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第4章「死蝶、ご機嫌ミア」
第28話「記憶の回廊(1)」
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ロルフはサンディーの姿を見て、安心した。
「サンディっ!」
ギルドの扉を勢いよく開け、彼女に声を掛ける。ロルフの声に、ばっと振り返ったサンディは――よく分からない表情をしていた。怒りとも、悔しさとも。悲しみとも。分からない。なにを考えているのか。
「サンディ? どうした?」
「近付くなっ!」
サンディの頭上にあのモザイクが現れる。王冠――もっとも今のロルフにはなぜか認識できないので、効果はない。しかし、サンディはそれほどに警戒しているということで。
「あなた、ロルフ?」
「そうだ。というか、この顔が他にもいるのかよ?」
言っている意味が分からず、呆れ声で思わず返してしまう。それにサンディはなぜか険しさをなくし、あからさまにほっとする。
「ふふっ、そうね。そのウザイ顔はロルフだけね」
「なっ! たくっ、で? 近付いても大丈夫か?」
「うん、こっちに来て」
サンディの頭上にあった、モザイクは無くなっていた。
大丈夫、そうだな……。しかし、ここも静かだな。それにミアもいない。
あたりを見てみたが、サンディ以外には誰もいなかった。だが、外とは違って、ここには蝶も鱗粉もなかった。普段はうるさいほど賑わっているギルドが、奇妙な静けさを保っている。
吹き抜けの待合スペース、その中央にサンディはいた。近付いていく度に、ロルフの足音がコツ、コツと響く。唯一太陽光が差す、その場所は、今の彼女を後光の様に照らしていた。
サンディは腕組みをして、ロルフの方を向いていた。しかし、その顔はどこか安心しているようだった。
こんな状況じゃ、サンディも心細かったのかな……。
普段からえ偉そうに尊大な態度を取っている彼女だが、妙に女性らしい。それとも、ただ単に寂しがり屋なのかもしれない。その想像にロルフは思わず笑ってしまった。
「なに笑ってんだ?」
一転して、サンディが訝しむようにロルフを見る。そりゃ、なにもないのにいきなり笑いだしたら不審か。こんな異常事態ではなおさら。
「いや、サンディも寂しかったのかなって」
そう言われた彼女は泣きそうな表情になる。そんなサンディを見たのは初めてで、ロルフは心が落ち着かなくなり焦った。てっきり罵倒が返ってくるのだとばかり思ったのに。
「サンディ? なんだ、図星だったのか?」
「う、うるさいっ! ロルフのくせに生意気っ!」
その口調と表情にロルフはほっとする。今は、いつものの彼女だった。尊大で生意気な。さっきのはきっと気のせいだろう。
「それで、どうしよう?」
「どうしようって、そうね。決まってるわ」
サンディとは二歩、三歩の距離。ロルフもサンディも魔法は解いていた。その距離をサンディが詰めてくる。
「ん? おいっ、何だよっ」
「黙って、されるがままにして」
いつになく険しい表情のサンディに体が固まる。彼女が抱き締めてくる。
「サンディ?」
サンディはロルフの言葉に、ぎゅっと抱き締める力を強める。普段は意識しない、女性らしい柔らかさが、ロルフを場違いに恥ずかしがらせる。サンディはとても温かく、ほっとした。
「ごめん。しばらく、こうさせて」
「お、おう」
声は切実だった。ロルフは、おそるおそる彼女の背中に手を回す。なにを思ってサンディがこんなことしているのか分からなかった。でも、拒むのはきっと違うだろう。
ロルフがぎゅっと抱き締めてもなにも文句が出なかったので、ロルフは力を強めた。彼女が望むまで。
「……苦しい」
「ご、ごめん」
「ううん、でもよかった。安心する。ロルフ」
いつになく彼女の声は弱々しかった。
えーと、これはどうすればいいんだろう……。心臓がバクバクしてきた……。
「ふう……、ねえ、ロルフ?」
「あ、はい」
サンディの抱き締める力が強まる。ロルフは、押し付けられる胸に必死に意識がいかないようにした。彼女の声が耳元で聞こえるのも、気にし過ぎないように。
「ありがとう。……でも、ごめん」
「え?」
謝罪の意味を聞こうとして、背中に違和感を感じた。激痛という名の違和感が。刺さっているのは心臓側。なにが刺さって――え?
