上 下
8 / 52
第1章「悪役令嬢の無双」

第8話「なんでも命令できる」

しおりを挟む
 対面にはジャン王子がおり、木剣を構えている。場所は王城内の訓練場になった。そこで中央を挟んで向かい合っている。

 教室くらいの大きさの部屋は、剣道の道場のようだった。床は板張りで、周囲の壁はただただ白いブロックの壁。なんともアンバランスな造りだが、なによりも目を引いたのは左の壁だった。全面ガラス張りになっているため、城下町がよく見える。

 それは大変美しい光景ではあるが――

「ジャン、落ち着かなくない、ここ」

「……だよな。でも、ここでしか出来ないからしょうがないだろ」

 訓練場なんて沢山ありそうだが……。よく分からない。というか、やっぱりジャン王子もここは落ち着かないのか。

 しかし、稽古をしたいと言い出したのはこっちだ。単に落ち着かないというだけで、稽古が出来ないわけではない。

 ミラは持っていた木剣をジャン王子へ構える。

「稽古する前に、ミラの実力が知りたい。変に教えてもしょうがないし」

「うん」

「だから、最初は模擬戦をするぞ」

「うん」

「……何か質問は?」

「ありまーすっ!」

 一丁前に講師を気取っているジャン王子にミラは元気よく返事した。模擬戦と聞いて、一ついいアイデアを思いついたのだ。せっかくだし、こういうのも面白いと思う。それに、ジャン王子がミラを意識してくれるかもしれない。

「……なんだよ、ミラ」

「折角だし勝負にしようよ」

「模擬戦なんだから勝負だろ」

「そうじゃなくって。勝負に勝った方が、負けた方になんでも命令できるってのはどう?」

「何でも……?」

「そう、何でも」

 ジャン王子は訝しがるような目で、ミラを見つめていた。失礼なことに不信感で溢れているような気がする。

「別に不正も何もしないよ?」

「そういうこと言うと余計に怪しいぞ……」

「もう、何もしないって。それとも、何でもは嫌なの? ジャンの好きなことしてあげてもいいんだけどなー」

「な、なんだよ。好きなことって」

「えー、何考えてるのー、ジャン」

 わざとらしくミラがしなを作ると、ジャン王子が顔を真っ赤にし、抗議してきた。

「変なことは考えてないっ!」

「じゃあ、いいよね。やろうよ、罰ゲームありの勝負。それとも、負けるの?」

「ぐっ、そこまで言うならやってやる。後悔するなよ」

「んー、ジャンが変な命令をしなければ後悔しないかなー」

「だから、しないって!」

 本当ころころ変わる顔だ。見ていて飽きない。そんなに叫ぶと余計に怪しいことに気付いているのだろうか。何を想像してくれたのだろうか。

「はぁ、はぁ……。もう、やるぞ。ミラ」

「はーい」

「くそっ、絶対勝ってやる」

 怖い怖い。負けたら、一体、何を命令されるのか。

「合図はお互いに木剣の剣先を床に付けたらだ。それでいいか?」

「うんっ」

「ふうっー……」

 ジャン王子が深呼吸し、木剣を下げる。目線はミラを見たままだ。いつになく真剣な顔にこっちが照れくさくなる。ミラは嘆息するしかなかった。

 こういう時はかっこいいなんて、ずるいなあ。

 徐々にお互いの剣先が下がっていく。床まであともう少し。

 ――コツン。

 ニアほどではないが、ジャン王子は魔法を使用し一気に距離を詰めてくる。そもそも、ニアが異常なだけではある。ああ見えて、同世代ではトップクラスの実力を持つはず。ゲームでもそのことには触れていた。

 だから、ミラが目の前に振り下ろされた剣を受け止められたとしても不思議では無いのだ。なにしろ、ニアの剣でも反応は出来ていたのだから。

「なっ……」

 女だと油断していたのか。それとも、ついこの間までのミラから想像して強くは無いだろうと思っていたのかもしれない。さっきは、ニアにボロボロに負けたとも言っていたのもある。

