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第2章「未来はなにも分からない」

第18話「王立学園、入学式」

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 王立学園。

 なんの捻りもない学園の名前。シンプル・イズ・ザ・ベストだ、と言わんばかりの名前だが、れっきとしたこの国の学園の名前である。

 ゲームの中では、ここが主な舞台になっていたけれど……。

「ここかぁ……」

 ミラは十二歳になっており、今日は王立学園の入学式だった。

 最初は、学園内のホールで入学する生徒一同が会して、式に参加しなければならないらしい。それしては、会場の建物が随分こじんまりしている。ミラの目の前にある五階建てのビルの様な建物。とてもではないが、何百人という入学生が入りきれるとは思えなかった。

 ゲームでは建物の外観までは見れなかったから、ミラは感動した。

「なに、ぼーっと突っ立ってんだ」

「ジャン」

 横には、今日一緒に入学するジャン王子もいた。ただし、視線がまったく合わない。彼と視線を合わせようとするも逸らされてしまう。

「ジャン、今日、なんでそんなにこっち見てくれないの?」

「ミラが可愛いからだ。まともに見れるか」

 ミラは思わず笑みが零れた。直球で褒めることは出来るのに、顔は見れないとは随分可愛らしい。制服姿って、そんなにいいものだろうか。確かにジャン王子の制服姿が格好いいとは思う。

 まだまだ自分の方が余裕がありそうだ。いつもは、やられっぱなしだし、たまには仕返ししないと。

 ミラはジャン王子の腕に抱き付いた。婚約者なのだ。これくらいは許されるだろう。それにさっきから他の入学者や先輩方の視線を、ジャン王子にも自分にも感じる。

 夫婦仲睦まじく。見せておくのも一手だ。

「ジャン、ちゃんとこっち見てよー、ふふっ」

「ミラ、からかうな。くそっ、いつも顔を真っ赤にしている癖に」

 ……それは聞き捨てならない。誰のせいでそうなっているのだと思っているのだ。

 ミラが抗議の声を上げようとすると――

「いつまでイチャイチャしてるんだ、二人とも。周りにそういうのを撒き散らすな」

 ジャン王子の横から、ジェイがひょいと顔を出す。王子が眉目秀麗になっていくの対して、彼は質実剛健というか、厳つい顔になっていた。彼の子供の頃を思い出し、あのまま成長してこうなるのか、とミラは妙に納得する。

「見せつけてるの。視線が多いから……。変な虫は、最初から寄り付かないように」

「それは結構だけどな……」

 ジェイはジャン王子を見て憐れむような視線を向ける。

「ジャン、対策はしとけよ。学園の中では、王子とか関係ないからな」

「……分かってる。ミラに危害加えたらぶっ殺す」

「おい、それはさすがに洒落になっていないから、ほどほどにしろよ。そんなことする奴はいないだろからな」

「分かってる、分かってる。……ミラ、あまり押し付けないでくれ」

「だって、ジャン全然こっち見てくれないじゃない」

「このままじゃ進めないから、頼む」

「むー、しょうがないなー」

 よく分からない会話をしていた彼らだが、男の子特有の何かがあるのだろう。女子にだって、これからジャン王子絡みでなにがあるのか、分からない。なにしろ、ゲームではジャン王子に糾弾されるのだ。まあ、『悲劇のマリオネット』の世界では彼とそこまで仲の良い状態ではなかったから、ああなってしまったのかもしれない。

 でも、今は違う。ミラとしての自分のジャン王子に対する感情もだが、彼も同じはずだ。

 これだけミラに対して好ましい反応をしておきながら、婚約破棄ルートはさすがにないだろう。まだ、ゲームの主人公――ハンナ・ロールが入学してきていないから、油断は出来ないが。