痛い。皮が、肉が。ぶち破られる。呼吸が止まる。息ができない。吸っても、漏れてしまう。
「ロルフ、一度死んで」
その言葉を最後に、より一層、なにかがロルフの中を貫く。視界が暗転し始め、一度死んだことのあるロルフは確信する。死んでしまう。意識が途切れ、呼吸が止まる。あの真っ暗闇に放り出される――
「お願い、ロルフ。思い出して……」
サンディの言葉はどこまでも優しく、泣いていた。
◆
――二か月前。
ロルフはいささか緊張していた。これから入る場所を考えれば、当然かもしれない。しかし、依頼を受けた以上は、向かわないわけにも行かない。この国のギルド長からも、よろしく頼まれてしまった。
「ねえー、ロルフー。私も行かないとダメー?」
王城に向かう馬車の中で、ルーシーはロルフの上にちゃっかり乗っかっていた。ロルフの頬を伸ばしながら尋ねてくる。
「や、め、ろっ! ったく、しょうがないだろ。パーティーメンバー全員と顔を合わせたいんだと。ダメだったら向こうから来るってんだから……」
ルーシーの手を振り払い、ようやく頬が解放される。いまだにヒリヒリしていた。この際、膝の上に乗っかっているのは気にしないことにしよう。
「それも変な話よね。たかが冒険者の顔を見たいなんて」
「お前たちのせいでもあるからな?」
ロルフの向かい側に座るサンディが、馬車の外を流れる街を眺めながらぼやく。しかし、サンディのその言葉には、大いに物申したかった。
「はー? 私はそんな大事になるようなことしてないわよ。そっちの二人でしょうが」
サンディが指を差す先には、レイラとルーシー。まあ、確かに物理的な被害の額で言えば彼女たちの方が上だろう。国にバレていたら、出入り禁止レベルのことはやっている。
「あら、私がなにかしたかしら?」
「私だって、ちょーっと壊しただけだもん」
レイラは白を切り、ルーシーは反省の色が見られなかった。もっとも、ロルフは彼女たちが反省する必要なんてないと思っている。やりすぎた感は否めないが、しょうがない部分もある。
「教会丸ごと壊して言うセリフじゃないでしょ、レイラ」
「あら、ギルドの方々を惑わしていた方に言われたくないです」
「おい、喧嘩するな。この馬車、王室の物なんだからな」
仲がいいのは結構だが、ことあるごとに口論になるのはやめて欲しい。こないだは、モンスターの討伐中に言い合いし始めてた。まあ、それでもどうにかなっているあたり、かなり強いのだが。
「ロルフ。無駄だよ。この二人似た者同士だもん。それより私とイチャイチャしよー」
ルーシーがくるっとロルフの方を見て、キスをしようとしてくる。こいつはこいつで、常時こんなんで扱いに困る。そういうのは求めてないってのに。
「やめろ。俺にそういうの求めるな」
ぶちゅっと、ロルフが遮った手にルーシーの唇が当たった。妙に柔らかい感触に一瞬気まずくなる。
「ダメかー、うわっ」
不満気な彼女が、隣から腕が伸ばされ抱っこされる。それはもう息苦しそうになっていた。主に首元と顔が。
「ルーシーちゃん、あんまりお痛が過ぎると私も怒るよ」
「ねえ、ルーシー。私がそいつと似た者同士ってどういうこと」
前から後ろから詰問され、ルーシーはロルフに助けを求めた。
「ロルフ。どうにかしてよー、この番犬二人」
「はあ?」
「は?」
「……俺は関係ないぞ」
堪忍袋の緒が切れたのか、サンディとレイラが日頃の文句を言い始める。ルーシーはそれを楽しそうに聞いているのだから、目も当てられない。暖簾に腕押しとはこのことだろう。
ルーシーがパーティメンバーに加わってからいつものことだった。内容がロルフとのことばかりなのも。
そんな調子で馬車に乗っていると、いつの間に進んでいたのか止まった。
外を見ると、ちょうど城壁の向こうに城が見えた。正確にはその一部だが。
「おい、そろそろ城の中に入るみたいだから、大人しくしろ」
「はーい」
「はい、ロルフくん」
「はいはい」
ロルフの呼び掛けに返事だけは残して、大人しくなる。こういう所は仲良しだよな、こいつら。
「サンディっ!」