 驚いた顔をしたジャン王子は目を見開かせる。それでも、一瞬で気を引き締めて剣の力を緩めなかったのは流石という他なかった。

 ミラの剣とジャン王子の剣が鍔迫り合いを行う。二人の剣が接する場所からは火花が見えるようだった。

「……ぐっ、おい、ミラ」

「な、に。ジャン」

「剣を、習っているのか?」

「さあ」

 その返答にジャン王子は顔をしかめた。はぐらかされた、と思ったのかもしれない。間違いじゃないが、正確には自分でも分からないのだからしょうがない。見えるから、反応する。できる。それだけなのだから。

 何を言っても同じような感じになるだろう。だから、さあ、だ。

「そう、かよっ」

 ぐっと押し込まれた次の瞬間、その力が消えた。思わず前のめりになりそうになるのを、脇に避けたジャン王子がバットのごとく木剣を背中に向けて振ってくる。

 このまま前回転すれば避けられるだろうが――反応できない振りをして、ミラは剣を受けた。

 背中を殴打され、痺れるような痛みが襲う。この程度で済んでいるあたりジャン王子も手加減はしているのだろう。明らかに振り方と力が合っていない。

 ミラは膝を落として前に倒れ込み、ひんやりしている床と頬をキスする。少しして、仰向けにひっくり返った。呼吸を乱れさせながら作戦の出来を考える。

 これで負けた振りは出来ただろうか?

 そう思ってジャン王子を見たのだが――

「……なあ、ミラ」

 そこには非常に不服そうなジャン王子の姿があった。木剣を下げ、不満を露にミラを見下ろしてくる。

 まずい。ほとんど直感でミラは思った。

「お前、今手加減しただろう」

 ミラの心臓が跳ねる。気付かれないと思ったけど、彼を見くびり過ぎたようだ。

 ここで言い訳を連ねてもジャン王子は拗ねてしまうような気がした。彼に勝たせて何が望みなのか聞き出そうと思っていたが、この様子だと失敗したらしい。

「バレちゃった?」

「はぁー……、何がしたいんだ。ミラ」

「んー、ジャンと仲良くなりたい」

「もういいだろ……」

 ジャン王子は照れくさそうにぷいっと顔を背けた。いい反応に、ミラの心が躍った。

「もっと仲良くなりたいの。ジャン、いっつも本読んでるだもん」

 逆さまにではあるけど。しかし、目を合わせてくれないと見てくれたことにはならない。

「それは、……いや、なんでもない。それよりも、さっきの勝負お前の勝ちでいい。何かして欲しいんだろ」

「話逸らしたー」

「うるさい。命令聞いてやらないぞ」

「はーい。んー、そうだなー……」

 分かりやすく話を逸らされてしまったが、追及できそうにもない。命令か。ジャン王子からのお願いばかりで、こっちから何かを、は考えていなかった。ミラはうんうんと唸る。

 どうしよう。

 仲良くなれるのは、二人っきりになれる何かにした方が良いだろう。今だって、さっきよりはジャン王子の距離が近くなっているはずだ。少なくともいくらかは砕けているはずだった。ミラの頭の中がぐるぐると回る。

