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少女編

コハクチョウとおばあちゃんの真珠 (4)

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”パール”は餌を食べるようになり、数週間経ったころから、飛ぶ仕草をするようになった。
たまにやって来る、杉谷先生も少し離れて観察し・状況を見て診療しながら経緯は良好であると言っていた。

その頃になると、センターの人は、少しでも飛ぶ練習をした方が良いということで”パール”を広いケージに移した。

そして、2週間くらいかかったが、"パール"は数メートルだが飛ぶことが出来るまで回復してきた。
その後は段々距離は伸びていき、やがてケージの中だが細かい飛行が出来るようになっていった。

センターの人たちは、なるべく人の介在していることを気づかせないように注意深くリハビリを続けた。

もちろんサエラも手伝えることは手伝った。

やがて、センターの人が見ても「大丈夫かな」というくらい羽ばたきにも問題がなく、細かい飛行も出来るようになった。

数日後、杉谷先生が診察した。
「よっしゃ、もう大丈夫やで、そろそろ戻そか、今度の日曜日晴れみたいやから、どうやろ・・・」と杉谷先生の許しが出たのだ。

サエラはその言葉を聞いてその辺りを跳ね回り歌を歌って喜んでいた。
それほど、うれしかったのだろう。

家に帰っても両親にその話をしていた。

父親と母親は、元気にコハクチョウの話をする娘を見て嬉しそうだった。

------
次の日曜日に長い間待ち望んだ、”パール”を湖近くで野生に戻す日が来た。

サエラは前の日から寝付けなかった。
しかし流石に朝方には眠くなって、寝てしまったようだ。

朝母親の「今日は大事な日とちゃうの?」という言葉で目覚めた。

「あかん、あかん、寝過ごすとこやった」
そう言うと、朝ごはんも食べないで走ってセンターまで行った。

センターではみんな緊張していた。

結城さんが慎重に”パール”を捕まえる。

その後”パール”は目隠しをされてケージに入れられて、軽トラックの荷台に乗せられた。

助手席には杉谷先生が乗り、荷台には数名のセンターの人が乗った。

みんなが揃うと、「さぁ行こか!!」という一言が聞こえてくる。

そう言うと軽トラックは走り出した。

サエラは河合さんと結城さんの車に乗せてもらい現場に行った。

何時も見慣れた田畑と湖を見ながら”パール”を戻す場所に向かって行った。

サエラは自然に帰すことが如何に大変かはセンターの人から聞いている。

そう、嬉しくもあり心配事も多い。

自然に帰せば、それで終わりというわけではない、実はとても難しいことなのだ。

現場に着くと、そこは湖が見える、コハクチョウが良く来る田んぼの端っこ。

ケージを置いて、目隠しを取り、人は風下の茂みに隠れた。

”パール”は小さなケージの中から警戒しながら外を何度も見まわしていた。

その後、思い切ったようにケージを出て、一度大きく羽を羽ばたく。

それを見ながらサエラは心の中で応援する。
(そうや”パール”、頑張って飛ぶんや、みんなの所へ行くんや!!)

その後、練習をするかのように数回羽ばたきをしながらウロウロし始める。

そしてついに、羽ばたきながら”パール”は走り出した。

サエラの握っている手に力が入る。
(お願い、”パール”を仲間の所まで飛ばしたって!!)

羽ばたきながら走る”パール”は、やがて空に舞い上がって行った。

サエラは「そうや、飛んで行くんや、もう川に来たらあかんで~」と小さな声で”パール”に向かって叫んだ。

少しの間、”パール”は、田んぼの周りを飛んでいた。
それは何かを探しているようでもあったが、誰も何を探しているかは分からない。

その後、”パール”が湖を目指し飛んで行く、湖までの距離はそれほど遠くな無いが、久しぶりの風の強いケージの無い外の世界を飛ぶ”パール”は楽しんでいるのかもしれない。

やがて”パール”は大空の飛行を堪能し、他のコハクチョウたちのいる湖の上に着水した。

サエラとセンターのみんなは、ひと安心したようだが、まだ緊張して”パール”を見守っていた。

実は、ここからが正念場だった。

コハクチョウ達は群れで北に帰る。

もし”パール”に人の何かが残っていた場合、他のコハクチョウは警戒して仲間と認識されないかもしれない。
そうなると”パール”に他のコハクチョウ達は寄って来ないことも考えられる。

