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第3章「運命の日」
第43話「ハンナの不安」
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運命の日は、もうすぐそこに迫っていた。ゲーム『悲劇のマリオネット』の主人公、ハンナ・ロールが二年次の時に起きるイベント。
悪役令嬢であるミラ・シヴァリエが第一王子であるジャン・フリッドに断罪され、婚約破棄される。理由は、ジャン王子が恋したハンナへのいじめ。細かいのも含めると多岐にわたり、ミラはハンナへの罪を糾弾されるのだ。
その後のミラは、ちらっと出た話では死んでいることが多い。破滅後、なにがどうなって死ぬのかは不明だ。
この世界に転生というか憑依して、はや十年。一番肝心のジャン王子とは仲良くしてきたつもりだ。まあ、ちょっと彼の愛が重いような気はするが些細な問題だ。嫌われているよりはいい。
彼だけじゃない。ミラが三年次になって入学してきた『悲劇のマリオネット』の主人公、ハンナ・ロールや姉のニア。ヒロイン役の一人であるジェイ・テイラー、全員仲が良い。少なくとも嫌われていない。むしろ、一部、というか女性陣の愛がなぜか重たくなっているが、婚約破棄やその後に繋がる破滅とは関係ないだろう。
ニアに関しては、もう少し婚約までしたジェイを見てあげないと可哀想だと思う。
ミラの近い周辺は順調だった。不安要素はないと言っていい。しかし、範囲を広げて、両親や屋敷の使用人、学園となると少し様子が変わってくる。
サディアだ。家の者は大丈夫だ。こちらも少々愛が重いが問題ない。……改めて自分の周りを考えると、まるでペットのように愛にもみくちゃにされている気がする。しかも、揃いも揃って大きいし、重い。
唯一の例外というか、要注意人物になっているのが、サディアとその使用人二人。
結局のところ『迷宮試験』以降、一度も話せていない。確証は持てていないが、モンスター・ビーストの原因となった迷宮への破壊行為は、彼女らが原因だと思う。
モンスター・ビーストの対処に追われて、犯人捜しはうやむやに終わっている。あれが、ミラを狙ったものならば気を付ければならない。
危険と言えば、『学園襲撃事件』も、結局なにも分からず仕舞だ。あの日、ジェイが言った通りに生徒の親達によって犯人追及はされたようなのだが、半年経った今でも、どこの誰が、どうやって、何を目的に行ったのか不明。
総じていえば、不安要素はこの二つくらいで、あとは問題ないはずだった。問題の内、片方は本人に避けられてしまっているし、もう片方はどうしようもない。
半ば諦めた気持ちで、ミラは『運命の日』を迎えようとしていた。ただ、一番の不安要素になりうつジャン王子やハンナはまったく問題ないので、気持ち的には安定していた。
「ミラ先輩」
ハンナに声を掛けられたのは、粛々と静かな水面のような気持ちで『運命の日』を迎えようとしていた前日だった。
「どうしたの? ハンナ」
ミラとハンナは図書室にいた。ハンナは意外にも読書家で、遭遇することが多かった。だが、今日の彼女は本が目的のように思えなかった。
本ではなく、ミラを見ている。
「明日の交流パーティー、ミラ先輩は出ないことには出来ないですか?」
「……え?」
王立魔法学園では毎年交流パーティーが開かれている。学年を横断したもので、結構大きなものだ。ゲームではそこでジャン王子に糾弾されるのだが……。
ハンナがなぜ「参加するな」と言い出すのか分からなかった。明日を迎えるにあたって、ジャン王子やハンナには特に気を付けている。ついでにジェイも。なにしろ、『悲劇のマリオネット』の主要人物なのだから、どう婚約破棄後の破滅に影響するのか分からないのだから。
だから、ハンナの言葉には戦慄した。静かだった心の水面が一気に波を立てる。
心臓が痛くなりそうになりながら、ミラは訊いた。
「ハンナ、突然どうしたの?」
「いや、その、参加しないで欲しくて」
