上 下
31 / 52
第2章「未来はなにも分からない」

第31話「操縦士、ミラ」

しおりを挟む
「ラルフ先輩、適任って……」

「そうだ、君のお姉さんだ。はあ、まったくいつもこれくらい早く来てくれればな……」

 ラルフ先輩はミラの頭を撫でる。

「君は愛されているな」

「あはは……」

 ミラが苦笑していると、ラルフ先輩の腕が捻り上げられる。

「ちょっとっ! ラルフ、ミラになにしているのっ!」

「やめろ、何もしてないっ。ミラ君、何か言ってくれ」

「ニア、やめてあげて。治療してくれてただけだから……」

 まあ、ラルフ先輩も人が悪いよね。後輩の頭を撫でるなんて。完全に無意識だったんだろうな。

 それにしても、思ったよりも仲が良さそう。ジェイに伝えた方がいいかな。

「本当? ミラ」

「嘘つくわけないでしょ」

「そう、……ごめんね、ラルフ」

 ニアはそう言うと、ぱっとラルフ先輩の腕を離した。彼は腕をさすりながら、「扱い雑過ぎるだろ、くそっ……」と呟いてた。

 なんだか、ラルフ先輩が可哀想になってくる。一年中この調子なのだろうか。

「それよりも、ミラっ!」

「きゃっ、な、なに」

 ニアは突然ぎゅっと抱き締めてくると、間近まで顔を近付けてくる。近いなー。

「ジャンに変な事されてないっ?」

「心配するのそこなの?」

「だって、ジャンがどんどんミラに躊躇なくなってきているから、お姉ちゃんは心配なの」

「だからって、迷宮試験でするわけないでしょ」

「そんなの、分かんないじゃないっ」

 ニアの頭の中で一体どんな想像がされているのか……。一度説教したくなるが、今はそんなこと言っている場合ではない。

「はぁー……、変な事なんかあるわけないから。それよりも、迷宮が大変なことになってるでしょ……」

「大変なこと……?」

 ニアはこてんと首を傾げる。王子様モードはどこえやら、無駄に可愛いい。きっとジェイが見たら、喜ぶだろう。

「え? ラルフ先輩から聞いてないの?」

「私はミラが倒れたって聞いて、飛んできたんだけど」

 姉妹二人でラルフ先輩を見る。

「ニア、妹のこと言ったら早く来るだろうかな」

 つまりは、そういうことらしい。まあ、実際かなり早く来たようだし、効果はあったのか。それに倒れて、というか寝てはいたし。

「ふーん、そういうこと。で、大変なことってなに?」

「迷宮の床に穴が開いちゃったんだよ、二階層の床に」

「迷宮の床に? 大変じゃない」

「だから、そう言ってるじゃん」

「コントはそこまでにしてくれ……。早く片付けたいんだ」

 ニアとのやり取りにラルフ先輩が呆れる。さっきから思ってたけど、初対面なのに容赦ないよね、この人。だからニアと仲がいいのかもしれないけど。仮面を被っているようなやつはカチ割るタイプだから、ニア。

