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第2章「未来はなにも分からない」
第19話「王国の竜」
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ニアって、お姉ちゃん? そういえば、去年から生徒会に入ったとか言っていたような気がする。まさか、代表の挨拶をするなんて。
今日のこと、何も聞いていなかった。
学園長の代わりに壇上へ上がったのは一人の女子生徒。暗がりから姿を現わす。かつかつと靴音を鳴らし、ショートカットの黒髪を揺らしていた。なぜか白く細い剣を鞘に入れて持っていた。
目鼻立ちのはっきりとした顔、高い身長。会場内が息を呑んだのが分かった。
ズボンではなく、スカートを履いていなければ男子生徒だと見間違えるかもしれない。身内であるミアでさえ、息を呑む美しさとカッコよさだった。
おー、王子モードだ。キリッとしている。
後ろからヒソヒソと話し声が聞こえてきた。
「ねえ、あれがニア様? 噂通り、カッコいいね」
「うん。私も生で初めて見たけど……」
さっそくモテてる。この分だと、家でニアが愚痴っていたのは本当のことだったのか。やれプレゼントだの、ラブレターだの。学園に入学して一年くらい経ってから毎日のように貰ってきていた。
家での「ミラー、構ってー」とふにゃふにゃしてる姉ばかり知っている身としては、半信半疑だったのだけど。ニアが『学園の王子様』と言われているらしい噂とそれにまつわるニアの愚痴。後ろの彼女らが、家でのニアの様子を知ったら、落差が酷すぎて風邪を引くかもしれない。
ニアの王子モードは知らないわけでもなかったが、いざ改めてみるとドキッとする。身内でもこれなのだから、他の人間はきっともっと凄いのだろう。
彼女はまだ十四歳。まったく末恐ろしい。一応ゲームの中で将来の姿は知っているわけだが、直視できるのだろうか。……家の姉の状態なら大丈夫か。
ニアは壇上の中央に立つと、校長と同様に剣先を床についた。学園長とはまた異なり、彼女の美しさ、清廉さを表すような美しい剣。
……この学園では、演説する時に剣を持つことが流行っているのだろうか。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。在校生一同、嬉しく思っております」
ハキハキとニアが在校生の挨拶を始める。普段からは信じられない爽やかさだ。
「今年も、また、この祝福すべき瞬間がやってきました。えー、これは毎年話していることですが、……皆さんは竜を知っていますでしょうか」
竜。息が一つ上がる。今の自分の人生では意識せずにいられない存在、象徴。
「ふふっ、みなさん知っていて当然という顔をしていますね。この国の方はそうでしょう。ですが、ここには異国の方もいらっしゃいます」
ニアは白い鞘に収まっている剣をすっと抜いた。照明に煌めく銀色の輝き。それが、上空に向かって一閃された。
ぼうっと、赤い炎が空中に現れる。無秩序にも思えたその炎は、形を成し、竜の姿へと変貌する。
四足歩行の巨獣。爬虫類に似ているその体躯、しかし、両羽が異質さを醸し出している。恐竜のような羽がバサッと羽ばたき、竜の頭は口を開けて新たな炎を吐いた。
壇上以外は暗いのだが、それが一瞬にして炎に照らされる。
「これが竜です。実際はもっと大きいらしいですけどね」
空中に羽ばたいていた竜は、ニアの隣へと降り立った。まるでペットのように彼女の隣に佇む。
「この国の守り神であり象徴。竜教というのは、他の国の方でも聞いたことがあるのではないでしょうか?」
会場が炎の竜に集中している。絵に描いたような鮮烈な光景に、咳一つ聞こえてこない。
「一つ、異国の方々に今後の友好のため忠告しておきます。竜教には、竜巫女という存在がいます。もっとも、今は先代が亡くなりまして、次代を探している最中らしいのですが――」
