【R18/BL】激情コンプレックス

姫嶋ヤシコ

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番外編

蚕食 1 ※悠のマネージャー視点のお話

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 どの雑誌を手にとっても、必ず一ページには姿を見せる明るい髪。

 今やモデル業界の中では知らない者はおらず、世に存在する多くの女性から絶大な指示を得ている人間の一人だ。



 久世 伊織。



 中学生にしてはあまりにも大人びた雰囲気、明るい太陽と爽やかな風をイメージさせるそのルックス、人好きのする笑顔。

 若干のあざとさを感じさせる表情に溜息を漏らすと、眺めていたそれをつまらなさそうに閉じて、高く詰まれた雑誌の上に無造作に投げ置いた。



「どいつもこいつも、同じような容姿のモデルばっかだな」



 久世の人気が世間で広まると同時に、数多くのモデルを抱える事務所はこぞって彼と似たタイプのモデルを推し始め、今やどの雑誌を開いても、似たり寄ったりの笑顔を浮かべたモデルばかりが紙面を飾っていて、既に食傷を感じている敏感な読者層は、徐々におもしろみのない雑誌を手に取る事が少なくなっているようだった。

 それを証拠に、昨今の雑誌の売り上げ数は見事なまでに肩を下げ続け、廃刊に追い込まれるものも少なく無い。

 現に、この事務所の所属モデルが専属契約していた雑誌も幾多と廃刊になり、一時は栄華を極めていたここも、今ではすっかりなりを潜めていた。

 それでも無能な上層部は、久世にも負けない久世以上のモデルを探せと躍起になり、結果、彼らが連れて来る人間は皆、久世のクローンよろしく目に映る。

 どうしてそれに世間が食傷し始めていることに気がつかないのか、不思議でたまらない。

 久世 伊織と言う絶対的なモデルが存在している以上、似たものなど必要ないと言うのに、どうして彼らはそれに気づけないのか。

 視界の端に、新たにスカウトされてきたらしい青年をとらえながら冷め切ったコーヒーを啜れば、突然肩を強く叩かれ、勢い良くそれを噴出してしまった。

 一体何事だと、辺りを茶色に染めて行くコーヒーもそのままに視線を寄越せば、

「お前、今月スカウト出てないんだってな。本部長様がお前の仕事に対する態度が気に食わないって怒り狂ってたぞ」

 先月、久世のクローンモデルのような人間を数人スカウトデビューさせ、その業績を称えられていた同僚の一人がニヤニヤと口元に笑みを浮かべているのが見えた。

 入社当時から、どうもこいつは自分に対して敵意をむき出しにしており、何かにつけては勝手に張り合って、一喜一憂しているような男だった。

「スカウトに出てないワケじゃねえよ。ただ、惹かれるモンがないだけで」

 若者集まる街中に繰り出し道行く青年達を眺めて見ても、彼らのファッションスタイルや雰囲気は久世とまる被りで、なかなかお眼鏡にかなう人材に出会う事がなく、結局は一日ふらふらと時間を無駄に過ごしながら手ぶらで事務所に帰って来る事になり、けれど、そんな自分の言い分が受け入れられるはずもなく、結果が全てのこの組織では、正直お荷物な存在と成り果てているのが実情だ。

「そんな事ないだろ。俺なんて先月何人連れて来てると思ってんだよ。それに、今日も一人捕まえてんだぜ?」

 自信たっぷりと、且つ、嘲笑うかのような視線をコチラに注ぎつつも、顎で示された方向を見やれば、そこには先程視界に捉えた久世クローン予備軍となるだろう青年が見えた。



 ……本当に、無能な奴ばっかりだな。



 心の中で悪態をつきつつも、すごいすごいと適当に話をあわせてやれば、それに満足したのか「お前も頑張れよ」と心にも無い言葉を置いて、同僚はスカウトしたばかりの新人モデルのもとへと駆けて行く。

 似たようなモデルばかりが溢れ、そうしてまたこの事務所はムダな人件費に圧迫され、潰れて行く運命なのかも知れない。

 上層部の無能さや同僚の空回り感はどうであれ、正直この仕事は好きでしているが故に、辞めると言う選択肢はなかったし、長い間籍を置くこの事務所から離れる事も面倒で、本当に残念だが選択肢には入れていない。

 故に、背後から自分に向かって怒声が響けば、渋々とダイヤの原石を探しに街へ繰り出さなければならないのだ。



*



 嫌味なくらいに晴れ晴れとした空を見上げながら、ふらりとまた訪れたこの街の大きな通りの端っこにしゃがみ込む。

 ノーネクタイのスーツを着た良い年をした男が、こんな昼間から街中をふらついている姿はあまりにも場違いで、けれどこれも仕事だから仕方が無いと、先程からちらりちらりと突き刺さる痛い視線を無視して、道行く人間を眺めてみるも、やはりそこには求めているような原石など転がっているわけもなく、本日何体目かもわからない久世クローンもどきの後ろ姿を見送ると、しばしの休憩とる為に立ち上がって一歩前に進み出た。

 同時に、前を横切って行く、この晴天には似つかわしくない、しっとりとした闇を連想させる漆黒の艶髪に目を奪われ、吸い寄せられるかの如く過ぎ去っていくそれに視線を辿らせれば、足は自然とその後ろ姿を追い始める。

 一定の距離を保ちながら、じっとその後ろ姿を観察する姿は、最早不審人物そのものであると自嘲しながらも、どうしてかあの漆黒から目が離せない。

 ざっと見であるから正確ではないけれど、恐らく先程前を横切った際、視線は自分よりもやや下にあった為、恐らく身長は180前後と言ったところか、モデルとしては申し分ない。

 体系も、やや細身には感じられるが、バランス良くついているらしい筋肉のラインは洋服越しでも見て取れる。

 そして、彼の雰囲気だ。

 久世の影響か否か明るい髪色ばかりが目立つ中、しっとりと濡れたような、それでいて輝きを惜しまずサラリと風に揺れる漆黒の髪が彼の雰囲気を艶やかに見せるが故に、その姿はこの青空の下ではひどく浮いて見え、けれど意識を惹きつけて止まない。


 久世 伊織とは、まさに、正反対のタイプ。


 求めていた原石はあれに間違いない……、そう確信し、彼が先の曲がり角に消えた事を確認すると、声をかけるべく駆け出せば、





「……何の御用ですか」
「うおぁっ」






 角を曲がった直後、待ち伏せていたのか、こちらの様子を訝しげに見つめる双眸に思わずおかしな声を上げ、尾けていることがバレていたと言うあまりにも恥ずかしく、且つ通報されてもおかしくない自分の挙動不審さに、思わず動揺して声が出せない。

 しばらく、口をぱくぱくとさせたまま声にならない声を漏らしていると、目の前の少年は、用が無いなら失礼しますと踵を返し再び歩き出す。

 恐らく、ここで彼を逃してしまえば二度と出会う事はないだろう。

 折角見つけた原石を、易々と逃してしまうワケには行かない。

 そう考えるや否や、気がつけば彼の腕を捕らえていて、



「キミ……、モデルやってみない?」



 見開かれた彼の双眸には、なんとも間抜けな顔をした自分が映っていた。
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