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第3章「満たされた殺人鬼」
第22話「遭遇」
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八月に入り、日照りが増す中で雪は淡々と日々を過ごしていた。結を殺害するための準備期間。条件さえ揃えれば手に入れることができる。うずうずとしてくる心を落ち着かせている。
いかに結に接触し仲良くなるか、先日の潜入で予想外の情報――結の部屋に錫杖やお札があった――で、どう近付いたものか悩ましいものがあった。
できれば結から積極的に絡んでもらう、その方向性で接触できれば望ましいのだが、世間一般的に女子学生と社会人の接点など身内でなければ早々ない。
古典的に結の通学中にわざとぶつかって向こうに加害者意識を作るのが一番いいような気がしていた。だが、結のあの錫杖などを見ていると幽霊とやらを信じているのかもしれない。ならば、その方向性で接触するのもありかもしれないとも思う。
雪がそんな結に接触する機会を窺っていたある日――また『幽霊告発』の動画、すなわち雪の結に対する殺害を止めようとする動画を見つけた。
いつもと変わらず、残業を華麗にスルーし家に帰った金曜日。もろもろの支度を終え、あとは寝るだけと言った段階でPCを点ける。
今回、動画を知ったのは同僚の女性からだった。ランチに一緒に行った時に教えてもらったのだ。雪も先輩に教えられて以降チャンネルは登録してあり、気付けるようにはしてあったのだが、同僚の方が一足早かった。
同僚は興奮気味だった。なにしろ動画内容には雪が殺害したはずの河合咲季が映っていたのだから。会社ビルで殺害されたはずの人間が動画に映り、しかも背景には明らかに会社のオフィスが使われていた。
いつ、どうやって、疑問はよそに、死んだはずの彼女は間違いなく、雪も勤める『荒井商事株式会社』のオフィス内で撮影されていた。
しかも、同じ部署の同僚だから確認し合えたのだが、場所は雪が所属する部署のオフィスだったのだ。
今日は特に何もなかったが、数日すればまた会社はうるさくなり、雪の部署はいささか迷惑被ることになるだろう。雪と同僚はそれを確認しあったのだ。
「まさか、このまま全員出演するのかしら」
もはや動画の投稿主が依頼主であることは間違いない。どうやって死んだはずの人間を動画に出しているのかは知らないが、脅迫相手は間違いなく彼らを殺害した雪。
今の所は警告と言った様子で、雪自身について触れてはいなかったが、その内なにか言い出す可能性はある。
「まあ、やめないんだけどね」
スリルが上がることは雪にとって、単なるスパイスに過ぎなかった。
「あら、噂をすれば」
日々チェックを行っている依頼主からの連絡。そこには新たに依頼が来ていた。
内容は数件の「居空き」。この時期に、この依頼。明らかに釣りだ。それか罠かもしれない。手を引くべきなのだろうか。
この依頼をやるから、結という対象は殺すな。画面の向こうからそう聞えてくるようだった。
罠の可能性もあるが……、ここであえて乗るか。その方がスリルは楽しめそうだ。表向きは従ったふりをしておこう。しかし、すっかり日々の習慣に含まれている結へのストーキングはやめない。
結を殺し、泣き叫ばせるためにも情報は必要なのだ。
「楽しくなってきた」
雪は一人部屋でくすくすと笑った。
◆
雪はさっそく「居空き」を実行した。依頼主が依頼してきた「居空き」は二件。しかも、出来るだけ早くやって欲しいらしい。
依頼主は雪が捕まることを望んでいるのかもしれない。かなり遠回りな方法と言えるが。そうなる可能性もなくはない。
だが、雪は依頼を受け数日で「居空き」を達成した。そう難しいことではない。これまで何度もやっている上に、情報もある。一日時間が空いていれば一軒をこなすくらい訳ないのだ。
