【R18/BL】激情コンプレックス

姫嶋ヤシコ

文字の大きさ
上 下
13 / 74

憂鬱 2

しおりを挟む
****

 部活が終了した後は、最終下校時刻までの残り時間を使い、今や恒例となっている自主練習を入れている。

 勿論、参加は自由な為、日によってはなかなか思った練習が出来ないこともある訳で、いつもより多い自主練習希望で居残りしている部員の姿を眺めながら、玲央は今日の練習を入れるべきか悩んでいた。

 大人数でわいわい練習するのも嫌いではなかったけれど、やはり貴重な時間を割いてするのだから集中して取り組みたいと言う気持ちもあり、迷った末に春夜に今日の地稽古の相手をして欲しいと頼んだが、今日は予定があるから帰ると冷たく返されてしまった。

 春夜が帰るのなら、今日は自主練習を諦めて帰るべきだろう。
(他にいない訳ではないが、気が乗らない)

 たまには、真っ直ぐ自宅に帰ってゆっくりすると言うのも悪くない。

 心の中で今日の予定を決めるとすぐにロッカールームへ向かい、いそいそと着替えを始めていれば不意にスマホが震え、手に取ると画面には一件のLINEの通知が表示されていた。

 また母親か妹が帰りにお遣いでも頼んで来たのだろうと、何気なく画面をタッチした直後、表示されたその名前に思わずスマホを取り落としそうになってしまった。


 LINEを送ってきたのは、悠だ。


 ひょんな切っ掛けで連絡先を交換したとは言え、必要最低限の用事以外で悠がLINEを送ったり電話をかけて来る事はなく、だからこそ、こんな時間に送られて来たLINEがあまりにも不自然で、驚いてしまったのだ。

 けれど、


「……操作ミスか?」


 "あ"とたった一文字打たれただけの内容にがっかりして深い溜息を吐くと同時に、それでもどこか悠の行動に違和感を拭えない。

 あまり他人と関りたがらない悠が、無意味にスマホを操作するとは思えないし、仮にこれが本当に悠の誤操作だったとしても、受け取った側としては何らかのアクションを起こすべきではないだろうか。

 ……と言うよりも、このLINEが何を意味しているのか、気になって仕方ないのだ。

 誤操作であったならそれはそれで良し、もしかしたら、本当に何か自分に伝えたい事があって、けれど、甘え下手な悠がそれをどう表現して良いのかわからずに、空白で送って来たと言う事も考えられる。

 暫くの間、携帯の画面と睨めっこをしていれば、その様子を見ていたらしい先輩に「彼女からの連絡か」と冷やかされ、まあそんなところですと答えると、悠へ返信を打ち始めた。



 ―― 今からそっちに行く。



 家に来いと書かれていたわけでも、会いたいと書かれていたわけでもないのだが、何となく、今、悠にそれを求められているような気がして自然と指が文字を選んでいた。

 本当にただのカンで、自分勝手な都合の良い解釈と取られかねないけれど、違ったら違ったで、いつもの通りに笑って流せば良いだけだ。

 LINEが送信された事を確認すると、止まっていた着替えを済ませて部室を飛び出した。

 幸いにして悠が所属事務所から与えられていると言うあのマンションは、学校からそう遠くはない為、自転車で十分向かえる距離だ。

 いつもより軽いペダルを漕いで、良く知った道を迷う事なく走れば、程無くして立派なマンションが見え、駐輪場に自転車を置くとすっかり顔馴染みの警備員に軽く会釈し、預かっていた鍵でオートロックを解除して中へ入った。

 部屋へ向かう途中のエレベーターの中で、もし仮に悠が家にいなかった時はどうしようかと考えている内に、あっと言う間に目的の階へと到着してしまった。

 逸る気持ちを抑えて悠の部屋へ向かい、見慣れたドアに鍵を差し込んだ所で、その違和感に気がついた。


 鍵が、かかっていないのだ。


 オートロックとは言え不用心だなと眉を顰めドアを開ければ、いつも整然としているはずの部屋が広がって見えるのだが……、今日は随分と荒れている。

 原因は言うまでもなく、リビングのソファで蹲るようにして頭を抱え、震えている悠のせいだろう。

 一瞬、暴漢にでも襲われたのかとあらぬ方向の心配をしたけれど、悠の整っている服装を見て、その可能性が消えた事に安堵すると、玲央は散らかっている物を踏まないように慎重に歩き、静かに彼の蹲るソファに腰をおろした。


