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番外編
蚕食 2
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悠を初めて事務所へ連れて行った時、周囲はまた何をやっているんだと言わんばかりの顔をしながら失笑を洩らし、けれど、そんな嘲りの視線や失笑に臆する事も無く、彼は毅然とした態度で頭を下げ挨拶をしてのけた。
それはもう、周囲の大人たちが彼にとった態度を恥ずかしいと思わせるくらいに完璧なもので、見た目の印象とは違って、随分とキモは座っているようだと感心し、これは大物に化けると確信した出来事だった。
程なくしてその読みは当たり、今や久世 伊織を凌ぐ勢いで業界を賑わせるまでになったのである。
当初、彼を見縊りスカウトして来た自分を嘲笑していた人間の、なんとも言えない悔しそうな表情は、一生忘れないだろう。
久しぶりの撮影現場で悠の仕事振りを眺めていると、スタジオの隅でこちらにじっと視線を送っている人物がいることに気がつき、何気なく振り返ったものの、即座に自分のその行動を後悔することになった。
悠がこの業界で名を馳せた頃から執拗にオファーを持ちかけてくる、あの事務所のマネージャー。
こちらの視線が絡み合った途端、彼は軽く会釈を済ますと了解もなしにスタジオへ入ろうと一歩前に足を踏み出し、それはさすがにまずいと片手で「来るな」と静止する。
幸いそのジェスチャーは通じたらしく、大人しくその場に踏みとどまった彼に頷き、撮影スタッフにスケジュール確認で少し席を外すと告げ、入り口で待っている男へと向かって歩き出した。
それにしても、本当にしつこい先方だと思う。
悠がモデルとしてこの業界へ飛び込んだ時の条件として、それだけはNGであることを何度も伝えてはいるのだけれど、一向に諦めの姿勢を見せることなく、こうして不定期ではあるがオファーを持ちかけてくるのだから。
とは言え、何故それがNGであるのかは悠からも詳細を聞いていない為に、自分自身でも甚だ疑問ではあるのだが、それを聞く事は許されていないような雰囲気がありありで、且つ、モデルとしての活動に問題が無ければ良いと言う考えも相俟って、一度も触れた試しはなかった。
故に、相手方に「何故どうして」と問い詰められても、のらりくらりとかわし続けているのだが、最近は些かそれすらも面倒になっているのはここだけの秘密である。
逆に、どうして悠に拘るのかと相手方に聞いて見ても、その答えはやはり曖昧だった。
お互い、マネージャー同士苦労しているのだなと思わないことも無かったけれど、仕事である以上、妥協は許されない事を自覚している。
……まったく、あちらさんも随分と御執心なようで。
心の中で呟いて、スタジオを出る間際に、もう一度だけ悠を見た。
恐ろしいくらいに完璧な被写体としてそこへ君臨する、彼。
撮影が進むに連れて、悠独特の雰囲気が徐々に辺りを包み込み始めている。
多くの人間を惹きつけて止まないくせに、容易にその領域へは踏み込ませない、ある意味神聖とも表現できるそれ。
あの漆黒は、じわりじわりと周囲を蚕食し、そうして気がついた頃には一帯を染め上げ魅了して行くのだ。
もしも軽々しい気持ちでその領域へ踏み込めば、確実に囚われ、そこから出る事は出来なくなってしまうに違いない。
それが例え、本人の意図としない所であっても。
「申し訳ありませんが、いくらオファーされてもお受けすることはありません。理由は話せませんが、久世 伊織との共演は彼方 悠たっての希望で共演NGになっていると、何度も申し上げているはずですよね」
それが例え、どんなに明るい輝きを放つ太陽であったとしても、だ。
【END】
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悠を初めて事務所へ連れて行った時、周囲はまた何をやっているんだと言わんばかりの顔をしながら失笑を洩らし、けれど、そんな嘲りの視線や失笑に臆する事も無く、彼は毅然とした態度で頭を下げ挨拶をしてのけた。
それはもう、周囲の大人たちが彼にとった態度を恥ずかしいと思わせるくらいに完璧なもので、見た目の印象とは違って、随分とキモは座っているようだと感心し、これは大物に化けると確信した出来事だった。
程なくしてその読みは当たり、今や久世 伊織を凌ぐ勢いで業界を賑わせるまでになったのである。
当初、彼を見縊りスカウトして来た自分を嘲笑していた人間の、なんとも言えない悔しそうな表情は、一生忘れないだろう。
久しぶりの撮影現場で悠の仕事振りを眺めていると、スタジオの隅でこちらにじっと視線を送っている人物がいることに気がつき、何気なく振り返ったものの、即座に自分のその行動を後悔することになった。
悠がこの業界で名を馳せた頃から執拗にオファーを持ちかけてくる、あの事務所のマネージャー。
こちらの視線が絡み合った途端、彼は軽く会釈を済ますと了解もなしにスタジオへ入ろうと一歩前に足を踏み出し、それはさすがにまずいと片手で「来るな」と静止する。
幸いそのジェスチャーは通じたらしく、大人しくその場に踏みとどまった彼に頷き、撮影スタッフにスケジュール確認で少し席を外すと告げ、入り口で待っている男へと向かって歩き出した。
それにしても、本当にしつこい先方だと思う。
悠がモデルとしてこの業界へ飛び込んだ時の条件として、それだけはNGであることを何度も伝えてはいるのだけれど、一向に諦めの姿勢を見せることなく、こうして不定期ではあるがオファーを持ちかけてくるのだから。
とは言え、何故それがNGであるのかは悠からも詳細を聞いていない為に、自分自身でも甚だ疑問ではあるのだが、それを聞く事は許されていないような雰囲気がありありで、且つ、モデルとしての活動に問題が無ければ良いと言う考えも相俟って、一度も触れた試しはなかった。
故に、相手方に「何故どうして」と問い詰められても、のらりくらりとかわし続けているのだが、最近は些かそれすらも面倒になっているのはここだけの秘密である。
逆に、どうして悠に拘るのかと相手方に聞いて見ても、その答えはやはり曖昧だった。
お互い、マネージャー同士苦労しているのだなと思わないことも無かったけれど、仕事である以上、妥協は許されない事を自覚している。
……まったく、あちらさんも随分と御執心なようで。
心の中で呟いて、スタジオを出る間際に、もう一度だけ悠を見た。
恐ろしいくらいに完璧な被写体としてそこへ君臨する、彼。
撮影が進むに連れて、悠独特の雰囲気が徐々に辺りを包み込み始めている。
多くの人間を惹きつけて止まないくせに、容易にその領域へは踏み込ませない、ある意味神聖とも表現できるそれ。
あの漆黒は、じわりじわりと周囲を蚕食し、そうして気がついた頃には一帯を染め上げ魅了して行くのだ。
もしも軽々しい気持ちでその領域へ踏み込めば、確実に囚われ、そこから出る事は出来なくなってしまうに違いない。
それが例え、本人の意図としない所であっても。
「申し訳ありませんが、いくらオファーされてもお受けすることはありません。理由は話せませんが、久世 伊織との共演は彼方 悠たっての希望で共演NGになっていると、何度も申し上げているはずですよね」
それが例え、どんなに明るい輝きを放つ太陽であったとしても、だ。
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