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第2章「未来はなにも分からない」

第35話「ハンナの鋭利なる指摘」

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 彼女の謎の言動はそれだけで終わらなかった。

 ミラに付き纏うようになったのだ。学園の中だけだが、彼女が授業中以外は基本的にミラの側に居ることが増えた。

 完全に想定外の事態だった。まさか、ハンナ・ロールがこんな行動に出ると誰が予想できただろう。訳が分からなかった。

 普通であればハンナのような行動に出てくる人間は避けた方がいいのだろうが――彼女が『悲劇のマリオネット』の主人公、ハンナ・ロールである以上それも出来ない。しかも、彼女はミラ達の前と他で言動を変えているらしく、周囲は小動物がミラに懐いている、という印象らしい。そのためか、ミラは人たらし扱いである。

 非常に不服だったが、はたから見たらそうなのかもしれない。ニアとジャン王子がハンナに対抗してか、以前より周りに終始いるようになったのだ。それに加え、ニアとセットでジェイまでいるのだから、ミラの周囲には必ず誰かがいる状態になっていた。

 ミラとしては、このまま微妙な感じなのも気持ち悪かった。懐いている感じならいいのだが、ハンナはそう見えない。なんというか好奇心が全面なのだ。やり辛いことこの上ない。中途半端な心情の状況では、いざという時に決断に困る。

 それにハンナ自体、ちょーと変わっているだけで、悪い人間ではなさそうだった。

 避けることが出来ないなら、こちらからより近付くしかない。その方が彼女のことも知れてちょうどいい。ミラはそう思い込むことにした。

「ここって、ミラ先輩のお気に入りの場所なんですか?」

 以前サディアとのお茶会でも使用した植物園。ミラはそこにハンナを呼んだ。今回は一対一だ。

 ミラとしてはここが一番落ち着く。正直、ジャン王子やニア、ジェイを呼ぼうかと思ったが、誰を呼んでも喧嘩して話にならなそうなのでやめた。ジェイに関してはニアとセットで呼んでも同じだろう。

「そう。私のお気に入りの場所」

「ふーん……。いつも一人なんですか?」

「うーん、どうかなー。そうじゃない時もあるかも」

 ハンナは周りをキョロキョロと窺いながら、座っていた。ミラが淹れた紅茶と、用意したクッキーがテーブルに並んでいる。

 ミラはクッキーを一枚食べた。ほのかに広がるバターの味。思わず異世界ということも忘れてしまいそうだった。前世を思い出す。こっちで過ごす時間が長くなっているせいか、前世のことを忘れてることが増えてきた。最近は危機感を覚えてなにかとメモするようにしているが、一度忘れてしまうと、それすら分からなくなる。

 そんな中で、こういう前世を思い出させるものは貴重だった。段々と境界が曖昧になり始めているミラとしての自分と灯里としての自分。

 時々思い出さないと、よく分からなくなる。まだ、忘れるわけにはいかない。

 ゲーム内で婚約破棄のあったパーティーはまだ先なのだ。せめてそこまでは覚えていないと。なにかあった時に困る。

「ミラ先輩?」

「あっ、ごめん」

「そんなに美味しいんですか。このクッキー」

 ハンナはクッキーを手に取り、しげしげと眺める。パクっと頬張ると小動物のように食べだした。普段お喋りな彼女が黙々と食べるあたり、気に入ったらしい。

「慌てて食べると喉詰まらせるよ」

「んぐっ、そうですね。これもいただきます」

 クッキーを食べ終えると、今度はごくごくと紅茶を飲み干す。あっという間に空になった。そこに遠慮はない。

「迷宮事件」以降慕ってくれる後輩――主に女子――は多いのだが、直接対面するとみな恐縮しがちなので、新鮮ではあった。

 ハンナってこんな感じだっただろうか。ゲームのイメージと大分違う。ミラと二人の時とその他で態度が違うなんて設定は知らなかった。仮面を被った薄笑いよりは好きだから、別にいいんだけど……。