 二人きり。どこがいいだろうか? やっぱり、お出かけ? 城の中を探索しても子供らしくていいかも知れないが、どうせなら外に出たい。お忍びデート、がいいかもしれない。

 ミラの頭は数瞬の内にそろばんをはじき終えた。

「お出かけ」

「は?」

「外にお忍びで行ってみない? というか行きたい」

「……まぁ、それでいいなら」

「あ、他の人は呼んじゃだめだよ。ジェイとか」

「……分かってるよ」

 本当だろうか。

 ミラはぱっと立ち上がって、ジャン王子の頬を両手で挟む。強制的にミラの方を向かせると、耳まで真っ赤にしていた。

 ちょっと面白い。

「本当にダメだからね。二人きりだよ。二人きり」

「分かった、分かったって。離せ」

 ジャン王子が目を泳がせながら、腕を暴れさせる。ミラは満足し、さっと離れた。

 彼がきっと睨んで来るがまだまだ可愛らしい範疇に収まっている。

「楽しみだね、お出かけっ」

「ああ」

 ジャン王子の返答には呆れが混じっているようだった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

悪役令嬢になりたくないので、攻略対象をヒロインに捧げます

久乃り
恋愛
乙女ゲームの世界に転生していた。 その記憶は突然降りてきて、記憶と現実のすり合わせに毎日苦労する羽目になる元日本の女子高校生佐藤美和。 1周回ったばかりで、2週目のターゲットを考えていたところだったため、乙女ゲームの世界に入り込んで嬉しい!とは思ったものの、自分はヒロインではなく、ライバルキャラ。ルート次第では悪役令嬢にもなってしまう公爵令嬢アンネローゼだった。 しかも、もう学校に通っているので、ゲームは進行中!ヒロインがどのルートに進んでいるのか確認しなくては、自分の立ち位置が分からない。いわゆる破滅エンドを回避するべきか?それとも、、勝手に動いて自分がヒロインになってしまうか? 自分の死に方からいって、他にも転生者がいる気がする。そのひとを探し出さないと! 自分の運命は、悪役令嬢か?破滅エンドか?ヒロインか?それともモブ? ゲーム修正が入らないことを祈りつつ、転生仲間を探し出し、この乙女ゲームの世界を生き抜くのだ! 他サイトにて別名義で掲載していた作品です。

【完結】転生悪役令嬢は婚約破棄を合図にヤンデレの嵐に見舞われる

syarin
恋愛
乙女ゲームの悪役令嬢として転生してしまい、色々足掻くも虚しく卒業パーティーで婚約破棄を宣言されてしまったマリアクリスティナ・シルバーレーク伯爵令嬢。 原作では修道院送りだが、足掻いたせいで色々拗れてしまって……。 初投稿です。 取り敢えず書いてみたものが思ったより長く、書き上がらないので、早く投稿してみたくて、短編ギャグを勢いで書いたハズなのに、何だか長く重くなってしまいました。 話は終わりまで執筆済みで、雑事の合間に改行など整えて投稿してます。 ギャグでも無くなったし、重いもの好きには物足りないかもしれませんが、少しでも楽しんで頂けたら嬉しいです。 ざまぁを書きたかったんですが、何だか断罪した方より主人公の方がざまぁされてるかもしれません。

元おっさんの俺、公爵家嫡男に転生~普通にしてるだけなのに、次々と問題が降りかかってくる~

おとら@ 書籍発売中
ファンタジー
アルカディア王国の公爵家嫡男であるアレク(十六歳)はある日突然、前触れもなく前世の記憶を蘇らせる。 どうやら、それまでの自分はグータラ生活を送っていて、ろくでもない評判のようだ。 そんな中、アラフォー社畜だった前世の記憶が蘇り混乱しつつも、今の生活に慣れようとするが……。 その行動は以前とは違く見え、色々と勘違いをされる羽目に。 その結果、様々な女性に迫られることになる。 元婚約者にしてツンデレ王女、専属メイドのお調子者エルフ、決闘を仕掛けてくるクーデレ竜人姫、世話をすることなったドジっ子犬耳娘など……。 「ハーレムは嫌だァァァァ! どうしてこうなった!?」 今日も、そんな彼の悲鳴が響き渡る。

悪役令嬢でも素材はいいんだから楽しく生きなきゃ損だよね!

ペトラ
恋愛
   ぼんやりとした意識を覚醒させながら、自分の置かれた状況を考えます。ここは、この世界は、途中まで攻略した乙女ゲームの世界だと思います。たぶん。  戦乙女≪ヴァルキュリア≫を育成する学園での、勉強あり、恋あり、戦いありの恋愛シミュレーションゲーム「ヴァルキュリア デスティニー~恋の最前線~」通称バル恋。戦乙女を育成しているのに、なぜか共学で、男子生徒が目指すのは・・・なんでしたっけ。忘れてしまいました。とにかく、前世の自分が死ぬ直前まではまっていたゲームの世界のようです。  前世は彼氏いない歴イコール年齢の、ややぽっちゃり(自己診断)享年28歳歯科衛生士でした。  悪役令嬢でもナイスバディの美少女に生まれ変わったのだから、人生楽しもう!というお話。  他サイトに連載中の話の改訂版になります。

