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第2章「未来はなにも分からない」
第39話「ハンナの疑問」
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ミラは寝汗をびっしょりと掻いていた。気持ち悪くてしょうがない。起き上がったベッドの上で、掛布団と自分の衣服を掴んでいた。
心臓の鼓動がうるさい。
「十人……」
変な夢だった。いや、未来か。今まで見た中で、もっとも不穏なものだった。いつもは、日常の中で起こる不幸な出来事とか、本当になにもない時が大半なのに。
「ハンナ・ロールが十人……?」
あの時間の自分が言っていた言葉から類推できるのは、それくらいが精々だった。
今日か、明日か。もしかしたら一週間後かも知れない。
ミラは額に手を当て、考える。夢の情報から分かる範囲を探し出す。
時間は日中。日付は不明。場所は学園で、生徒や教師達は教会に集められて、軟禁されていた。
最後に現れた自分の背格好からして、季節は今と同じで、何年もは離れていない。
それに、ハンナ・ロールに声も顔も似ている黒ローブの集団。それがおそらく十人。彼女らに従わらざるを得ない何かがあり、みな閉じ込められている。
その何かが、なんなのかは不明――
「私達はどこにいたんだろう?」
予知夢に降り立ってから、結構な時間、学園内を見て回ったはずだけど――探していない場所なんてあっただろうか。
考えられるのは自分の知らない場所。ジャン王子やジェイ、ニア、ハンナもいなかったから一緒にいた可能性が高い。
自分が知らなくて、彼女達が知っている場所かもしれない。時間が分からない以上、早く動かないとどうなるのか分からない。
ベッドから出て窓のカーテンを開けると、どしゃぶりの雨が降っていた。
「夢? ミラ、また見たの?」
ニアは相談するなり、にやっと笑った。
「それで、今度はどんな未来なの? 私が怒られるのでも見えた? それなら早く教えて欲しいなー」
朝食時、ニアはパンをもりもりと食べながら茶化すように言った。毎度思うが、外と家で食べ方に差がありすぎじゃないだろうか。外ではもっとお淑やかなのに。
父と母が用事で朝はいないのをいいことに、自由に食べている。
「学園が襲われる未来だった……」
ミラは食事に手を付けられないでいた。気ばかりが焦っていて、落ち着かないのだ。
「ええっ! その話もっと詳しく教えなさいっ」
ニアはパンを放り出し、ミラを揺さぶる。
「ニア、揺さぶらないで。ちゃんと話すから」
「あっ、ごめん」
彼女は真剣に話を聞いてくれた。だが、困惑している。
「ハンナが十人? それにみんなが大人しく従うって……。うーん、想像つかないなー」
「私も意味が分からないけど、見たままがそうだから……」
「いつか分からないのがもどかしいけど――その娘達は竜巫女を探してたんだよね?」
「うん」
「じゃあ、本物のハンナだけじゃなくて、ミラの可能性もあるじゃない。どうせ、未来は避けられないんだから、まずはジャン王子達と会った方がいいわね」
「うん。でもハンナは信じてくれるかな?」
昔からミラのことを知っているニアやジャン王子、ジェイはともかく、ハンナはミラの力のことを知らないはずだ。
彼女も同じ力を持っているはずとはいえ、それも確証は得ていない。まだ、あの白いチョーカーの下に鱗が眠っているのかは直接見ていないのだ。
「大丈夫よ。彼女、ミラにべったりじゃない」
「そうだけど……。ふふっ、ニア凄い顔してるよ、ははっ」
ニアは、ハンナがミラに懐いていることがよほど嫌なのか、顔に皺を作っていた。そんなに嫌わなくてもいいだろうに。どちらかというと同類同士だと思うし。ニア自身もそう言っていた。
