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思弁 2
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各々が夢や目標を持って進路先を決め、春夜も例外なく第一志望の高校へ進学を決めたある日の事だ。
剣道部も引退し、推薦で進路も無事決まった春夜の日課となりつつあったのは、放課後の図書室での自習だった。
決まる事さえ決まってしまえば遊び惚けてしまいたくなるのが人間のサガではあるのだけれど、常日頃からベストを尽くす春夜は決して油断することなく、時間さえあれば図書室へと足を運んで勉学に勤しんでいたのである。
部活は勉強の息抜きとして始めたのだが、引退するまでは専念している事が殆どだった為(とは言え、勉強も欠かすことはなかったが)、こうしてじっくりと集中し勉強をする事が、今の春夜にはとても新鮮なものに思えた。
いつものように、放課後の空いた時間を利用して図書室へ足を運ぶと、春夜が好んで座っているスペースを確保して勉強道具を鞄から取り出した。
……が、どうやら珍しく辞書を教室に忘れてしまっていたようで、見当たらないそれに溜息を吐き出すと同時に、辞書ならばこの図書室にだって代わりになりそうなものがいくらかあるだろうと考え直し、ずらりと並ぶ本棚のプレートを確認しながら、目的の棚へと歩き出す。
案の定、目的の棚はすぐに見つける事ができ、すぐさま背表紙を辿りながら必要な辞書を探していれば、ふと、聞きなれた声が耳に入り、思わず視線を声のする方角へ向けて見ると、そこには良く見知った男の姿があった。
……匂坂?
同じ剣道部に所属し、部をまとめ引っ張っていた匂坂が一体ここで何をしているのだろうか。
しかし、どうやら匂坂の他にももう一人いるようで、何となく気になった春夜が本棚の影に隠れて見えないその姿を確認すべく一歩を踏み出せば、そこにはしっとりとした漆黒の闇が広がっていた。
否。
闇ではなく、あれは人だ。
けれど、比較的明るめな配色の制服を着ているにも関わらず、その姿は他と異なっているように思えてしまうのは、彼の持つ独特な雰囲気と、あの漆黒の艶髪のせいではないだろうか。
不用意に触れると、あの闇に飲み込まれてしまいそうな雰囲気にもかかわらず、対する匂坂は全く侵食される様子も無く、いつもの通りにそれと接しているのだから、流石と言わざるを得ない。
それにしても、匂坂が誰かとこんな場所で接触を図っているとは珍しい事もあるものだ。
誰にでも平等で、けれど裏を返せば、誰にも平等であるが故に「他人に興味がない」と評される彼の「興味」を惹いたのは一体誰なのか。
若干気になる所ではあったが、盗み聞きしていた事がバレれば後が恐ろしい事を知っている春夜は、そのまま来た道を戻り元の席へ向かおうと踵を返した。
「悠……、本当に伊織と同じ学校には行かないつもりなんだな」
「一緒に行く理由がないからね」
ふと、聞いた事のある名前に思わず立ち止まってしまう。
匂坂が口にした「悠」と言う名前。
以前までは、鬱陶しいくらいに聞いてもいない「悠」と言う人間の事をぺらぺらと、誇らしげに語り尽くしていた久世が、突如として口にしなくなったもの。
春夜の記憶に残る「悠」と言う名は、久しく久世の口から聞かなくなっていたそれに違いない。
再び踵を返し、今度は慎重に本棚から二人の様子を窺えば、先程見たあの漆黒の髪は、よく遠目から久世と並んでいるのを見たことがある。
そして、久世が彼の名を口にしなくなったあの頃から、まるで入れ替わるかのように匂坂がその隣に立っているのも。
(彼らの間に一体何があったのか、詳しい事は解らないが)