ハンナにしては珍しく、歯切れが悪い。目をキョロキョロとさせ、動揺している。そんな変なことを言っただろうか。
「それは難しいよ。ほぼ全校生徒参加する行事だし……、ジャン王子と一緒に参加する予定だから」
学園内ではいくら貴族の上下関係がないとはいえ、まったくというのはどうしても無理がある。今回の行事だって、ジャン王子の婚約者がミラであることを内外にアピールする場でもあるのだ。
ミラにとっては『運命の日』でもあるが、同時に余計な虫を引き寄せないようにする――ジャン王子とミラ、両方において――ために必要な会だった。
それなのに、前日になってのキャンセルは多方面に心配と憶測を生むので、あまりよろしくなかった。
しかし、ハンナの言うことだ。気になる。
「そう、ですよね……」
「理由を訊いてもいい?」
「それは――」
ハンナが顔を俯かせる。ミラに正面から抱き付いてくると、顔を上げた。
「だって、ずるいじゃないですか。ジャン王子ばっかり。そう思いませんか?」
「そう? でも、ジャンは婚約者だし」
「それがずるいんです」
「明日はハンナも一緒に参加するでしょ? 一日中、ジャンと一緒にいるわけじゃないし、話すこともできるよ?」
「……じゃあ、それで我慢します」
はー、びっくりした。真剣な顔で言ってくるから何事かと思った。いや、彼女にとってはそうかもしれないけど。
可愛らしく頬を膨らませているハンナに思わず笑みがこぼれる。
「なに笑ってんですかー」
「いや、可愛くて、つい」
「ミラ先輩は私とかニア先輩の愛を軽く考えすぎですよ?」
「そんなことないと思うけど。十分重さを感じてるって」
「本当ですか?」
「重すぎて潰れそうなくらいよ」
「ふふっ、ミラ先輩は大丈夫ですよ」
割と本気で言っているんだけどな……。好きになってくれるのは嬉しいけど、ジャン王子がいるし。
それにしても良かった。不穏な話じゃなくて。ハンナからこの時期に言われると余計にドキッとする。
明日はどうしても『交流パーティー』に参加しなければいけない。『運命の日』を乗り越えないと、この先の人生で安心は出来ない。
ミラは猫のように甘えてくるハンナの頭を撫でながら、『運命の日』への意気込みを新たにした。
悪役令嬢であるミラ・シヴァリエが第一王子であるジャン・フリッドに断罪され、婚約破棄される。理由は、ジャン王子が恋したハンナへのいじめ。細かいのも含めると多岐にわたり、ミラはハンナへの罪を糾弾されるのだ。
その後のミラは、ちらっと出た話では死んでいることが多い。破滅後、なにがどうなって死ぬのかは不明だ。
この世界に転生というか憑依して、はや十年。一番肝心のジャン王子とは仲良くしてきたつもりだ。まあ、ちょっと彼の愛が重いような気はするが些細な問題だ。嫌われているよりはいい。
彼だけじゃない。ミラが三年次になって入学してきた『悲劇のマリオネット』の主人公、ハンナ・ロールや姉のニア。ヒロイン役の一人であるジェイ・テイラー、全員仲が良い。少なくとも嫌われていない。むしろ、一部、というか女性陣の愛がなぜか重たくなっているが、婚約破棄やその後に繋がる破滅とは関係ないだろう。
ニアに関しては、もう少し婚約までしたジェイを見てあげないと可哀想だと思う。
ミラの近い周辺は順調だった。不安要素はないと言っていい。しかし、範囲を広げて、両親や屋敷の使用人、学園となると少し様子が変わってくる。
サディアだ。家の者は大丈夫だ。こちらも少々愛が重いが問題ない。……改めて自分の周りを考えると、まるでペットのように愛にもみくちゃにされている気がする。しかも、揃いも揃って大きいし、重い。
唯一の例外というか、要注意人物になっているのが、サディアとその使用人二人。
結局のところ『迷宮試験』以降、一度も話せていない。確証は持てていないが、モンスター・ビーストの原因となった迷宮への破壊行為は、彼女らが原因だと思う。
モンスター・ビーストの対処に追われて、犯人捜しはうやむやに終わっている。あれが、ミラを狙ったものならば気を付ければならない。