ギルドの扉を勢いよく開け、彼女に声を掛ける。ロルフの声に、ばっと振り返ったサンディは――よく分からない表情をしていた。怒りとも、悔しさとも。悲しみとも。分からない。なにを考えているのか。
「サンディ? どうした?」
「近付くなっ!」
サンディの頭上にあのモザイクが現れる。王冠――もっとも今のロルフにはなぜか認識できないので、効果はない。しかし、サンディはそれほどに警戒しているということで。
「あなた、ロルフ?」
「そうだ。というか、この顔が他にもいるのかよ?」
言っている意味が分からず、呆れ声で思わず返してしまう。それにサンディはなぜか険しさをなくし、あからさまにほっとする。
「ふふっ、そうね。そのウザイ顔はロルフだけね」
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「うん、こっちに来て」
サンディの頭上にあった、モザイクは無くなっていた。
大丈夫、そうだな……。しかし、ここも静かだな。それにミアもいない。
あたりを見てみたが、サンディ以外には誰もいなかった。だが、外とは違って、ここには蝶も鱗粉もなかった。普段はうるさいほど賑わっているギルドが、奇妙な静けさを保っている。
吹き抜けの待合スペース、その中央にサンディはいた。近付いていく度に、ロルフの足音がコツ、コツと響く。唯一太陽光が差す、その場所は、今の彼女を後光の様に照らしていた。
サンディは腕組みをして、ロルフの方を向いていた。しかし、その顔はどこか安心しているようだった。
こんな状況じゃ、サンディも心細かったのかな……。
普段からえ偉そうに尊大な態度を取っている彼女だが、妙に女性らしい。それとも、ただ単に寂しがり屋なのかもしれない。その想像にロルフは思わず笑ってしまった。
「なに笑ってんだ?」
一転して、サンディが訝しむようにロルフを見る。そりゃ、なにもないのにいきなり笑いだしたら不審か。こんな異常事態ではなおさら。
「いや、サンディも寂しかったのかなって」
そう言われた彼女は泣きそうな表情になる。そんなサンディを見たのは初めてで、ロルフは心が落ち着かなくなり焦った。てっきり罵倒が返ってくるのだとばかり思ったのに。
「サンディ? なんだ、図星だったのか?」
「う、うるさいっ! ロルフのくせに生意気っ!」
その口調と表情にロルフはほっとする。今は、いつものの彼女だった。尊大で生意気な。さっきのはきっと気のせいだろう。
「それで、どうしよう?」
「どうしようって、そうね。決まってるわ」
サンディとは二歩、三歩の距離。ロルフもサンディも魔法は解いていた。その距離をサンディが詰めてくる。
「ん? おいっ、何だよっ」
「黙って、されるがままにして」
いつになく険しい表情のサンディに体が固まる。彼女が抱き締めてくる。
「サンディ?」
サンディはロルフの言葉に、ぎゅっと抱き締める力を強める。普段は意識しない、女性らしい柔らかさが、ロルフを場違いに恥ずかしがらせる。サンディはとても温かく、ほっとした。
「ごめん。しばらく、こうさせて」
「お、おう」
声は切実だった。ロルフは、おそるおそる彼女の背中に手を回す。なにを思ってサンディがこんなことしているのか分からなかった。でも、拒むのはきっと違うだろう。
ロルフがぎゅっと抱き締めてもなにも文句が出なかったので、ロルフは力を強めた。彼女が望むまで。
「……苦しい」
「ご、ごめん」
「ううん、でもよかった。安心する。ロルフ」
いつになく彼女の声は弱々しかった。
えーと、これはどうすればいいんだろう……。心臓がバクバクしてきた……。
「ふう……、ねえ、ロルフ?」
「あ、はい」
サンディの抱き締める力が強まる。ロルフは、押し付けられる胸に必死に意識がいかないようにした。彼女の声が耳元で聞こえるのも、気にし過ぎないように。
「ありがとう。……でも、ごめん」
「え?」
謝罪の意味を聞こうとして、背中に違和感を感じた。激痛という名の違和感が。刺さっているのは心臓側。なにが刺さって――え?