「この結果を聞いたら、きっと伊織もガッカリして……、」
「何とも思わないよ……、あいつなら」
吐き捨てるかのように匂坂の言葉を遮って、座っていた椅子から勢い良く立ち上がった彼が足早に図書室から出て行く姿を呆然と見送りながら、射るような視線が容赦なく突き刺さって来る事に気がついた春夜は、ここでどう足掻いても匂坂には全てお見通しである事を理解していたが故に、大人しく隠れていた本棚から姿を見せる事を選択した。
「まさか、春夜にに盗み聞きの趣味があったとは、驚きだな」
「ただの偶然だ」
そんな趣味は持ち合わせはていないと眼鏡のフレームを押し上げれば、わかっていると僅かに口端を持ち上げて笑ったのが見え、春夜は匂坂の手によってこの場にわざと遭遇させられた事に気がついた。
いつも匂坂には、先の先まで読まれて良いようにされてしまう。
(匂坂曰く、わかりやすいと言うのだが、その感覚がわからない)
剣道でもこの三年間、一度たりとも彼に勝てることは無かった。
全く持って恐ろしい男である事を改めて思い知らされると同時に、何故そんな事をする必要があったのだろうかと言う疑問に眉を顰めれば、匂坂は先程図書室を出て行った「彼」が忘れて行ったのだろう一枚の書類を手に取り、意味深な顔をして春夜に差し出して見せる。
素直にそれを受け取った春夜の視界に入ったのは、自分と同じ学校へ進学が決まった事を示していた。
よもや同じ学校へ進学が決まっていたとは思わず、その文字と匂坂とを何度か見比べてしまう。
この事実を突きつけた所で、一体自分に何をしろと言っているのか、匂坂の考えが全く理解できないからだ。
まさか、何の接点もない自分に「彼」と仲良くしろとでも言うのだろうか。
(接点があるとしても久世繋がりしかないが、それも今は何らかの理由で久世と彼方の友人関係は絶たれているのだから最早あるとは言えないだろう)
巡り行く思考回路に春夜の眉間の皺はますます深まって行くばかりで、けれどそんな様子を心底おかしそうに微笑んで見ている匂坂は、
「春夜。時々で良いから、進学した際は、悠の様子を連絡して欲しい。僕が直接彼を見守ってあげられるのは、中学にいる間だけだ。君を信頼して、悠のことを任せたい。勿論、他言は無用でね」
そう言うと、春夜の肩を軽く叩き、颯爽と図書室を後にした。
各々が夢や目標を持って進路先を決め、春夜も例外なく第一志望の高校へ進学を決めたある日の事だ。
剣道部も引退し、推薦で進路も無事決まった春夜の日課となりつつあったのは、放課後の図書室での自習だった。
決まる事さえ決まってしまえば遊び惚けてしまいたくなるのが人間のサガではあるのだけれど、常日頃からベストを尽くす春夜は決して油断することなく、時間さえあれば図書室へと足を運んで勉学に勤しんでいたのである。
部活は勉強の息抜きとして始めたのだが、引退するまでは専念している事が殆どだった為(とは言え、勉強も欠かすことはなかったが)、こうしてじっくりと集中し勉強をする事が、今の春夜にはとても新鮮なものに思えた。
いつものように、放課後の空いた時間を利用して図書室へ足を運ぶと、春夜が好んで座っているスペースを確保して勉強道具を鞄から取り出した。
……が、どうやら珍しく辞書を教室に忘れてしまっていたようで、見当たらないそれに溜息を吐き出すと同時に、辞書ならばこの図書室にだって代わりになりそうなものがいくらかあるだろうと考え直し、ずらりと並ぶ本棚のプレートを確認しながら、目的の棚へと歩き出す。
案の定、目的の棚はすぐに見つける事ができ、すぐさま背表紙を辿りながら必要な辞書を探していれば、ふと、聞きなれた声が耳に入り、思わず視線を声のする方角へ向けて見ると、そこには良く見知った男の姿があった。
……匂坂?