「穴を埋めるってこと?」

「そうだ、正確な場所は妹さんが知っているみたいだぞ?」

「え?」

 嫌な予感がする。

「私も行けってこと? ジャン王子とジェイだって知ってるよ?」

「だとよ、どうするニア」

「ミラちゃんと一緒がいいなー。ジャンは嫌」

「じゃあニアが行かなければいいんじゃない? ラルフ先輩だって行けるでしょ」

「あんなモンスターの巣窟、行けるわけないだろ」

「ニアなら行けるってこと?」

 思わずニアを見る。ラルフ先輩の方が歴戦の猛者に見えるけど。見た目、なんか強そうだし。

「物量勝負となるとタフさがいるからな。それはニアの方が適任だ。穴も埋められるし。タフさは君の方が知ってるんじゃないか?」

「それはそうだけど……」

 いつの間にか、迷宮の中に潜ることになっている。外堀がどんどん埋まっていく。別に自分が行くことはいいのだが、ジャン王子が暴走しないのか心配だ。

「ジャンとジェイも連れて行くこと出来ませんか? 少なすぎるとさすがに厳しいと思うんです」

「二人を? まあ、ここじゃ暴れづらそうだから、別に構わないが……」

 ジェイはニアのストッパーである。なんだかんだ言って、彼が言えば少しは変わるだろう。

 これが一番早く問題が解決しそうだと提案したのだが、ラルフ先輩はニアの反応を窺っていた。

「……いいよ、別にー」

 拗ねている。実に気に食わなそうな顔をしていた。

「ニア、何か言いたいことでもあるの?」

「別にー。ミラは信用してくれないんだなーって。私だけじゃ足りないんでしょー」

 面倒臭い。時間があまりあるとは言えない状況だから、ここで喧嘩をしている場合でもない。

「そうじゃないよ、もう。ジャン王子達が暴走しないため。仕方なくだよ。正直、ニア一人でも大丈夫だと思うし。ただ、私も行くってなると、みんなで言った方が後々のことを考えるといいの。分かった?」

「……分かった」

 まだ、若干納得していないように見える。ここは彼女の頑張ってもらわないと困る。

 うーん、あまりやりたくないけど、しょうがない。

「ニア、ううん、お姉ちゃん」

「なによ」

「私はね、お姉ちゃんが大好きなの」

「へ?」

「でもね、私は一番好きなのはカッコいいお姉ちゃんなの。皆の期待に応えて、誰よりも強くて――今日は見せてくれないの?」

「ミラ、もう一回好きって言って」

「え?」

「お願い~、もう一回、ね?」

 ニアは気に入ったようだった。そうなるように言ったのだが、まさか「好き」を二回も要求されるとは思わなかった。

「んもう、しつこいと嫌いになるよ」

「じゃあ、今は好きってことだよね」

 こんなに厄介だっただろうか。ニアが昔より酷くなっている気がする。

 それにしても二回目はさすがに恥ずかしい。最初は勢いで言えていたが……。しょうがない、ミラはニアに抱き付いた。

 恥ずかしさは、もはや抑えられない。目を見て言うのは無理だ。

 ミラは彼女の耳元で囁く。周囲は戦闘音が響いていた。

「ニア、大好き」

 ゆっくりと、聞こえてなかったなーなどと言われないように、はっきりと。さっきと違い、顔が燃えるように熱い。

 熱が冷めるまでしばしの間、抱き付いたままで――一息吐いて、ようやく離れることが出来た。

「あー、ミラ君、君何言ったんだ?」

 体を離すと、ニアはとてもではないが人に見せられない顔をしていた。ジェイの恋も冷めそう。あまりに締まりが無さ過ぎる。ニアのファンクラブの娘達に見せてあげたい。あの娘達、ちょっと過激なのだ。私まで敵意向けてくるのもいるし。

「はは、ミラ戻ってきて。仕事しないと」

 ミラはニアの肩を掴んで揺すった。ジャン王子とジェイを呼んで、早く済ませたい。

「はっ、ミ、ミラもう一回だめ?」

「ダーメ。今日はもう終わり」

「えー、そんなー」

「そんなほいほいあげられる言葉じゃないの。それともニアは、誰にでも言ってるの?」

「え? いや、えーと、うん。ラルフ、ジャン達を集めるわよっ!」

「はいはい」

 まあ、訊かなくとも知ってはいる。なにしろ、調子に乗って歯の浮くようなセリフを言っているのを聞いたことがあるのだから。

 ニアはラルフ先輩を伴って、ジャン王子とジェイを集めに戦闘している方へ逃げて行った。

 彼女はいつになったら落ち着くんだろうか。ゲームではこんなに騒がしい印象はなかったんだけどな。

 ミラはニアに引き摺られて、連れて来られるジャン王子とジェイを見ながら思った。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

オバサンが転生しましたが何も持ってないので何もできません!