「ミラが構ってくれる時間が減るんだもん。ミラ、ハンナに構いすぎ」
「そーかなー?」
「絶対にそう!」
ニアはミラに抱き付きながら叫んだ。元気がいい。
「はは……。それはそれとして、ニアは協力してくれる?」
「協力って、襲撃を止めるつもりなの、ミラ」
「うん、気になることも多いしね。それに黙ってやられたくはないでしょ」
「そーだけどー。ミラだけ、この家で待ってること出来ない?」
「そんなの無理って分かってるでしょ。いつ起こるのかも分からないし。未来ではきちんと止めに入っているみたいだったし」
「むー、あんまり危険な目に合わせたくないんだけど。……そうだ、ご褒美があったら、協力してあげてもいいよ」
ちゃっかりしてるなー、ニア。やっぱり、ハンナに嫉妬してるのかな。ニアともちゃんと遊んでいると思うんだけど……。
「なんでも、はダメだけど、出来ることならいいよ」
「んーとねー、あそこ行きたい。ミラが付けてるそのブレスレットのお店」
「え? それでいいの?」
「ブレスレット買って、ハンナに自慢してやるの。最近、あの娘いい度胸してるから、本当」
頼むから目の届くところでやって欲しい。自分が原因で変な喧嘩はしないで欲しかった。
ミラの協力を取り付け、二人は通常通り学園に登校する。今の所、夢とは異なり雨が降っており、学園もおかしな様子はなかった。
ジャン王子ら、全員が登校しているのを確認したミラは彼らに授業をサボってもらい集まってもらった。
場所はニアに貸してもらった。ミラの入学時、すでに学園中の人気を集めていたニアは、現在は生徒代表する組織の長になっていた。
前世の日本でいえば生徒会のようなものだ。こういう組織で、乙女ゲームが始まることも珍しくないが、『悲劇のマリオネット』では、そういうのは無かった。というか、名前しか登場していない。
ニアに案内されて始めて入ったのは、組織の別館だった。彼女が自慢気に語るには、組織専用の館らしい。
ゲームをプレイして、王立学園に通って何年も経つのにまったく知らなかった。
「ふふーん、すごいでしょー」
館の一角、普段はメンバーが集まるらしい場所に、ミラ、ニア、ジャン王子、ジェイ、ハンナが集合していた。部屋に入りながら、各々席についていく。代表が座るらしい書斎机の前に長テーブルがあり、その両脇にある椅子にみんなが座る。……一人を除いて。
「……ニア先輩が自慢することじゃないと思うんですが」
ハンナは、なぜかミラの上に座っていた。まるで猫だ。ニアは無言で抗議を示すかのように、ハンナを睨んでいる。
「なにか、言った?」
「いえ、なんでもありませーん。それにしても、ちゃんと補修した方がいいんじゃないんですかー、ここー。あちこちガタがきてますよ」
「ぐっ。お金がないのよ。結構かかるのよ、こういうのを直すのは。お子様には分からないかしら」
「建物を直すお金も集められないんですねー、今の代表さんはー」
さっそく喧嘩が始まってしまった。ミラはハンナを、ジェイはニアを止めに入る。
まったく手間のかかる二人だ。
「それでー、ミラ先輩ー、なにがあったんですかー」
ハンナがミラをくりっとした瞳で見上げる。
ミラは色々と突っ込むのも面倒で、そのまま話し始める。話自体はすぐに終わったのだが、当然、ミラのことを知って浅いハンナから声があがった。
「ミラ先輩、それが本当なら『鱗』見せてもらってもいいですか?」
「ふん、ミラの言うことが信じられないの?」
ニアが挑発するように、ミアを咎める。そんな言い方をするから喧嘩になるんだけどな。
「……見せてください。嘘をつくとは思ってません。ただ、見ないで信用するのも無理です。場合によっては襲ってくる相手に命を奪われるかもしれません。そんな時に躊躇したくないので」
「……分かったわ、それくらいで、ハンナに信用してもらえるなら安いものね」