同じ剣道部に所属し、部をまとめ引っ張っていた匂坂が一体ここで何をしているのだろうか。
しかし、どうやら匂坂の他にももう一人いるようで、何となく気になった春夜が本棚の影に隠れて見えないその姿を確認すべく一歩を踏み出せば、そこにはしっとりとした漆黒の闇が広がっていた。
否。
闇ではなく、あれは人だ。
けれど、比較的明るめな配色の制服を着ているにも関わらず、その姿は他と異なっているように思えてしまうのは、彼の持つ独特な雰囲気と、あの漆黒の艶髪のせいではないだろうか。
不用意に触れると、あの闇に飲み込まれてしまいそうな雰囲気にもかかわらず、対する匂坂は全く侵食される様子も無く、いつもの通りにそれと接しているのだから、流石と言わざるを得ない。
それにしても、匂坂が誰かとこんな場所で接触を図っているとは珍しい事もあるものだ。
誰にでも平等で、けれど裏を返せば、誰にも平等であるが故に「他人に興味がない」と評される彼の「興味」を惹いたのは一体誰なのか。
若干気になる所ではあったが、盗み聞きしていた事がバレれば後が恐ろしい事を知っている春夜は、そのまま来た道を戻り元の席へ向かおうと踵を返した。
「悠……、本当に伊織と同じ学校には行かないつもりなんだな」
「一緒に行く理由がないからね」
ふと、聞いた事のある名前に思わず立ち止まってしまう。
匂坂が口にした「悠」と言う名前。
以前までは、鬱陶しいくらいに聞いてもいない「悠」と言う人間の事をぺらぺらと、誇らしげに語り尽くしていた久世が、突如として口にしなくなったもの。
春夜の記憶に残る「悠」と言う名は、久しく久世の口から聞かなくなっていたそれに違いない。
再び踵を返し、今度は慎重に本棚から二人の様子を窺えば、先程見たあの漆黒の髪は、よく遠目から久世と並んでいるのを見たことがある。
そして、久世が彼の名を口にしなくなったあの頃から、まるで入れ替わるかのように匂坂がその隣に立っているのも。
(彼らの間に一体何があったのか、詳しい事は解らないが)
「この結果を聞いたら、きっと伊織もガッカリして……、」
「何とも思わないよ……、あいつなら」
吐き捨てるかのように匂坂の言葉を遮って、座っていた椅子から勢い良く立ち上がった彼が足早に図書室から出て行く姿を呆然と見送りながら、射るような視線が容赦なく突き刺さって来る事に気がついた春夜は、ここでどう足掻いても匂坂には全てお見通しである事を理解していたが故に、大人しく隠れていた本棚から姿を見せる事を選択した。
「まさか、春夜にに盗み聞きの趣味があったとは、驚きだな」
「ただの偶然だ」
そんな趣味は持ち合わせはていないと眼鏡のフレームを押し上げれば、わかっていると僅かに口端を持ち上げて笑ったのが見え、春夜は匂坂の手によってこの場にわざと遭遇させられた事に気がついた。
いつも匂坂には、先の先まで読まれて良いようにされてしまう。
(匂坂曰く、わかりやすいと言うのだが、その感覚がわからない)
剣道でもこの三年間、一度たりとも彼に勝てることは無かった。
全く持って恐ろしい男である事を改めて思い知らされると同時に、何故そんな事をする必要があったのだろうかと言う疑問に眉を顰めれば、匂坂は先程図書室を出て行った「彼」が忘れて行ったのだろう一枚の書類を手に取り、意味深な顔をして春夜に差し出して見せる。
素直にそれを受け取った春夜の視界に入ったのは、自分と同じ学校へ進学が決まった事を示していた。
よもや同じ学校へ進学が決まっていたとは思わず、その文字と匂坂とを何度か見比べてしまう。
この事実を突きつけた所で、一体自分に何をしろと言っているのか、匂坂の考えが全く理解できないからだ。
まさか、何の接点もない自分に「彼」と仲良くしろとでも言うのだろうか。
(接点があるとしても久世繋がりしかないが、それも今は何らかの理由で久世と彼方の友人関係は絶たれているのだから最早あるとは言えないだろう)
巡り行く思考回路に春夜の眉間の皺はますます深まって行くばかりで、けれどそんな様子を心底おかしそうに微笑んで見ている匂坂は、
「春夜。時々で良いから、進学した際は、悠の様子を連絡して欲しい。僕が直接彼を見守ってあげられるのは、中学にいる間だけだ。君を信頼して、悠のことを任せたい。勿論、他言は無用でね」
そう言うと、春夜の肩を軽く叩き、颯爽と図書室を後にした。
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