竜の顔がこちらを向く。ニアの顔は違う場所を向いているというのに、彼女が自分の方へ向いたような気がした。
「竜巫女をバカにしてはいけません。まあ、そんな場面は無いとは思うのですが、この国において竜巫女への冗談は通じません。最悪、殺されてしまいます。ああ、これは本当ですよ?」
ふっと、ニアが笑う。だが、それは妙な凄みを増させるだけだった。だから、やめておけ、と雄弁に語っているように思える。
「ですから、竜巫女には注意してください。他国には、他国の宗教があります。宗教で争うほど、不毛なものはありません。だって、どちらも譲るなんてことは不可能ですから」
こほん、とニアが咳払いする。それは語りの終わりの合図だった。場が少し弛緩する。
「以上が先輩からの忠告、というか助言ですね。私達も他国の方とは友好にしたいので……。あ、そうでした。あともう一つ」
ニアは両手をポンと叩くと、話し出した。
「今年は私の妹が入学しまして――不埒なことをする奴がいたら、ぶっ殺しますのであしからず。だから、安心してね、ミラちゃん」
ニアはそう言うと、ミラに向かって手を振った。周りの視線が一気にこちらに向く。ざわざわと、ミラの周りがうるさくなる。
バカ姉。友人が出来なくなったらどうするのだ。心配してくれるのはありがたいが、これは過干渉だ。やり過ぎである。
「あと、そう――ジャン王子も今年でしたねー。知ってましたか、みなさん。私の妹とジャン王子は婚約者なんですよ、……憎たらしいことに」
後半だけ、冷え冷えとする声音。毒が含まれている。
「私はとーっても不愉快なので、二人の仲はじゃんじゃん邪魔しちゃってください」
「おいっ! ニアっ」
さすがに公衆の面前で、二人の仲を邪魔してもいいと言われて、たまりかねたらしい。隣のジャン王子が立ち上がり、声を荒げる。
「あっ、ほら見てください。あの男がジャン王子。嫌ですねー、きゃっ」
「ニアくん、いつまで茶番を続けるのかな」
いつの間にかニアの首元に黒い靄みたいのが巻き付いていた。彼女が剣を落とす。
靄は学園長の剣から伸びていた。ニアが引き剥がそうと、靄を掴むがすり抜ける。相当苦しいようで、彼女は一言も発せていない。
「もう終わりにしなさい。いいね」
コクコクとニアが頷く。学園の王子様が形無しである。
「はぁっ、はぁ、はぁ、はぁ、……ん゛んっ」
靄が離れ、学園長の剣に収まる。ニアは咳き込み、呼吸を整えると、何事もなかったかのようにキリッとした。王子様モードに戻る。
今更、遅いんだけど……。
「えー、取り乱しまして失礼いたしました。何分、妹が可愛いものでして……」
なにしてんの、ニア……。キリッとしてて格好いいと思ってたのに。ミラは恥ずかしさで頭を抱えた。どうしよう、本当に友人ができるか不安になってきた。
ニアの挨拶はそこからすぐに終わった。残りは入学生の代表挨拶をするのだが――
「大丈夫、ジェイ? なんか、ごめんね」
「いや、ミラは謝る必要ない。全部ニアが悪いんだ。後でしっかりこの分の借りはもらう」
「……ジェイ、お前喜んでないか?」
「そんなことはない」
ジェイが入学生代表の挨拶のため、姉と入れ替わりに壇上に向かう。だがニアの挨拶に毒気を抜かれたのか、会場は弛緩していた。ジェイは滞りなく挨拶を終えたのだが、さすがに少々可哀想だった。
しかし、当の本人は気にしておらず、ニアに借りが出来たことを喜んでいるようだった。デートでもしてもらうのかもしれない。
主にニアが鈍いというか、関心が無さ過ぎるせいで、今のニアとジェイは付き合うまでに至ってなかった。
ジェイも告白してしまえばいいのに。
その後の入学式の最中、ミラはそんなことを考えていた。ミラの見立てではニアがその手のことに意識が無さ過ぎるだけで、一度意識すれば別だと思うのだ。ただ外野がそれを言うのは違うので、なんとももどかしかった。
これからゲームの主な舞台である学園に入り、本格的に婚約破棄の破滅フラグを意識しなければならない。だが、それはそれだ。他人の恋路ほど楽しいものはないのだから。……自分のは、感情がぐちゃぐちゃになるので、このまま平穏でいて欲しいと思う。
