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第1章「悪役令嬢の無双」
第5話「一騎打ち」
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安静の一週間が終わり、ようやく外に出られるようになったので、ミラは庭を散策していた。こっそり寝室から抜け出してきたので、側には誰もいない。ミラは敷地内の広さに呆れていた。
広すぎる。この屋敷まるまる自分の家だなんて。
ミラの目の前には三階建ての白い建物。屋敷の大きさに圧倒される。いくらミラとしての意識があるとはいえ、改めて自分の目で意識して見るのは違う。高さはないが、横幅は間違いなく前世のマンション一棟分はある。奥行きも同様。大体、自分の寝室だけで灯里の住んでいた部屋の半分はあった。あそこだけで暮らしていけそうだ。
しばらくは、この屋敷を探検するだけでも時間を潰せるだろう。もっとも病み上がりで中止になっているレッスンに勉学祭りでその内埋まってしまうだろうけど。
「はぁー……」
そのことを考えると気が滅入る。しかし、ここで生きていく以上仕方のないことでもあった。
晴れ渡る青空の下、サクサクと芝生を歩きながら屋敷の裏手に回っていくと、屋敷の壁から少し空いて森が広がっていた。
ミラの記憶ではこの森も敷地内らしい。もっともどこまで広がっているかは把握できていない。木々の香りや濃厚な森の気配に癒されつつ、屋敷を一周してみようかな、と歩いてみる。すると、なにやら何かがぶつかり合う音が聞こえてきた。カン、カン、と森の方から聞こえてくる。
気になったミラは森の中に足を踏み入れ、音のする方へ向かう。それはどんどん大きくなり、少し開けた場所に出た。
カンっ、とまた同じ音が聞こえ、何かが飛んでくる。緊迫したニアの叫び声が聞こえた。
「危ないっ!」
ミラが咄嗟に横に転ぶと、そばに木製の丸太がドサッと落ちた。ミラと同じサイズくらいの丸太は傷だらけであり、あちこちが凹んでいる。何をやったらこんなことになるのだろうか?
疑問が浮かんでいるミラのもとに、ニアが木剣を片手にこちらにやってくる。その表情は呆れており、偉そうだった。
「ミラ、危ないよー、もうー」
「危ないのはお姉ちゃんじゃん」
「何か言った?」
「なんでもー」
なんでこっちの方が呆れられないといけないのか。
「んー……、そうだっ」
ニアの思いついたと言わんばかりの声と表情に嫌な予感を覚える。碌なことじゃない気がしてならない。ミラの過去の記憶がそれを物語っていた。
身体を起こして、そっとこの場を離れようとするが――ニアにがっと腕を掴まれる。痛くはないが、有無を言わせない力を感じる。
ふり返るとニアは楽しそうに言った。
「一緒に訓練しよっ!」
「なんで?」
ミラは間髪入れず返答する。運動したい気分ではない。大体、ニアの訓練は嫌な予感しか出来ない。
「んー……、ミラが危険だから?」
こてん、とニアが首を傾げる。
「だから?」
「ミラを守るため?」
「守りたいなら一人ですれば――」
「ミラも強くするっ!」
ミラはこけそうになった。なぜその結論になるのか。誰か彼女の通訳が欲しい。
「意味分かんないって」
「ミラが強ければ襲われないでしょ?」
「そうだけど、……そうなのかな?」
思わずニアにつられて自分まで首を傾げる。強くたって襲われることはあるだろう。それよりも、自分の場合は王子を攻略した方が死なないはずだ。色んな意味で。
「うーん、分かんないっ!」
「……部屋に戻る」
「ダメっ! 一緒に練習しなさいっ! これはおねーさまの命令ですっ!」
むふっ、と鼻息を荒くして、ニアは胸を張った。
腕をぐっと引っ張ったが離れそうにない。ニアがふふんと楽しそうにミラを見ていた。無理やり引き剥がすことも可能だが、泣かれる予感しかしない。
「はぁ……、何するの?」
「一騎打ち。はい、これ」
