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第1章「ショーの始まり」

第10話「なぜ、そうなったのか?」

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 精霊達の『録音』はいつの間にか止まっていた。というかいなくなっていた。僕は頭がくらくらしながらも、なるべくいつも通りにパーティーハウスの家事をこなした。雑に放置すると、またアーサー達に怒られる。今の状態で怒られるとどうなるのか自分でも分からず、怖かった。掃除に洗濯、料理……。普段していることをすると不思議と頭が冷え、落ち着いた。頭の中を嵐のように渦巻いていた赤黒いイメージと声は落ち着き、次のことを考える余裕が出来ていた。そこで、ふと思う。

「魔王軍って存在しないのか? そもそもアーサー達は本当に僕の村を襲ったのか?」

 冷静に考えれば、僕の村の時まで彼らが襲ってきたというのは聞いていない。今は魔王軍の振りをして村を襲ってた助ける茶番、自作自演をしているのかもしれないけど、五年前も同じなのか分からない。ならば、本当に魔王軍が襲ってきた可能性も捨てきれない。

 偽りの魔王軍討伐のためアーサー達が二、三日は帰ってこない家の中で僕はぶつぶつと呟く。こうしている方が冷静かつ頭が回っている気がする。

 僕は階段を魔法でいくつもの雑巾を使用し、階段や廊下を乾拭きしながら考える。呟く。

「そもそも魔王軍っていつからこっちを襲ってるんだ? 僕が村にいる時にはお父さんとお母さんが話していたから、あの頃にはいたのか? いや、でもその時から今と同じでアーサー達が嘘をついていたのかもしれない。いつから魔王軍がいなくなって、アーサー達が茶番をするようになったんだろう。いや、魔王軍自体、始めから存在しないのか?」

 分からない。魔王軍は存在するものばかりだと思っていただけに、魔王軍自体がない可能性が出てきて、頭が混乱する。手持ちの情報だけじゃ、判断ができない。アーサー達、勇者パーティーが僕の村を襲ったのか、それとも本当に魔王軍が来てやられたのか。僕にとっては今後の生き方を変える大事な部分だというのに。そこがハッキリしない。

「魔王軍の討伐について行く……、のは無理だよなぁ」

 僕は一応、勇者パーティーに所属していることになっている。完全な小間使いだが一緒にダンジョンを潜ることだってある。だが、彼らの魔王軍の討伐にだけは一緒に行ったことがなかった。彼らは初めからその選択肢がないかのように、毎回、当然のごとく僕をこのパーティーハウスに置いていく。今、考えれば自分たちがしていることを知られないためなのだろう。例え非力な僕でも知られると面倒だと思ったのか。アーサー辺りが考えそうなことだった。彼は基本的に慎重で、隙がない。

「そうなると……、また『録音』か?」

 僕は掃除をやめ、目に魔力を集める。少しだけ熱くなった目で、周りを見渡すと、少し距離を置いて色とりどりの精霊たちが空中に浮いていた。近くには寄ってこないくせに僕の周りを円を描くように回っている。心配してくれているのか、怒っているのか……。

「怒ってる?」

 動いていた精霊たちはピタッと動きを止め、激しく明滅する。怒っているらしい。やはり精霊と言えども、『やめて』と言っているのを無理やり命令させるのはよくなかったらしい。彼らにはきちんと意思がある。

「心配もしてくれてるの?」

 自分で訊くのも変な話だが、単に怒っているだけなら目の前に現れすらしない気がする。僕に協力する理由などないのだから。

 僕の問いに、精霊たちはさっきと同じように点滅した。心配もしてくれているらしい。ならば、と思う。協力してくれ。

「じゃあ、もう一回『録音』して僕に聞かせてくれ」

 精霊達の反応は鈍かった。明滅しているものと、そうじゃないものがいる。それに震えていた。

「確信が持てないんだ。アーサー達が僕の村を――お父さんとお母さんを殺したのか。知りたいんだ。本当に魔王軍が僕の村を襲っているならまだいい。魔王軍が今存在しないのか分からないけど、偽物の魔王軍討伐に僕は付き合う気はない。知ってしまった以上このままの生活は難しいけど、勇者パーティーへの不穏な噂を流すくらいのことは僕にだって出来る。そしたら、新しい村が襲われるのを防げるかもしれない。でも、でもだよ。魔王軍なんて最初からいなくて、僕の村を襲ったのもアーサー達だったら――」