そんなことを考えている内に、入学式はニアの暴走以外は滞りなく終わった。
今日のこと、何も聞いていなかった。
学園長の代わりに壇上へ上がったのは一人の女子生徒。暗がりから姿を現わす。かつかつと靴音を鳴らし、ショートカットの黒髪を揺らしていた。なぜか白く細い剣を鞘に入れて持っていた。
目鼻立ちのはっきりとした顔、高い身長。会場内が息を呑んだのが分かった。
ズボンではなく、スカートを履いていなければ男子生徒だと見間違えるかもしれない。身内であるミアでさえ、息を呑む美しさとカッコよさだった。
おー、王子モードだ。キリッとしている。
後ろからヒソヒソと話し声が聞こえてきた。
「ねえ、あれがニア様? 噂通り、カッコいいね」
「うん。私も生で初めて見たけど……」
さっそくモテてる。この分だと、家でニアが愚痴っていたのは本当のことだったのか。やれプレゼントだの、ラブレターだの。学園に入学して一年くらい経ってから毎日のように貰ってきていた。
家での「ミラー、構ってー」とふにゃふにゃしてる姉ばかり知っている身としては、半信半疑だったのだけど。ニアが『学園の王子様』と言われているらしい噂とそれにまつわるニアの愚痴。後ろの彼女らが、家でのニアの様子を知ったら、落差が酷すぎて風邪を引くかもしれない。
ニアの王子モードは知らないわけでもなかったが、いざ改めてみるとドキッとする。身内でもこれなのだから、他の人間はきっともっと凄いのだろう。
彼女はまだ十四歳。まったく末恐ろしい。一応ゲームの中で将来の姿は知っているわけだが、直視できるのだろうか。……家の姉の状態なら大丈夫か。
ニアは壇上の中央に立つと、校長と同様に剣先を床についた。学園長とはまた異なり、彼女の美しさ、清廉さを表すような美しい剣。
……この学園では、演説する時に剣を持つことが流行っているのだろうか。
「皆さん、ご入学おめでとうございます。在校生一同、嬉しく思っております」
ハキハキとニアが在校生の挨拶を始める。普段からは信じられない爽やかさだ。
「今年も、また、この祝福すべき瞬間がやってきました。えー、これは毎年話していることですが、……皆さんは竜を知っていますでしょうか」
竜。息が一つ上がる。今の自分の人生では意識せずにいられない存在、象徴。
「ふふっ、みなさん知っていて当然という顔をしていますね。この国の方はそうでしょう。ですが、ここには異国の方もいらっしゃいます」
ニアは白い鞘に収まっている剣をすっと抜いた。照明に煌めく銀色の輝き。それが、上空に向かって一閃された。
ぼうっと、赤い炎が空中に現れる。無秩序にも思えたその炎は、形を成し、竜の姿へと変貌する。
四足歩行の巨獣。爬虫類に似ているその体躯、しかし、両羽が異質さを醸し出している。恐竜のような羽がバサッと羽ばたき、竜の頭は口を開けて新たな炎を吐いた。
壇上以外は暗いのだが、それが一瞬にして炎に照らされる。
「これが竜です。実際はもっと大きいらしいですけどね」
空中に羽ばたいていた竜は、ニアの隣へと降り立った。まるでペットのように彼女の隣に佇む。
「この国の守り神であり象徴。竜教というのは、他の国の方でも聞いたことがあるのではないでしょうか?」
会場が炎の竜に集中している。絵に描いたような鮮烈な光景に、咳一つ聞こえてこない。
「一つ、異国の方々に今後の友好のため忠告しておきます。竜教には、竜巫女という存在がいます。もっとも、今は先代が亡くなりまして、次代を探している最中らしいのですが――」
竜の顔がこちらを向く。ニアの顔は違う場所を向いているというのに、彼女が自分の方へ向いたような気がした。
「竜巫女をバカにしてはいけません。まあ、そんな場面は無いとは思うのですが、この国において竜巫女への冗談は通じません。最悪、殺されてしまいます。ああ、これは本当ですよ?」
