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第3章「幻蝶、不機嫌ミア」
第21話「愛くるしいお嬢様」
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ドアのノック音をいつも通り廊下に響かせる。ミアの寝室だ。
そしてこれもいつも通り、ミアからの返事は無かった。
「ミア、入りますよー」
念のため、声を掛けてから部屋へと入る。真っ暗な寝室の中、わざと音を立てた足取りで窓まで向かった。
カーテンを掴む。
だが、ロルフはカーテンを開けることが出来なかった。
横から急に抱き付かれたのだ。腕から伝わってくる女性特有の柔らかい感触に、微かに動揺する。しかし、これが三度目ともなれば相手が誰かは予想が付く。というかこの寝室で寝ているのは一人しかいない。
……今日も起きていたのか。一声掛けてくれればいいのに。
抱き付かれたままカーテンを一部開けると、暗かった室内が照らされた。眩しい朝日が、健康的な朝を強制的に迎えさせる。
「ロルフ、眩しい……」
隣を見ると、やはりお嬢様が抱き付いていた。薄いピンク色のネグリジュははだけかけ、ロルフの理性をごりごりと削ってくる。
……なんなんだ。最近の神様は、理性を殺しにきているとしか思えない。
今日のレイラとルーシーといい、無防備すぎる。朝の二人は同室に男性がいることは分かっているだろうから、いいと思うのだけど。……分かっているよな?
ともかく、今この部屋にはミアと自分しかいない。こんな風に接触されていることが、彼女の父親――ギルド長にバレたら半殺しにされる。
「おはようございます、ミア。今日はあまり眠れませんでしたか?」
「……つまんない。なんで驚かないのよ?」
三度目ともなれば、驚くよりも危機感の方が増すというものだ。
逆に尋ねたい。なんで最近のミアは、そんな猫が甘えてくるみたいにひっついてくるのか。おまけに、こういう悪戯めいたことも増えている。
「さすがに三回目は驚かないですよ。ほら、離れて下さい」
「ふーん……、そうね」
納得してなさそうな顔のまま、言葉だけは同意して離れる。
カーテンはすぐに開けることが出来た。この部屋にも朝がやってくる。
ミアはベッドに座っていた。着替えず、いつもの人形を抱いてぼーっとロルフを見ている。
「ミア? どうかしましたか?」
「……なんでもない。着替えるから、ここに座ってあっち向いてて」
彼女は勝手に命令すると、クローゼットに向かう。
ロルフは慌てて、ミアが座っていた場所に腰を掛ける。背後からする音――クローゼットの方から聞こえてくる衣擦れを、必死に意識しないようにした。なにかの布が落ちる音なんて決して聞こえないのだ。
頭の中で必死に窓の外を飛んでいる蝶を数える。ひらひらと無限にいるとも思えるそれは、意識を逸らすのにちょうどよかった。
「……終わったわ」
突然耳元で囁かれ、体が跳ねる。思わず片耳を抑えて振り向くと、制服に着替えたお嬢様がすぐ側で笑っていた。長い銀髪は整えて無いのか、まだ下ろしたままだった。
心なしか彼女が抱いている人形にまで笑われている気がする。
「ふふっ、いい顔してるわよ。ロルフ。くすくす」
「はぁー……、驚かさないで下さい。ミア」
「なによ。ロルフを驚かせるのは私の特権でしょ。ロルフは私の執事なんだもの。ふふっ」
まぁ、楽しそうに笑っているからいいけど。以前に比べ、なんだか随分と距離が近くなったように思う。前は触れるなと言わんばかりだったのに。
なにか心境の変化でもあったのだろうか?
