幽霊告発

辻田煙

文字の大きさ
上 下
33 / 36
第4章「憂う弟」

第33話「ふざけた訪問者」

しおりを挟む
 日付を越え、真夜中。悠は人のいなくなった夜――午後七時くらいにトイレから移動し、三階の教室で仮眠を取っていた。

 場所は明石が殺害された教室の隣。

 柵を越え、上った先は綺麗なもので明石の教室周辺だけが柵で覆われていた。だが、隣の教室は普通に使用しているらしく、そこまでは柵に覆われていなかった。おかげで、二階の階段前の柵と三階の柵と二回柵をよじ登る羽目になった。

 ちょうどいい疲労感で心地よく眠ることは出来たが、損した気分だ。

 夜の教室、椅子を並べ眠っていたが、悠が目を覚ますとすでに夜中の二時になっていた。

 椅子から起き上がり周辺を見回すが月光が教室に差すだけで、明石はまだ戻ってきていないようだった。

「ちゃんと戻って来るんだろうな……」

 あの三人の幽霊――芹沢、河合、明石の中では彼女が一番結のことを心配している――いや、執着していた。さすがストーカーと言うべきかもしれない。なので、結が死なないためにしているこの撮影にやって来ないというのはあり得ない。

 だから、大丈夫なはずだった。だが、幽霊といえど人間の心に絶対というものが存在しないことも悠は幽霊を通してよく知っている。

 それだけに一抹の不安はあった。

「教室に行くか」

 時間までは三十分以上ある。余裕をもって教室に入っておこう。

 悠は寝ていた椅子を元に戻し、教室を出る。身体が変な風にバキバキになっている中無理やり動かす。椅子で寝るものじゃない、と若干後悔する。

 廊下は真っ暗だった。その中で赤いランプだけがぽつん、ぽつんと二つ光っている。まるで血のようで気味が悪い。除霊師なんていう特殊な家系でもなければ、怖くてしょうがなかっただろう。

「さて、と。もう一回超えるか」

 悠は真っ白な鉄製の柵。自分の身長よりやや低いそれを悠はよじ登る。向こう側に降り立ち、教室に向かった。

 あんな柵でもなければ殺人があったなんて誰も思わないだろう。それこそ数年後には普通に教室として使われているんじゃないだろうか。それとも、この学校はお金はあるから完全に潰す可能性もある。

 悠はかつて明石が殺害された教室の引き戸を開け、中に入った。

 教室で一人の人間が死んでいることを知っているせいか、教室はやたらと妖し気に見えた。教室内に降り注ぐ月光が妖しさに一役買っている。

 教室中央まで行くと――

『そこで撮るのか?』

 ふいに後方から明石の声が聞こえ、悠はびくっと肩を震わせた。一瞬にして跳ね上がった心臓の音を無視し、悠は後方を振り返った。

「一体、どこに行っていたんだ? 随分遅いじゃないか」

『結のところと剣道場を少し……。みんな元気そうでよかった』

 死後は生前よく知っていた場所や知っている人物の場所に行きたくなるのだろうか。分からなくもないが理解は出来ない。幽霊となった身で行ったところで、自分の居場所などなく空しくなるだけだ。

「ふーん……。まっ、いいや。さっそく撮影しよう。時間もちょうどいい」

 スマホをの時間を見ると、すでに時刻は午前三時近くを表示している。

「撮影開始だ」

 悠は神崎に対する最終警告のため、八月二十七日のこの時間、『幽霊告発』の最後となる動画の撮影を開始した。



 毎日の様に悠は警告文を神崎に送っていた。

『黒須結を標的にするのはやめろ。殺せばお前も死ぬぞ』

 似たような文を毎日を送っているが、結果は芳しくない。『殺人鬼を告発します3 ~最終警告~』と題し、動画も投稿したが、果たして神崎のもとに届いているのか。

 動画のURLを警告文と一緒に送っているが、見ているのかは怪しい。なにしろ一切返事がない。うんともすんとも言わないのだ。

 じりじりと焦燥が悠を包んでいた。いつ、神崎がまた家に侵入してくるか分からない。結に手を掛けるのか、その準備をしているのか――芹沢たち幽霊から結と神崎が遊んでいる様子を聞く度にひやひやだった。

 かといって結を神崎と遊ぶなと言うことも出来ない。表面上、悠と神崎はなんの接点もない。それこそ駅で話しただけの関係になっている。そこに何か話したことを匂わせれば、結のことだ、神崎に問い詰める可能性がある。そしてその行動は神崎にとって絶好のチャンスになりかねない……。

 そんな八歩塞がりとも言える状況で、ついに神崎が家にやってきた。しかも、結に誘われるという形で。なにがどうなったら、つい先日まで侵入することしか出来なかった家の住人に誘われて入ることが出来るのだろう。

