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2.お前が待っているのは俺じゃないから

【挿話】再会②

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 狭い洞窟が秘密基地への入り口になっていた。
 その入り口の岩の陰に隠れながら敵の様子を見守るクリティカとアルシェ
 ロレッタ(ヤグ)には危険だからと後ろに下がってもらった、

 やがてダバハが砂の中から現れ背中の布の中なら人影が現れる。
 砂の中から現れた人物に驚くクリティカとアルシェ

「あれはクラレス様だ・・」

 もちろん信じられるはずのない状況だった。
 クラレス様がダバハで来るはずがなく、まだ数名砂の中に隠れていることは分かっていた。
 クラレス様は死んだと思っていた。
 だが目の前の「彼の顔」を見ると心が揺れるクリティカとアルシェ・・・

 だが、そんな思いを振り払うように首を振るクリティカ
「そうだ、そうなんだ、こんなことに騙されてはいけない。
 非情になるんだ。
 非情にならなければ、また多くの友や親しい人たちが犠牲になる。
 私の思いだけで皆を危険に晒す訳には行かない」

 この隠れ家へも、これまでも多くの友が蟲に取り憑かれ彼等は何度も騙された。
 今のクリティカは鬼になって対応することだけが彼女の戦士としての道なのだ。

(そうだ、そうしなければ多くの仲間に犠牲が出る。
 もう騙されはしない・・・騙されてはいけない)
 そう何度も自分に言い聞かせながら心配そうな隣のアルシェへ話しかけた。

「分かっています、あれはクラレス様じゃありません。
 違います、分かっています。
 でも自分に強く否定しなければなりません。
 既に蟲に取り憑かれているということを考えなければ行けない。
 つまり、あれは蟲であってクラレス様ではありません・・・」

 そんなことを言ってはみるが強気の声であるにも関わらず声は掠れてくる。

「こんな残酷な話って・・・
 そうですよね、両親のことでクラレス様を恨んだ馬鹿だった私への罰なのです・・・
 私が・・・私が、なんとかしなければ。
 そう私が何とか致します。
 皆様は逃げてください」

 騙されてはいけない、私が騙されれば多くの犠牲者が出てしまう。
 鬼にならなければならない。
 そう言い聞かせながら洞窟から出て行こうとするクリティカ。

「後は私にお任せください。
 アルシェ様、直ぐにロレッタ(ヤグ)様をお連れになってお逃げください。
 ここは私が食い止めます」

 そして新たな「賢者」となったアルシェへ言い残して外へ出て走り出そうとした。

 だがアルシェはキッパリとその言葉を切り捨てた。
「貴女は何を言っているのですか。
 今は命を掛ける時ではありません。
 そうです。今は一緒に逃げましょう」

「クラレス様をこのままには出来ません。
 クラレス様をこのままにしてはいけません。
 クラレス様の姿でこれからも多くの仲間を騙すでしょう。
 そしてそのことで多くの仲間を犠牲にするわけには行きません。

 私は今、戦います。

 今は鬼になる。そして非情に徹し、たとえクラレス様に見えても戦います」

「私だってクラレス様の姿をしたお方が味方を裏切る姿など見たくはないのです。
 でもあなたが今、命は掛けることなど意味はありません。
 それより戦ってもここでは勝ち目が無いと言っているのです。
 つまり適切な場所があると言っているのです。
 今は引きましょう」

「適切な場所?」

「そうです、蟲は不思議なほど脱げる術を持っているのです。
 だから脱げだせない場所で戦わなければなりません。
 それとロレッタ(ヤグ)様の話ではダバハは五体ですからまだ砂の中に隠れているのです
 ここはいったん引きます」

 その時歩いて来るクラレス様は少し離れていた。
 しかし洞窟の入り口の二人が見えていた。
 彼女たちが何に苦悩しているかは分かっていた。
 そして両手を上げて何かを大きな声で叫び始めた。

「すまない、本人かどうかのチェックが出来ないのだろう・・・
 私は本物のクラレスだ、信じてほしい。
 信じてほしい、私は蟲には取り憑かれていない」

(本当の私であることを証明したいが何も証明する方法はない。
 そうだな、信じてくれと言うのは、むしが良すぎる話だな。
 おまけにザガール兵と一緒なのはすでに分かっているだろうからな。
 そうだ、ヤグ様であれば夢通話が使える・・・ヤグ様に合えれば・・・)