だが、今回の「居空き」は少々おかしな点があった。居空き自体はどうということはなかったのだが……、やたらと視線を感じたのだ。しかも、家主の視線じゃない。誰もいないはずの空間からじっと見られている――そんなありえないことを終始体感する羽目になったのだ。
一体、あれはなんだったのか――よく分からない。雪自身の中に解答がない現象だった。
即実行とばかりに居空きを土日の間にこなし、二件目の帰り道。リュックサックの中にたんまりと盗んだものを詰め込んで駅のホームで待っていた。
真夏の夕暮れ。夕陽であっても籠るような空気とともに雪の身体を苦しめる。とにかく暑く、居空きという一種の緊張状態から抜け出したこともあって、汗が溢れてくる。
「熱いわね……」
思わず言葉に漏らすと余計にそう感じてくるのだから不思議だ。
「お姉さん……?」
聞き覚えのある声だった。雪が横を見ると、ついこの間見た顔――黒須悠がいた。無垢な顔をきょとんとさせ、雪を見ている。いまいち感情が読めない。
「あら、久しぶりね。悠くん」
ハンカチで汗をぬぐいながら挨拶をする。そこで気付くが、彼は汗をまったく掻いていなかった。まるで彼の周囲だけ涼し気だ。しかも、その涼しさはそういう雰囲気ということだけではなく――悠くんが近くに来ると現実に涼しくなった。
意味の分からない現象に雪は困惑する。どういう原理なのかまったく不明だった。
「悠くんの周りは随分涼しいわね」
「……そうだね。……ね、お姉さん」
悠は雪を見上げ、黒い瞳で見つめる。
「姉さんのこと殺しちゃだめだよ?」
「もちろんよ。あの時ちゃんといなくなったでしょ」
「……そうだね」
静かな子だった。家に侵入した時には気付かなかったが妙な不気味さがある。
雪はかすかに嫌な感じを受けつつも、せっかく偶然会ったのだから、色々訊き出そうと頭を切り替える。
「悠くん、お姉ちゃんのこ色々訊いてもいい? 私、お姉ちゃんのファンなのよね」
「別にいいよ。みんなそうなるからね」
言っている意味は分からなかったが、雪は機会を逃さないため、結の情報を集めるべく悠との会話を続けた。
駅構内にはアナウンスが流れ、電車がやって来ようとしていた。
いかに結に接触し仲良くなるか、先日の潜入で予想外の情報――結の部屋に錫杖やお札があった――で、どう近付いたものか悩ましいものがあった。
できれば結から積極的に絡んでもらう、その方向性で接触できれば望ましいのだが、世間一般的に女子学生と社会人の接点など身内でなければ早々ない。
古典的に結の通学中にわざとぶつかって向こうに加害者意識を作るのが一番いいような気がしていた。だが、結のあの錫杖などを見ていると幽霊とやらを信じているのかもしれない。ならば、その方向性で接触するのもありかもしれないとも思う。
雪がそんな結に接触する機会を窺っていたある日――また『幽霊告発』の動画、すなわち雪の結に対する殺害を止めようとする動画を見つけた。
いつもと変わらず、残業を華麗にスルーし家に帰った金曜日。もろもろの支度を終え、あとは寝るだけと言った段階でPCを点ける。
今回、動画を知ったのは同僚の女性からだった。ランチに一緒に行った時に教えてもらったのだ。雪も先輩に教えられて以降チャンネルは登録してあり、気付けるようにはしてあったのだが、同僚の方が一足早かった。
同僚は興奮気味だった。なにしろ動画内容には雪が殺害したはずの河合咲季が映っていたのだから。会社ビルで殺害されたはずの人間が動画に映り、しかも背景には明らかに会社のオフィスが使われていた。
いつ、どうやって、疑問はよそに、死んだはずの彼女は間違いなく、雪も勤める『荒井商事株式会社』のオフィス内で撮影されていた。
しかも、同じ部署の同僚だから確認し合えたのだが、場所は雪が所属する部署のオフィスだったのだ。
今日は特に何もなかったが、数日すればまた会社はうるさくなり、雪の部署はいささか迷惑被ることになるだろう。雪と同僚はそれを確認しあったのだ。
