【R18/BL】激情コンプレックス

姫嶋ヤシコ

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番外編

彷彿 ―久世 伊織―

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『お掛けになった電話は、現在使われておりません』


 耳を通り抜けた機械的なアナウンスが信じられないとばかりに瞠目し、伊織の手元からスマホが滑り落ちて行く。


「悠……、嘘だろ……」


 フローリングに叩きつけられたスマホの隣には、コンビニで見かけるなり即座に購入した雑誌が投げ出されていて、開かれたページには悠の姿と「引退」の文字が大きく印刷されていた。

 ついひと月程前に一緒に仕事をし、二人の間にあった誤解を解くことが出来たと喜んでいた矢先に飛び込んで来たこのニュースは、伊織を動揺させるには十分なもので、この真偽を確かめる為に慌てて悠のスマホへ電話をかけた結果が、冒頭のアナウンスだ。

 当然この後、悠と連絡がつかなくなった事を不審に思い、彼の実家へ赴いた伊織だったが、既にその家の周辺はマスコミらしき人間がうろついており、その二軒隣にある伊織の家にまでそれが張り付いているのだから、迂闊に近づいて事を大きくしてしまうような真似はできないと日を改めるべく引き返した。

 後日、悠の引退報道を知った伊織の所属事務所から、スキャンダルに巻き込まれる危険性を考えて、暫くの間は悠の関係する周辺には近づかないようにと厳重注意を受けてしまい、どうにも動けない状態に悶々とした日々を送っている。


「悠……」


 せっかく元通りの関係に戻る事が出来たと言うのに、再び悠は自分の前から消えてしまうだろうのかと、いくらかけても繋がる事のないスマホのアナウンスに溜息を洩らしテーブルに顔を伏せると、


「久世くん……、急に人を呼び出したかと思えば、延々と愚痴ばかり聞かされて、鬱陶しいんだけど」
「だって、まことは心配じゃないのかよ! 悠と連絡も取れないし、どこにいるかもわからないなんて!」


 目の前でジュースを啜り、いつもと変わらない無表情で此方を見るまことに思わずそう噛み付けば、彼は「そんな訳ないじゃないじゃん」と、僅かに眉を顰めて伊織から視線を逸らしてしまった。

 手元を見れば、ジュースの容器を持つ手に力が入っているのか、ほんのりと指先の色が白く変わっていて、冷静を装ってはいても、まことなりに悠の事を心配しているのかも知れないと、八つ当たりのように噛み付いてしまった事を後悔し、すぐに謝った方が良いと判断した伊織が口を開こうとした直後、


「久世くんは悠くんの親友なんだから、ただ信じて戻ってくるのを、待っていてあげれば良いんじゃないの?」


 悠の性格を考えれば、こんな状況に陥っているのには何か理由があるはずだと続けるまことの言葉に、喉までせり上がっていた謝罪の言葉は飲み込まれ、その代わりとでも言うように、彼の見解に同意する短い言葉が零れ落ちた。

 確かにまことの言う通り、悠はこれからも親友であると言ってくれていたし、彼が簡単に人を裏切るような人間ではない事を、自身が一番よく知っているはずではないか。

 何の相談も連絡も無かったのは正直悲しかったけれど、もしかすると、そうせざるを得ない理由が悠にはあったのかも知れない。

 真相は、悠が戻って来るまで不明だが、この状況が落ち着いた頃にはきっと、何かしらの連絡をくれるに違いない。

 けれど……、



「……悠、ひとりで抱え込んで、何やってんだよ。こんな時くらい、頼ってほしかった」
「久世くんが無力であっても、悠くんの親友である事実に変わりはないんだから、そんな贅沢、言わないでよ」



 空になったジュースの容器を持って立ち上がったまことの言葉に、思わず「まこともそうだろ?」と問いかければ、彼はそれに対して何かを呟いたものの、喧騒にかき消された言葉が伊織の耳に届く事はなく、何と言ったのかと再び口を開いた直後には、まことの姿は人混みに消えていて、


「まこと……?」


 去り際に覗き見えたまことの寂しそうな表情は、少し前の自身のものと、よく似ているような気がしてならなかった。


【END】
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