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至福 2

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「悠……、お前のことが、好きだ!」


 誰に聞かれても構わないと叫んだ言葉は静まり返った校舎に響き渡り、僅かな反響を残すとまた、何事もなかったかのように辺りは静寂を取り戻した。

 それに答える声など聞こえてくるはずもなく、机に伏せ、こみ上げる胸の痛みと涙に拳を握り、気が触れてしまいそうな程に叫び出したい衝動を抑えていれば、不意に人の気配を感じ、今の叫び声を聞いた春夜が戻って来たのだろうかと顔を上げようとした直後、



「俺も……、玲央のことが、好き」



 耳元で囁かれた声とそれを擽る吐息に身を強張らせ、まさかとうとう幻聴が聞こえてくる程までに重篤な状態に陥ってしまったのかと恐る恐る顔を上げれば、そこに見えたのは紛うことなく求めていた悠の姿で、思わず言葉を失い目を見張っていると、彼は玲央と目線を合わせるように空いていた前の席に腰を下ろし、小さく息を吐き出すと何かを決意したかのように真っ直ぐに視線を玲央へ向け、



「玲央のことが、好き。友達、親友、それ以上に……、玲央のことが、好きだ」



 悠のくちびるが紡ぎ出す言葉の羅列は、膨れ上がった妄想が都合の良い夢を見せているのではないかと思えるくらいに欲しかったすべてが詰め込まれていて、けれど、ひとつひとつ耳が拾い上げたそれらを理解すると同時に玲央の口から真っ先に零れた言葉は、素直に喜びを表現するものではなく、真偽を問う言葉だった。


 そもそも、悠は久世を選んだのではなかったか。


 脳裏を過ぎった久世の勝ち誇ったような笑みに思わず拳を握り呟けば、それを包むように悠の手が重ねられる。


「伊織は……、これからも幼馴染で大事な親友。それ以上の事は何もないし、望んでもいない」
「でも、悠……。あいつのこと……、」


 ……好きだったんだろ?


 悠が否定をしていると言うのに、わざわざお互いを追い詰めるような言葉を口に出してしまった事を後悔し、傷つけてしまっただろうかと窺うように視線を上げれば、予想に反して悠の顔は吹っ切れたかのように穏やかなものだった。


「……確かに、伊織のいる世界が俺の全てだと思ってたよ。モデルの仕事だって、伊織を追いかけて始めたようなものだったし」


 まるで遠い昔を懐かしむかのように続けた悠の言葉に、モデルを引退すると言う噂が広まっている事を思い出した玲央がすかさずそれについて問うと、悠は言い渋る事もなくあっさりと肯定するように頷いて見せ、久世を追って始めたモデルを何故辞めることにしたのだろうかと首を傾げていれば、


「俺が伊織を追って飛び込んだ世界を捨てない限り、玲央に誠意を示す方法が見つからなかったから」


 いくら言葉で好きだと想いを伝えても、それを示す態度が中途半端じゃ意味がないと言う悠の瞳は真剣そのもので、吸い込まれてしまいそうなそれに思わず見蕩れていれば、彼は徐にポケットを探り、そこから取り出した何かを玲央の掌へ乗せると、



「もし、まだ玲央の隣にいる事を許してくれるなら……、それ、受け取って欲しいんだ」



 差し込む夕陽に照らされ玲央の掌で控えめに輝くそれは、一本の鍵だ。




「俺は、玲央のことが好き。俺の持ってるものなんて、全部捨てても構わないくらいに」




 ここまで誠心誠意尽くしてくれる悠を、どうして拒めようか。

 ……いや、最初からそんな選択肢は玲央にある訳がないのだ。


「悠……、」


 今度こそ素直に悠の言葉に頷き、彼の言葉を心の奥底で噛み締めながら掌の上の鍵を握ると、その答えの代わりに夕陽と同じく色づいた彼の頬へ口付けた。

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