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焦燥 2
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練習を終えた玲央は手早く着替えを済ますと、先輩方へ軽く挨拶をし、まだ隣で着替えている春夜に目もくれず更衣室を飛び出した。
片手にはスマホを握り締め、まだ戻って来ない返信に僅かな苛立ちと不安を抱えながら、何度もLINEの画面を開いては閉じる。
『久世と彼方の関係は、とっくに破綻している』
詳しくは知らないがと前置きをした春夜の話は、玲央の穴だらけのパズルを埋めるには十分なものだった。
久世と悠が幼なじみで、かなり親しい間柄だったこと(主に久世の悠に対する執着ぶりは凄かったらしい)。
久世が剣道部に入り間もなくして、何らかの原因で二人の関係が破綻したこと(恐らく久世が悠の事を切ったのだろうと春夜は言っていた)。
それ以来、悠も久世を避けるようになったこと。
知っている限りの事を話してくれた春夜に感謝する一方で、玲央は膨れ上がって行く不安を消すことが出来なかった。
『玲央は、何があっても俺から離れて行かない?』
以前、悠がそう玲央に言った言葉は、多分、久世に切られたことを受けて出たものだったのだろう。
久世が一方的に悠を切り、けれど、悠はその事実をなかなか受け入れられずに引きずったままなのではないか。
仮にそうだとすれば、久世から再び連絡が来ている今、悠は迷っているのではないか。
全てを修復し、久世と元通りの関係に戻る事を。
むしろ、そう望んでいるのかも知れない。
人間関係が破綻しているよりは良いことであるのかも知れないけれど、もしも、本当にそうなってしまったら悠は、
……俺から離れて行く?
一瞬脳裏を過った考えに頭をふって、冗談じゃないと奥歯を噛み締める。
詳しくは知らないけれど、一方的に悠を切り、さんざん傷つけた久世が今更になって悠を取り戻そうとしているのなら、あまりにも身勝手な話だ。
目の前にいたら、間違いなくあの整った顔を殴っていただろう。
駐輪場にある自転車のかごへ苛立ちをぶつけるかのように鞄を投げ入れると同時にスマホが震え出し、悠からの返信だろうかと慌てて確認すれば、表示されていたのは春夜の名で、落胆の溜め息を吐きながら内容を確認すると、
焦って変な気を起こすなよ。
シンプルな一文。
けれど、妙に説得力のあるそれに玲央の苛立っていた気持ちと頭が、すっと冷えて行くような気がした。
今ここで、苛立ちに任せて悠にあれこれ根掘り葉掘りと聞き出し、あまつさえ久世に関して良く思っていない事を口にすれば、それこそ、今まで苦労しながらも培ってきた悠との関係が壊れてしまうだろう。
そして二度と、悠は自分の手の届かない場所へ去って行くに違いない。
それだけは、絶対に嫌だ。
先程よりも冷静になった頭でそう考え直し、春夜に「わかってる」と短い返事を送り返すと、この後、自分はどうすべきかを考える。
春夜に話を聞いた直後、思わず悠へ帰りに家に寄って良いかとメールを送ってしまった手前、彼からの返事を見ない限りはこのまま帰る事もできず、かと言って勝手に預かっている鍵を使って上がり込むのは気がすすまない。
未だ返信が来る気配を見せないスマホに肩を落とし、やはりダメかと改めて、今日は真っ直ぐ自宅へ帰る事を伝えるべく文字を打ち始めた所で、待ちわびていた悠からの返信がその作業を中断させた。
待ってる。
思わぬ了承。
しかも「待っている」などとあらば、こんなにのんびりはしていられないと自転車を飛ばし、悠のマンションへ一直線だ。
普段よりも数倍は早く到着しただろうそこへ、妙な緊張感を持って足を踏み入れ、悠の部屋の前で律義にもインターホンを鳴らせば、既に風呂上がりだったのか、彼は湿った髪をタオルで拭きながらドアを開け迎え入れてくれた。
「悪い、悠。急に寄るとか言い出して」
「いや、大丈夫。丁度良かった。玲央の顔、見たいと思ってた所だったし」
まるで恋人同士のようなやり取りではないか、と内心心を踊らせながらも、悠が自分の顔を見たいと言う時は、必ず彼の身に何かが起こった時である事をよく知っている玲央は、今回だけは自分の予感が的中していない事を祈るばかりだった。