「そーですけど……」
なんて返事したものか迷い、結果的に素っ気なくなった。
ミアがベッドの上で近付いてきて、手を掴んでくる。どうせされることは分かっているので、彼女に従った。
ベッドから降り、ロルフを引っ張る。その様子は上機嫌に見えた。
テンションが高いな……。不機嫌なよりはマシなんだけど――どうにもやりにくい。終始ミアのペースなんだよな。
「ロルフ、いつものお願い」
「はいはい、今日もツインテールですか?」
「うん」
ミアは鏡台の前に座ると、ロルフを後ろに立たせてお願いをする。いつもの、になったのは最近だが、髪を結われるのが気に入ったらしい。
「はい、これ」
「どーも」
彼女が鏡台の引き出しから紫色のリボンを二本取り出し、渡される。最初こそ戸惑ったものの、髪を結ぶことに今やすっかり慣れてしまった。慣れって恐ろしい。
「んふふ~」
「なにか楽しいことでもあったのですか、ミア」
髪を結っている間、ミアはお気に入りの人形を抱いて終始ご機嫌だった。足をパタパタと子供の様に動かし、落ち着きがない。
「んー、秘密っ! というか、ロルフにはきっと分からないよ。乙女の事情だからねー」
くすくすとミアが笑う。
偉そうに乙女の事情とやらを語る彼女は、乙女どころか幼女に見えるのだが、言わないでおこう。
「はい、出来ました。どうですか、今日の出来栄えは?」
「んー……」
ミアは鏡を見ながら、顔を左右に振る。ツインテールも一緒に動き、その柔らかな質感を伝えてきていた。リボンはくるっと一周して髪をまとめ、下で結んで、二つの紐が揺れる形していた。それが右と左に一つずつ。
「合格。上手くなったねー、ロルフ。最初すごい形だったのに」
「普通、急にやってと言われても出来ませんよ……。今まで一回もしたこと無かったんですから」
「じゃあ、私が最初ってこと?」
「まぁ、そうですね。彼女もいないんですから当たり前じゃないですか?」
「ふふー、そうねー、ロルフは彼女いないもんねー」
そんな愉快そうに言わないで欲しい。悲しくなってくる。いや、別に欲しいかといわれると微妙ではあるけど。ただ、いないという事実は変わらないのだ。男の小さいプライドが傷つく。
「朝ごはん食べに行きましょう」
「そうですね」
トン、と椅子から降りたミアは、ロルフの腕を掴んで部屋を出る。外見が幼く見える彼女だが、年齢はれっきとした十七歳。なので今になって、こうしたスキンシップが増えるのは困る。周りへの対応も、ロルフ自身の気持ち的にも。
困る。本当に。
そしてこれもいつも通り、ミアからの返事は無かった。
「ミア、入りますよー」
念のため、声を掛けてから部屋へと入る。真っ暗な寝室の中、わざと音を立てた足取りで窓まで向かった。
カーテンを掴む。
だが、ロルフはカーテンを開けることが出来なかった。
横から急に抱き付かれたのだ。腕から伝わってくる女性特有の柔らかい感触に、微かに動揺する。しかし、これが三度目ともなれば相手が誰かは予想が付く。というかこの寝室で寝ているのは一人しかいない。
……今日も起きていたのか。一声掛けてくれればいいのに。
抱き付かれたままカーテンを一部開けると、暗かった室内が照らされた。眩しい朝日が、健康的な朝を強制的に迎えさせる。
「ロルフ、眩しい……」
隣を見ると、やはりお嬢様が抱き付いていた。薄いピンク色のネグリジュははだけかけ、ロルフの理性をごりごりと削ってくる。
……なんなんだ。最近の神様は、理性を殺しにきているとしか思えない。
今日のレイラとルーシーといい、無防備すぎる。朝の二人は同室に男性がいることは分かっているだろうから、いいと思うのだけど。……分かっているよな?
