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憂鬱 1
しおりを挟む妹が置き去りにして行ったのだろうティーン雑誌を手に取り、何気なく流し読みをしていると、捲った先のページには、よく見知った顔がこちらをじっと見つめている。
撮影モードに入った悠の顔は、普段玲央が見ている顔とは全く異なった所謂お仕事用の顔で、そこからファンの乙女達が膨らませたイメージを壊さないよう、彼はいつも細心の注意を払った生活を送っているのだ。
文字通り、誰の手も届かない存在であるかのように。
あまり親しくなかった頃は、ものすごいプロ根性であるなとただ単純に感心していた玲央だったが、今となっては、それらは悠が自身を守る為の防御壁であることを、理解している。
(直接本人から聞いた訳ではないのだけれど)
と言うのも、悠と一緒にいるようになってから気がついた事なのだが、どうやら彼は他人と接触する事をあまり好んではおらず、無意識なのかどうかは解らないけれど、そう言った場面に直面すると必ずその綺麗な顔を僅かに歪め警戒し、視線を逸らしてしまうのだ。
よくよく考えて見れば、初めて図書室で悠と遭遇したあの時も、髪に触れていた玲央にかなりの警戒を抱いていた上に(まあ、これは致し方ないだろう)、椅子から転げ落ちた悠に手を貸そうと差し出しても、彼はその手を取る事はしなかった。
その後、図書室での一件を皮切りに、悠と交流を深めるべく行動を開始した玲央だったが、先述通りの表情と仕草を幾度となく目にして心が折れそうになった事も、ここだけの話だが多々あった。
見るに見かねた春夜にストーカー紛いな事はやめろと何度か諭される事もあったけれど、それでも毎日飽くことなく悠に食い下がっていれば、
「橘くんは……、何でそんなに俺に構ってくるの」
初めて悠が警戒する事も視線を逸らす事もなく、真っ直ぐ玲央の目を見ていた事に驚きを隠せなかったと同時に、髪色より薄い色の双眸があまりにも綺麗で思わず見惚れてしまいそうになったが、そこをぐっと堪えて、
「彼方くんと、お友達になりたいから。それに、なんか放って置けない雰囲気なんだよな」
そう言っていつも通りに笑って見せると、珍しい事に悠が瞠目し、言葉を詰まらせた。
友達になりたいと思っているのは本当のことであったし、悠の意外な一面を見てしまってから、不自然な程に完璧な存在であろうとする彼の事が、どうしても気になって放って置けないと感じてしまう。
玲央の言葉に何か思う節でもあったのか、はたまた、あまりにも単純な答えに言葉を失ったのか判別はできなかったけれど、とりあえずは自分の言葉に反応を返してくれただけでも上々だ。
「一人くらい必要じゃね? 肩の力抜けるような友達。って言っても、ハナッからそんな付き合い出来ると思ってねーし。まあ、これからちょっとずつで良いからさ、お互いを知ってこうぜ?」
それを肯定してくれたのか、僅かに微笑んで頷いた悠の顔は、雑誌やテレビで見せるものとは違う顔で、ざわついた教室にいる生徒の誰一人として彼のこの顔を知らないのだと思うと、湧き上がる優越感が収まらなかった。
……とは言え、悠との距離感を掴むまで気は抜けず、今でこそ、悠の住むマンションの鍵を預かって、彼に触れる事を許されるまでには心を開いてもらっているが、ここに至るまでの苦労は並々ならぬものであった事を思い出し、一人苦笑していると、居間に慌しい足音と共に人影が駆け込んでくる。
一体何をそんなに慌てているのかと、眺めていた雑誌から視線を外せば、既に人影は目の前に迫っていて、
「ねえ、お兄ちゃん! この彼方 悠と同じクラスなんでしょ? 何で教えてくれなかったの!」
玲央が開いていた雑誌を取り上げ、興奮気味に悠の乗っているページを指差す妹に若干引きつつも、どうして知っているのかと問えば、友達の姉が同じ高校に通っているらしく、その伝で聞いたのだと鼻息荒く答えてくれた。
余計な事をと顔も知らない妹の友人の姉に心の中で舌打ちし、けれどいずれはバレる事かと腹を括って肯定すれば、サインもらって来てよ、と予想通りのオネダリが始まった事に溜息を吐く。
「無理無理。俺、彼方くんとはそう言う付き合い方、しない事にしてんの。……ってか、お前彼方 悠のファンだったの?」
わざと悠の事を苗字で呼び、いかにも親しくありませんと言うような雰囲気を醸し出して見たけれど、すっかり悠に心酔している乙女には効果が薄く、先程よりも迫る妹の迫力に、流石の玲央もドン引きしてしまった。
けれど、ここで折れる訳には行かないと心を鬼にして他を当たれと突き放せば、いよいよ妹の機嫌も下降を始め、何でどうしてと頬を膨らませる彼女からの痛い視線に気がつかないふりをし、悠の特集ページを捲っていると、ふと、先日発売した悠の写真集の広告に、目が留まる。
薄鈍色の髪をした名前も知らない男性モデルとの、何気ないワンショット……にも、関わらず。
……あれ……、悠、怯えてる?
傍目から見ればいつもと変らぬ、お仕事用の顔をした悠に思えるが、普段の彼を知っている玲央の目は誤魔化されない。
この写真に写る悠の瞳に、つい先日目にしたものと同じ、ほの暗い影が射している事を、玲央は見逃さなかった。
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