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劣情 1

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 借りた部屋着を来て、まだ湿っている髪をタオルで拭きながら、入れ替わるように風呂へ向かった悠を見送ると、自分の為に彼が敷いてくれたのだろう布団に寝転がって見た。


 ……さて、どうしたものか。


 放課後、悠を「デート」と言う名目で誘ったものの、結局は自分の用事に付き合わせるだけになり、微妙に納得行かない結果に不満を洩らしていた所で提案された食事の誘いに、すかさず玲央が思いついたのは「悠の家に泊まる事」で、予想外な話の展開に驚き戸惑っていた悠を半ば強引に引っ張って家に上がり込み、簡単な夕飯を二人で作って、他愛もない話をしながら食事を済ませ、それでもまだまだ話が尽きる事はなく(八割がた玲央が悠に話を振り続けている)、一通り自分の話したいと言う欲求が満たされた頃には、既に深夜の一時を回っていた。

 翌日(日付が変わったので正確に言えば今日なのだが)の土曜は休日で、けれど午後からきっちりと剣道部の稽古が入っている事を思い出した玲央が、さすがに寝ておかないと稽古に差支えが出るかも知れないとこぼせば(原因は玲央自身が作ったのだけれど)、それなら風呂に入ってからにしろよと、急遽泊まりに来た玲央の為に用意された部屋着とバスタオルを手渡され、悠のお言葉に甘えるまま、現在に至っている。

 仲良くなれたとは言え、流石にここまで図々しい事を言えば断られるのではないかと内心びくびくしていた事もあり、悠が了承してくれた時には、あまりの嬉しさでにやける顔を抑える事に必死だった。
(いや、実際はにやけていたかも知れない)

 着実に悠の領域へ入る事を許され、徐々にその踏み入っても良い場所が広がりを見せている事が嬉しかったし、何よりも、そう言う対象と見ている相手の家に泊まれるのだから、若干の期待を抱いてしまうのは、健全ないち男子高校生としてはごくごく普通の反応ではないだろうか。
(相手は同性だが、この際そんなものはどうでも良いのだ)

 ……とは言え、そんな気持ちを抱いている事など微塵も告げられないまま、こうして"友達"と言うポジションに収まっているのだが、何の疑いも無く純粋に、その"友達"としての自分を信頼し慕ってくれている悠に罪悪感がないわけではなかった。

 そのポジションを利用して悠を騙し近づいていると言われれば、完全に否定出来ない事も原因の一つで、かと言って、悠を騙しているつもりでも傷つけるつもりもなく、出来得る事ならばいつも傍にいて守ってやりたいと思っているし、更に欲を言えば、そう言う関係に落ち着ける事を願っている。

 けれど、物事がそう上手く運ぶわけも無く、輪をかけるように性別と言う名の壁が立ちはだかっている今、下手な行動に及ぶ事もできず、日々悶々としていたのだから、この状況を素直にオイシイと思ってしまうのも仕方ないのではないだろうか。



 ……いや、むしろ更に生殺し状態?



 冷静に考えれば、好きな相手と同じ屋根の下、共に一夜を何事もなく過ごさねばならないと言うのだから、ある意味これは今の玲央にとっては拷問だ。

 柔らかく質の良い布団から跳ね起き、ぐるりと辺りを見回してみる。


 布団のすぐ横には、悠のベッド。


 再び布団に横になりベッドへ視線を寄越すと、段差があるとは言えども悠が横になればそのシルエットは容易に見て取れる。

 更に寝静まれば、誰に邪魔をされる事もなく、真夜中の密室で無防備な寝姿を曝す悠と朝まで二人きり。

 一度寝てしまうと中々起きられない悠を目の前にして、完全なるオアズケ状態。

 果たして朝まで、理性が本能を抑えきれるのだろうか。

 悶々とする思考を払うかの如く頭を振ってごろりと身体を反転させれば、ふと、ベッドの下の隙間から紙切れが顔を覗かせている事に気がつき、まさか悠が如何わしいモノでも隠していたのだろうかなどと、少しだけウキウキしながらそれを拾い上げた。

