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焦燥 1
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悠の様子が明らかにおかしい。
今までもたまに見られる事だったけれど、今回はまた、一段と更に輪をかけておかしいのだ。
授業中、珍しくボンヤリしていたのか、回答を当てられても暫くの間気づかないまま教師を放置プレイし(教師も普段の悠の授業態度に免じて今回だけはと見逃していた)、昼休みは作って来た弁当に箸もつけず溜め息ばかり吐き続け(もったいないので美味しくいただいた)、放課後を迎えた現在も、悠はそれに気がついていないのか、席に座ったまま頬杖をつき、ただボンヤリと空を眺めていた。
そんな悠の様子を遠巻きに見ていた女子達は口々に、「今日も一段と美しい」「あの空になって見つめられたい」「むしろ椅子になりたい」などと、若干理解に苦しむ発言をしながらひっそりと盛り上がっていて、何気ない彼女達の会話を聞き流しながら悠に声をかけるべく玲央が席を立った直後、
「彼方くん……、恋煩いだったりして」
盛り上がりを見せていた集団の一人の発言に思わず動揺し、椅子に足を引っ掛け盛大な音を立てながら転んでしまった。
その大きな音が響き渡ると、騒がしかった教室は静まり返り、後ろの席にいた春夜からは「バカめ」と辛辣なお言葉をいただき、周囲のクラスメイトからは「何やってんの、玲央」と心配と笑いの入り交じった生温い優しさを独り占めしてしまい、恥ずかしいのと痛いのと、胸を占めんとする複雑な気持ちにただ苦笑いする事しか出来ず、ちらりと悠を見やったものの、この騒ぎには気がついていないようだった。
つい先日、放課後デートと称して悠を誘い、紆余曲折の後(たいした事ではないのだが)彼の家に泊まり込んだ際、珍しく仕事で悩んでいることをポロリと溢していたのだけれど、今回の様子を窺う限り、そんなレベルの話では済まない気がしているのだ。
そこに先程の女子のとんでもない発言が耳に入って来たのだ、動揺するのも当然だと心の中で独り言ちながら、悠の前にある席に座って彼の顔を覗き込んで見る。
「悠、もう放課後なんだけど」
「……えっ……、ああ」
玲央の言葉に漸く気がついた悠は、そうかと苦笑し帰宅の準備をし始め、けれど、その直後に震えたスマホに一旦作業をする手を止められるも、鳴り続けるスマホを手に取る気配を見せず、出なくても良いのかと問えば曖昧に笑って頷くだけで、暫くすると着信はぷつりと途切れてしまった。
その執拗な着信の長さに何か緊急の連絡だったのではとも思えたのだが、それが切れた途端にどこかホッとした顔をする悠が見え、何だかそれが無性に気になって、
「悠、すげーホッとした顔してっけど、嫌な奴から電話でもかかって来てんの?」
と冗談めかして問えば、一瞬表情が翳りを見せたものの、すぐに笑って「そう言うのじゃないんだけど」と濁されるだけだった。
やはり、おかしい。
普段の悠なら、こんな曖昧な誤魔化し方はしないはずなのに(是非はわりとハッキリしているし、答えたくない事に関しては常に無言を通すはずなのだ)、今日一日の彼の行動は全てにおいて、あまりにも不自然すぎるのだ。
一瞬、先程耳にした女子の一言を思い出し、口をついて出そうになったけれど、例えそうだったと仮定して悠にそれを追求し、肯定された所で、自分に何ができるのかと思い留まると、珍しく会話が続かないまま二人の間に奇妙な沈黙が訪れた。
まるで、悠と親しくなる以前の状態に戻ってしまったかのような雰囲気が玲央に奇妙な胸騒ぎを起こさせると、それに触発されるかのように悠の存在が遠く感じて、更に不安を掻き立てる。
けれど、確証のない不安に振り回される程、悠に対して向き合う姿勢や気持ちは軽いものじゃないはずだろうと思い直し、この奇妙な沈黙を破るべく話を振ろうとした所で、再び彼のスマホが着信を知らせ始めた。
此方のタイミングを見計らっているのではと思えてしまうその着信に僅かな苛立ちを感じながら、先程と同じようにスマホを手にとらない悠の様子を窺っていれば、思いの外早く着信は途切れ、どうやらLINEのようだと苦笑し、漸くスマホを操作し始めた。
じっとその様子を眺めていると、僅かに眉が顰められる様が見え、けれど、すぐに何事もなかったような顔をして返信もせずスマホを置いた悠に、返信しなくて良いのかと問えば、
「……大した用件じゃ、ないから」
と濁され、何となくそれ以上は踏み込むなと言われたような気がして、何も言えなくなってしまった。
