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懐古 2
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「お疲れ様でした」
目まぐるしくたかれるフラッシュの嵐が止み、軽く挨拶を済ませた悠が綺麗にセットされた髪型と衣装を崩しながら控え室へ足を向けると、撮影が終わるのを待ち伏せていたのか、数名の出版社と思われる人間がここぞとばかりに企画書の入った封筒と差し入れのミネラルウォーターを差し出しながら、足早にその後ろ姿を追ってくる。
いつもの調子で軽く受け流しつつも食い下がる彼らは引くことを知らず、相手をするのも面倒だと悠が溜息を零せば、スケジュール確認で席を外していたマネージャーのタイミングの良い帰還によって、その煩わしさから解放された。
自身とはかけ離れていると思っていた世界に、とある切っ掛けから飛び込み、モデルとして活動を始めてから早二年。
何がそんなに世間でウケたのかはわからないものの、有難い事に今や業界内では一、二を争うまでの売れっ子へと悠は変貌を遂げていた。
表紙を飾れば、増刷は当たり前。
特集を組めば、売り上げはうなぎのぼり。
故に、雑誌の売り上げが低迷している昨今、社運をかけている出版社からのオファーは絶える事が無く、けれど、高校進学と共に学業の両立をさせたいと言う悠の意思を事務所が尊重し、滅多に仕事は受けない事でも有名となっていた為、余計に彼の存在は重宝されており、先程の通りなりふり構わずアポなし直談判してくる輩も沸いていると言う現状である。
「悠、お疲れ様」
「……うん」
見た目重視の着脱が非常に面倒な衣装に苛立ちながら、アポなしオファーの封筒を両腕に抱えるマネージャーに視線を寄越せば、分厚い封筒のひとつひとつに軽く目を通している所で、今月はこの仕事以外受けるつもりは無いことを悠が告げると、彼はわかってるよと言わんばかりの盛大な溜息を漏らして苦笑した。
仕事に対するスタンスをよく理解しているマネージャーにしては、らしくない反応である事を悠が突っ込めば、彼は抱えていた封筒とは別に、無造作に鞄に突っ込んであった封筒を取り出し手渡してくる。
「また、例の事務所からオファーが来てた」
封筒を裏返せば、そこにはとある事務所名が印字されていて、思わず悠が眉を顰めると同時にマネージャーの彼までもが同じような表情を作って溜息を吐き出した。
「最近は一段としつこくて、断るにも一苦労してんだ。いい加減、受けてやったらどうなんだ?」
「……絶対に、それだけは嫌です。勿論、断って頂いたんですよね?」
少しだけからかうような口調で提案したマネージャーの言葉をバッサリ切り捨て、念を押すように断りを入れたことを確認すれば、暗黙の了解だろうと彼は両肩を竦めて見せ、残りの封筒の書類に再び目を落とす。
「この業界じゃ、彼方 悠と久世 伊織の共演がNGってのは誰もが承知なはずなのにな。何で、わざわざその久世サイドから企画が上がってくるのか、理解に苦しむよ」
そう言って苦笑するマネージャーの言葉には何も答えず、渡された企画書には目を通さないまま、一気に引き裂いた。
『オレ達……、一緒にいても、つり合ってないと思うんだ』
そう言って、悠を遠ざけたのは伊織の方なのに、今更になって何故接触を試みているのか、到底理解が出来ない。
あの時、無情にも放たれた「つり合わない」と言う言葉の意味は、伊織の住む世界と悠の住む世界の事で、こうして二人同じ世界に身を置いた今ならば「つり合う」とでも言いたいのだろうか。
今の二人ならば、元の関係に戻れるとでも、思ったのだろうか。
一度壊れてしまったものが、元に戻る事は絶対に有り得ないと言うのに。
引き裂いた書類の間から、挟まっていたらしい一枚のポラがスルリと抜け落ち、そこに映っている人物のどこと無くもの悲しそうな表情が、悠の最後に見たそれとよく、似ている。
『だから、ごめん……、彼方くん……』
距離を置く事を、幼い頃から続いていた関係を打ち壊すことを決定打にした、あの時の伊織の表情だ。
何かの雑誌で使う為の試し撮りと思われる、一枚のポラ。
拾い上げたそれをぐしゃりと握りつぶせば、手の平同様、心の奥底にも僅かな痛みが走る。
「何で……、お前がそんな顔してんだよ」