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練習を終えた玲央は手早く着替えを済ますと、先輩方へ軽く挨拶をし、まだ隣で着替えている春夜に目もくれず更衣室を飛び出した。
片手にはスマホを握り締め、まだ戻って来ない返信に僅かな苛立ちと不安を抱えながら、何度もLINEの画面を開いては閉じる。
『久世と彼方の関係は、とっくに破綻している』
詳しくは知らないがと前置きをした春夜の話は、玲央の穴だらけのパズルを埋めるには十分なものだった。
久世と悠が幼なじみで、かなり親しい間柄だったこと(主に久世の悠に対する執着ぶりは凄かったらしい)。
久世が剣道部に入り間もなくして、何らかの原因で二人の関係が破綻したこと(恐らく久世が悠の事を切ったのだろうと春夜は言っていた)。
それ以来、悠も久世を避けるようになったこと。
知っている限りの事を話してくれた春夜に感謝する一方で、玲央は膨れ上がって行く不安を消すことが出来なかった。
『玲央は、何があっても俺から離れて行かない?』
以前、悠がそう玲央に言った言葉は、多分、久世に切られたことを受けて出たものだったのだろう。
久世が一方的に悠を切り、けれど、悠はその事実をなかなか受け入れられずに引きずったままなのではないか。
仮にそうだとすれば、久世から再び連絡が来ている今、悠は迷っているのではないか。
全てを修復し、久世と元通りの関係に戻る事を。
むしろ、そう望んでいるのかも知れない。
人間関係が破綻しているよりは良いことであるのかも知れないけれど、もしも、本当にそうなってしまったら悠は、
……俺から離れて行く?
一瞬脳裏を過った考えに頭をふって、冗談じゃないと奥歯を噛み締める。
詳しくは知らないけれど、一方的に悠を切り、さんざん傷つけた久世が今更になって悠を取り戻そうとしているのなら、あまりにも身勝手な話だ。
目の前にいたら、間違いなくあの整った顔を殴っていただろう。
駐輪場にある自転車のかごへ苛立ちをぶつけるかのように鞄を投げ入れると同時にスマホが震え出し、悠からの返信だろうかと慌てて確認すれば、表示されていたのは春夜の名で、落胆の溜め息を吐きながら内容を確認すると、
焦って変な気を起こすなよ。
シンプルな一文。
けれど、妙に説得力のあるそれに玲央の苛立っていた気持ちと頭が、すっと冷えて行くような気がした。
今ここで、苛立ちに任せて悠にあれこれ根掘り葉掘りと聞き出し、あまつさえ久世に関して良く思っていない事を口にすれば、それこそ、今まで苦労しながらも培ってきた悠との関係が壊れてしまうだろう。
そして二度と、悠は自分の手の届かない場所へ去って行くに違いない。
それだけは、絶対に嫌だ。
先程よりも冷静になった頭でそう考え直し、春夜に「わかってる」と短い返事を送り返すと、この後、自分はどうすべきかを考える。
春夜に話を聞いた直後、思わず悠へ帰りに家に寄って良いかとメールを送ってしまった手前、彼からの返事を見ない限りはこのまま帰る事もできず、かと言って勝手に預かっている鍵を使って上がり込むのは気がすすまない。
未だ返信が来る気配を見せないスマホに肩を落とし、やはりダメかと改めて、今日は真っ直ぐ自宅へ帰る事を伝えるべく文字を打ち始めた所で、待ちわびていた悠からの返信がその作業を中断させた。
待ってる。
思わぬ了承。
しかも「待っている」などとあらば、こんなにのんびりはしていられないと自転車を飛ばし、悠のマンションへ一直線だ。
普段よりも数倍は早く到着しただろうそこへ、妙な緊張感を持って足を踏み入れ、悠の部屋の前で律義にもインターホンを鳴らせば、既に風呂上がりだったのか、彼は湿った髪をタオルで拭きながらドアを開け迎え入れてくれた。
「悪い、悠。急に寄るとか言い出して」
「いや、大丈夫。丁度良かった。玲央の顔、見たいと思ってた所だったし」
まるで恋人同士のようなやり取りではないか、と内心心を踊らせながらも、悠が自分の顔を見たいと言う時は、必ず彼の身に何かが起こった時である事をよく知っている玲央は、今回だけは自分の予感が的中していない事を祈るばかりだった。
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