そして仲間として認識されなければ ”北には帰れない”。

つまり仲間に入れてもらえなければ、この”パール”を自然に返すこと自体が失敗だと言うことになる。

手を合わせ仲間に入れてもらえるように祈っているサエラ。
(大丈夫やセンターの人たちが本当に慎重に世話したんや、自然のままのはずや!!、お願いやから、みんな”パール”を迎えてやって)

湖に降りて時間が経つが、仲間の近くにいるとは言え、”パール”は1羽だけだけで泳いでいた。
その周りには数羽のコハクチョウが居たが、近寄りそうで近寄って来なかった。

(みんな、”パール”は仲間なんやで、なんで一緒に泳いでくれへんの……)

大分時間が経ったき、その内の1羽が”パール”に近付いてきた。
2羽のコハクチョウはお互いに横に並び泳いでいた。

その後、他の取り巻きのコハクチョウ達も近付いてきてコハクチョウの群れとなった。
その群れの中で、”パール”も一緒にいでいた。

サエラは他のコハクチョウと泳ぐ”パール”を見て、泣きながら河合さんに抱き着いていた。
「良かった、良かった……仲間に入れたんや、これで北に帰れるんや」

サエラは、その様子を日が傾くまで、長い間見続けていた。

家に帰ると母親に嬉しそうに報告した。
「”パール”がな、今日元気に仲間の所に迎え入れられたんやで、嬉しかったわ」

母親は嬉しそうな顔をして「良かったわね」とひとこと言っただけだった。

しかし、その日の夕食は、サエラの好物が並んだ豪華な内容だった。

母親は「今日はコハクチョウさんの全快記念ね」とか言いながら、父親と乾杯していた。
父親は「今日はいっぱい飲むぞ!!」とか言いながら”パール”をサカナに飲んでいた。

サエラはあきれながら、(結局お父ちゃんとお母ちゃんは飲みたいだけとちゃうか?)と思った。

その日以来、学校帰りに湖を見に行くと”パール”のくちばしの模様を探す。
そして見つけると、ジィっと様子を見てから野鳥センターに行く毎日だった。

(仲間と一緒に泳げて良かったな、”パール”)

仲間と一緒の”パール”を見るサエラ……

だが、春が近づくにつれ、河合さんが説明してくれたことが気になって来た。
「そろそろ、コハクチョウさんも北に帰るころやな……」

そうである。
サエラは、あの事件のことがあったにも関わらず、”パール”がなんとか北に帰れるようになったことをうれしく思っていた。

しかし心配事がひとつ有った。

「”パール”は、いじめられたから、人が嫌いになっとるかもしれへん、もし北に帰ったら、もうここに来てくれへんかもしれへんな」

春の近いこの頃になると、小集団の群れで、よく飛ぶようになる。
なぜか餌を食べに行く訳でもないのに群れは水面近くや水面高くを飛びまわる。

これは北に帰る練習をしているのだ。
最後にやがて高度をどんどん上げ、北に進路を向け北に帰る群れが出てくるのだ。

そして、ついに春も近付くある日、コハクチョウ達の北回帰が本当に始まった。

当たり前だが、”パール”も北に帰ることを決め、”パール”も北回帰のために群れの中で飛ぶ訓練をし始めた。

サエラはそんな”パール”を見ながら呟いていた。
「ごめんな、酷い目に合わせてしもうたな、でもお願いや来年もここに来てな」

数日後、”パール”が居る群れは、飛ぶ練習をしながら、そのまま高度を上げ北に向かい始めた。

「北に帰るんやな、来年もキット来てや!!、待ってるで」

北を目指す”パール”達の群れを見えなくなるまで見送るサエラの声がいつまでも大空に響いた。

~~~~~~
サエラは、その日また不思議な夢を見た。

”パール”がそこに居た。

サエラは謝っていた。
「ごめんな、酷い目に合わせてしもうたな、でもお願いや来年もここに来てな」

”パール”は首を振りながら
「何を言うかな、サエラちゃんにはお世話になりました、来年も必ず来るからね、待っててね」

「もちろんや!!」

なぜか言葉を話す”パール”、それも人が分かる言葉だ。

しかし、”パール”がそう言った後”パール”は、おばあちゃんの姿になった。
「色々頑張ったな、まだまだ勉強は終わってないで、これからも頑張るんやで」

そうおばあちゃんは言うと、再び”パール”の姿になり大空へ飛んで行った。

そのコハクチョウを見送りながらサエラは叫んでいた。
「うん、もっと頑張るわ!!」

~~~~~~
またしても、なんとも不思議な夢をみたサエラだった。
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