 精霊達の姿が歪む。目頭がより熱くなり、液体が頬を流れていく。冷静になったつもりなのに、赤黒いなにかが、僕の頭を支配しそうになる。

「許せない。僕は、彼らを殺さなければならない。ぶっ殺さなければ、僕の生きている意味がない。僕の家族を殺したあいつらを生かしたままになんておけない」

 言葉にすればするほど、確かな重みとなって僕の心にのしかかってくる。それは僕がやらなければならないことだ。死ぬわけにはいかない。

「だから、手伝ってよ。僕はこのままじゃ死んでるのも同然だ」

 そう、もやもやと宙ぶらりんのままでは、生きていないのと同じ。ただ、アーサー達にいたぶられる人形だ。僕はあいつらと同じ人間なのに。意味があってこそいたぶりにも我慢ができ、生きている理由になる。

「ねえ、『録音』して、また僕に聞かせて」

 僕の声は震えていた。ただ、お願いしているだけなのに、ぐちゃぐちゃだ。顔も心も。

 いつの間にか精霊たちの動きは止まっていた。黒色の精霊がすーっと僕の前にやってくる。鈍く明滅する。

『い、い、よ』

 僕は頷いた。お願い、と懇願するように。



 アーサー達が魔王軍の討伐という茶番から戻ってきて数日経った。いつも通りのいたぶられる日常が始まる中、僕は彼らの目を盗んで深夜に部屋の会話を精霊たちを通して聞きまくった。だが、結果は芳しくなかった。討伐の内容を語ったり、次の候補を考えたりしているだけで、僕が知りたいことは何一つ話してくれない。肝心なことが何も分からない。

 当たり前と言えば当たり前だった。僕がすぐ側で生活もとい、小間使いをしているとはいえ、五年も前のことなんて今更話すわけがない。

 深夜、真っ暗な部屋のベッドの上。パーティーメンバーがいないからか精霊たちは僕の周りで、光を明滅させながら「録音」内容を聞かせてくれた。

 昨日の会話。魔王討伐もないのに珍しく集まっていたので聞いてみたが、ただアーサーとジェナが喧嘩しているだけだった。あの部屋で話すこと自体少なかったはずだし、もっと他の部屋の内容も聞くべきなのかもしれない。僕は溜息を吐かざるをえなかった。「録音」内容を聞かせてくれた精霊たちにお礼を言い、ベッドに寝転がる。

 このまま気長に彼らが話すのを待っても、いつになるか分かりそうにない。やっぱり、他の部屋の話を聞いて、僕自身でなにか水を向けた方がいいかもしれない。

 僕はどうやったら彼らが五年前のことを話すのかを考え、いつの間にか眠っていた。



「ダンジョン、ですか?」

「そうだ。そろそろ行くからな。準備しておけ。出発は明日だ」

「分かりました……」

 唐突だった。

 家の中で僕がいない時の会話を深夜に聞くようになってから、数日が経っていた。結果は惨敗。なんの手掛かりもなく、手詰まりを感じていた。彼らが五年前のことを話すように水を向けようにも、そもそもこいつらは僕とまともに会話をしようとしない。アーサーは基本的に命令してくるだけだし、ジェナは殴ってくるだけ。そういう意味ではナンシーが一番まともに会話をしてくれるが、正直他の二人に比べて僕が居ない場でも口を滑らすとは思えなかった。普段から魔法攻撃に対する防御意識が高いのか、精霊たちも彼女には迂闊に近付けないようだった。そのせいで三人の中で一番「録音」されている率が低い。

 僕は真実をただ知りたいだけなのに――完全に八方塞がりだった。一体どうすればいいのだろう。

 そこへ来て、急にダンジョン探索。しかも僕を連れて。大体荷物持ちとして同行していたけど、嫌なタイミングだった。ダンジョンの性質上、殺されても発見されにくい。まさか、精霊たちを通して、アーサー達の会話を聞いているのがバレたのだろうか。いや、それはないか。彼らに気付かれていたら、ダンジョンで何かをするという悠長で回りくどいことはしない。……でも、用心はした方がいいかもしれない。わざわざ僕を殺すなんて面倒なことはしないと思うけど……、今の僕の状況を考えれば、気を付けないに越したことはない。もっとも、今の僕に出来るのは常に防御魔法で体を覆っておくくらいになってしまう。我ながら心許ないが、彼らの前で精霊魔法が使えない以上それしかできない。ジェナに殴られなら教えてもらった魔法がここにきて生きてくるとは、皮肉めいていた。

 アーサーに言われダンジョン探索を進めるものの、僕はどこか不信感が払拭できないでいた。
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