【R18/BL】激情コンプレックス

姫嶋ヤシコ

文字の大きさ
上 下
2 / 74

懐古 2

しおりを挟む
****

「お疲れ様でした」

 目まぐるしくたかれるフラッシュの嵐が止み、軽く挨拶を済ませた悠が綺麗にセットされた髪型と衣装を崩しながら控え室へ足を向けると、撮影が終わるのを待ち伏せていたのか、数名の出版社と思われる人間がここぞとばかりに企画書の入った封筒と差し入れのミネラルウォーターを差し出しながら、足早にその後ろ姿を追ってくる。

 いつもの調子で軽く受け流しつつも食い下がる彼らは引くことを知らず、相手をするのも面倒だと悠が溜息を零せば、スケジュール確認で席を外していたマネージャーのタイミングの良い帰還によって、その煩わしさから解放された。

 自身とはかけ離れていると思っていた世界に、とある切っ掛けから飛び込み、モデルとして活動を始めてから早二年。

 何がそんなに世間でウケたのかはわからないものの、有難い事に今や業界内では一、二を争うまでの売れっ子へと悠は変貌を遂げていた。

 表紙を飾れば、増刷は当たり前。
 特集を組めば、売り上げはうなぎのぼり。

 故に、雑誌の売り上げが低迷している昨今、社運をかけている出版社からのオファーは絶える事が無く、けれど、高校進学と共に学業の両立をさせたいと言う悠の意思を事務所が尊重し、滅多に仕事は受けない事でも有名となっていた為、余計に彼の存在は重宝されており、先程の通りなりふり構わずアポなし直談判してくる輩も沸いていると言う現状である。

「悠、お疲れ様」
「……うん」

 見た目重視の着脱が非常に面倒な衣装に苛立ちながら、アポなしオファーの封筒を両腕に抱えるマネージャーに視線を寄越せば、分厚い封筒のひとつひとつに軽く目を通している所で、今月はこの仕事以外受けるつもりは無いことを悠が告げると、彼はわかってるよと言わんばかりの盛大な溜息を漏らして苦笑した。

 仕事に対するスタンスをよく理解しているマネージャーにしては、らしくない反応である事を悠が突っ込めば、彼は抱えていた封筒とは別に、無造作に鞄に突っ込んであった封筒を取り出し手渡してくる。


「また、例の事務所からオファーが来てた」


 封筒を裏返せば、そこにはとある事務所名が印字されていて、思わず悠が眉を顰めると同時にマネージャーの彼までもが同じような表情を作って溜息を吐き出した。

「最近は一段としつこくて、断るにも一苦労してんだ。いい加減、受けてやったらどうなんだ?」
「……絶対に、それだけは嫌です。勿論、断って頂いたんですよね?」

 少しだけからかうような口調で提案したマネージャーの言葉をバッサリ切り捨て、念を押すように断りを入れたことを確認すれば、暗黙の了解だろうと彼は両肩を竦めて見せ、残りの封筒の書類に再び目を落とす。


「この業界じゃ、彼方 悠かなた ゆう久世 伊織くぜ いおりの共演がNGってのは誰もが承知なはずなのにな。何で、わざわざその久世サイドから企画が上がってくるのか、理解に苦しむよ」


 そう言って苦笑するマネージャーの言葉には何も答えず、渡された企画書には目を通さないまま、一気に引き裂いた。







『オレ達……、一緒にいても、つり合ってないと思うんだ』








 そう言って、悠を遠ざけたのは伊織の方なのに、今更になって何故接触を試みているのか、到底理解が出来ない。

 あの時、無情にも放たれた「つり合わない」と言う言葉の意味は、伊織の住む世界と悠の住む世界の事で、こうして二人同じ世界に身を置いた今ならば「つり合う」とでも言いたいのだろうか。

 今の二人ならば、元の関係に戻れるとでも、思ったのだろうか。

 一度壊れてしまったものが、元に戻る事は絶対に有り得ないと言うのに。


 引き裂いた書類の間から、挟まっていたらしい一枚のポラがスルリと抜け落ち、そこに映っている人物のどこと無くもの悲しそうな表情が、悠の最後に見たそれとよく、似ている。





『だから、ごめん……、……』






 距離を置く事を、幼い頃から続いていた関係を打ち壊すことを決定打にした、あの時の伊織の表情だ。

 何かの雑誌で使う為の試し撮りと思われる、一枚のポラ。

 拾い上げたそれをぐしゃりと握りつぶせば、手の平同様、心の奥底にも僅かな痛みが走る。



「何で……、お前がそんな顔してんだよ」



 そのポラに込められた撮影テーマが一体何であったのか、悠は知る由もない。



しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

営業活動

むちむちボディ
BL
取引先の社長と秘密の関係になる話です。

エリート上司に完全に落とされるまで

琴音
BL
大手食品会社営業の楠木 智也(26)はある日会社の上司一ノ瀬 和樹(34)に告白されて付き合うことになった。 彼は会社ではよくわかんない、掴みどころのない不思議な人だった。スペックは申し分なく有能。いつもニコニコしててチームの空気はいい。俺はそんな彼が分からなくて距離を置いていたんだ。まあ、俺は問題児と会社では思われてるから、変にみんなと仲良くなりたいとも思ってはいなかった。その事情は一ノ瀬は知っている。なのに告白してくるとはいい度胸だと思う。 そんな彼と俺は上手くやれるのか不安の中スタート。俺は彼との付き合いの中で苦悩し、愛されて溺れていったんだ。 社会人同士の年の差カップルのお話です。智也は優柔不断で行き当たりばったり。自分の心すらよくわかってない。そんな智也を和樹は溺愛する。自分の男の本能をくすぐる智也が愛しくて堪らなくて、自分を知って欲しいが先行し過ぎていた。結果智也が不安に思っていることを見落とし、智也去ってしまう結果に。この後和樹は智也を取り戻せるのか。

放課後教室

Kokonuca.
BL
ある放課後の教室で彼に起こった凶事からすべて始まる

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

初体験

nano ひにゃ
BL
23才性体験ゼロの好一朗が、友人のすすめで年上で優しい男と付き合い始める。

大嫌いだったアイツの子なんか絶対に身籠りません!

みづき
BL
国王の妾の子として、宮廷の片隅で母親とひっそりと暮らしていたユズハ。宮廷ではオメガの子だからと『下層の子』と蔑まれ、次期国王の子であるアサギからはしょっちゅういたずらをされていて、ユズハは大嫌いだった。 そんなある日、国王交代のタイミングで宮廷を追い出されたユズハ。娼館のスタッフとして働いていたが、十八歳になり、男娼となる。 初めての夜、客として現れたのは、幼い頃大嫌いだったアサギ、しかも「俺の子を孕め」なんて言ってきて――絶対に嫌! と思うユズハだが…… 架空の近未来世界を舞台にした、再会から始まるオメガバースです。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

十七歳の心模様

須藤慎弥
BL
好きだからこそ、恋人の邪魔はしたくない… ほんわか読者モデル×影の薄い平凡くん 柊一とは不釣り合いだと自覚しながらも、 葵は初めての恋に溺れていた。 付き合って一年が経ったある日、柊一が告白されている現場を目撃してしまう。 告白を断られてしまった女の子は泣き崩れ、 その瞬間…葵の胸に卑屈な思いが広がった。 ※fujossy様にて行われた「梅雨のBLコンテスト」出品作です。

処理中です...