 思っていたよりも小さなそれはどうやら写真のようで、裏返せば、そこには少しだぶつく制服を着た、まだあどけなさの残る顔立ちの悠と、その肩を親しげに組んであざとくもカメラに向かってウィンクをしている久世 伊織の姿が映っており、一瞬の瞠目の後、漸く欠けていた疑問のパズルピースが埋まると確信めいた次の瞬間、


「玲央、まだ起きてたんだ」


 先に寝てて構わなかったのに、と寝室へ入って来た悠に気づかれないよう写真を元の場所へ戻して起き上がり、


「いやぁ、なんかすっげー楽しかったせいか、寝つけなくてさー」
「明日は部活あるんだから、無理にでも寝とけよ。ハードなんだろ」
「眠れないよー! 悠、添い寝してよー」


 へらりと笑って布団をぽんぽんと叩いて見せれば、子供かよと肩を押されて布団に寝かしつけられ、早く寝ろと頭を撫でられる。

 いつもと立場が逆転してるなとこの状況に違和感を覚えながらも悪い気は微塵も感じず、悠の手の暖かさに目を閉じれば、不意に額へ柔らかな感触が当たり、驚きに閉じた瞼を勢い良く開けると、それは小さなリップ音を立て離れて行った。


 一体、今、何が起こったのか。


 勘違いでなければ、今、額にあたったものは、悠のくちびるではないだろうか。

 感触の残る額に手をあて悠に視線を寄越せば、朱色に染まった顔を隠そうと俯き、僅かに潤んだ双眸が恥ずかしさに揺れ動く様が見え、更に、風呂上りの湿った髪が彼の持つ雰囲気の艶やかさをいつも以上に増して魅せる。

 同性とは言え欲情を掻き立てるには十分すぎるそれに、自制心のメーターは振り切れる寸前で、けれど今、ここで先程の悠の行為の意味を確かめて置かなければ後悔するに違いないと、振り切れそうな針を必死で抑え、


「悠……、今のって、どう言う事?」
「い……、今の、違うから。ごめん…、気持ち悪い事して」


 必死に今の行為を否定し距離を取ろうとした悠の手を逃がさないとばかりに掴み引き寄せ、倒れ込んで来た身体を抱き締めれば、一瞬固まり大人しくなった悠だったが、すぐに放せと抵抗を見せ、誰が放すものかと悠を下に組み敷くように仰向けだった身体を反転させると、暴れる彼の頭を押さえつけ、抗議の言葉を紡ぐくちびるを塞ぎこんだ。

 薄い皮膚に包まれた粘膜を舐め、くちびるで挟み込むように何度か優しくそれを吸い上げて、僅かに開いた隙間に舌をねじ込めば、小さな抵抗らしい動きはあったものの、これと言って強く拒絶する様子がないのを良い事に、より深いところへと潜り込ませる。

 緩急をつけ悠が反応を示すポイントをなぞり、時折、控えめに絡んでくる熱の塊の感触を楽しみながら隈なくそこを味わい尽くすと、名残惜しさを感じつつもくちびるを放し、まだ繋がっていたいと主張するかのように互いを結ぶ艶糸を舐め取って悠の顔を見た。

 息苦しさに乱れた呼吸を整えようと薄く開いた口から酸素を求める様が艶かしく映り、再びそこを奪ってしまいたいと言う衝動を懸命に押さえ込み、


「悠……、気持ち悪いとか言うなよ。それ、俺のこと否定してるのと同じだからな」
「玲央……」


改めて悠を強く抱いて首筋へ顔を埋め口付けると、同じ石鹸の香りが漂ってくる。



「悠……、好きだ。友達とかそんなんじゃなくて、悠の事、一人の人間として、男として……、好きだ」



 もう後には引けない所まで来てしまったと腹をくくり、これで嫌われてしまえば潔く諦めようと、一世一代の告白をしたものの、悠の反応を見るのが怖くて顔を上げられないまま、しばしの沈黙が訪れ、完全なる玉砕で終わったのかと、先程の悠との拙いキスを最後の綺麗な思い出として心の中にそっとしまう準備をした直後、


「俺も……、」



俺も、好き。
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