 窓の外は曇天だ。今にも雷雨が来そうな気配をひしひしと感じる。そんな中で悠はベッドに座り、ぼそりと呟いた。

「つくづく惜しい人材だ。大人しく従ってくれれば有益な存在だったのに……」

『お前、なに言ってるんだ。早く神崎を止めろ。本当に殺されるじゃないか』

 慌てた様子で明石が悠の部屋にやってきたのがつい五分ほど前。そのすぐあとに家のチャイムが鳴った。

 結の楽しそうな声と神崎の声が聞こえ、結の自室に入ったのが分かった。今は、神崎一人が部屋の中にいるようだが。

「そうは言っても、ここで出て行って何を言えばいいんだ。『こいつは殺人鬼なんだ』って言うの? 僕の方が頭がおかしいと思われる」

 そうなってしまえば、ますます神崎の凶行を止めるのが難しくなる。やはり、確信的な行動に出るまでは待つしかない。それまではすぐに助けられるようにしておけばいい。

「僕はすぐに助けに入れる準備はする。君達幽霊は、神崎が殺そうとする行動に出たら止めろ。それくらいの力はある」

『……助けなかったらお前を呪い殺すからな』

「そんなことはできないよ。姉さんが死んだら、生きている意味がない」

 暗に自殺することを仄めかすと、明石は「ふんっ」と言って、結のもとへと戻って行った。

「神崎は今日殺すつもりなのか……?」

 すでに警告は三度出している。細かいのを合わせるともっとだ。ここまでやってダメなら殺すしかないだろう。

 神崎は悠のことを子供だと侮っている。まさか自分を殺そうと思っているなんて気付かないだろう。

 悠は来ているパーカーにそっと折り畳みナイフの刃を忍ばせた。神崎も人間だ。決してその身体まで化け物なわけじゃない。足を刺せば動けなくなり、喉を刺せば致命傷になる。

 神崎を殺害するイメージを膨らませていると、隣の部屋の扉が開いた音がした。少しして、二人分の声がしてくる。

 悠はそっと部屋を抜け出し、結の部屋の扉に耳をつけ、中の様子を探る。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ハハハ

辻田煙
ホラー
 苦しいキス。だが、花梨(かりん)はもっとそれを感じたかった。遊園地のパレードと花火を背に、花梨と紫苑(しえん)は互いに愛を囁く。  花梨にだけ見えている、みんなに生えている翼。花梨に嘘をついていない者だけが、「白い翼」を持つ。花梨の周囲のほとんどは「黒い翼」を生やしている中、紫苑は「白い翼」を背中に生やし、花梨に愛を囁いていた。花梨だけがそれを知っていた。  しかし、遊園地デート以後、久しぶりに夏休み中に会った紫苑の態度が、花梨にはぎこちなく見えてしまった。花梨は訊ねる。 「紫苑――私に隠していることない?」 「……なにも隠してないよ?」  それまで真っ白だった紫苑の翼は、花梨の問いをきっかけに真っ黒に染まってしまった――彼は花梨に噓をついた。  紫苑――恋人が嘘をついていることを知ってしまった花梨は、何を思うのか。  ……花梨に嘘をついてはいけない。絶対に。 ※【感想、お気に入りに追加】、エール、お願いいたします!m(__)m ※2023年8月26日、公開 ※この作品は、カクヨム・小説家になろう・ノベルアップ+にも投稿しています。 ※表紙の著作権は作家が持っています。

〈社会人百合〉アキとハル

みなはらつかさ
恋愛
 女の子拾いました――。  ある朝起きたら、隣にネイキッドな女の子が寝ていた!?  主人公・紅(くれない)アキは、どういったことかと問いただすと、酔っ払った勢いで、彼女・葵(あおい)ハルと一夜をともにしたらしい。  しかも、ハルは失踪中の大企業令嬢で……? 絵:Novel AI

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

サンタクロースが寝ている間にやってくる、本当の理由

フルーツパフェ
大衆娯楽
 クリスマスイブの聖夜、子供達が寝静まった頃。  トナカイに牽かせたそりと共に、サンタクロースは町中の子供達の家を訪れる。  いかなる家庭の子供も平等に、そしてプレゼントを無償で渡すこの老人はしかしなぜ、子供達が寝静まった頃に現れるのだろうか。  考えてみれば、サンタクロースが何者かを説明できる大人はどれだけいるだろう。  赤い服に白髭、トナカイのそり――知っていることと言えば、せいぜいその程度の外見的特徴だろう。  言い換えればそれに当てはまる存在は全て、サンタクロースということになる。  たとえ、その心の奥底に邪心を孕んでいたとしても。

セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち

ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。 クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。 それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。 そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決! その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。

とある高校の淫らで背徳的な日常

神谷 愛
恋愛
とある高校に在籍する少女の話。 クラスメイトに手を出し、教師に手を出し、あちこちで好き放題している彼女の日常。 後輩も先輩も、教師も彼女の前では一匹の雌に過ぎなかった。 ノクターンとかにもある お気に入りをしてくれると喜ぶ。 感想を貰ったら踊り狂って喜ぶ。 してくれたら次の投稿が早くなるかも、しれない。

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ママと中学生の僕

キムラエス
大衆娯楽
「ママと僕」は、中学生編、高校生編、大学生編の3部作で、本編は中学生編になります。ママは子供の時に両親を事故で亡くしており、結婚後に夫を病気で失い、身内として残された僕に精神的に依存をするようになる。幼少期の「僕」はそのママの依存が嬉しく、素敵なママに甘える閉鎖的な生活を当たり前のことと考える。成長し、性に目覚め始めた中学生の「僕」は自分の性もママとの日常の中で処理すべきものと疑わず、ママも戸惑いながらもママに甘える「僕」に満足する。ママも僕もそうした行為が少なからず社会規範に反していることは理解しているが、ママとの甘美な繋がりは解消できずに戸惑いながらも続く「ママと中学生の僕」の営みを描いてみました。

処理中です...