そのポラに込められた撮影テーマが一体何であったのか、悠は知る由もない。
「お疲れ様でした」
目まぐるしくたかれるフラッシュの嵐が止み、軽く挨拶を済ませた悠が綺麗にセットされた髪型と衣装を崩しながら控え室へ足を向けると、撮影が終わるのを待ち伏せていたのか、数名の出版社と思われる人間がここぞとばかりに企画書の入った封筒と差し入れのミネラルウォーターを差し出しながら、足早にその後ろ姿を追ってくる。
いつもの調子で軽く受け流しつつも食い下がる彼らは引くことを知らず、相手をするのも面倒だと悠が溜息を零せば、スケジュール確認で席を外していたマネージャーのタイミングの良い帰還によって、その煩わしさから解放された。
自身とはかけ離れていると思っていた世界に、とある切っ掛けから飛び込み、モデルとして活動を始めてから早二年。
何がそんなに世間でウケたのかはわからないものの、有難い事に今や業界内では一、二を争うまでの売れっ子へと悠は変貌を遂げていた。
表紙を飾れば、増刷は当たり前。
特集を組めば、売り上げはうなぎのぼり。
故に、雑誌の売り上げが低迷している昨今、社運をかけている出版社からのオファーは絶える事が無く、けれど、高校進学と共に学業の両立をさせたいと言う悠の意思を事務所が尊重し、滅多に仕事は受けない事でも有名となっていた為、余計に彼の存在は重宝されており、先程の通りなりふり構わずアポなし直談判してくる輩も沸いていると言う現状である。
「悠、お疲れ様」
「……うん」
見た目重視の着脱が非常に面倒な衣装に苛立ちながら、アポなしオファーの封筒を両腕に抱えるマネージャーに視線を寄越せば、分厚い封筒のひとつひとつに軽く目を通している所で、今月はこの仕事以外受けるつもりは無いことを悠が告げると、彼はわかってるよと言わんばかりの盛大な溜息を漏らして苦笑した。
仕事に対するスタンスをよく理解しているマネージャーにしては、らしくない反応である事を悠が突っ込めば、彼は抱えていた封筒とは別に、無造作に鞄に突っ込んであった封筒を取り出し手渡してくる。
「また、例の事務所からオファーが来てた」
封筒を裏返せば、そこにはとある事務所名が印字されていて、思わず悠が眉を顰めると同時にマネージャーの彼までもが同じような表情を作って溜息を吐き出した。
「最近は一段としつこくて、断るにも一苦労してんだ。いい加減、受けてやったらどうなんだ?」
「……絶対に、それだけは嫌です。勿論、断って頂いたんですよね?」
少しだけからかうような口調で提案したマネージャーの言葉をバッサリ切り捨て、念を押すように断りを入れたことを確認すれば、暗黙の了解だろうと彼は両肩を竦めて見せ、残りの封筒の書類に再び目を落とす。
「この業界じゃ、彼方 悠と久世 伊織の共演がNGってのは誰もが承知なはずなのにな。何で、わざわざその久世サイドから企画が上がってくるのか、理解に苦しむよ」
そう言って苦笑するマネージャーの言葉には何も答えず、渡された企画書には目を通さないまま、一気に引き裂いた。
『オレ達……、一緒にいても、つり合ってないと思うんだ』
そう言って、悠を遠ざけたのは伊織の方なのに、今更になって何故接触を試みているのか、到底理解が出来ない。
あの時、無情にも放たれた「つり合わない」と言う言葉の意味は、伊織の住む世界と悠の住む世界の事で、こうして二人同じ世界に身を置いた今ならば「つり合う」とでも言いたいのだろうか。
今の二人ならば、元の関係に戻れるとでも、思ったのだろうか。
一度壊れてしまったものが、元に戻る事は絶対に有り得ないと言うのに。
引き裂いた書類の間から、挟まっていたらしい一枚のポラがスルリと抜け落ち、そこに映っている人物のどこと無くもの悲しそうな表情が、悠の最後に見たそれとよく、似ている。
『だから、ごめん……、彼方くん……』
距離を置く事を、幼い頃から続いていた関係を打ち壊すことを決定打にした、あの時の伊織の表情だ。
何かの雑誌で使う為の試し撮りと思われる、一枚のポラ。
拾い上げたそれをぐしゃりと握りつぶせば、手の平同様、心の奥底にも僅かな痛みが走る。
「何で……、お前がそんな顔してんだよ」
そのポラに込められた撮影テーマが一体何であったのか、悠は知る由もない。
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