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第2章「未来はなにも分からない」

第42話「黒ハンナ」

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 ジャン王子とジェイは崩れ落ちた彼女らの状態を確認した。

「問題ない。気絶してる」

「こっちもだ」

 その言葉に、ミラとハンナ、ニアも駆け寄る。ミラは気になり、彼女らのローブを取ると、ハンナとそっくりな顔が現れる。それが二人。

 今は可愛らしい顔で眠っているが、さっきまで随分と物騒な会話をしていた者達。

「わ、本当にそっくり」

「ハンナ、本当に何も知らないのか?」

 ジャン王子が改めて問うが、

「私は本当に何も知らないですよ。いい迷惑です」

 と言うだけだった。

「ねえ、この二人どうする? 置いておくわけにもいかないし……」

「運ぶのもな……」

「いや、あえて見つけてもらおう」

 ジェイが片方の娘を抱え、廊下隅にそっと寝かす。ジャン王子がそれに倣った。

「上手く行けば撤退するかもしれない。一人だけ捕虜というか捕まえられれば問題無いしな」

「そうなの?」

 ミラが訊くと、ジェイはにやっと笑った。

「あまり国の部隊を舐めない方がいいぞ。しかも、ここは王立学園。こいつまで通っている学校だ。有名どころの貴族なんてわんさかいる。喜んで動いてくれるだろうさ」

「ジェイ、その笑い方、私はあまり好きじゃない」

 格好つけているらしいジェイのもとにニアから辛辣な言葉が掛かる。ジェイは取り直すように、一つ咳払いする。

「いつも通りでいいの」

「はい……」

 ニアはジェイの頬を挟む。へえ、こういう感じなんだ。ミラは新鮮な気持ちになった。将来、ニアの尻に敷かれそう、ジェイ。

「あのー……、結局どうするんですか?」

「ん? そうねー。ジェイの言う通り、このまま廊下に放置しておきましょ。ミラ、あと何人だっけ?」

「えっ、んーとね、予知夢の通りなら八人だと思うけど……」

「なら、教会に向かう途中でそうそう遭遇しないだろうけど――もし、いたら同じ感じで対応しましょ。教会に軟禁されてるだろうみんなを助けるのが最優先。でも、いざって時にミラみたいのが十人もいるのも厄介だし、潰せるものは潰しておくの」

 みな異論はないようだった。

 そこから教会に向かったのだが、まるで呪いに掛かっているかのように、黒ローブハンナに遭遇する。元の方針の通り、倒しては転がしていった。三人、四人、と増えていき――結局、教会にたどり着くまでに八人は倒してしまった。