ハンナは微かに眉根を寄せた。言い方が良くなかっただろうか。
「それで、見せるのはいいのだけど、……そこで見るの?」
「はい、このままでお願いします」
心臓の鼓動がうるさい。
「十人……」
変な夢だった。いや、未来か。今まで見た中で、もっとも不穏なものだった。いつもは、日常の中で起こる不幸な出来事とか、本当になにもない時が大半なのに。
「ハンナ・ロールが十人……?」
あの時間の自分が言っていた言葉から類推できるのは、それくらいが精々だった。
今日か、明日か。もしかしたら一週間後かも知れない。
ミラは額に手を当て、考える。夢の情報から分かる範囲を探し出す。
時間は日中。日付は不明。場所は学園で、生徒や教師達は教会に集められて、軟禁されていた。
最後に現れた自分の背格好からして、季節は今と同じで、何年もは離れていない。
それに、ハンナ・ロールに声も顔も似ている黒ローブの集団。それがおそらく十人。彼女らに従わらざるを得ない何かがあり、みな閉じ込められている。
その何かが、なんなのかは不明――
「私達はどこにいたんだろう?」
予知夢に降り立ってから、結構な時間、学園内を見て回ったはずだけど――探していない場所なんてあっただろうか。
考えられるのは自分の知らない場所。ジャン王子やジェイ、ニア、ハンナもいなかったから一緒にいた可能性が高い。
自分が知らなくて、彼女達が知っている場所かもしれない。時間が分からない以上、早く動かないとどうなるのか分からない。
ベッドから出て窓のカーテンを開けると、どしゃぶりの雨が降っていた。
「夢? ミラ、また見たの?」
ニアは相談するなり、にやっと笑った。
「それで、今度はどんな未来なの? 私が怒られるのでも見えた? それなら早く教えて欲しいなー」
朝食時、ニアはパンをもりもりと食べながら茶化すように言った。毎度思うが、外と家で食べ方に差がありすぎじゃないだろうか。外ではもっとお淑やかなのに。
父と母が用事で朝はいないのをいいことに、自由に食べている。
「学園が襲われる未来だった……」
ミラは食事に手を付けられないでいた。気ばかりが焦っていて、落ち着かないのだ。
「ええっ! その話もっと詳しく教えなさいっ」
ニアはパンを放り出し、ミラを揺さぶる。
「ニア、揺さぶらないで。ちゃんと話すから」
「あっ、ごめん」
彼女は真剣に話を聞いてくれた。だが、困惑している。
「ハンナが十人? それにみんなが大人しく従うって……。うーん、想像つかないなー」
「私も意味が分からないけど、見たままがそうだから……」
「いつか分からないのがもどかしいけど――その娘達は竜巫女を探してたんだよね?」
「うん」
「じゃあ、本物のハンナだけじゃなくて、ミラの可能性もあるじゃない。どうせ、未来は避けられないんだから、まずはジャン王子達と会った方がいいわね」
「うん。でもハンナは信じてくれるかな?」
昔からミラのことを知っているニアやジャン王子、ジェイはともかく、ハンナはミラの力のことを知らないはずだ。
彼女も同じ力を持っているはずとはいえ、それも確証は得ていない。まだ、あの白いチョーカーの下に鱗が眠っているのかは直接見ていないのだ。
「大丈夫よ。彼女、ミラにべったりじゃない」
「そうだけど……。ふふっ、ニア凄い顔してるよ、ははっ」
ニアは、ハンナがミラに懐いていることがよほど嫌なのか、顔に皺を作っていた。そんなに嫌わなくてもいいだろうに。どちらかというと同類同士だと思うし。ニア自身もそう言っていた。
「ミラが構ってくれる時間が減るんだもん。ミラ、ハンナに構いすぎ」
「そーかなー?」
「絶対にそう!」
ニアはミラに抱き付きながら叫んだ。元気がいい。
「はは……。それはそれとして、ニアは協力してくれる?」
「協力って、襲撃を止めるつもりなの、ミラ」
「うん、気になることも多いしね。それに黙ってやられたくはないでしょ」