 それまでは、信頼できる友人や仲間を作らないといけない。もちろん、ジャン王子やジェイ、ついでに姉とも仲の良さを深めることも必要だ。

 三人で連れ立って、ホールがあるらしい目の前の建物に向かう。その時、周囲の喧騒に混じってジェイのぼそっとした呟きが聞こえてきた。

「学園生活、こいつらと一緒で大丈夫か……?」

 まったく、全部聞こえているんだけどな。そうミラが憤慨していると、ジャン王子も同じだったらしい。彼はジェイの背中をバンと叩いた。

 じゃれ合いなのか、ジャン王子もジェイも笑っていた。



 入学式の会場であるホールはかなり広かった。というよりも、建物自体がまったく外観に合わない大きさだったのだ。そのせいで、ホールに辿り着くまでかなり歩く羽目になった。案内役の先輩方が居なければ迷っていただろう。それでも、迷子はいたのか、館内放送で呼びかけされている生徒までいた。

 全体的にシックな造りで、黒と茶色を基調した色合いだ。狭い廊下の先、両扉の向こうにホールはあった。

「おっきいー」

「すごいな、これは」

 ジェイが無言で先を進む。緊張しているのかもしれない。今日の入学生代表は彼なのだ。

 ホールは中央に円形の壇上があり、その周りをずらっと階段状の席が埋め尽くされている。つまり、壇上では周囲から見られるということだ。

 ひえー、これは緊張しそう。ミラはひっそり、ジェイに応援の気持ちを送った。

 席は自由だったが、ジャン王子とミラもジェイの後を追う。真ん中くらいの位置に、三人横並びで座った。

 賑やかなホール内は、ぞくぞくと入学生らしき生徒達で埋まっていく。真新しい制服に楽しそうな表情。中にはこちらをチラチラと見る者がいる。みな、ミラが見ていると分かると、すぐに視線を逸らしていた。

 やっぱり、ジャン王子は目立つなー。

 席はすぐに埋まった。指定の時間が迫っているだけあって、あっという間だった。

 明るかったホール内がブラックアウトする。次いで、中央の壇上が丸く照らされた。

 入学式というより、なにかの劇が始まりそうな予感を感じさせる。

 照明の中には、ゲーム内でも見た学園長の姿。白髪で長い髪の男性。身長が高く、顔には斜めに切り傷。ローブ姿も相まって、どこかの軍人のよう。なぜか黒い大剣の剣先を床について、持っている。

 凄い威圧感だ。教育者というより、マフィアのボスと言った方がしっくりくる。

 ただ、乙女ゲームだけあって彼もかなりのイケメンだ。服の上からでも分かる体格の良さに、強面。全員とは言わないが、刺さる人間もいると思う。ミラも最初ゲームの中で見た時に、シークレットって学園長かなと思ったくらいだ。

 学園長のせいで、ますます演劇染みている。入学初日から、インパクトは抜群と言える。それが必要かは分からないけど。

 ざわめいていた会場は学園上の登場で静まり返る。

「入学生、諸君」

 拡声された声が会場内に響き渡った。朗々とした低い声。だが、同時にあの声で恫喝されようものなら恐怖で竦むだろう。感情は読み取れない。

「今日、王立学園に新たな生徒を出迎えられたことを快く思う」

 学園長の挨拶が続く。ピリッとした雰囲気ではあるが、学園の歴史に、功績。いささか退屈な話題に、早起きしているミラは欠伸が出そうだった。というか、出てしまったので、慌てて手で隠す羽目になる。

 こういうのはどこの世界も変わらない。

「……私の挨拶はこれくらいにしておこう。欠伸を噛み殺している者もいるようだしな」

 バレてたのか。ちらっとこちらを見る視線は冷ややかなもので、ミラは心臓がキュッと縮まった。

 口にやっていた手を、何事もなかったように膝に下ろす。

「在校生からは、ニア・シェヴァリエが挨拶する」

 そう言って、学園長は後ろに下がった。壇上から消え、近くの座席に座った。
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