45歳のおっさん、異世界召喚に巻き込まれる

よっしぃ
ファンタジー
2月26日から29日現在まで4日間、アルファポリスのファンタジー部門1位達成!感謝です! 小説家になろうでも10位獲得しました! そして、カクヨムでもランクイン中です! ●●●●●●●●●●●●●●●●●●●● スキルを強奪する為に異世界召喚を実行した欲望まみれの権力者から逃げるおっさん。 いつものように電車通勤をしていたわけだが、気が付けばまさかの異世界召喚に巻き込まれる。 欲望者から逃げ切って反撃をするか、隠れて地味に暮らすか・・・・ ●●●●●●●●●●●●●●● 小説家になろうで執筆中の作品です。 アルファポリス、、カクヨムでも公開中です。 現在見直し作業中です。 変換ミス、打ちミス等が多い作品です。申し訳ありません。

Shadow★Man~変態イケメン御曹司に溺愛(ストーカー)されました~

美保馨
恋愛
ある日突然、澪は金持ちの美男子・藤堂千鶴に見染められる。しかしこの男は変態で異常なストーカーであった。澪はド変態イケメン金持ち千鶴に翻弄される日々を送る。『誰か平凡な日々を私に返して頂戴!』 ★変態美男子の『千鶴』と  バイオレンスな『澪』が送る  愛と笑いの物語!  ドタバタラブ?コメディー  ギャグ50%シリアス50%の比率  でお送り致します。 ※他社サイトで2007年に執筆開始いたしました。 ※感想をくださったら、飛び跳ねて喜び感涙いたします。 ※2007年当時に執筆した作品かつ著者が10代の頃に執筆した物のため、黒歴史感満載です。 改行等の修正は施しましたが、内容自体に手を加えていません。 2007年12月16日 執筆開始 2015年12月9日 復活(後にすぐまた休止) 2022年6月28日 アルファポリス様にて転用 ※実は別名義で「雪村 里帆」としてドギツイ裏有の小説をアルファポリス様で執筆しております。 現在の私の活動はこちらでご覧ください(閲覧注意ですw)。

盲目のラスボス令嬢に転生しましたが幼馴染のヤンデレに溺愛されてるので幸せです

斎藤樹
恋愛
事故で盲目となってしまったローナだったが、その時の衝撃によって自分の前世を思い出した。 思い出してみてわかったのは、自分が転生してしまったここが乙女ゲームの世界だということ。 さらに転生した人物は、"ラスボス令嬢"と呼ばれた性悪な登場人物、ローナ・リーヴェ。 彼女に待ち受けるのは、嫉妬に狂った末に起こる"断罪劇"。 そんなの絶対に嫌! というかそもそも私は、ローナが性悪になる原因の王太子との婚約破棄なんかどうだっていい! 私が好きなのは、幼馴染の彼なのだから。 ということで、どうやら既にローナの事を悪く思ってない幼馴染と甘酸っぱい青春を始めようと思ったのだけどーー あ、あれ?なんでまだ王子様との婚約が破棄されてないの? ゲームじゃ兄との関係って最悪じゃなかったっけ? この年下男子が出てくるのだいぶ先じゃなかった? なんかやけにこの人、私に構ってくるような……というか。 なんか……幼馴染、ヤンデる…………? 「カクヨム」様にて同名義で投稿しております。

転生ガチャで悪役令嬢になりました

みおな
恋愛
 前世で死んだと思ったら、乙女ゲームの中に転生してました。 なんていうのが、一般的だと思うのだけど。  気がついたら、神様の前に立っていました。 神様が言うには、転生先はガチャで決めるらしいです。  初めて聞きました、そんなこと。 で、なんで何度回しても、悪役令嬢としかでないんですか?

処理中です...