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第1章「炎狼、シスターレイラ」

第3話「救世主」

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 ギルドの窓口には様々な者たちがやってくる。なにせ冒険者になるにはただ、登録手続きを済ませればなれるのだから。試験も資格もいらない。いるのは覚悟だけだ。王国内に数多ある職業の中で、最も高い死亡率になっているのも無理はないだろう。
 そんなだから、冒険者という人種は玉石混合なのだ。

「で、す、か、ら、ギルドにそのような情報は入っておりません」
「嘘をつくんじゃねぇ! お前ら、あのクソ狼の正体知ってんだろっ!」

 怒号がギルド内に響く。またか。怒鳴り声の先――いかにも荒くれ者らしい粗野な格好をした冒険者が、カウンター越しに職員に詰め寄っている。ロルフは内心うんざりしはじめていた。ここ数日、同じような内容の要求が来るようになっていたのだ。
 要求をしてくるのは、決まって同じような冒険者。
 曰く、――過去に犯罪を犯した、いわゆる傷持ちの冒険者たちだ。そして、彼らがこぞって欲しがっている情報……、それが――

「炎狼の正体、か」
「知ってるんですか?」

 ロルフが受付していたシスターが、か細く呟く。
 シスター――レイラを見ると、エルフ特有の長耳が不安そうに垂れ下がっていた。

「それが分かれば苦労しないよ。……結局確かなことを誰も知らないから、ギルドも冒険者も苛立ちだけが募る」
「私……、噂を聞いたんですが……」
「噂?」

 ちょうど受付の切れ目だったらしく、レイラの後ろに誰も並んでいないことを見て、話を聞く。
 レイラの桜色の瞳がじっとロルフを見る。知ってますか、と。

「はい……。ロルフさんのいう炎狼、それは、なんでも救世主なんだそうです」
「救世主かぁ。うーん……」

 ギルド職員にとっては頷き難い噂だった。自分たちにとっては新たな厄介事の種でしかない。救世主どころか災厄である。それも、とびきり面倒な。なにしろ、怒鳴りに来る冒険者たちにこうすればいいという、答えられるものが無いに等しいのだから。
 少しだけ意気込んでレイラが説明し出す。

「はい。救世主です。犯罪被害者たちにとっての……。襲われているのは犯罪を犯したものだけらしいので……」

 朝、ギルド長に聞いた話と同じだった。それにしても、正義の執行者気取りか。おまけに、被害関係者からは英雄扱い。まったく、厄介な。この手の者で、本当に正しくあるものなどいないのに。

「まぁ、俺たちギルド職員にとってはただの嵐だ。過ぎ去るのを待つしかない」
「私たち教会にとっても同じです。……連日、匿ってくれと後が絶たなくって」

 頬に手を当て、悩むシスターは中々絵になっていた。こういう絵画をどこかで見た気がする。

「中々大変ですね。教会も。……いつでも護衛依頼お待ちしております」
「ふふっ、宣伝がお上手ですね」

 シスターは楽しそうに笑うと、また、今度お願いしますと言って去った。
 ……ただ、最後に気になることを言っていた。
 ――ミアさんは宗旨替えをなされたんですか?
 なんでも、ここ最近毎日、お嬢様は教会に通い祈っているらしい。シスターが声を掛けても素っ気ないのだとか。
 ギルドは基本的に中立なため、宗教などとは距離置く。それは、お嬢様も同様のはずなのだが、どういう風の吹き回しなのだろう。



 夕方、ミアを学校へ迎えに行くと、元気なやつに話し掛けられた。というか絡まれた。

「おじさん、今日は元気なさそうだねっ!」

 そう言って、金髪の少女――ルーシーがぐるぐるとロルフの周囲を回りだした。可愛らしい黒の制服をはちきれんばかりの元気さで、ずっと笑っている。笑顔でその言葉は、もはや馬鹿にされている気がしてならない。
 学校終わりなのに元気すぎだろ。犬のようにくるくる回る彼女の頭を、がっと掴む。

「だ~れ~がぁ、おじさんだってぇ~」
「おじさんは、おじさんだよー、あははっ」

 にっこりと笑顔で、ルーシーはそんなことを宣う。毎度会う度にこんな調子なので、最早半分諦めているが、いい加減見た目の年齢に訂正して欲しい。
 まったく、変な風に懐かれてしまった。ロルフのことをペットかなにかだと思っていそう。まぁ、お互い様か。犬っぽいし、ルーシー。
 それにしても妙に鋭いな。朝見たもののせいか、たしかに今日は少し疲れていたかもしれない。死ぬ時の夢なんてそうそう見たいものではない。

「ロルフ。離してあげなさい。……そんなことしてると、余計に言われるわよ」

 ルーシーと連れ立って歩いてきた、ミアがため息混じりに忠告する。心なしか彼女が抱いている竜の人形まで呆れているような気がした。まぁ、ミアの一番の親友、もとい、振り回され役が言うのだから間違いは無いのだろう。

「はぁ、まぁ、それはそうなんですけど……」

 ぱっと手を離すと、ルーシーは見えない尻尾を振りちぎれそうな勢いで、ロルフに抱き付いてきた。一瞬、呼吸が止まりそうになる。

「ぐっ、おいっ」

 ロルフはあまりにお転婆なルーシーを咎めようとして――彼女の肩近くの首に、痣のようなものが見えた。抱き付かれでもしない限り分からない場所だ。

「ん? ルーシー――」
「ロルフ、ロルフ、……本当に大丈夫?」

 ルーシーに訊こうかと思ったが、その前に機先を制される。にこやかな笑顔はどこか圧があった。顔は笑っているが、金色の瞳は冷ややかである。
 聞くな、ということか? ミアが心配してしまうから、あまり溜め込まないといいんだが……。

「そんな――」
「ルーシー、離れなさい」

 そんなことはない、と言おうとした時、ミアから低い声が聞こえてくる。
 ルーシーとミアは幼少の頃からの付き合いのため、ロルフを含めてよく三人で遊んでいた。今でこそ、そんなに頻繁ではなくなったが、昔からルーシーはあまり変わっていない。スキンシップが激しく、こういうのも珍しくない。
 前はミアも気にしていなかったんだけどなぁ……。
 頭にもたげるのは一つの予想だが、その気持ちに今は応えられそうになかった。素直に言うにはあまりに身分が違う。

「えー、不満ならミアも一緒に抱き付けばいいんじゃなーい」

 ルーシーはどこかおどけた調子でそう続ける。絶対に分かってて言っているだろ。

「ルーシーっ、あなたっ……」

 ミアが怒りそうになると、ルーシーはぱっと離れ、今度はミアに抱き付く。突然のことにミアは避けることも出来ないようだった。

「んー、いい匂い~」
「ちょっ、ルーシーやめてっ」

 抗議するミアを他所に、ルーシーがなにか耳元に囁く。するとミアは、その可愛らしい顔をみるみる赤らめ、青ざめ、今度はリンゴ色になった。……随分と忙しいな。二人はしばらく小声でなにか応酬する。やがてそれが終わったのか、ミアがロルフの前にやってきた。

「ロルフ、帰るわよ……」

 どこか疲れたように、ミアは一言だけ言って馬車に向かった。

「なに言ったんだ、ルーシー」
「んー、女の子の秘密だよっ!」

 ルーシーは明るくそう言った。ふふっと楽しそうに笑いながら自分の馬車に向かった。
 そこで、気付く。
 首元だけじゃなかったのか。ミアの足にも痣があった。さっきは小さくて気付かなかったが、一体どうしたのだろう。
 ロルフは昔からの幼馴染に不安を抱いた。
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