魔法使いとメル

魔茶来

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魔法使い、お手伝い君(メル)を拾う①

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 秋が深まりだんだん涼しくなっていくが、六甲山系の山間から日差しがガラス越しに届くと暖かかった。
 さてと、店の準備を始めるとしようか。

 僕は新宮領志朗しんぐうりょう しろう、魔法使いだ。
 ーー正確には魔法使い見習いだ。

 何を隠そう魔法の修行をするために、ここ神戸に来た。
 ーー本当はすぐに帰るつもりだった。

 修行とは言っても過酷な修行ではない。
『聖花草三十六』を収集しその効能を自分の体に定着させるのだ。
 この修行が終わればポーション作成の資格が与えられ駆け出しの魔法使いになれる。
 早い者であれば数か月で終わる修行のはずだ。

 しかし、しかしだ、僕はもう二年ここに居るんだが、まだ八種類の聖花草収集しか終わっていない。
 僕もまさかと思っている、このペースではまだ数年、いや十年近くかかるのではないだろうか。

 これだけ長期間になると住むところが必要になるのだが、僕は運よく小さな店を営んでいる。
 しかし最近目的が店を営むことになっているような気がするのは気のせいだろうか?

 店の開店準備をしていると、今日もいつもの一番客である大家さんがやってきた。
「魔法使いさん、今日も湿布薬をお願いしますね」

「はい、準備してありますよ、どうですか腰の具合は」

「ええ、とっても具合良いわよ、本当にあなたの湿布薬は効くわね。そうそう陶芸家の大山氏も喜んでいたわよ」

「ありがとうございます。大山さんも足の腫れが酷いので少し時間をかけてマッサージを続ける必要があると思いますが、施術の後『楽になったわ』と喜ばれていました」

「そうでしょ、大山氏にすごい魔法を使う魔女さんだって紹介した甲斐があるわね。じゃぁ、明日も頼むわね、魔女さん」

「いや、魔法使いです・・・」

 相変わらず魔女さんと間違われているようだ。
 帰って行く大家さんの小さな背中を見ながら感謝していた。

 ーーあの時、そう、なかなか聖花草が見つからず途方に暮れていた僕は喫茶店に入った。

 その時初めて大家さんと会った。

 探し物をちゃんと探せない僕は「なんて運が悪いんだ」と呟いていた。

「そんなことはないわよ、あなたは運が良いのよ、ここは金曜日のそれも一時間しか営業していないのよ」
 そんな言葉をかけてくれた。

「でも今は住むところもないし、目的のものも探せない、もう帰るしかないのかな。。。」
 僕の心は折れていた、だからだろうそんな弱音を吐いた。

「どうしたの夢破れたの?故郷に帰るの?」

「そうするしか無いかもしれない」
 僕の目には涙が溢れていた。

「そうだわ、あなたは運が良い、これも何かの縁、どうここに住んでみない?」

「ここに?」

「そう、この喫茶店、先に逝ってしまった不人情な旦那だけど一緒に夢を育んだこの喫茶店」

「喫茶店?」

「昔私たち夫婦の夢を実現した場所。喫茶店でなくても、あなたが好きな何か商売を始めると良いわ」

 ここは神戸北野、異人館で有名なところらしい。
 僕がここを選んだのは北には六甲山系が直ぐそばにあり南には波の穏やかな瀬戸内海もあることだった。
 多分聖花草の大半はここにあると考えられたからだ。

 ーー大家さんは夫婦一緒にここ北野で喫茶店を経営していたという。

 二十年前に旦那さんが亡くなり一人になってからも細々と喫茶店を続けていたらしい。
 だが寄る年波に勝てず開けている日数や時間が短くなっていった。
 そして、今では金曜の一時間だけ営業しているという。

 大家さんにも子供さんたちもいるのだが、喫茶店を継ぐ気もないようだった。

 大家さんも限界を感じていたので、もう店は閉めるしかないないと諦めてたらしい。

「どう、あなた何かここで商売でも始めたら良いわよ」

 その時は何も考えられなかったが、コーヒーを飲んでいる内に「魔法使いの店」でも始めようと思った。

「魔法使いの店?」

「はい」

「魔女の店のほうが良いんじゃないの?」

「いえ、男ですから」

「えっ?、男の子?」

「そうです、男です」

「そうなの男の子だったのね」

 そんな会話があったと思うのだが、今でも大家さんは魔女の店だと言い間違えるし、僕のことを魔女さんと呼び間違えることもある。

 店だが、最初は分かりやすいように小さな民間療法店とでもいうべき店としようと考えた。

 考えてみれば何の資格も持っていないのだ。
 なにせここでは薬事法とかいろいろな法律がありそれらに触れる商売は不可能だ。
 昔から知られている簡単な煎じ薬や湿布薬を少しアレンジして売ることにした。