「すまない信じられないだろうが、ヤグ様とお話がしたい。
 だが、そうだな、いきなりクラレスだ。
 仲間だと言っても信じられないかもしれない。
 もちろん武器は持っていない。
 誰か拘束魔法具を持って来るが良い。
 それで私を拘束するが良い。
 ヤグ様であれば私が本物であると証明できるだろう」

 クラレスは両手を大きく上げて手を振り、武器を持っていないことを強調しながらその場で座わりこんだ。

「なぜヤグ様をヤグ様と呼ぶのだろうか?
 もし敵であるならヤグ様などと呼ばないだろう。
 あの人はヤグに化けているのがロレッタ様だと知っている?
 あっ!!
 そうか、蟲がクラレス様の記憶を利用しているのよ」

「でも蟲は相当な自信があるのでしょうか?
 あのような無防備の上で拘束までされると言うのか?
 でも拘束さえできれば、今の距離なら攻撃すれば焼き尽くすことも可能です。
 ただし、近づけばその瞬間に蟲が我々に襲い掛かって来るかも知れないですけどね」

 次にクラレスは大きな声で叫んだ。
「今、私はロザリオ王女よりの使者として『蟲への対応策』を持ってここに来た。
 ヤグ様にお話がしたい」

「砂の中にザガール兵を待機させながら何を言うか!!」
 ついに我慢しきれなくなったクリティカはそう言いながら走り出した。

 そしてクラレスの前まで来ると拘束はせず、一気に剣をクラレスへ振り下ろした。
 振り下ろした後は一気に魔法で焼き払おうと考えていた。

「クラレス様!!・・・」
 剣は頭上で止まった。
「・・・・・クラレス様・・・
 お覚悟を・・・・」

 だが、剣はクラレスの頭の上で止まったまま動かなかった。

「なぜ?」
 クリティカの口から声が漏れる・・・

「なぜ?、
 抵抗しないのですか・・・」

 クリティカの頬を涙が伝う。
「できない・・・
 出来るはずがない。
 今あなたの顔は何の反撃もしないで切られても仕方がないという覚悟の顔だった

 私は、たとえ甘いと言われても・・・・
 今本当にクラレス様に蟲が取り憑いているとしても・・・
 私には『そのお顔とお姿のクラレス様』を切ることなど出来ない」

 クリティカを抱き絞めるとクラレスは言葉を掛けた。
「すまない、混乱させて。
 そしてありがとう。
 それで良いんだ。
 それが人間と言うものだ。
 君は間違ってなんかいない」

 アルシェが傍までやって来た。
「本物のクラレス様なのですね」

「アルシェ、ここに避難していたのか、
 君が無事で安心明日よ、本当にうれしいよ・・・
 そして、ただいま」

 涙を流しながらクラレスへ抱き着くアルシェ。

「すまない、客人も待たせてあるのだ。
 ヤグ様へ伝言願えないか?」

「ヤグ様なら、今もこちらにいらっしゃいます。
 案内いたします」

 そう聞かされると安心したようにクラレスは合図した。
 合図に合わせて五頭のダバハが砂の中から出て来た。
 最初に賢者が三名後ろの布から出てくる。

 その後ザガール兵が五名現れるとクリティカとアルシェは緊張した顔になった。

「安心しろこの方たちは同士だ」

「「同士?」」

「そうだ、我々は奇跡を目にしたのだ。
 『昨日の敵を味方にしてしまう』・・・
 ロザリア王女の『本当の王族のお力』を俺は目の当たりにした。
 詳しいことは後で説明するよ」

 その言葉の意味は、その時にはクリティカには理解などできなかった。

 ただ、先ほど蟲への対抗策という言葉も聞こえていた。
 少なくとも今、目の前で起こっている「奇跡的な光景」を見ると疑うことなど出来なかった。

「「奇跡・・・神よ感謝いたします」」
 目に涙を蓄えながら、クリティカとアルシェはそう呟いた。
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