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番外編
動揺 3
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玲央が職員室へ呼ばれ向かって十分、彼方が購買へ飲み物を買いに行って五分。
未だ戻らない二人を律儀に待ちながら、ぼんやりと物思いに耽っていた春夜の頬に、突然ぴたりと冷たいものが当たり、予想外の出来事に思わず肩を震わせ飛びのくと、先日、玲央から彼方に渡すように命じたカエルのパペットがコーヒーの缶を抱えてこちらの様子を窺っていた。
パペットを操る手を辿って行けば、その先には彼方の姿が見え、いつもの彼からはあまり想像できない悪戯に、どう言うつもりだと問えば、
「これの、お礼だよ」
と、再びズイっとカエルのパペットを此方に近づけて見せる。
しかし、たかがラッキーアイテムをあげたくらいでこんな事をする必要はないと春夜がそれを拒否すれば、受け取ってくれないと困るよと、今度はパペットをしょんぼりさせながら答える彼方に、思わず溜息を吐き出した。
「彼方……、そもそも、礼を求めてした行為ではないし、それを持っていたのも、ただの偶然だ」
決して偶然などではなかったのだが、それを認めてしまうのは何だか悔しい気がして、捲くし立てるかのようにそう言い放ち眉を顰めて顔を背ければ、少しの間を置いて、徐に玲央不在の目の前の席に座る彼方の気配を感じ、何をしているのだと視線を寄越すと、
「ただの偶然でも、鬼頭くんが俺にそうしてくれた事、嬉しかったから」
あのポートレートに映る、モデルの彼方 悠としてのものではない、彼方本来の自然な笑顔が目に映り思わず息を呑んだ。
……そんな風に笑う事もできるのか。
彼方と関わるようになってからも、一度も目にした事のないその顔に見蕩れていれば、「いらないなら、俺が飲むからいいや」と持っていたコーヒーのタブを開け、それを啜る彼方の残念そうな顔が見え、その途端、急に春夜の心の中に罪悪感が湧いて来る。
そんな顔をさせたかった訳ではないのだと、そう伝えたくても上手く言葉に出来ず、
「……喉が渇いたから、それを寄越せ、彼方」
漸く搾り出した言葉に対しての返答は聞かないまま彼方の手からコーヒーを奪い取り、勢い良く飲むと、
「あ……鬼頭くん。それ、間接キス」
そう笑った彼方の言葉に動揺しながらも飲み干したコーヒーは、いつもより甘く、喉に絡みつくような気がした。
【END】
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玲央が職員室へ呼ばれ向かって十分、彼方が購買へ飲み物を買いに行って五分。
未だ戻らない二人を律儀に待ちながら、ぼんやりと物思いに耽っていた春夜の頬に、突然ぴたりと冷たいものが当たり、予想外の出来事に思わず肩を震わせ飛びのくと、先日、玲央から彼方に渡すように命じたカエルのパペットがコーヒーの缶を抱えてこちらの様子を窺っていた。
パペットを操る手を辿って行けば、その先には彼方の姿が見え、いつもの彼からはあまり想像できない悪戯に、どう言うつもりだと問えば、
「これの、お礼だよ」
と、再びズイっとカエルのパペットを此方に近づけて見せる。
しかし、たかがラッキーアイテムをあげたくらいでこんな事をする必要はないと春夜がそれを拒否すれば、受け取ってくれないと困るよと、今度はパペットをしょんぼりさせながら答える彼方に、思わず溜息を吐き出した。
「彼方……、そもそも、礼を求めてした行為ではないし、それを持っていたのも、ただの偶然だ」
決して偶然などではなかったのだが、それを認めてしまうのは何だか悔しい気がして、捲くし立てるかのようにそう言い放ち眉を顰めて顔を背ければ、少しの間を置いて、徐に玲央不在の目の前の席に座る彼方の気配を感じ、何をしているのだと視線を寄越すと、
「ただの偶然でも、鬼頭くんが俺にそうしてくれた事、嬉しかったから」
あのポートレートに映る、モデルの彼方 悠としてのものではない、彼方本来の自然な笑顔が目に映り思わず息を呑んだ。
……そんな風に笑う事もできるのか。
彼方と関わるようになってからも、一度も目にした事のないその顔に見蕩れていれば、「いらないなら、俺が飲むからいいや」と持っていたコーヒーのタブを開け、それを啜る彼方の残念そうな顔が見え、その途端、急に春夜の心の中に罪悪感が湧いて来る。
そんな顔をさせたかった訳ではないのだと、そう伝えたくても上手く言葉に出来ず、
「……喉が渇いたから、それを寄越せ、彼方」
漸く搾り出した言葉に対しての返答は聞かないまま彼方の手からコーヒーを奪い取り、勢い良く飲むと、
「あ……鬼頭くん。それ、間接キス」
そう笑った彼方の言葉に動揺しながらも飲み干したコーヒーは、いつもより甘く、喉に絡みつくような気がした。
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