普段の玲央ならば、まあ些細な事かと気にも留めずに見過ごしていただろう。
今しがた悠のスマホ画面に表示されていたのが、久世 伊織の名前でさえなければ、の話だが。
そこでふと悠の家に泊まったあの日、偶然にも家具の隙間から、中学の制服を着た悠と久世の親しげなツーショット写真を目敏くも見つけた事を思い出した玲央は、既に部活へ向かったのだろう春夜の空いた席を一瞥し、何故すぐにそうしなかったのかと、自分のバカさ加減に呆れてしまった。
以前から疑問に思っていた、悠と久世の関係。
初めて図書室で悠と遭遇し、寝ぼけながらも彼が愛しそうに呟いた久世の名前。
未だに実現しない二人の共演。
見つけ出した親しげな二人の中学生時代の写真。
そしてその二人と同じ学校に通っていた春夜がこんなに近くにいたと言うのに、何故彼から話を聞くと言う選択肢が出て来なかったのか。
答えは簡単だ。
「知らん」
聞いても素直に答えてくれる訳がなかったからだ…。
春夜の冷たい一言に「え~」と抗議の意味を含めた声をあげながら、
「だって春ちゃん、同じ学校に通ってたんでしょ? 本当に何も知らないの?」
「知らんと言ったはずだ。そもそも彼方と関わるようになったのは、ここに入学して二年になってからだし、久世とはプライベートな話をする事もなかった」
素振りをしながら、玲央のいる方は一切見ず答える春夜に溜息を吐き出した。
取りつく島もない。
しかし、本当に春夜は何も知らないのだろうか。
いくら他人とのコミュニケーションが希薄とは言え、何となく春夜の悠を見る目は他と違う気がしてならない。
だいたい、興味のない人間とは関わらないスタンスの春夜が、いくら玲央繋がりとは言え、悠を交え行動を共にする事が珍しいのだから。
「今日、悠のスマホに久世 伊織からの着信があってさ……、悠、すっげー様子がおかしかったんだけど」
どうせ何も答えてはくれないだろうと半分自棄になって呟けば、意外にも春夜はそれに反応を示したかのように素振りを止め、玲央を睨み付けた。
「何故、今更久世が彼方に連絡を……?」
「それって……、どう言う事?」
春夜が呟いた言葉を聞き逃さなかった玲央は、「何でもない」と練習を続けようとする彼を無理矢理休憩に引っ張ると、邪魔が入らないよう人気のない体育館裏へと向かったのだった。
今までもたまに見られる事だったけれど、今回はまた、一段と更に輪をかけておかしいのだ。
授業中、珍しくボンヤリしていたのか、回答を当てられても暫くの間気づかないまま教師を放置プレイし(教師も普段の悠の授業態度に免じて今回だけはと見逃していた)、昼休みは作って来た弁当に箸もつけず溜め息ばかり吐き続け(もったいないので美味しくいただいた)、放課後を迎えた現在も、悠はそれに気がついていないのか、席に座ったまま頬杖をつき、ただボンヤリと空を眺めていた。
そんな悠の様子を遠巻きに見ていた女子達は口々に、「今日も一段と美しい」「あの空になって見つめられたい」「むしろ椅子になりたい」などと、若干理解に苦しむ発言をしながらひっそりと盛り上がっていて、何気ない彼女達の会話を聞き流しながら悠に声をかけるべく玲央が席を立った直後、
「彼方くん……、恋煩いだったりして」
盛り上がりを見せていた集団の一人の発言に思わず動揺し、椅子に足を引っ掛け盛大な音を立てながら転んでしまった。
その大きな音が響き渡ると、騒がしかった教室は静まり返り、後ろの席にいた春夜からは「バカめ」と辛辣なお言葉をいただき、周囲のクラスメイトからは「何やってんの、玲央」と心配と笑いの入り交じった生温い優しさを独り占めしてしまい、恥ずかしいのと痛いのと、胸を占めんとする複雑な気持ちにただ苦笑いする事しか出来ず、ちらりと悠を見やったものの、この騒ぎには気がついていないようだった。
つい先日、放課後デートと称して悠を誘い、紆余曲折の後(たいした事ではないのだが)彼の家に泊まり込んだ際、珍しく仕事で悩んでいることをポロリと溢していたのだけれど、今回の様子を窺う限り、そんなレベルの話では済まない気がしているのだ。
そこに先程の女子のとんでもない発言が耳に入って来たのだ、動揺するのも当然だと心の中で独り言ちながら、悠の前にある席に座って彼の顔を覗き込んで見る。
「悠、もう放課後なんだけど」
「……えっ……、ああ」
玲央の言葉に漸く気がついた悠は、そうかと苦笑し帰宅の準備をし始め、けれど、その直後に震えたスマホに一旦作業をする手を止められるも、鳴り続けるスマホを手に取る気配を見せず、出なくても良いのかと問えば曖昧に笑って頷くだけで、暫くすると着信はぷつりと途切れてしまった。