ミラの腕を離したニアが、手に持っていた木剣を放り投げてくる。慌てて受け取ると、思ったよりも軽かった。というより軽すぎる。まるで発砲スチロールだ。逆に振り辛そう。
「んー? ミラなんで持てるのー? こないだは地面に落としてたのに……」
それは確かにミラの記憶にもあった。興味本位でニアの訓練用木剣を持って、力が無さ過ぎたのか持ち上げられなかったのだ。仮に出来たとしても完全に剣に振り回されていただろう。だが、今は違う。竜巫女の怪力ならばこの程度の重さ、造作もない。
「まぁ、いいや。ミラ、そこに立ってて、合図はおねーちゃんがするから」
「お姉ちゃん、剣はー?」
ニアは応えることなく、少しだけ離れた場所でニアはこちらに向いた。彼女の周囲を見回すが、剣は見当たらない。どうする気なのか。
「ミラーっ」
ミラの名前を呼びながら、ニアは右手を森に掲げた。顔はミラを見ている。すると――
「いくよっ」
メキメキと音を立て、右手の向かう方の森の木が、剣の形に切り抜かれた。そのままその剣が信じられない速さでニアの手に渡る。見る限り、ミラの持つ木剣と同じだ。
魔法凄い。ミラはその有り得ない現象に興奮した。しかし、すぐにそれどころでは無くなった。
ニアが剣を持つところまでは、認識することができたのだが――
「……っ!」
次の瞬間には、かろうじて構えた木剣とニアの剣がぶつかり合っていたのだ。咄嗟に足を踏ん張らなかったら吹っ飛ばされていただろう。
「ん? おー、やるねー、ミラ。それでこそおねーちゃんの妹」
ニアが軽口を叩いているが、それを聞くどころではない。今、この瞬間にもすさまじい力が剣ごしにミラを襲っている。
まったく見えなかった。気付いたら正面にいたのだ。防げただけでも僥倖。
……この世界、まさかこれが普通じゃないよね?
「おねえ、ちゃ、ん」
「一発で勝てると思ったのにー、……でも、この方が楽しいっ」
ニアが突然消え、がくんと前に倒れそうになる。それを横っ面からぶん殴られた。それが分かった時にはもう遅い。地面にごろごろと石ころの様に転がる。全身が緑臭くなる。
「あれ? これはダメなんだ」
「ぐっ、はぁ、はぁ、はぁ」
ミラは呼吸を荒くしながら、ふざけたニアの力から逃げる方向へ心が傾く。
冗談じゃない。まるで相手になっていない。こんなのやってられるか――
「うーん……、ミラやっぱり弱いなー。そのままじゃ襲われちゃうよ? そうだっ、明日から毎日訓練しよ。きっと強くなれるよ」
「何言って――」
「うん。その方が絶対いいよ。だって、弱いんだもん」
頭の中にニアの言葉がリフレインする。
――弱いんだもん。
弱い弱いと連呼するニアにさすがにイラっとする。こっちはほとんど竜巫女の力を使っていない、本気じゃないというのに。
「もう一回、お姉ちゃん」
「えー、どうしよっかなー」
「お姉ちゃん」
「しょうがないなー、じゃあ、もう一回ね」
ニアが渋々と言った様子で、元の位置に戻る。
「トクベツだからねー」
たどたどしく特別という言葉を強調し、ニアが構える。
ニアは確かに早い。
「いくよっ」
だが、早いだけだ。さっきので分かったが、力はこっちの方が上だ。
ニアの姿が掻き消える。
ミラは思いっきり、まだ何もない眼前に木剣を振った。
「うわっ」
数舜遅れて、ニアの驚いた声が聞こえた。それもそうだろう。自分が行こうと思った場所に急に剣を向けられれば誰だって驚く。
さらに言えば、ミラはそれも織り込み済み。
現実に重なって、数秒後のニアの動きが見える。そこでは、仰け反ったニアが、反転し、すぐさまこちらへ向かってくるのが分かる。酔いそうな感覚をどうにか我慢しつつ、未来のニアが脇腹を狙って剣を振るところをしゃがみつつ避ける。さらに、未来のニアの足に剣を振った。
果たして予測は現実となり、ミラがしゃがんだ少しあと――ニアの剣がミラの頭上を通り過ぎ、ミラの剣はニアの脚を強打した。油断していたのかもしれない。ニアは脚を打たれ、見事にひっくり返った。
竜巫女の『未来視』。ゲームで言及があったので使えるかと思ったが、思ったよりも上手くいった。