みさちぃ
恋愛
50歳近くのおばさんが異世界転生した! 転生したら普通チートじゃない?何もありませんがっ!! 前世で苦しい思いをしたのでもう一人で生きて行こうかと思います。 とにかく目指すは自由気ままなスローライフ。 森で調合師して暮らすこと! ひとまず読み漁った小説に沿って悪役令嬢から国外追放を目指しますが… 無理そうです…… 更に隣で笑う幼なじみが気になります… 完結済みです。 なろう様にも掲載しています。 副題に*がついているものはアルファポリス様のみになります。 エピローグで完結です。 番外編になります。 ※完結設定してしまい新しい話が追加できませんので、以後番外編載せる場合は別に設けるかなろう様のみになります。

悪役令嬢に転生したので、剣を執って戦い抜く

秋鷺 照
ファンタジー
 断罪イベント(?)のあった夜、シャルロッテは前世の記憶を取り戻し、自分が乙女ゲームの悪役令嬢だと知った。  ゲームシナリオは絶賛進行中。自分の死まで残り約1か月。  シャルロッテは1つの結論を出す。それすなわち、「私が強くなれば良い」。  目指すのは、誰も死なないハッピーエンド。そのために、剣を執って戦い抜く。 ※なろうにも投稿しています

【完結】異世界転生した先は断罪イベント五秒前!

春風悠里
恋愛
乙女ゲームの世界に転生したと思ったら、まさかの悪役令嬢で断罪イベント直前! さて、どうやって切り抜けようか? (全6話で完結) ※一般的なざまぁではありません ※他サイト様にも掲載中

悪役令嬢の生産ライフ

星宮歌
恋愛
コツコツとレベルを上げて、生産していくゲームが好きなしがない女子大生、田中雪は、その日、妹に頼まれて手に入れたゲームを片手に通り魔に刺される。 女神『はい、あなた、転生ね』 雪『へっ?』 これは、生産ゲームの世界に転生したかった雪が、別のゲーム世界に転生して、コツコツと生産するお話である。 雪『世界観が壊れる? 知ったこっちゃないわっ!』 無事に完結しました! 続編は『悪役令嬢の神様ライフ』です。 よければ、そちらもよろしくお願いしますm(_ _)m

悪役令嬢はモブ化した

F.conoe
ファンタジー
乙女ゲーム? なにそれ食べ物? な悪役令嬢、普通にシナリオ負けして退場しました。 しかし貴族令嬢としてダメの烙印をおされた卒業パーティーで、彼女は本当の自分を取り戻す! 領地改革にいそしむ充実した日々のその裏で、乙女ゲームは着々と進行していくのである。 「……なんなのこれは。意味がわからないわ」 乙女ゲームのシナリオはこわい。 *注*誰にも前世の記憶はありません。 ざまぁが地味だと思っていましたが、オーバーキルだという意見もあるので、優しい結末を期待してる人は読まない方が良さげ。 性格悪いけど自覚がなくて自分を優しいと思っている乙女ゲームヒロインの心理描写と因果応報がメインテーマ(番外編で登場)なので、叩かれようがざまぁ改変して救う気はない。 作者の趣味100%でダンジョンが出ました。

溺愛最強 ~気づいたらゲームの世界に生息していましたが、悪役令嬢でもなければ断罪もされないので、とにかく楽しむことにしました~

夏笆(なつは)
恋愛
「おねえしゃま。こえ、すっごくおいしいでし!」  弟のその言葉は、晴天の霹靂。  アギルレ公爵家の長女であるレオカディアは、その瞬間、今自分が生きる世界が前世で楽しんだゲーム「エトワールの称号」であることを知った。  しかし、自分は王子エルミニオの婚約者ではあるものの、このゲームには悪役令嬢という役柄は存在せず、断罪も無いので、攻略対象とはなるべく接触せず、穏便に生きて行けば大丈夫と、生きることを楽しむことに決める。  醤油が欲しい、うにが食べたい。  レオカディアが何か「おねだり」するたびに、アギルレ領は、周りの領をも巻き込んで豊かになっていく。  既にゲームとは違う展開になっている人間関係、その学院で、ゲームのヒロインは前世の記憶通りに攻略を開始するのだが・・・・・? 小説家になろうにも掲載しています。

処理中です...