痛い。皮が、肉が。ぶち破られる。呼吸が止まる。息ができない。吸っても、漏れてしまう。
「ロルフ、一度死んで」
その言葉を最後に、より一層、なにかがロルフの中を貫く。視界が暗転し始め、一度死んだことのあるロルフは確信する。死んでしまう。意識が途切れ、呼吸が止まる。あの真っ暗闇に放り出される――
「お願い、ロルフ。思い出して……」
サンディの言葉はどこまでも優しく、泣いていた。
◆
――二か月前。
ロルフはいささか緊張していた。これから入る場所を考えれば、当然かもしれない。しかし、依頼を受けた以上は、向かわないわけにも行かない。この国のギルド長からも、よろしく頼まれてしまった。
「ねえー、ロルフー。私も行かないとダメー?」
王城に向かう馬車の中で、ルーシーはロルフの上にちゃっかり乗っかっていた。ロルフの頬を伸ばしながら尋ねてくる。
「や、め、ろっ! ったく、しょうがないだろ。パーティーメンバー全員と顔を合わせたいんだと。ダメだったら向こうから来るってんだから……」
ルーシーの手を振り払い、ようやく頬が解放される。いまだにヒリヒリしていた。この際、膝の上に乗っかっているのは気にしないことにしよう。
「それも変な話よね。たかが冒険者の顔を見たいなんて」
「お前たちのせいでもあるからな?」
ロルフの向かい側に座るサンディが、馬車の外を流れる街を眺めながらぼやく。しかし、サンディのその言葉には、大いに物申したかった。
「はー? 私はそんな大事になるようなことしてないわよ。そっちの二人でしょうが」
サンディが指を差す先には、レイラとルーシー。まあ、確かに物理的な被害の額で言えば彼女たちの方が上だろう。国にバレていたら、出入り禁止レベルのことはやっている。
「あら、私がなにかしたかしら?」
「私だって、ちょーっと壊しただけだもん」
レイラは白を切り、ルーシーは反省の色が見られなかった。もっとも、ロルフは彼女たちが反省する必要なんてないと思っている。やりすぎた感は否めないが、しょうがない部分もある。
「教会丸ごと壊して言うセリフじゃないでしょ、レイラ」
「あら、ギルドの方々を惑わしていた方に言われたくないです」
「おい、喧嘩するな。この馬車、王室の物なんだからな」
仲がいいのは結構だが、ことあるごとに口論になるのはやめて欲しい。こないだは、モンスターの討伐中に言い合いし始めてた。まあ、それでもどうにかなっているあたり、かなり強いのだが。
「ロルフ。無駄だよ。この二人似た者同士だもん。それより私とイチャイチャしよー」
ルーシーがくるっとロルフの方を見て、キスをしようとしてくる。こいつはこいつで、常時こんなんで扱いに困る。そういうのは求めてないってのに。
「やめろ。俺にそういうの求めるな」
ぶちゅっと、ロルフが遮った手にルーシーの唇が当たった。妙に柔らかい感触に一瞬気まずくなる。
「ダメかー、うわっ」
不満気な彼女が、隣から腕が伸ばされ抱っこされる。それはもう息苦しそうになっていた。主に首元と顔が。
「ルーシーちゃん、あんまりお痛が過ぎると私も怒るよ」
「ねえ、ルーシー。私がそいつと似た者同士ってどういうこと」
前から後ろから詰問され、ルーシーはロルフに助けを求めた。
「ロルフ。どうにかしてよー、この番犬二人」
「はあ?」
「は?」
「……俺は関係ないぞ」
堪忍袋の緒が切れたのか、サンディとレイラが日頃の文句を言い始める。ルーシーはそれを楽しそうに聞いているのだから、目も当てられない。暖簾に腕押しとはこのことだろう。
ルーシーがパーティメンバーに加わってからいつものことだった。内容がロルフとのことばかりなのも。
そんな調子で馬車に乗っていると、いつの間に進んでいたのか止まった。
外を見ると、ちょうど城壁の向こうに城が見えた。正確にはその一部だが。
「おい、そろそろ城の中に入るみたいだから、大人しくしろ」
「はーい」
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