「まさか、このまま全員出演するのかしら」
もはや動画の投稿主が依頼主であることは間違いない。どうやって死んだはずの人間を動画に出しているのかは知らないが、脅迫相手は間違いなく彼らを殺害した雪。
今の所は警告と言った様子で、雪自身について触れてはいなかったが、その内なにか言い出す可能性はある。
「まあ、やめないんだけどね」
スリルが上がることは雪にとって、単なるスパイスに過ぎなかった。
「あら、噂をすれば」
日々チェックを行っている依頼主からの連絡。そこには新たに依頼が来ていた。
内容は数件の「居空き」。この時期に、この依頼。明らかに釣りだ。それか罠かもしれない。手を引くべきなのだろうか。
この依頼をやるから、結という対象は殺すな。画面の向こうからそう聞えてくるようだった。
罠の可能性もあるが……、ここであえて乗るか。その方がスリルは楽しめそうだ。表向きは従ったふりをしておこう。しかし、すっかり日々の習慣に含まれている結へのストーキングはやめない。
結を殺し、泣き叫ばせるためにも情報は必要なのだ。
「楽しくなってきた」
雪は一人部屋でくすくすと笑った。
◆
雪はさっそく「居空き」を実行した。依頼主が依頼してきた「居空き」は二件。しかも、出来るだけ早くやって欲しいらしい。
依頼主は雪が捕まることを望んでいるのかもしれない。かなり遠回りな方法と言えるが。そうなる可能性もなくはない。
だが、雪は依頼を受け数日で「居空き」を達成した。そう難しいことではない。これまで何度もやっている上に、情報もある。一日時間が空いていれば一軒をこなすくらい訳ないのだ。
だが、今回の「居空き」は少々おかしな点があった。居空き自体はどうということはなかったのだが……、やたらと視線を感じたのだ。しかも、家主の視線じゃない。誰もいないはずの空間からじっと見られている――そんなありえないことを終始体感する羽目になったのだ。
一体、あれはなんだったのか――よく分からない。雪自身の中に解答がない現象だった。
即実行とばかりに居空きを土日の間にこなし、二件目の帰り道。リュックサックの中にたんまりと盗んだものを詰め込んで駅のホームで待っていた。
真夏の夕暮れ。夕陽であっても籠るような空気とともに雪の身体を苦しめる。とにかく暑く、居空きという一種の緊張状態から抜け出したこともあって、汗が溢れてくる。
「熱いわね……」
思わず言葉に漏らすと余計にそう感じてくるのだから不思議だ。
「お姉さん……?」
聞き覚えのある声だった。雪が横を見ると、ついこの間見た顔――黒須悠がいた。無垢な顔をきょとんとさせ、雪を見ている。いまいち感情が読めない。
「あら、久しぶりね。悠くん」
ハンカチで汗をぬぐいながら挨拶をする。そこで気付くが、彼は汗をまったく掻いていなかった。まるで彼の周囲だけ涼し気だ。しかも、その涼しさはそういう雰囲気ということだけではなく――悠くんが近くに来ると現実に涼しくなった。
意味の分からない現象に雪は困惑する。どういう原理なのかまったく不明だった。
「悠くんの周りは随分涼しいわね」
「……そうだね。……ね、お姉さん」
悠は雪を見上げ、黒い瞳で見つめる。
「姉さんのこと殺しちゃだめだよ?」
「もちろんよ。あの時ちゃんといなくなったでしょ」
「……そうだね」
静かな子だった。家に侵入した時には気付かなかったが妙な不気味さがある。
雪はかすかに嫌な感じを受けつつも、せっかく偶然会ったのだから、色々訊き出そうと頭を切り替える。
「悠くん、お姉ちゃんのこ色々訊いてもいい? 私、お姉ちゃんのファンなのよね」
「別にいいよ。みんなそうなるからね」
言っている意味は分からなかったが、雪は機会を逃さないため、結の情報を集めるべく悠との会話を続けた。
駅構内にはアナウンスが流れ、電車がやって来ようとしていた。
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