幽霊告発

辻田煙

文字の大きさ
上 下
31 / 36
第4章「憂う弟」

第31話「警告」

しおりを挟む
 八月に入り、悠は深夜のオフィス街に来ていた。思ったよりも周りのオフィスビルは明かりが点いている場所がぽつらぽつらとある。深夜の二時だというのに。

「社会人になりたくないなー」

 人通りのない道をそうぼやきながら悠は、『荒井商事株式会社』に向かっていた。隣には河合咲季の霊も一緒だ。

 真夏のまったく涼しくない風が悠の頬を撫でる。

「河合さんもこの時間まで残って仕事してたの?」

『まあ、毎日ではないですけど……』

 毎日ではないけどあるような口ぶりだった。仕事ってそんなに大事なのだろうか? お金は必要なのかもしれないが。

 河合の案内に従ってオフィス街を進む。彼女に案内されたビルは結構大きいものだった。やはり、点々と明かりが点いている。もう家には帰らないのだろう。

『ここです』

「思ってたよりも大きいなあ」

 見上げると首が痛くなりそうな高さはある。そして、やはりといかなんというか点々と明かりが点いている場所がある。一部明かりが集中している部分は余程忙しい部署なのかもしれない。

「ここの何階?」

『五階ですね。私がいた経理部は』

「警備はどうなってるの?」

『日中人が出入りすうる正面玄関は自動ドアで閉められています。夜間は裏口から出入りするのですが……、近くには警備員室があり、監視カメラもあります。私が死んでからそうなりました』

「ふーん……。まあ僕には関係ないけどね。河合さん、裏口の場所教えて」

『はい……』

 河合の霊は素直に、悠を裏口へと案内してくれる。オフィスビルは隣のビルとの間に人二人分は通れる狭い通路があった。河合はそこに幽霊らしくすーっと入って行く。

 通路は真っ暗で、悠はスマホを懐中電灯のモードにし、進む。曲がり角を左に進むと、オフィスビルの壁には裏口と分かり辛い無骨な扉があった。普通に来たら裏口とは気付かないだろう。

『ここです』

「……これって中に入ったらすぐに監視カメラに映る感じ?」

『はい、そうです。鍵は開いていますが――すぐに警備員の前を通ることになります』

 悠は深々とパーカーを被り、マスクを着用した。

「河合さん、警備員の操作お願い。出来るよね?」

『ええ……』

 河合は裏口の扉をすり抜け中に入って行った。河合の事前情報では、夜間の警備員は一人だということらしい。加えて河合には人に憑依させる方法を教えてある。憑依の仕方を覚えるのが早かったのがやや怖いがしょうがない。

 さすがに警備がしてあるオフィスビルに何もせずには侵入できない。だからと言って「幽霊告発」動画の撮影場所を妥協することは出来なかった。殺人鬼である神崎が知っている場所で撮影することが重要なのだ。こっちはお前のことを知っているぞ、と暗に伝えるためにも背景は必要だ。

 しばらく待っていると裏口がぎいっと開かれる。中には初老の警備員の男が立っている。彼は悠にさっと懐中電灯を向ける。

「まぶしいぞ」

『ごめんなさい、こっちよ』

 男の口から女性らしい口調で告げられる。警備員になっている河合は後ろを向き、オフィスビルの中に入って行った。

 悠は河合の後を追い、エレベーターに入る。まもなくエレベーターを降りると、『ここが経理部よ』と河合は歩いて行く。

 自動販売機が光る中、廊下を歩いて行く。

 それにしても使っている気配がしない。なんとなく埃っぽい感じがする。

 河合は廊下から一つの部屋の中に入った。悠も後を追って中に入ると――中は閑散としていた。書類があまりない。机は並べられているものの、端の方は物置きになりつつあるような感じ。雑多に物が置かれている。なによりパソコンがほとんどない。

