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焦燥 3
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招き入れられたリビングのソファに座るよう促され、夕飯は食べて行くのかを聞かれたものの、あまり食欲がない事を告げると、悠は紅茶と簡単なお茶請けを玲央に出し、同じようにソファに座って彼のお気に入りのカップに口をつけた。
しかし、会話は続かない。
沈黙に耐え兼ね、玲央も間を持たせるように紅茶を啜ると、此方の様子を見つめる悠の視線に気が付き、どうしたのかと訊ねれば、
「やっぱり、玲央がいてくれると安心するなって思って」
「……また、何かあったんだろ、悠?」
悠の返答にすかさず玲央がそう返すと、悠は一瞬の瞠目の後、小さな溜め息を吐いて頷き、けれど、何があったのかまでは話す気がないようで、去ったはずの沈黙が再び二人の間にやって来る。
玲央も下手に行動を起こす事が出来ないと、ただ悠の言葉を待つ事しか出来ず、この沈黙に押し潰されてしまいそうだ。
しかし、その沈黙を破るようにテーブルの上に置いてあった悠のスマホが震えだし、二人同時に視線を寄越したディスプレイには、今、最も玲央が目にしたくなかった人物の名で、着信に出る事を迷っていた悠が漸くスマホに手を延ばした直後、それよりも先に延びた玲央の手が悠の手を捕らえていた。
「出るなよ」
無意識に出た玲央の言葉に悠は動きを止め、困ったように眉を下げて此方の様子を窺っている。
そんな事を言うつもりはなかったのにと、悠の手を離そうとしても離す事が出来ず、今の自分の言動を否定すべく口を開くと、
「出るなよ、悠」
再び口から飛び出た言葉は先程のものと変わらず、まるで懇願するような情けなく弱々しいそれに、自分でもどうしてしまったのだと苛立っていれば、玲央の手に拘束されていない悠の手が延びて、そっと目尻を撫でられた。
「玲央……、何で泣いてるんだよ」
悠の言葉に数回瞬きをし、自分の目元に触れて見ると確かにそこは生暖かい涙で湿っていて、それに気付いたと同時に慌てて「これは違う」と否定しながらいつも通りに笑おうとしても、瞳からは次から次へと涙がこぼれるばかりで、いつの間にか否定する声は嗚咽に変わって言葉にすらならなくなっていた。
……最悪だ。
こんな情けない姿を晒すつもりも、悠を困らせるつもりもなかったのに、久世からの電話に出たら悠が自分の傍から離れて行くような気がして、焦る気持ちと不安を堪えきれずによもや、泣いてしまうとは。
玲央の妨害によって悠のスマホの着信は途切れ、静まり返った部屋には玲央の小さな嗚咽だけが響いていた。
「玲央」
「わ、悪い……、そんなつもりじゃ、なくて……」
止まらない涙を乱暴に拭いながら、途切れ途切れになる呼吸に逆らって声を発せば、不意に悠に抱き絞められ、子供をあやすように優しく背を撫でられる。
いつもとは真逆の状態に、何故だか緊張して固まってしまったものの、耳元で「大丈夫だから」と呟いた悠の声を合図に、離さないとばかりに彼の背に腕を回してしがみついた。
「悪いとは思ったけど……、春ちゃんに、知ってる限りの久世と悠の事聞いて……、それ、聞いたら、悠が俺から、離れてくって思って……、でも、そんなの、悠の自由で、俺に口出しする権利なんて、何もねーのに……」
何も言わず、黙って話を聞いている悠の反応が逆に怖くなって、思わず離れようと身体を退いてみたものの、意外にも悠がそれをさせまいと、より強く玲央を抱き締める腕に力が入る。
「鬼頭くんから何処まで聞いたか解らないけど……、それが原因で玲央がこんな事になってるって言うなら、尚更、伊織との事に決着つけないといけない」
悠の言葉に反応し顔を上げれば、彼はいつの間に手にしていたのかテーブルに置いてあったはずのスマホを握り締め、僅かに震える指先で操作すると耳元にそれを押し当て、数秒後、
「伊織……、」
……あの話、受けるから。
悠の発した言葉を受け、電話の向こうから漏れ聞こえる嬉しそうな久世の声に、玲央はただただ歯を食いしばる。
やはり、数年関係が破綻していたとは言え、幼なじみとして彼らが長い間築いてきたものには勝てなかったのかと、今までの自分が取ってきた行動全てがまるで道化のように思えて、堪え切れずに自嘲が洩れた。
電話を終えた悠が改めて此方を真っ直ぐに見つめ、
「今までごめん、玲央」
発した言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けながらも、心のどこかでこうなる事を予感していた自分が遠くで嘲っている。
「ずっと玲央に甘えてばっかりで……、全然気付こうともしなくて」
「悠……」
「俺にとって、玲央は大事な友達で……、でも本当は……」
その先の言葉をしっかり聴かなくてはいけない、冷静になれと言う自分と、聞く価値もない話だ、もう投げ出してしまえと言う自分が、頭の中で葛藤を繰り広げ、
「悠っ……、もう、止めようぜ、そう言うの、全部!」
……俺は、悠を友達だなんて思って見てねーよ!