「今日お茶会に誘ったのはね、ハンナちゃんともっと仲良くなりたいからなんだけど――」

「ハンナって呼んでください」

「え、いいの?」

「もちろん。その方が私はいいです。距離が近くなった感じがして」

「あー、うん。分かった」

「ジャン王子とニア先輩のことが心配ですか?」

「なんだ、分かってるじゃない」

 彼女の言う通り、急にハンナとの仲が深まっていると色々煩そうなのだ。現にハンナが近くにいることが多いというだけで、最近構ってちゃん気味なのだから。

 たかが、ハンナに対する呼び方一つではあるが、ジャン王子とニアはすぐに気付くだろう。それだけ自分を見てくれていることを喜ぶべきか怖がるべきか、判断に迷うところではある。

「ジェイ先輩含め四人共、仲良いですよねー。羨ましいです」

「うーん、ジャン王子とニアはちょっと過保護すぎると思うんだけどね」

「ミラ先輩が隙だらけだからじゃないですか?」

「ハンナからもそう見えるの?」

「そうですねー、甘々ちゃんに思えます。私が男性なら襲っているかもしれません」

「そんなに?」

「自覚なかったんですか?」

「ジャンとニアが過保護なだけだと……。ハンナちゃんからもそう思われるなら、本当に隙が多いのかも」

 まさか付き合いの浅い、否、ほとんどしていないハンナに言われるとは。気を付けないと。ジャン王子に呆れられたくない。

「……気になっていたんですけどー、ミラ先輩はジャン王子のこと本当に好きですよね?」

 ハンナはじっとミラを窺ってくる。黒曜石のような黒い瞳を輝かせていた。最初に話した時から今まで本当に遠慮がない。自分が知りたいことを訊いてくる。

 なんというか大胆な子だ。やはりゲームのイメージと乖離する。ゲームではもっとふんわりとした雰囲気で幼い印象だった。こんな猫みたいな感じではなかった。

 表向きは目の前の彼女もゲームと変わらない。みんなの太陽のようなマスコットキャラクター――でも、今は違う。どことなく大人っぽい。でも幼さも感じる。矛盾した印象が混在している感じだ。

「ハンナ、そんなの分かりきっていることじゃない?」

「んー、そうでしょうか? 表向きは愛してるだの、好きだの言っていても内心は分からないじゃないですか。世の中、そんなので一杯ですよ」

「まあ、人によってはそうかもしれないけど……。私は違うわよ。ジャンのことは、……好きだもの」

 まずい。改めていうと恥ずかしいにも程がある。顔が勝手に熱くなってしまう。ハンナはこの手の話に興味があるのか、さらに目を輝かせた。変なスイッチが入っていないだろうか。

「へー、本当に好きなんですね。ミラ先輩のそんな顔初めて見ました。……いや、何回も見たかも?」

「そんなことないでしょ……」

「んー、でもジャン王子と話している時、そんな感じですよ。さすがですねー」

「も、もうその話はいいでしょ。それよりも、ハンナのこと教えなさい」

 まさか、こんな話になるなんて。予想外だった。

 こちらばかりではなく、ハンナについて訊かなければ。ゲームと果たして同じなのか。違うのであれば、何が変わっているのか。

 今日は仲を深める以外にも、それを知りたい。

「私ですか? 話すようなこと何もないと思うんですけどねー」

「そんなことないわよ。好きな人とかいないの?」

「んー……」

 ハンナは思考に耽ってしまう。天井を向いて、ぐらぐらと頭を揺らしていた。やっぱり変わっている。

「いないですねー。気になる人はいますけど」

「え? 誰よ?」

「ミラ先輩です。今一番気になっていますねー」

「え、私?」

「はい。だから、色々と知りたいです」

 剣を振ったと思ったら自分に戻って来たんだけど。それも真正面に。

「色々ってなにを?」

「ミラ先輩がそれを言いますかー? 色々ですよ。ジャン王子のこともその内の一つです」

 ああ、話が戻ってしまった。ハンナはニヤッと笑って、ミラを見る。

 あ、あれ? なんでこうなるんだろ。

 単に仲良くなろうと思っただけなのに、雲行きが怪しくなってきた。

「だから、ミラ先輩のことたーくさん教えてくださいね。あ、私のことはちょっとだけならいいですよ」

 ハンナは蠱惑的に微笑んだ。
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