「もしかして今は使ってないのかな?」

『……誰も好き好んで死体の会った場所で仕事はしたくないんじゃないでしょうか』

「それもそうか。まあ、でも雰囲気は残ってるし、いいや。で、死んだのはどこ?」

『ここですね』

 河合は部署のあった部屋に入ってすぐの床を刺した。綺麗に清掃されているのか、血は見当たらない。

『こっちが私のデスクでした』

「じゃあ、ここで撮影しよう」

 悠は河合のデスクに移動し、スマホを用意する。私用のスマホの方には前回と同じくメモを準備する。

 スマホの時刻を確認すると、日付と時刻は八月一日午前三時を表示していた。

「じゃあ、その身体から抜けて。早く撮影しよう」

『はい……』

 警備員の男の身体がその場で崩れ去る。中からは河合がすうっと出てきた。警備員の男は眠ったまま起きない。しばらくはこのままだろう。憑依されていた人間が意識を取り戻すまでは一時間程度の余裕はある。

 撮影はその間に出来るだろう。駄目だったらまた憑依させればいい。

「よし、じゃあ撮影するぞ」

『はい』

 河合は淡々とした口調で自らのデスクだった椅子に座った。



 動画を投稿、公開し、悠はすぐにURLを送った。

 だが、反応はいまいちなものだった。芹沢たち幽霊の報告では動画自体は見ているようだが、結をストーキングするのをやめる気配は一切ないそうだ。

 埒が明かないと思った悠は、そんなに時間があるならと「居空き」の依頼を彼女に送った。そもそも今更になって「居空き」をするのか、という疑問はあるが、美味しい餌には違いない。

 神崎は餌に食いつき、「居空き」を行いはじめた。しかし、結へのストーキングもやめていない。

 一体、どこまで忠告すればやめるのだろうか。チャンスを与えているというに。それもこれも彼女の有用性を考えてなのだが。

 神崎の「居空き」は上手く行っているようだった。期限を決め、焦らせてなるべく失敗する様な感じにしたかったのだが、そうは上手く行かない。割と難題よりな居空きだったにも関わらず、彼女は悠々とこなした。

 動画を撮るにしても残りは一人。

 友人の家に遊びに行っていた帰り、悠はたまたま神崎を駅のホームで見掛けた。むしむしとした夕暮れの中、一人涼しそうな顔をしている。

 その場を見なかったことにしやり過ごそうとも思ったのだが、最終警告間近な彼女に警告を与えようと悠は思い立った。

 神崎のそばにいる芹沢たち幽霊が彼女は、今さっき悠の依頼した居空きをこなした帰りであることを教えてくれる。

 悠はそっと神崎に近付いた。

「お姉さん……?」

 悠が声を掛けるとすぐに神崎は誰なのか気付いたようだった。目を見開かせる。しかし、すぐに冷静さを取り戻した。

「あら、久しぶりね。悠くん」

 いかに心が凍結しているとしか思えない殺人鬼でも汗は掻くものらしい。彼女は首筋に出ている汗をハンカチで拭った。

「悠くんの周りは随分涼しいわね」

「……そうだね。……ね、お姉さん」

 悠は神崎をひた、と捉えた。その心の奥底まで言葉が届くように。

「姉さんのこと殺しちゃだめだよ?」

「もちろんよ。あの時ちゃんといなくなったでしょ」

「……そうだね」

 しっかりと部屋の中を散策して、だろうによく言う。

「悠くん、お姉ちゃんのこと色々訊いてもいい? 私、お姉ちゃんのファンなのよね」

「別にいいよ。みんなそうなるからね」

 結はいつだって人を惹き付ける。いい者も悪い者も関係ない。それは結自身に被害を与えるものだって混じっている。

 悠自身が悪霊を惹き付けるように、それは結自身の体質みたいなものなのだからしょうがない。

 神崎は興味津々と言った様子だった。そこまで関心があるのならなぜ殺そうとするのか。

 悠の疑問は、駅に流れたアナウンスに搔き消された。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

赤い部屋

山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。 真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。 東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。 そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。 が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。 だが、「呪い」は実在した。 「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。 凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。 そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。 「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか? 誰がこの「呪い」を生み出したのか? そして彼らはなぜ、呪われたのか? 徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。 その先にふたりが見たものは——。

