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悔悟 3
しおりを挟む随分と走っていたのか、息を切らして耳元でそう言ったのは、
「伊織……」
本来ならば、今頃はスタジオで打ち上げに参加しているはずの伊織で、どうしてこんな所にいるのだと問えば、彼は「突然いなくなるから、心配して探した」と悠を抱き締める腕に力をこめた。
昔と変わらない、不安になると出るこの抱きグセも懐かしいなと、回された伊織の両腕に手を添え、
「ごめん……、どうしても外せない用事があって。すぐに戻るつもりだったんだけど……、」
いつの間にかこんな時間になってたんだなと安心させるように笑って見せたのだが、思っていた以上に心配をかけてしまったのか、伊織の表情は曇って行くばかりで一向に離れる気配もなく、どうしたものかと頭を悩ませていれば、
「……誰の事、待ってたの?」
思わぬ伊織の質問と、どこか不安気に揺れる瞳にちくりと胸を刺された気がした悠は言葉を詰まらせ視線を逸らしてしまう。
(別に疚しい事をしている訳ではなかったのだけれど、伊織の真っ直ぐな視線を見ていられなかったのだ)
僅かな沈黙が流れた後、「友達だよ」と短く答えて足元に落ちたままのスマホを拾う為に伊織の腕を解こうと身を捩らせたものの、それは悠の意思を撥ね付けるかのように拘束を強めて行くだけだった。
たいした力ではなかったのかも知れないが、悠にはやけにそれが息苦しく感じられ、堪らず放してくれと頼んでも伊織が受け入れる様子はない。
いよいよもって強く抗議すべきだろうかと、溜め息を吐いて伊織の顔を見上げると同時に、悠の紡ぎかけた抗議の言葉は、空気を震わせ声音に変わる事なくすべて、伊織のくちびるに呑み込まれて行った。
一瞬、状況を理解する事が出来ず呆然とし、けれど、強引にくちびるを割り入って来た伊織の感触に我を取り戻すと、悠は慌てて顔を逸らそうと試みたものの先手を打たれ、逃げられないように頭を固定されてしまう。
いくら暗がりとは言え、いつどこで誰が見ているかわからないこんな所で、しかもつい先程和解したばかりの幼馴染の男と一体自分は何をしているのだろうかと、混乱する頭で考えた。
もしかしたら、伊織は打ち上げで誤ってアルコールでも飲んでしまったのかも知れないと、深みを増して行く口づけに蕩けてしまいそうになる思考を繋ぎ必死で奮い立たせ、漸く離れた伊織の顔を見上げれば、
「ねえ、悠……。悠はまた、オレの傍にいてくれる?」
今にも泣き出してしまいそうな顔をしている伊織に何と答えてやれば良いのか解らずに、悠は閉口してしまう。
伊織は今でも自分にとって大切な人である事に変わりはない。
物心ついた時からいつも傍にいて、それが当たり前のようになり、幼かった頃の自分は伊織と共にある世界こそが全てだと思っていたし、伊織が自分から離れて行った時は、気が触れてしまうのではないかと思えるくらいに泣いた事もあった。
故に、誤解が解けた今、再び彼の傍にいられるようになった事は素直に嬉しいと思えるのだけれど……、
「悠……、好きだ。幼なじみとか、親友とか、そんなんじゃなくて……、」
……悠が、好き。
本当は誤解を解く以上の事は望まないつもりでいようと思っていたのだけれど、と付け足す伊織のあまりにも予想外で衝撃的な告白に、今度は必死に繋ぎ止めていた思考すらも停止してしまい、悠がそれに対して否定も肯定もしないままでいる事に不安を覚えたのか、身体を拘束する伊織の腕は更に悠をきつく抱き締め、「好きだ」と言う言葉を受け止めてくれと言わんばかりに再び合わせられたくちびるから、先程よりも熱を上げた塊が少しだけ乱暴に捩じ込まれる。
果たして、自分の気持ちと伊織の気持ちは、同じものであるのだろうか。
性急に悠の中を侵蝕しようとする伊織から逃れる事を許されないまま、息苦しさと、胸を刺すような痛みに眉を顰め、酸素不足に陥る寸前の頭の中で呼んだ名前は………、
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