ミラはすぐさま起き上がろうとするニアに馬乗りになり、剣先を顔に向ける。ミラはニッと笑った。
「お姉ちゃん、私の勝ちだね」
「い、今のはたまたまだもんっ」
「じゃあ、もう一回勝負する?」
「そこで待ってないさいっ!」
ニアは勢いよく立ち上がると、最初と同じ場所に戻った。剣を構えるや否や、大声を上げる。
「いくよっ」
ニアの号令を合図に三回目の勝負が始まった。
◆
気付けばあたりが暗くなり始めていた。ミラもニアも大の字になって、地面に寝転んでいる。汗が風に吹かれ、徐々に引いていく。
「お姉ちゃん、部屋に戻ろう。怒られちゃう……」
「そうね……」
もはや何回勝負してどっちが勝ったのか分からないが、疲労していることだけは確かだった。
ミラが立つと、ニアがこちらを見て言う。
「ふふっ、ミラ泥だらけ」
「むっ、お姉ちゃんだって。……お姉ちゃんって綺麗に出来る魔法使える?」
「ううん、だめ。ミラは?」
「私も使えない」
このままでは叱られてしまう。ミラは一つ溜息をついた。
やってしまった。
精神年齢まで肉体の年齢に引っ張られている。安い挑発に乗って、後のことを考えていなかった。このままではまずいので、優しいメイド――ニアのお付き――がこういうのに慣れていて協力してくれそうだ、というニアの言葉があって、二人はそのメイドの元に向かった。
両親やメイド長――生活指導役に見つかると、絶対に怒られてしまう。ましてや、ミラは抜け出してきた身。さっさと綺麗にして、そろそろ姿を現わさないとバレる。
二人はそーっと屋敷裏口から中に入っていく。メイドはニアの部屋にいることが多いので、とりあえずそこに向かうべく、階段を上った。
「……お嬢様方、一体何をなさっているのですか?」
階段下、後ろから聞き馴染みのある声が聞こえた。
ビクゥ、と肩が震え。思わずニアと目を見合わせる。彼女の瞳は恐怖に彩られていた。よりにもよってメイド長に見つかるとは。
「お嬢様方……、随分と汚れていらっしゃいますね」
「ミ、ミラっ」
「うん、お姉ちゃんっ」
二人の心は一つだった。互いの手をぎゅっと握ると、目的の場所に脱兎のごとく逃げ出す。
「あっ、こらっ、待ちなさいっ」
後ろからメイド長の叫び声が聞こえてくる。
走りながらミラはなんとなく楽しくなってくる。
「ふふっ」
ニアが笑った。ミラもそれにつられ、段々と笑い声が大きくなる。やがてそれは互いに大きくなっていった。
広すぎる。この屋敷まるまる自分の家だなんて。
ミラの目の前には三階建ての白い建物。屋敷の大きさに圧倒される。いくらミラとしての意識があるとはいえ、改めて自分の目で意識して見るのは違う。高さはないが、横幅は間違いなく前世のマンション一棟分はある。奥行きも同様。大体、自分の寝室だけで灯里の住んでいた部屋の半分はあった。あそこだけで暮らしていけそうだ。
しばらくは、この屋敷を探検するだけでも時間を潰せるだろう。もっとも病み上がりで中止になっているレッスンに勉学祭りでその内埋まってしまうだろうけど。
「はぁー……」
そのことを考えると気が滅入る。しかし、ここで生きていく以上仕方のないことでもあった。
晴れ渡る青空の下、サクサクと芝生を歩きながら屋敷の裏手に回っていくと、屋敷の壁から少し空いて森が広がっていた。
ミラの記憶ではこの森も敷地内らしい。もっともどこまで広がっているかは把握できていない。木々の香りや濃厚な森の気配に癒されつつ、屋敷を一周してみようかな、と歩いてみる。すると、なにやら何かがぶつかり合う音が聞こえてきた。カン、カン、と森の方から聞こえてくる。
気になったミラは森の中に足を踏み入れ、音のする方へ向かう。それはどんどん大きくなり、少し開けた場所に出た。
カンっ、とまた同じ音が聞こえ、何かが飛んでくる。緊迫したニアの叫び声が聞こえた。
「危ないっ!」
ミラが咄嗟に横に転ぶと、そばに木製の丸太がドサッと落ちた。ミラと同じサイズくらいの丸太は傷だらけであり、あちこちが凹んでいる。何をやったらこんなことになるのだろうか?