 それでも法律での制限は多いから大々的に宣伝は出来ないだろう。

 もちろんそれだけでは食べていけないのでハーブティーとナッツ類を常連さんには出す喫茶コーナーも作ることにした。
 もちろんノウハウは大家さんから教えていただいた。

 喫茶コーナーではあるが、コーヒーとかは置いていないハーブティーを専門に出すコーナーだ。

 そして最後はマッサージも施術しているのだが、これは商売としてではなく僕の練習用だ。
 実はこれはマッサージと呼んでいるがちゃんとした治療の施術をする。
 でも治療だとは誰にも分らないだろう、なぜならこれは「治療魔法」だ。
 先ほどの大山さんは『毒気どく』に侵されていた、これは癒しの魔法でなければ治癒は出来ない。

 ただ、施術中は投薬も麻酔も手術もしない周りからは摩っているだけにしか見えないだろう。
 マッサージは商売としてではなく大家さんの口コミで週に数回夕方に予約のみで続けることにした。

 ちなみに家賃だが大家さんも思い出のある喫茶店を閉めなくても良くなるとのことでほぼ無料に近い金額で貸してくれていた。

 神戸北野の雑貨店の間にある「魔法使いの仮屋」の営業はこうして始まった。

 ーーあれから二年。
 実は今日は昼からお休みにして聖花草を探しに行った。

 そして摩耶山で数時間捜索の結果、暗闇の摩耶山でやっと九番目の聖花草「セント・ナノ」を見つけた。

 その聖花草「セント・ナノ」は数時間たった今でも萎れることもなかった。

 僕は自然のエネルギーを取り入れるために素っ裸になる。
 
「セント・ナノ」の葉を一枚千切り口に含んだ。

 葉は固く椿の葉っぱのようだった、その味は苦く、そして舌をピリピリと刺激してきた。
「分析・術式構築・術式再構築」

 それは新たな薬の成分と薬効を僕の体へ魔法術式としての定着の魔法発動の呪文である。

 葉は分解され、その成分を明らかにしていく。
 そして薬効になる成分生成と効果発動の術式として組み込まれていく。
 この時自然エネルギーが必要になる。

 そして、ここまでが僕が魔法学校で覚えたことだ。

 ここからはここに来てから始めたことだ。
 僕はこの土地で一般薬草と薬局に売っている薬を分析し蓄積している。
 それらの結果の成分も分析し効能を術式にしている。
 少しでも多くの効能を解析し術式を体に覚えさせるためだ。

 本来であれば今頃は修行も明け、Cランクとなりポーションを作れるくらいの効能術式を蓄えているだろう。

 だが今の僕にはその力はない、分析できる効能術式がまだ少ないからだ。
 だから今は薬になりそうな成分は進んで取り込んでいた。

 その上で蓄えてきた術式と今取り込んだ成分からできた術式を組み合わせて使えそうなものを作るのだ。

 そうだな魔法学校では教えてくれなかった新しい術式。
 そう僕オリジナルの効能を持つ魔法を作る努力をしている。
 すべてが成功するわけではない、だがそれでも新しい術式は完成する。

 そして出来上がった術式は薬を生み出すだけでなく治癒の施術にも使える。

 新たな術式の構築、体は新たな術式を加え使える魔法を増やして行く。

 そして時間とともに体が熱を持ち汗ばんでくるのが分かる。
 自然エネルギーによる新たな術式構築が僕の体で活発に働いている証拠だった。

 約一時間に及ぶ儀式が終わると汗ばんだ体を拭いた。

 疲れ、それは気持ちのいい疲れだった。

「ふう、やっと終わったよ、疲れた・・・」

 ともかく眠かった自然エネルギーの力を借りたが、それでも僕の魔力が尽きかけていた。

「おぃ・・シロ・・・おぃ・・・シロ・」

 朦朧とする意識の中で、声が聞こえるような気がした。

「おめでとう!!」

 今度ははっきり声が聞こえた、頭はすっきりしない状態だったがあることを思い出した。

「そうか九番目だった」

 そう叫ぶと起き上がった。

「こんばんわデリカ教授」

 声の主、彼女の名前はデリカ教授、僕の魔法教育担当だ。

「シロン、九種類目の聖花草を吸収完了おめでとう。これで四分の一だな、GランクからFランクにランクアップだ、他の者は既に修行をとっくに終わって見習いからCランクやBランクの魔法使いだというのにな。お前は本当に気が長いな」