 場所は教会まであと少しという所だった。後は渡り廊下を行けば教会に辿り着く。残りは二人。

 予知夢の通りであれば、教会の中にいるはずだった。

 ただ、ミラは不思議だった。予知夢と違う。自分の服に血が付着していないのだ。自分が見た状況と異なっている。

「あとは、中の二人だけか?」

「うん。そのはず」

「でも、ミラの服汚れて無くない?」

 五人の連携が上手くいき、荒々しい戦闘になることはなかった。ミラは一度も戦闘していない。それに、教会前だというのに五人全員が揃っている。

 予知夢では、自分一人だけだったのに。

「……うん。なんか、見た内容と変わってる。こんなこと初めてだよ」

「ミラ、聞く限りいい方向に向かっているんだろう。ならいいじゃないか?」

 ジャン王子の言う通りだった。決して悪い方向ではない。むしろ、良くなっている。

「そう、だね」

 ここでうじうじ悩んでいてもしょうがない。教会には、正面渡り廊下の入口一つ。裏口があれば、そこから入って奇襲も出来るけど……。しょうがない。

「行こう。正面から入るしかないし」

 色々と引っ掛かる部分はあるが、ミラは教会へ向かった。



 教会前は静かだった。渡り廊下を渡っていても、自分達五人の足音しか聞こえてこない。

「中に入ったら、みんな結構バラバラにいたはずだから、黒ハンナだけを狙って攻撃したいんだけど……」

「ミラ先輩、なんですか黒ハンナって」

「分かりやすくない? みんな真っ黒なローブ姿だし。性格も黒そうだしね」

「そうですか……」

 待ってほしい。なんで呆れられた目を向けられているのだろう。分かりやすいと思うんだけど。

「もういいです、それで。じゃあ、黒ハンナとやらはどこら辺にいるんですか?」

 ミラは予知夢の内容を思い出す。入口より遠いところに一人、近くに一人。そういえばあの時間帯の自分が扉を開けた後、どうなったんだろうか。

「とりあえず、入口近くに一人。あとは奥側右ね」

「まとまってないんですね。分担した方が良くないですか?」

「そうね――」

 教会の中に入るまでの間、五人で分担を決める。奥側をジェイとニアが、手前を残りの三人が対応することになる。

 ミラは教会の扉に耳をつけた。くぐもっているが、人の話し声は聞こえてくる。

「やっぱり、中に誰かいるわ。校内の様子と組み合わせても、予知夢の通りだと思う」

「よし、じゃあ、扉を蹴り壊したら一斉に入るぞ」

 ジャン王子がミラの隣に立つ。

「ミラ、気を付けろよ。ここからは、見てないんだろ?」

「ジャンこそ。対人戦闘なんて、そうそうしてないでしょ」

「それは、みんな一緒だろ。各自、自身の命を最優先に、だ」

 久々に王子らしい言葉を聞いた気がする。

「ミラ、離れろ」

「うん」

 ミラは扉から離れる。ジャン王子は剣を持ち、いつでも剣を振るえる状態にすると、片足を上げた。

 彼の足がうすい灰色に包まれる。まるで、靄がかかったようになり、そのまま足を振り下ろした。およそ、生身の人間が蹴ったとは思えない鈍い音があたりに響いた。

 けたたましい音を立てて、扉は向こう側に倒れる。ジャン王子らとともに中に入ったのだが――いない。

「ミラ、黒ハンナがいないぞ」

「う、うん。私にも分からない」

 教会内部に生徒や教師はいた。ただし、全員眠っている。この時点で予知夢とまったく違う。

「俺とニアが奥を探す。お前らは手前を頼む。まずは、安全の確認だ」

 ジェイはニアとともに教会の奥に向かった。

「ミラ、俺達も確認するぞ。ぼーっとしていても仕方がない」

「ミラ先輩」

「そ、そうね」

 ジャン王子とハンナに促され、ミラはようやく状況を呑み込みつつあった。

 眠っているみんなの間を縫って、ジャン王子らと一緒に黒ハンナを捜索する。しかし、どこを見てもそんな人物はいなかった。ただ、学園の生徒と教師が眠っているだけだ。

「一体、どうなってるの?」

 なんで、みんな眠っているのだろう。

 あまりにも予知夢と違うことが起きすぎている。これではまったく予知夢ではない。見た未来ではない。

 こんなことは今までなかった。未来が変わっている。

 黒ハンナ達の捜索は無駄に終わった。

 結局、黒ハンナ達はなにが目的だったのか分からなくなってしまった。いや、『竜巫女』を探していたのは間違いない。問題は、なぜ探していたのかだが――肝心の訊く相手が居なくなっていては、どうしようもない。

 まさか、こんなことになるとは思っておらず、話や目的は教会に居るだろう黒ハンナに訊けばいいだろうと思っていた。

 でも、実際には彼女らは撤退した後なのか、そもそもいなかったのか存在せず、学園内に転がしていたはずの黒ハンナも忽然と姿を消していた。

 ジャン王子とジェイは結構強めに気絶させていたはずなのだが、いつの間にかいなくなっていたのだ。

 黒ハンナは何しに学園を襲ったのだろう。こうなってしまえば、途中で気絶させる前に訊いておくべきだった。

 だが、それも後の祭り。もはや、どうしようもない。

 彼女達のことも、未来が変わったことも――ミラには何一つ分からなかった。
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