気がつけば、悠の言葉を最後まで聞かないままにそう叫び、勢いよく部屋を飛び出していた。
……最低だ。
何があっても悠から離れたりしないと、そう言ったのは自分自身なのに、こうも簡単にそれを放棄し逃げ出してしまうなんて。
走る度にポケットで音を立てる悠の部屋の鍵が、そう、自分を責めているような気がした。
しかし、会話は続かない。
沈黙に耐え兼ね、玲央も間を持たせるように紅茶を啜ると、此方の様子を見つめる悠の視線に気が付き、どうしたのかと訊ねれば、
「やっぱり、玲央がいてくれると安心するなって思って」
「……また、何かあったんだろ、悠?」
悠の返答にすかさず玲央がそう返すと、悠は一瞬の瞠目の後、小さな溜め息を吐いて頷き、けれど、何があったのかまでは話す気がないようで、去ったはずの沈黙が再び二人の間にやって来る。
玲央も下手に行動を起こす事が出来ないと、ただ悠の言葉を待つ事しか出来ず、この沈黙に押し潰されてしまいそうだ。
しかし、その沈黙を破るようにテーブルの上に置いてあった悠のスマホが震えだし、二人同時に視線を寄越したディスプレイには、今、最も玲央が目にしたくなかった人物の名で、着信に出る事を迷っていた悠が漸くスマホに手を延ばした直後、それよりも先に延びた玲央の手が悠の手を捕らえていた。
「出るなよ」
無意識に出た玲央の言葉に悠は動きを止め、困ったように眉を下げて此方の様子を窺っている。
そんな事を言うつもりはなかったのにと、悠の手を離そうとしても離す事が出来ず、今の自分の言動を否定すべく口を開くと、
「出るなよ、悠」
再び口から飛び出た言葉は先程のものと変わらず、まるで懇願するような情けなく弱々しいそれに、自分でもどうしてしまったのだと苛立っていれば、玲央の手に拘束されていない悠の手が延びて、そっと目尻を撫でられた。
「玲央……、何で泣いてるんだよ」
悠の言葉に数回瞬きをし、自分の目元に触れて見ると確かにそこは生暖かい涙で湿っていて、それに気付いたと同時に慌てて「これは違う」と否定しながらいつも通りに笑おうとしても、瞳からは次から次へと涙がこぼれるばかりで、いつの間にか否定する声は嗚咽に変わって言葉にすらならなくなっていた。
……最悪だ。
こんな情けない姿を晒すつもりも、悠を困らせるつもりもなかったのに、久世からの電話に出たら悠が自分の傍から離れて行くような気がして、焦る気持ちと不安を堪えきれずによもや、泣いてしまうとは。
玲央の妨害によって悠のスマホの着信は途切れ、静まり返った部屋には玲央の小さな嗚咽だけが響いていた。
「玲央」
「わ、悪い……、そんなつもりじゃ、なくて……」
止まらない涙を乱暴に拭いながら、途切れ途切れになる呼吸に逆らって声を発せば、不意に悠に抱き絞められ、子供をあやすように優しく背を撫でられる。
いつもとは真逆の状態に、何故だか緊張して固まってしまったものの、耳元で「大丈夫だから」と呟いた悠の声を合図に、離さないとばかりに彼の背に腕を回してしがみついた。
「悪いとは思ったけど……、春ちゃんに、知ってる限りの久世と悠の事聞いて……、それ、聞いたら、悠が俺から、離れてくって思って……、でも、そんなの、悠の自由で、俺に口出しする権利なんて、何もねーのに……」
何も言わず、黙って話を聞いている悠の反応が逆に怖くなって、思わず離れようと身体を退いてみたものの、意外にも悠がそれをさせまいと、より強く玲央を抱き締める腕に力が入る。
「鬼頭くんから何処まで聞いたか解らないけど……、それが原因で玲央がこんな事になってるって言うなら、尚更、伊織との事に決着つけないといけない」
悠の言葉に反応し顔を上げれば、彼はいつの間に手にしていたのかテーブルに置いてあったはずのスマホを握り締め、僅かに震える指先で操作すると耳元にそれを押し当て、数秒後、
「伊織……、」
……あの話、受けるから。
悠の発した言葉を受け、電話の向こうから漏れ聞こえる嬉しそうな久世の声に、玲央はただただ歯を食いしばる。
やはり、数年関係が破綻していたとは言え、幼なじみとして彼らが長い間築いてきたものには勝てなかったのかと、今までの自分が取ってきた行動全てがまるで道化のように思えて、堪え切れずに自嘲が洩れた。
電話を終えた悠が改めて此方を真っ直ぐに見つめ、
「今までごめん、玲央」
発した言葉に、頭を殴られたような衝撃を受けながらも、心のどこかでこうなる事を予感していた自分が遠くで嘲っている。
「ずっと玲央に甘えてばっかりで……、全然気付こうともしなくて」
「悠……」
「俺にとって、玲央は大事な友達で……、でも本当は……」
その先の言葉をしっかり聴かなくてはいけない、冷静になれと言う自分と、聞く価値もない話だ、もう投げ出してしまえと言う自分が、頭の中で葛藤を繰り広げ、
「悠っ……、もう、止めようぜ、そう言うの、全部!」
……俺は、悠を友達だなんて思って見てねーよ!
気がつけば、悠の言葉を最後まで聞かないままにそう叫び、勢いよく部屋を飛び出していた。
……最低だ。
何があっても悠から離れたりしないと、そう言ったのは自分自身なのに、こうも簡単にそれを放棄し逃げ出してしまうなんて。
走る度にポケットで音を立てる悠の部屋の鍵が、そう、自分を責めているような気がした。
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