 二年も掛けて九種類なんて、たぶん普通の人はあきらめるだろうな。
 そう医療魔法はやめて別のジャンルに進むのだ。
 だが僕は必ず医療魔法を使う魔法使いになる、そう決めたから何年掛かろうと頑張るつもりだ。

「ところでシロン、探索魔道具はやっぱり使えないのか?」

「やはり無理のようです、なぜでしょうか?」

「そんなことは分からん、というかよくそんな状態で九種類も探したと私の方が驚いている」

「一般植物と違い聖花草は自分で採って一日以内に分析しないと術式を定着できないのだから今の状況は変わらないと思う、いっそのこと別のジャンルに変更したらどうだ、お前ならすぐに見習いから卒業できるだろう」

「すいません、その話はお断りします、僕は医療魔法を使いたいんです」

「頑固な奴だ、ランクアップの届はこちらで私がやっておく、まあともかく頑張れ」

「ありがとうございますデリカ教授」

 シロン、そう呼ばれるのも久しぶりだった。
 今は志朗という名で呼ばれているし、僕も慣れている。

 魔道具も使いこなせず、こちらに長期滞在せざるを得なくなったと報告したときのことだ。

 デリカ教授がこちらでの住民票や戸籍が必要だと準備してくれた名前『新宮領志朗』。
 その名前は気に入っているし、今ではそう呼ばれるのも好きだ。

 その日はそのまま気を失うように眠ったようだった。

 翌日あまりの寒さに、目覚めるとやっぱり裸だった、布団も着ていなかった。

 ランクアップしても何も変わらない、またいつもの一日が始まった。

 昨日採った複数の草花から幾分かの薬と飲み物を作る。
 店を開ける準備をしたら、いつもの席に座る。

 今日もいい天気だった。

 そうしていると大家さんがやって来る。

「おはよう、魔女さんいつもの薬をお願いね」

 大家さんはそういうと席に座った。

「大家さん今日は新しいハーブティーを淹れたから試飲してくれませんか」

 大家さんはそう聞くとうれしそうな顔になって。
「ありがとう、頂くわ」 

 大家さんはハーブティーを飲むと満面の笑みで感想を言ってくれた。
「まぁ、なんてすっきりした味わい、少しの酸味がおいしさを引き立てているし甘みもあるのね」

「そうなんですよ微妙なバランスで配合された複数の茶葉と淹れる温度に工夫があるんですよ」

 そんな他愛もない話をしながらその日は始まった。

 その日店は若干のハーブティーを注文するお客さんが来店しただけだった。

 夕方少し早く店を閉めて、元町から再度山に向けて少し登ることにした。
 昨日見つかってすぐに、また見つかるとは思えないが、昨日の勢いを借りて少し探してみることにした。

 夕方になると流石に周りは暗くなっていたので、探索は適当にして帰ろうとした時、森の中の川に何かが動いた。

「イノシシか」

 そう思っていたがそれはもっと大きくそれも立ち上がった。

「えっ、熊?」

 だがそれは人間だった。

「どうかしたんですか?」

 近づくと、それは若い男だった。

 男は苦しそうな顔をして何かを呟く。
「落ちた・・・」

 どうやら落ちたらしいがここには落ちるところなんてない・・。
「落ちたってどこからですか?」

 男は天を指さしたが、意味が分からなかった。
 見ると男は足を捻挫しているようだったが骨には異常がなさそうだった。

「救急車呼びましょうか」

「すまない・・・、誰にも会いたくないんだ・・・」

 そう力なく答えた。

 怪しい、もしかすると犯罪者かもしれない、そう思うと逃げ出したい気分になった。
 だが男の顔を見ると犯罪なんかには無縁の何ともかわいい顔をしていた。

「そんな奴ではなさそうだな」
 そう呟くと男を抱え上げて、肩を貸す。

「立ち上がれるかい?肩を貸すから一緒に来て」

 少し降りて道に出るとタクシーアプリを使ってタクシーを呼んだ。

(えらい出費だな・・・)
 そう思ったが男を連れて店まで戻った。

 そうだ湿布薬ならあるしこの程度の捻挫であれば治療も簡単だ。

 その日、僕はまだ名前も知らない男を拾った。
 その男は掛け替えのない存在となって行くのだが、その時はまだ何も知らなかった。
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