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第4章「竜巫女の呪いと祝福」

第46話「竜教会」

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 遠くから鐘の音が聞こえてくる。霞がかった思考が次第に明瞭になり、音が大きくなる。

 目を開けると知らない天井だった。白いモルタルのような壁。いつものの天蓋ではない。

 それに気付くと、同時に眠る直前のことを思い出した。

 夕暮れ、馬車の中。黒ハンナ。ミラの腰に抱き付き、顔を見せず、涙声だけを漏らすハンナ。彼女は終始謝っていた。

 状況も分からず困惑し、ハンナから緑色の光の帯に包まれ――

「ダメだ。思い出せない……」

 額に手をやり考えるが、それ以降の記憶はなかった。緑色の光――一種の回復魔法だと思うが、原理が分からない。ただ、猛烈な眠気があったのは覚えていた。

 鐘の音が消える。打って変わって耳が痛くなるような静寂を感じた。家鳴りが時折聞こえてきてくるが、人の気配は感じない。

 見覚えのない天井。ここがどこなのか分からないが、馬車で運ばれてきたのだろう。

 思い当たるのは、あの黒ハンナ。『学園襲撃事件』の犯人。あの時、『竜巫女』を探していようだったけど、ハンナではなかったのか。

 ……ハンナもグルなのだろうか。しかし、そうすると学園が襲撃された時の言動と一致しない。

 だが、眠る前、確かに彼女は謝っていた。「ごめんなさい」と、涙ながらに。どういう形かは分からないけど、関わっているのは間違いないと思う。

 ミラは体を起こし、ベッドを出る。ぎしぎしと体が鳴り、筋肉痛の様な痛みを覚える。

「ううっ、痛い……」

 部屋はベッド一つでいっぱいになる程度の大きさだった。近くにローテーブルが一つ、あとは扉と窓があるだけ。

「んー……」

 馬車で眠らされてからどのくらい経ったのだろうと、窓の外を見てみる。しかし、広がっていたのは、どこかの草原だった。ガタガタと窓を開けて見ると、涼しい風が入ってくる。

 空は雲一つない青空で――いや、空じゃない。違和感がある。まるで絵の具を塗りたくったような感じがする。確信は持てないが、これでは昼なのか夜なのか、そもそも外なのかすら分からない。

 建物周辺を円形上に木々が覆っており、その向こうは見えない。

 一体、どれくらいここに居たのだろうか。

 ミラは窓をそのままにし、この場所を探検することにした。そもそも今いる場所がどういう建物なのかも分からない。

 部屋を出ると、長い廊下がミラを出迎えた。しかし、依然として人の気配はない。気温は日本で言う所の秋の季節感に近く、過ごしやすい気候ではある。

 建物は二階建てだった。ミラが居たのは、二階の角部屋。一階には調理室や食事をするらしい部屋があった。一階から反対側に行けるらしく、その扉を開けると待っていたのは――教会だった。

 中央に真っ赤な道が絨毯によってつくられ、両側は長椅子が並んでいる。中央の道の片方には両扉、もう一方は教壇があった。教壇の上にはステンドグラスの様な色付きの透明感のあるガラスで、竜が描かれていた。

「綺麗……」

 作り物のような空のどこから太陽が差しているのか、美しい光景だった。

 竜、教会のような造り、まさかと思い、ミラは教壇とは反対側にある両扉から外へ出た。後ろ歩きで建物を見ながら歩いていると、その全容が見えてくる。

「竜教会……」

 どうりで教壇や竜のフラスコ画に見覚えがあるはずだった。ゲーム『悲劇のマリオネット』でも、出てきた教会だ。でも、こんな場所にはないはずだった。普通に王都の街中にある。ミラのこの世界でも同じはずだった。以前気になって、場所を確認したことがあるのだ。

 教会の建物には地下牢が存在する。いわゆる異端者を閉じ込めるためのものなのだが、ゲームではミラが閉じ込められていた。ジャン王子に断罪された後、国によってここに閉じ込められたのだ。その描写だけはされていた。

 正直、あまり来たい場所とは言い難い。

「なんで、よりにもよってこんな場所に」

 愚痴らずにはいられない。ミラにとって破滅の象徴の様な場所だ。誰がこんな所に連れ込んだのか知らないが、逃げたい。

 ミラは林の方に向かって歩く。

 林は静かだった。草原は見るにも涼やかで気持ち良かったが、林は気味が悪く感じた。樹々であたりは埋まっているというのに、まるで動物の気配がしない。『死の森』だ。ますますこの場所がどういう所なのか、分からなくなる。

 樹々の間を歩き、ひたすらに奥に向かう。しかし、歩けども歩けども景色が変わらない。

 まだか、まだなのか、と焦る気持ちを抑えつつ歩いていると、突然ごつんと何かにぶつかった。

 しかも、片足がちょうど伸びたタイミングのせいで足に激痛が走る。あまりの痛みに涙目になりながら、ごろごろと地面を転がった。しばらくして痛みが治まり、なんとか立ち上がる。

 虚しくてしょうがない。すでにニアやジャン、ジェイ、ハンナの声が懐かしく感じ始めている。おまけに、誰もいないところでゴロゴロと痛みのあまり転がっていた自分を想像すると、ここに運んだ奴に腹が立ってしょうがない。

 そっと空中に手を伸ばすと、明らかに壁があった。見ている限りは森が続いており、なにもないのに。

 ちょうどいい。苛立つ気持ちの発散の場所にもなる。ミラは『竜巫女』の怪力を思う存分使うことにした。年々物理的な力が強くなり、ここ数年は本気を出したことなんかないけど――まあ、骨が折れても治せば大丈夫だろう。

 透明な壁を前に、目を閉じ、長く息を吐く。こうしてみると、本当に動物の気配がしない。植物が風に揺れる音だけが聞こえてくる。それ自体は涼やかで心地のいいものではあるが、今の状況では喜べるものではなかった。

 右手で拳を握り、目を開く。眼前に続く森。右足に体重を掛け、右拳を後方に。左足を踏み込みながら、一見何もないように見える空中に向かって拳を叩き付けた。
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