危険と言えば、『学園襲撃事件』も、結局なにも分からず仕舞だ。あの日、ジェイが言った通りに生徒の親達によって犯人追及はされたようなのだが、半年経った今でも、どこの誰が、どうやって、何を目的に行ったのか不明。
総じていえば、不安要素はこの二つくらいで、あとは問題ないはずだった。問題の内、片方は本人に避けられてしまっているし、もう片方はどうしようもない。
半ば諦めた気持ちで、ミラは『運命の日』を迎えようとしていた。ただ、一番の不安要素になりうつジャン王子やハンナはまったく問題ないので、気持ち的には安定していた。
「ミラ先輩」
ハンナに声を掛けられたのは、粛々と静かな水面のような気持ちで『運命の日』を迎えようとしていた前日だった。
「どうしたの? ハンナ」
ミラとハンナは図書室にいた。ハンナは意外にも読書家で、遭遇することが多かった。だが、今日の彼女は本が目的のように思えなかった。
本ではなく、ミラを見ている。
「明日の交流パーティー、ミラ先輩は出ないことには出来ないですか?」
「……え?」
王立魔法学園では毎年交流パーティーが開かれている。学年を横断したもので、結構大きなものだ。ゲームではそこでジャン王子に糾弾されるのだが……。
ハンナがなぜ「参加するな」と言い出すのか分からなかった。明日を迎えるにあたって、ジャン王子やハンナには特に気を付けている。ついでにジェイも。なにしろ、『悲劇のマリオネット』の主要人物なのだから、どう婚約破棄後の破滅に影響するのか分からないのだから。
だから、ハンナの言葉には戦慄した。静かだった心の水面が一気に波を立てる。
心臓が痛くなりそうになりながら、ミラは訊いた。
「ハンナ、突然どうしたの?」
「いや、その、参加しないで欲しくて」
ハンナにしては珍しく、歯切れが悪い。目をキョロキョロとさせ、動揺している。そんな変なことを言っただろうか。
「それは難しいよ。ほぼ全校生徒参加する行事だし……、ジャン王子と一緒に参加する予定だから」
学園内ではいくら貴族の上下関係がないとはいえ、まったくというのはどうしても無理がある。今回の行事だって、ジャン王子の婚約者がミラであることを内外にアピールする場でもあるのだ。
ミラにとっては『運命の日』でもあるが、同時に余計な虫を引き寄せないようにする――ジャン王子とミラ、両方において――ために必要な会だった。
それなのに、前日になってのキャンセルは多方面に心配と憶測を生むので、あまりよろしくなかった。
しかし、ハンナの言うことだ。気になる。
「そう、ですよね……」
「理由を訊いてもいい?」
「それは――」
ハンナが顔を俯かせる。ミラに正面から抱き付いてくると、顔を上げた。
「だって、ずるいじゃないですか。ジャン王子ばっかり。そう思いませんか?」
「そう? でも、ジャンは婚約者だし」
「それがずるいんです」
「明日はハンナも一緒に参加するでしょ? 一日中、ジャンと一緒にいるわけじゃないし、話すこともできるよ?」
「……じゃあ、それで我慢します」
はー、びっくりした。真剣な顔で言ってくるから何事かと思った。いや、彼女にとってはそうかもしれないけど。
可愛らしく頬を膨らませているハンナに思わず笑みがこぼれる。
「なに笑ってんですかー」
「いや、可愛くて、つい」
「ミラ先輩は私とかニア先輩の愛を軽く考えすぎですよ?」
「そんなことないと思うけど。十分重さを感じてるって」
「本当ですか?」
「重すぎて潰れそうなくらいよ」
「ふふっ、ミラ先輩は大丈夫ですよ」
割と本気で言っているんだけどな……。好きになってくれるのは嬉しいけど、ジャン王子がいるし。
それにしても良かった。不穏な話じゃなくて。ハンナからこの時期に言われると余計にドキッとする。
明日はどうしても『交流パーティー』に参加しなければいけない。『運命の日』を乗り越えないと、この先の人生で安心は出来ない。
ミラは猫のように甘えてくるハンナの頭を撫でながら、『運命の日』への意気込みを新たにした。
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