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第1章「悪役令嬢の無双」

第15話「いつからこうなったのだろう」

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 怒涛の様に可愛い、美しい、好きと言われ、ミラは顔が熱くなってくる。しかも、ミラの顔を真正面から見つめ、まっすぐに言ってくるのだから始末に負えない。ミラは周りから生温かい視線を痛いほどに感じた。褒められるのは嬉しいが、今、この場でこういう風に言われるのは恥ずかしい。二人きりの時に――いや、それはそれで耐え切れる気がしない。とにかく止めないと。

「ま、待って。もういいから、いいから、本当に……」

「む、なんでだ」

「なんでって」

「……俺に言われるのは嫌だったか?」

「そうじゃなくって」

 ジャン王子が謎に詰め寄ってくる。一体どこで覚えたのか。最近のジャン王子は隙あらば褒め殺しをしてこようとする。

 片手を握られ、ドキッとする。

「ここじゃ恥ずかしいの。も、もう少し周りがいない時に、そういうのは言って欲しいなーって」

「そうなのか? ぜひとも今日の参加者にもミラの素晴らしさを語りたいくらいなんだけど」

「本当にやめて。私が恥ずかしさで死んじゃうから」

「そうか……。残念だな」

 ジャン王子は本気で残念そうだった。ミラが握られている手を掴んで、本気で言うとさすがに伝わったらしい。

 ミラは、一体なぜこうなってしまったのかと思った。

 おかしい。前はこんなキャラじゃなかった。こっちが押す側だったのに。

 最近のジャン王子は、どこかおかしかった。彼にやたらと照れさせられている気がする。毎回毎回こうでは心臓が持たない。周りも、彼が婚約者だから止めないときているのだから、一度始まるとミラが止めるしかない。

 後ろで愉快そうにしているジェイが憎たらしい。まさか、彼の入れ知恵だろうか。

「くくっ。ん? ……あー、ミラ。もう一人来たぞ?」

「もう一人?」

 ジェイが意味不明なことを言う。誰のことだ、そう思っていると――

「ミラ、ジャン王子から離れなさい」

「ニア? どうしたの?」

 後ろからニアが抱き付いてきた。朝の雰囲気とは異なり、どこか固い。なんとなく尻尾を逆立たせている猫を思い浮かべる。

 もっとも、ニアに訊きながらもミア自身原因は分かりきっていた。

「ニア。そんなにひっつかれていると、ミラが迷惑そうだよ」

「ふん、ジャン王子には関係ありません。あなたこそ、手を離したらどうなんです? 婚約者ともあろうものなら、もっと余裕を持ったらどう? 鼻息荒くミラを見ないで」

「……ニアに言われたくないな。ミラのドレス選びの時に、君のせいで大変だと聞いたぞ。ニアが興奮して煩いって」

「やかましいです。まだ、婚約者のくせに私達二人の時間を取らないでくれる?」

「そっちこそ。ただの姉のくせに、婚約者との逢瀬を邪魔するのか?」

「は?」

「あ?」

 バチっと二人の視線の間で火花が散った気がした。ここまで会った途端に喧嘩できるのも、ある意味才能ではないだろうか。

「……二人とも仲良しね」

「そんなわけないでしょ」

「そんなわけないだろ」

 見事にハモリを利かせて、二人が否定する。やっぱり、仲が良い。

 変わったことの一つ。ニアのジャン王子に対するこの反応だ。ミラは、なんでこうなったんだろう、と少し呆れた。

 ハモったことが気に食わなかったのか、ニアとジャン王子はまた睨み合っているようだった。ジャン王子が苦々し気にミラの横――ニアの顔のあたりを見ている。綺麗な顔が台無しである。

 果たして先に折れた……、というか、話を変えたのはジャン王子の方だった。

「はぁ。……ミラ、誕生日プレゼント持ってきているから、期待してろよ」

 ニアに対する態度とは打って変わって、彼はにっこりと微笑んでくる。まだこの世界に来て一年も経っていないが、彼の王子様スマイルは年々凄みを増してきている。主に女性を誑かしそうという意味で。

「ありがとう。ジャン王子」

 ミラが控えめにお礼を言うと、ジャン王子はミラの頭に手をやろうとして――ベシッと、ニアに叩き落とされた。

 笑顔だが、一瞬にしてそれが凍り付いたような表情になる。日向の様な気配は、極寒に変わった。だが、それをぐっと抑え、また日向の気配になる。王子様モードであるが、出てくる言葉は凍り付いていた。

「ミラ、そこの姉を放って、早く俺のそばにきてくれるのを待ってるぞ」

「う、うん」

「ミラ? ダメよ、こんな男」

 ぐりぐりとニアが頭を肩に擦りつけてくる。仮にも王子に向かって、こんな男呼ばわりとは、中々に大胆だ。だが、最近はいつもこの調子なのでいい加減慣れてきた。適当にあしらってもいいのだが――

「えっと……」

 ミラが返答に困っていると、ジャン王子が勝ち誇ったような顔になった。こういう所はまだまだ子供っぽい。

 だが、別にジャン王子のそばに早く行きたいという意味のつもりはなかった。婚約破棄されては困るが、ニアの反感を買うのも困るのだ。だから、こういう場面には慣れてても反応が遅れる。

 ミラの様子が面白くなかったのか、ニアの抱き締める力が強まった。

「ちょ、ニア苦しい……」

 ミラが苦しんでいる中、ジェイがジャン王子の肩を叩く。

「ジャン、そろそろ挨拶しておかないと、時間がないぞ」

「ん? ああ、そうだな。ミラ、また後でな」

 ジャン王子がミラの手を取る。彼はミラがなにか言う前に、チュッとリップ音をわざとらしく鳴らせて、手の平に軽くキスを落とした。

 ますますニアの力が強まり、さすがに冗談ではなく苦しくなってくる。

「ジャン~」

「中々お相手してくれないお返しだ、ミラ。……ニア、あまり強くすると本当に嫌われるぞ」

「ふんっ」

「またな、ミラ」

「う、うん」

 手の平がじんじんする。別にこの世界では挨拶みたいなものではあるけど――

「ミラ?」

 背後からの不穏な響きにビクッとする。いつの間にかニアの抱き締める力は弱まっていた。

「そんなにジャン王子がいいの? お姉ちゃんから離れちゃまだダメだよぉー」

「そんなんじゃ、いや、そうだけど……。じゃなくて、まだまだ先の話でしょ」

「だって、だって。ミラ、そんな耳まで真っ赤にして……。お姉ちゃんにそんな顔してくれたことないじゃん」

 耳まで真っ赤ってそんなわけ……。

 ミラは思わず耳を触ると――熱かった。ミラは心臓が跳ねる思いだった。

 え? 本当に。さっきまで、この熱さを持った顔でジャン王子と話してたってこと?

 言葉では冷静なつもりだったのに、バッチリ顔に出ているということだったのか。

「そ、そんな……」

「ねぇねぇ、ミラー」

 ミラが心臓の鼓動を早めている間、ニアがかまって、かまってと揺すってくる。

 正直、それどころではない。動揺がミラの中で渦巻く。

 こ、この後、誕生日プレゼント渡されるのに、どんな顔すればいいの……。

 ミラの頭の中には、優しいジャン王子の顔がチラつき――ぷすぷすと顔から火が出そうだった。
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