感謝しつつ腕に抱き直した。


「そう言えば、あの本屋って、まことの住んでる辺りからは随分離れてるんじゃない?」
「どうしても欲しい本があって……、でも、なかなか見つからなくて。色々立ち寄って探しているうちにあのお店に辿りついたんだ」


 お陰で探していた本も、悠も見つける事ができたと小さく笑えば、ほんの一瞬悠は瞠目し、それから申し訳なさそうに眉を下げ、「心配かけてごめん」と謝罪の言葉を口にする。

 けれど、謝らなければならないのは自分の方だとまことが返せば、悠は心当たりが無いと首を傾げて見せた。


 ……自分の一方的な思い込みだったのか、それとも悠あえて気がつかないふりをしているのか。


 前者であったのならば、一先ず謝罪だけでもさせて欲しいと言えるのだが、後者だったとすれば、わざわざあの時の傷に塩を塗り込むようなマネはすべきではないだろう。(その場合は悠の対応に甘んじて話を合わせた方が良いような気がする)

 どう判断して良いのかわからない悠の反応に、頭を抱えながら言葉に詰まっていれば、


「……でも、もしまことが俺に対して何か罪悪感を持ってるんなら、その分謝罪するよりも、今日は家でゆっくり過ごしてくれる方が嬉しいんだけど」


 いつの間に目的地に着いていたのか、悠が今生活しているのだと言う小奇麗なアパートを指差しながらどうだろうかと提案し、促されるままに頷くと、悠の後について二階にあると言う部屋に続く階段を踏みしめた。

 あまり広くはないけど、と通されたリビングのソファに座るように勧められ腰掛けると、キッチンで飲み物を用意しているらしい悠の姿が目に入り、ただ座っているだけでは申し訳ないからと手伝いを申し出れば、彼はそんな事無いのにと苦笑しながらも、マグカップをふたつ出して欲しいと食器棚へ指を差す。

 少々強引だっただろうかと思いつつ、指示された事をまっとうするために、まことがシンプルな食器棚を開けると、なかなか品の良い食器類が綺麗に並べられており、こう言う些細なところも悠らしいなと目的のマグカップを探していれば、不意に視界へ飛び込んで来たやけに存在感のあるマグカップに釘付けになってしまった。

 統一された食器とは明らかに異なる系統のカップは、ふたつ並んでそこに鎮座しており、どう見ても悠の趣味で選んだとは思えないもので、ほんの一瞬、久世の顔が脳裏を過ぎったが、先日会った久世の様子を見る限りそれはないだろうとすぐに否定し、ならばこれは一体誰のものなのだろうかとそのうちの一つを手に取り考えていれば、


「まこと、カップあった?」
「今、持って行く」


 悠の問いかけに、慌てて手にしていたカップを棚に戻した。

 ……つもりだったのだが、どうやら思考と行動はうまく連動してくれなかったようで、まことの手元から滑り抜けたカップは重力に従い、抵抗を見せることなく床へ目がけて落ちて行き、それを阻止すべく手を伸ばしては見たものの、結果間に合う事はなく、鈍い音と共にマグカップはいくつかの破片へとその姿を変えてしまっていた。
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