「悠?」
「……玲央っ」


 何に怯えているのか、暗い影を射した瞳が此方を見上げると同時に思わぬ衝撃と重みが玲央を襲い、まさかこんな展開になるとは微塵も思っていなかった玲央が悠の身体を支え切れるはずもなく、呆気なくソファに悠を抱き止めたまま倒れこむ形になってしまった。

 まあ、これはこれで悪くないと逸れた事を考えながらも、小さな子供のように縋り震えている悠の頭を「大丈夫だよ」撫でてやれば、ようやく安心したのか微かに頷く動作が見えた。

 とりあえずは一安心したが、いつまでも玲央の制服を握って離さない悠に苦笑してしまう。


「どーしちゃったの、悠ちゃん。玲央お兄さんに話してごらん?」


 明るく問いかけて見たものの、それに答える気はないのか悠は首を横に振るだけで、もしかしたら、仕事で嫌な事があったのかも知れないし、他人には踏み込まれたくないもっとプライベートな事で何かあったのかも知れないと思い至った所で、これ以上は追求するまいと、天井を仰ぐ。

 まずは、こうして何かあった時に、頼って甘えて来るようになっただけでも良しとすべきだ。

 悠の抱えているものが未だ何であるのかは解らないけれど、ゆっくり、少しずつこの距離を縮めながら付き合って行けば、いつかそれを話してくれるだろう。

 前向きに考え、さり気なくこの体勢をひとまず何とかしようと足を動かした時だった。

 足元にテレビのリモコンが転がっていたのか、踏みつけてしまったはずみで電源がつき、暗い室内にはそぐわない、明るい音楽と共にCMが流れ出す。

 音と光につられるように視線を向けると、どうやら新しく立ち上がった服飾ブランドのCMのようで、鮮やかに流れて行く色彩に目を奪われていれば、画面にイメージモデルらしい人影が映し出され、




「あ……、久世 伊織……」




 思わずその名を口に出したと同時にテレビの電源が落とされ、停電もしたのだろうかと考えては見たものの、どうやらそうではなかったらしい。

 いつの間にか圧迫感の消えていた身体をソファから起こすと、目の前にはリモコンを握り締めたままの悠が座っていて、何か気に障るような事でもしたのだろうかと、窺うように名前を呼べば、



「玲央は……、何があっても、俺から離れて行かない?」
「……え?」



 唐突な問いかけに思わずおかしな声を上げると、早く答えろと言わんばかりに綺麗な顔が目の前へ迫る。

 不安に揺れる双眸からは今にも涙が零れ落ちてしまいそうだ。

 こんな悠は、未だかつて見た事がない。

 普段纏っているあの防御壁を取り払った悠は、こんなにも弱くて脆い存在だったのかと、改めて彼を放って置けないと思う理由がひとつ、わかったような気がした。

 この期に及んでそんな呑気な事を考えていれば、悠が袖口で乱暴に涙を拭い去ろうとしているのが見え、すぐさまその手を止めると、




「頼まれたって離れてやらねーから、安心しろよ」




 そう言って、きめ細かな白磁の肌を傷つけないように指先で零れた涙をを拭ってあげた。

 その答えに安心したのか、微かな溜息を零した悠は、甘えるように玲央の肩口に額を預けて来る。

 身体の震えは、止まっているようだった。




「だって、"友達"だろ、俺たち」




 悠に何かがあった時には、必ず一番最初に駆けつけてやるよと、いつも通りの調子で続けて見たけれど、その言葉に返事が返ってくる事は、なかった。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

【完結】義兄に十年片想いしているけれど、もう諦めます

夏ノ宮萄玄
BL
 オレには、親の再婚によってできた義兄がいる。彼に対しオレが長年抱き続けてきた想いとは。  ――どうしてオレは、この不毛な恋心を捨て去ることができないのだろう。  懊悩する義弟の桧理(かいり)に訪れた終わり。  義兄×義弟。美形で穏やかな社会人義兄と、つい先日まで高校生だった少しマイナス思考の義弟の話。短編小説です。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

Take On Me

マン太
BL
 親父の借金を返済するため、ヤクザの若頭、岳(たける)の元でハウスキーパーとして働く事になった大和(やまと)。  初めは乗り気でなかったが、持ち前の前向きな性格により、次第に力を発揮していく。  岳とも次第に打ち解ける様になり…。    軽いノリのお話しを目指しています。  ※BLに分類していますが軽めです。  ※他サイトへも掲載しています。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...