疑問が浮かんでいるミラのもとに、ニアが木剣を片手にこちらにやってくる。その表情は呆れており、偉そうだった。
「ミラ、危ないよー、もうー」
「危ないのはお姉ちゃんじゃん」
「何か言った?」
「なんでもー」
なんでこっちの方が呆れられないといけないのか。
「んー……、そうだっ」
ニアの思いついたと言わんばかりの声と表情に嫌な予感を覚える。碌なことじゃない気がしてならない。ミラの過去の記憶がそれを物語っていた。
身体を起こして、そっとこの場を離れようとするが――ニアにがっと腕を掴まれる。痛くはないが、有無を言わせない力を感じる。
ふり返るとニアは楽しそうに言った。
「一緒に訓練しよっ!」
「なんで?」
ミラは間髪入れず返答する。運動したい気分ではない。大体、ニアの訓練は嫌な予感しか出来ない。
「んー……、ミラが危険だから?」
こてん、とニアが首を傾げる。
「だから?」
「ミラを守るため?」
「守りたいなら一人ですれば――」
「ミラも強くするっ!」
ミラはこけそうになった。なぜその結論になるのか。誰か彼女の通訳が欲しい。
「意味分かんないって」
「ミラが強ければ襲われないでしょ?」
「そうだけど、……そうなのかな?」
思わずニアにつられて自分まで首を傾げる。強くたって襲われることはあるだろう。それよりも、自分の場合は王子を攻略した方が死なないはずだ。色んな意味で。
「うーん、分かんないっ!」
「……部屋に戻る」
「ダメっ! 一緒に練習しなさいっ! これはおねーさまの命令ですっ!」
むふっ、と鼻息を荒くして、ニアは胸を張った。
腕をぐっと引っ張ったが離れそうにない。ニアがふふんと楽しそうにミラを見ていた。無理やり引き剥がすことも可能だが、泣かれる予感しかしない。
「はぁ……、何するの?」
「一騎打ち。はい、これ」
ミラの腕を離したニアが、手に持っていた木剣を放り投げてくる。慌てて受け取ると、思ったよりも軽かった。というより軽すぎる。まるで発砲スチロールだ。逆に振り辛そう。
「んー? ミラなんで持てるのー? こないだは地面に落としてたのに……」
それは確かにミラの記憶にもあった。興味本位でニアの訓練用木剣を持って、力が無さ過ぎたのか持ち上げられなかったのだ。仮に出来たとしても完全に剣に振り回されていただろう。だが、今は違う。竜巫女の怪力ならばこの程度の重さ、造作もない。
「まぁ、いいや。ミラ、そこに立ってて、合図はおねーちゃんがするから」
「お姉ちゃん、剣はー?」
ニアは応えることなく、少しだけ離れた場所でニアはこちらに向いた。彼女の周囲を見回すが、剣は見当たらない。どうする気なのか。
「ミラーっ」
ミラの名前を呼びながら、ニアは右手を森に掲げた。顔はミラを見ている。すると――
「いくよっ」
メキメキと音を立て、右手の向かう方の森の木が、剣の形に切り抜かれた。そのままその剣が信じられない速さでニアの手に渡る。見る限り、ミラの持つ木剣と同じだ。
魔法凄い。ミラはその有り得ない現象に興奮した。しかし、すぐにそれどころでは無くなった。
ニアが剣を持つところまでは、認識することができたのだが――
「……っ!」
次の瞬間には、かろうじて構えた木剣とニアの剣がぶつかり合っていたのだ。咄嗟に足を踏ん張らなかったら吹っ飛ばされていただろう。
「ん? おー、やるねー、ミラ。それでこそおねーちゃんの妹」
ニアが軽口を叩いているが、それを聞くどころではない。今、この瞬間にもすさまじい力が剣ごしにミラを襲っている。
まったく見えなかった。気付いたら正面にいたのだ。防げただけでも僥倖。
……この世界、まさかこれが普通じゃないよね?