【完結】大量焼死体遺棄事件まとめサイト/裏サイド

まみ夜
ホラー
ここは、2008年2月09日朝に報道された、全国十ケ所総数六十体以上の「大量焼死体遺棄事件」のまとめサイトです。 事件の上澄みでしかない、ニュース報道とネット情報が序章であり終章。 一年以上も前に、偶然「写本」のネット検索から、オカルトな事件に巻き込まれた女性のブログ。 その家族が、彼女を探すことで、日常を踏み越える恐怖を、誰かに相談したかったブログまでが第一章。 そして、事件の、悪意の裏側が第二章です。 ホラーもミステリーと同じで、ラストがないと評価しづらいため、短編集でない長編はweb掲載には向かないジャンルです。 そのため、第一章にて、表向きのラストを用意しました。 第二章では、その裏側が明らかになり、予想を裏切れれば、とも思いますので、お付き合いください。 表紙イラストは、lllust ACより、乾大和様の「お嬢さん」を使用させていただいております。

シカガネ神社

家紋武範
ホラー
F大生の過去に起こったホラースポットでの行方不明事件。 それのたった一人の生き残りがその惨劇を百物語の百話目に語りだす。 その一夜の出来事。 恐怖の一夜の話を……。 ※表紙の画像は 菁 犬兎さまに頂戴しました!

クラスメイトの美少女と無人島に流された件

桜井正宗
青春
 修学旅行で離島へ向かう最中――悪天候に見舞われ、台風が直撃。船が沈没した。  高校二年の早坂 啓(はやさか てつ)は、気づくと砂浜で寝ていた。周囲を見渡すとクラスメイトで美少女の天音 愛(あまね まな)が隣に倒れていた。  どうやら、漂流して流されていたようだった。  帰ろうにも島は『無人島』。  しばらくは島で生きていくしかなくなった。天音と共に無人島サバイバルをしていくのだが……クラスの女子が次々に見つかり、やがてハーレムに。  男一人と女子十五人で……取り合いに発展!?

焔鬼

はじめアキラ@テンセイゲーム発売中
ホラー
「昨日の夜、行方不明になった子もそうだったのかなあ。どっかの防空壕とか、そういう場所に入って出られなくなった、とかだったら笑えないよね」  焔ヶ町。そこは、焔鬼様、という鬼の神様が守るとされる小さな町だった。  ある夏、その町で一人の女子中学生・古鷹未散が失踪する。夜中にこっそり家の窓から抜け出していなくなったというのだ。  家出か何かだろう、と同じ中学校に通っていた衣笠梨華は、友人の五十鈴マイとともにタカをくくっていた。たとえ、その失踪の状況に不自然な点が数多くあったとしても。  しかし、その古鷹未散は、黒焦げの死体となって発見されることになる。  幼い頃から焔ヶ町に住んでいるマイは、「焔鬼様の仕業では」と怯え始めた。友人を安心させるために、梨華は独自に調査を開始するが。

【完結】ぎゅって抱っこして

かずえ
BL
幼児教育学科の短大に通う村瀬一太。訳あって普通の高校に通えなかったため、働いて貯めたお金で二年間だけでもと大学に入学してみたが、学費と生活費を稼ぎつつ学校に通うのは、考えていたよりも厳しい……。 でも、頼れる者は誰もいない。 自分で頑張らなきゃ。 本気なら何でもできるはず。 でも、ある日、金持ちの坊っちゃんと心の中で呼んでいた松島晃に苦手なピアノの課題で助けてもらってから、どうにも自分の心がコントロールできなくなって……。

処理中です...