「そーだけどー。ミラだけ、この家で待ってること出来ない?」
「そんなの無理って分かってるでしょ。いつ起こるのかも分からないし。未来ではきちんと止めに入っているみたいだったし」
「むー、あんまり危険な目に合わせたくないんだけど。……そうだ、ご褒美があったら、協力してあげてもいいよ」
ちゃっかりしてるなー、ニア。やっぱり、ハンナに嫉妬してるのかな。ニアともちゃんと遊んでいると思うんだけど……。
「なんでも、はダメだけど、出来ることならいいよ」
「んーとねー、あそこ行きたい。ミラが付けてるそのブレスレットのお店」
「え? それでいいの?」
「ブレスレット買って、ハンナに自慢してやるの。最近、あの娘いい度胸してるから、本当」
頼むから目の届くところでやって欲しい。自分が原因で変な喧嘩はしないで欲しかった。
ミラの協力を取り付け、二人は通常通り学園に登校する。今の所、夢とは異なり雨が降っており、学園もおかしな様子はなかった。
ジャン王子ら、全員が登校しているのを確認したミラは彼らに授業をサボってもらい集まってもらった。
場所はニアに貸してもらった。ミラの入学時、すでに学園中の人気を集めていたニアは、現在は生徒代表する組織の長になっていた。
前世の日本でいえば生徒会のようなものだ。こういう組織で、乙女ゲームが始まることも珍しくないが、『悲劇のマリオネット』では、そういうのは無かった。というか、名前しか登場していない。
ニアに案内されて始めて入ったのは、組織の別館だった。彼女が自慢気に語るには、組織専用の館らしい。
ゲームをプレイして、王立学園に通って何年も経つのにまったく知らなかった。
「ふふーん、すごいでしょー」
館の一角、普段はメンバーが集まるらしい場所に、ミラ、ニア、ジャン王子、ジェイ、ハンナが集合していた。部屋に入りながら、各々席についていく。代表が座るらしい書斎机の前に長テーブルがあり、その両脇にある椅子にみんなが座る。……一人を除いて。
「……ニア先輩が自慢することじゃないと思うんですが」
ハンナは、なぜかミラの上に座っていた。まるで猫だ。ニアは無言で抗議を示すかのように、ハンナを睨んでいる。
「なにか、言った?」
「いえ、なんでもありませーん。それにしても、ちゃんと補修した方がいいんじゃないんですかー、ここー。あちこちガタがきてますよ」
「ぐっ。お金がないのよ。結構かかるのよ、こういうのを直すのは。お子様には分からないかしら」
「建物を直すお金も集められないんですねー、今の代表さんはー」
さっそく喧嘩が始まってしまった。ミラはハンナを、ジェイはニアを止めに入る。
まったく手間のかかる二人だ。
「それでー、ミラ先輩ー、なにがあったんですかー」
ハンナがミラをくりっとした瞳で見上げる。
ミラは色々と突っ込むのも面倒で、そのまま話し始める。話自体はすぐに終わったのだが、当然、ミラのことを知って浅いハンナから声があがった。
「ミラ先輩、それが本当なら『鱗』見せてもらってもいいですか?」
「ふん、ミラの言うことが信じられないの?」
ニアが挑発するように、ミアを咎める。そんな言い方をするから喧嘩になるんだけどな。
「……見せてください。嘘をつくとは思ってません。ただ、見ないで信用するのも無理です。場合によっては襲ってくる相手に命を奪われるかもしれません。そんな時に躊躇したくないので」
「……分かったわ、それくらいで、ハンナに信用してもらえるなら安いものね」
ハンナは微かに眉根を寄せた。言い方が良くなかっただろうか。
「それで、見せるのはいいのだけど、……そこで見るの?」
「はい、このままでお願いします」
応援ありがとうございます!
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