その執拗な着信の長さに何か緊急の連絡だったのではとも思えたのだが、それが切れた途端にどこかホッとした顔をする悠が見え、何だかそれが無性に気になって、
「悠、すげーホッとした顔してっけど、嫌な奴から電話でもかかって来てんの?」
と冗談めかして問えば、一瞬表情が翳りを見せたものの、すぐに笑って「そう言うのじゃないんだけど」と濁されるだけだった。
やはり、おかしい。
普段の悠なら、こんな曖昧な誤魔化し方はしないはずなのに(是非はわりとハッキリしているし、答えたくない事に関しては常に無言を通すはずなのだ)、今日一日の彼の行動は全てにおいて、あまりにも不自然すぎるのだ。
一瞬、先程耳にした女子の一言を思い出し、口をついて出そうになったけれど、例えそうだったと仮定して悠にそれを追求し、肯定された所で、自分に何ができるのかと思い留まると、珍しく会話が続かないまま二人の間に奇妙な沈黙が訪れた。
まるで、悠と親しくなる以前の状態に戻ってしまったかのような雰囲気が玲央に奇妙な胸騒ぎを起こさせると、それに触発されるかのように悠の存在が遠く感じて、更に不安を掻き立てる。
けれど、確証のない不安に振り回される程、悠に対して向き合う姿勢や気持ちは軽いものじゃないはずだろうと思い直し、この奇妙な沈黙を破るべく話を振ろうとした所で、再び彼のスマホが着信を知らせ始めた。
此方のタイミングを見計らっているのではと思えてしまうその着信に僅かな苛立ちを感じながら、先程と同じようにスマホを手にとらない悠の様子を窺っていれば、思いの外早く着信は途切れ、どうやらLINEのようだと苦笑し、漸くスマホを操作し始めた。
じっとその様子を眺めていると、僅かに眉が顰められる様が見え、けれど、すぐに何事もなかったような顔をして返信もせずスマホを置いた悠に、返信しなくて良いのかと問えば、
「……大した用件じゃ、ないから」
と濁され、何となくそれ以上は踏み込むなと言われたような気がして、何も言えなくなってしまった。
普段の玲央ならば、まあ些細な事かと気にも留めずに見過ごしていただろう。
今しがた悠のスマホ画面に表示されていたのが、久世 伊織の名前でさえなければ、の話だが。
そこでふと悠の家に泊まったあの日、偶然にも家具の隙間から、中学の制服を着た悠と久世の親しげなツーショット写真を目敏くも見つけた事を思い出した玲央は、既に部活へ向かったのだろう春夜の空いた席を一瞥し、何故すぐにそうしなかったのかと、自分のバカさ加減に呆れてしまった。
以前から疑問に思っていた、悠と久世の関係。
初めて図書室で悠と遭遇し、寝ぼけながらも彼が愛しそうに呟いた久世の名前。
未だに実現しない二人の共演。
見つけ出した親しげな二人の中学生時代の写真。
そしてその二人と同じ学校に通っていた春夜がこんなに近くにいたと言うのに、何故彼から話を聞くと言う選択肢が出て来なかったのか。
答えは簡単だ。
「知らん」
聞いても素直に答えてくれる訳がなかったからだ…。
春夜の冷たい一言に「え~」と抗議の意味を含めた声をあげながら、
「だって春ちゃん、同じ学校に通ってたんでしょ? 本当に何も知らないの?」
「知らんと言ったはずだ。そもそも彼方と関わるようになったのは、ここに入学して二年になってからだし、久世とはプライベートな話をする事もなかった」
素振りをしながら、玲央のいる方は一切見ず答える春夜に溜息を吐き出した。
取りつく島もない。
しかし、本当に春夜は何も知らないのだろうか。
いくら他人とのコミュニケーションが希薄とは言え、何となく春夜の悠を見る目は他と違う気がしてならない。
だいたい、興味のない人間とは関わらないスタンスの春夜が、いくら玲央繋がりとは言え、悠を交え行動を共にする事が珍しいのだから。
「今日、悠のスマホに久世 伊織からの着信があってさ……、悠、すっげー様子がおかしかったんだけど」
どうせ何も答えてはくれないだろうと半分自棄になって呟けば、意外にも春夜はそれに反応を示したかのように素振りを止め、玲央を睨み付けた。
「何故、今更久世が彼方に連絡を……?」
「それって……、どう言う事?」
春夜が呟いた言葉を聞き逃さなかった玲央は、「何でもない」と練習を続けようとする彼を無理矢理休憩に引っ張ると、邪魔が入らないよう人気のない体育館裏へと向かったのだった。
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