ふっと、ニアが笑う。だが、それは妙な凄みを増させるだけだった。だから、やめておけ、と雄弁に語っているように思える。
「ですから、竜巫女には注意してください。他国には、他国の宗教があります。宗教で争うほど、不毛なものはありません。だって、どちらも譲るなんてことは不可能ですから」
こほん、とニアが咳払いする。それは語りの終わりの合図だった。場が少し弛緩する。
「以上が先輩からの忠告、というか助言ですね。私達も他国の方とは友好にしたいので……。あ、そうでした。あともう一つ」
ニアは両手をポンと叩くと、話し出した。
「今年は私の妹が入学しまして――不埒なことをする奴がいたら、ぶっ殺しますのであしからず。だから、安心してね、ミラちゃん」
ニアはそう言うと、ミラに向かって手を振った。周りの視線が一気にこちらに向く。ざわざわと、ミラの周りがうるさくなる。
バカ姉。友人が出来なくなったらどうするのだ。心配してくれるのはありがたいが、これは過干渉だ。やり過ぎである。
「あと、そう――ジャン王子も今年でしたねー。知ってましたか、みなさん。私の妹とジャン王子は婚約者なんですよ、……憎たらしいことに」
後半だけ、冷え冷えとする声音。毒が含まれている。
「私はとーっても不愉快なので、二人の仲はじゃんじゃん邪魔しちゃってください」
「おいっ! ニアっ」
さすがに公衆の面前で、二人の仲を邪魔してもいいと言われて、たまりかねたらしい。隣のジャン王子が立ち上がり、声を荒げる。
「あっ、ほら見てください。あの男がジャン王子。嫌ですねー、きゃっ」
「ニアくん、いつまで茶番を続けるのかな」
いつの間にかニアの首元に黒い靄みたいのが巻き付いていた。彼女が剣を落とす。
靄は学園長の剣から伸びていた。ニアが引き剥がそうと、靄を掴むがすり抜ける。相当苦しいようで、彼女は一言も発せていない。
「もう終わりにしなさい。いいね」
コクコクとニアが頷く。学園の王子様が形無しである。
「はぁっ、はぁ、はぁ、はぁ、……ん゛んっ」
靄が離れ、学園長の剣に収まる。ニアは咳き込み、呼吸を整えると、何事もなかったかのようにキリッとした。王子様モードに戻る。
今更、遅いんだけど……。
「えー、取り乱しまして失礼いたしました。何分、妹が可愛いものでして……」
なにしてんの、ニア……。キリッとしてて格好いいと思ってたのに。ミラは恥ずかしさで頭を抱えた。どうしよう、本当に友人ができるか不安になってきた。
ニアの挨拶はそこからすぐに終わった。残りは入学生の代表挨拶をするのだが――
「大丈夫、ジェイ? なんか、ごめんね」
「いや、ミラは謝る必要ない。全部ニアが悪いんだ。後でしっかりこの分の借りはもらう」
「……ジェイ、お前喜んでないか?」
「そんなことはない」
ジェイが入学生代表の挨拶のため、姉と入れ替わりに壇上に向かう。だがニアの挨拶に毒気を抜かれたのか、会場は弛緩していた。ジェイは滞りなく挨拶を終えたのだが、さすがに少々可哀想だった。
しかし、当の本人は気にしておらず、ニアに借りが出来たことを喜んでいるようだった。デートでもしてもらうのかもしれない。
主にニアが鈍いというか、関心が無さ過ぎるせいで、今のニアとジェイは付き合うまでに至ってなかった。
ジェイも告白してしまえばいいのに。
その後の入学式の最中、ミラはそんなことを考えていた。ミラの見立てではニアがその手のことに意識が無さ過ぎるだけで、一度意識すれば別だと思うのだ。ただ外野がそれを言うのは違うので、なんとももどかしかった。
これからゲームの主な舞台である学園に入り、本格的に婚約破棄の破滅フラグを意識しなければならない。だが、それはそれだ。他人の恋路ほど楽しいものはないのだから。……自分のは、感情がぐちゃぐちゃになるので、このまま平穏でいて欲しいと思う。
そんなことを考えている内に、入学式はニアの暴走以外は滞りなく終わった。
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