「おねえ、ちゃ、ん」
「一発で勝てると思ったのにー、……でも、この方が楽しいっ」
ニアが突然消え、がくんと前に倒れそうになる。それを横っ面からぶん殴られた。それが分かった時にはもう遅い。地面にごろごろと石ころの様に転がる。全身が緑臭くなる。
「あれ? これはダメなんだ」
「ぐっ、はぁ、はぁ、はぁ」
ミラは呼吸を荒くしながら、ふざけたニアの力から逃げる方向へ心が傾く。
冗談じゃない。まるで相手になっていない。こんなのやってられるか――
「うーん……、ミラやっぱり弱いなー。そのままじゃ襲われちゃうよ? そうだっ、明日から毎日訓練しよ。きっと強くなれるよ」
「何言って――」
「うん。その方が絶対いいよ。だって、弱いんだもん」
頭の中にニアの言葉がリフレインする。
――弱いんだもん。
弱い弱いと連呼するニアにさすがにイラっとする。こっちはほとんど竜巫女の力を使っていない、本気じゃないというのに。
「もう一回、お姉ちゃん」
「えー、どうしよっかなー」
「お姉ちゃん」
「しょうがないなー、じゃあ、もう一回ね」
ニアが渋々と言った様子で、元の位置に戻る。
「トクベツだからねー」
たどたどしく特別という言葉を強調し、ニアが構える。
ニアは確かに早い。
「いくよっ」
だが、早いだけだ。さっきので分かったが、力はこっちの方が上だ。
ニアの姿が掻き消える。
ミラは思いっきり、まだ何もない眼前に木剣を振った。
「うわっ」
数舜遅れて、ニアの驚いた声が聞こえた。それもそうだろう。自分が行こうと思った場所に急に剣を向けられれば誰だって驚く。
さらに言えば、ミラはそれも織り込み済み。
現実に重なって、数秒後のニアの動きが見える。そこでは、仰け反ったニアが、反転し、すぐさまこちらへ向かってくるのが分かる。酔いそうな感覚をどうにか我慢しつつ、未来のニアが脇腹を狙って剣を振るところをしゃがみつつ避ける。さらに、未来のニアの足に剣を振った。
果たして予測は現実となり、ミラがしゃがんだ少しあと――ニアの剣がミラの頭上を通り過ぎ、ミラの剣はニアの脚を強打した。油断していたのかもしれない。ニアは脚を打たれ、見事にひっくり返った。
竜巫女の『未来視』。ゲームで言及があったので使えるかと思ったが、思ったよりも上手くいった。
ミラはすぐさま起き上がろうとするニアに馬乗りになり、剣先を顔に向ける。ミラはニッと笑った。
「お姉ちゃん、私の勝ちだね」
「い、今のはたまたまだもんっ」
「じゃあ、もう一回勝負する?」
「そこで待ってないさいっ!」
ニアは勢いよく立ち上がると、最初と同じ場所に戻った。剣を構えるや否や、大声を上げる。
「いくよっ」
ニアの号令を合図に三回目の勝負が始まった。
◆
気付けばあたりが暗くなり始めていた。ミラもニアも大の字になって、地面に寝転んでいる。汗が風に吹かれ、徐々に引いていく。
「お姉ちゃん、部屋に戻ろう。怒られちゃう……」
「そうね……」
もはや何回勝負してどっちが勝ったのか分からないが、疲労していることだけは確かだった。
ミラが立つと、ニアがこちらを見て言う。
「ふふっ、ミラ泥だらけ」
「むっ、お姉ちゃんだって。……お姉ちゃんって綺麗に出来る魔法使える?」
「ううん、だめ。ミラは?」
「私も使えない」
このままでは叱られてしまう。ミラは一つ溜息をついた。
やってしまった。
精神年齢まで肉体の年齢に引っ張られている。安い挑発に乗って、後のことを考えていなかった。このままではまずいので、優しいメイド――ニアのお付き――がこういうのに慣れていて協力してくれそうだ、というニアの言葉があって、二人はそのメイドの元に向かった。
両親やメイド長――生活指導役に見つかると、絶対に怒られてしまう。ましてや、ミラは抜け出してきた身。さっさと綺麗にして、そろそろ姿を現わさないとバレる。
二人はそーっと屋敷裏口から中に入っていく。メイドはニアの部屋にいることが多いので、とりあえずそこに向かうべく、階段を上った。
「……お嬢様方、一体何をなさっているのですか?」
階段下、後ろから聞き馴染みのある声が聞こえた。
ビクゥ、と肩が震え。思わずニアと目を見合わせる。彼女の瞳は恐怖に彩られていた。よりにもよってメイド長に見つかるとは。
「お嬢様方……、随分と汚れていらっしゃいますね」
「ミ、ミラっ」
「うん、お姉ちゃんっ」
二人の心は一つだった。互いの手をぎゅっと握ると、目的の場所に脱兎のごとく逃げ出す。
「あっ、こらっ、待ちなさいっ」
後ろからメイド長の叫び声が聞こえてくる。
走りながらミラはなんとなく楽しくなってくる。
「ふふっ」
ニアが笑った。ミラもそれにつられ、段々と笑い声が大きくなる。やがてそれは互いに大きくなっていった。
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