ともかく、今この部屋にはミアと自分しかいない。こんな風に接触されていることが、彼女の父親――ギルド長にバレたら半殺しにされる。
「おはようございます、ミア。今日はあまり眠れませんでしたか?」
「……つまんない。なんで驚かないのよ?」
三度目ともなれば、驚くよりも危機感の方が増すというものだ。
逆に尋ねたい。なんで最近のミアは、そんな猫が甘えてくるみたいにひっついてくるのか。おまけに、こういう悪戯めいたことも増えている。
「さすがに三回目は驚かないですよ。ほら、離れて下さい」
「ふーん……、そうね」
納得してなさそうな顔のまま、言葉だけは同意して離れる。
カーテンはすぐに開けることが出来た。この部屋にも朝がやってくる。
ミアはベッドに座っていた。着替えず、いつもの人形を抱いてぼーっとロルフを見ている。
「ミア? どうかしましたか?」
「……なんでもない。着替えるから、ここに座ってあっち向いてて」
彼女は勝手に命令すると、クローゼットに向かう。
ロルフは慌てて、ミアが座っていた場所に腰を掛ける。背後からする音――クローゼットの方から聞こえてくる衣擦れを、必死に意識しないようにした。なにかの布が落ちる音なんて決して聞こえないのだ。
頭の中で必死に窓の外を飛んでいる蝶を数える。ひらひらと無限にいるとも思えるそれは、意識を逸らすのにちょうどよかった。
「……終わったわ」
突然耳元で囁かれ、体が跳ねる。思わず片耳を抑えて振り向くと、制服に着替えたお嬢様がすぐ側で笑っていた。長い銀髪は整えて無いのか、まだ下ろしたままだった。
心なしか彼女が抱いている人形にまで笑われている気がする。
「ふふっ、いい顔してるわよ。ロルフ。くすくす」
「はぁー……、驚かさないで下さい。ミア」
「なによ。ロルフを驚かせるのは私の特権でしょ。ロルフは私の執事なんだもの。ふふっ」
まぁ、楽しそうに笑っているからいいけど。以前に比べ、なんだか随分と距離が近くなったように思う。前は触れるなと言わんばかりだったのに。
なにか心境の変化でもあったのだろうか?
「そーですけど……」
なんて返事したものか迷い、結果的に素っ気なくなった。
ミアがベッドの上で近付いてきて、手を掴んでくる。どうせされることは分かっているので、彼女に従った。
ベッドから降り、ロルフを引っ張る。その様子は上機嫌に見えた。
テンションが高いな……。不機嫌なよりはマシなんだけど――どうにもやりにくい。終始ミアのペースなんだよな。
「ロルフ、いつものお願い」
「はいはい、今日もツインテールですか?」
「うん」
ミアは鏡台の前に座ると、ロルフを後ろに立たせてお願いをする。いつもの、になったのは最近だが、髪を結われるのが気に入ったらしい。
「はい、これ」
「どーも」
彼女が鏡台の引き出しから紫色のリボンを二本取り出し、渡される。最初こそ戸惑ったものの、髪を結ぶことに今やすっかり慣れてしまった。慣れって恐ろしい。
「んふふ~」
「なにか楽しいことでもあったのですか、ミア」
髪を結っている間、ミアはお気に入りの人形を抱いて終始ご機嫌だった。足をパタパタと子供の様に動かし、落ち着きがない。
「んー、秘密っ! というか、ロルフにはきっと分からないよ。乙女の事情だからねー」
くすくすとミアが笑う。
偉そうに乙女の事情とやらを語る彼女は、乙女どころか幼女に見えるのだが、言わないでおこう。
「はい、出来ました。どうですか、今日の出来栄えは?」
「んー……」
ミアは鏡を見ながら、顔を左右に振る。ツインテールも一緒に動き、その柔らかな質感を伝えてきていた。リボンはくるっと一周して髪をまとめ、下で結んで、二つの紐が揺れる形していた。それが右と左に一つずつ。
「合格。上手くなったねー、ロルフ。最初すごい形だったのに」
「普通、急にやってと言われても出来ませんよ……。今まで一回もしたこと無かったんですから」
「じゃあ、私が最初ってこと?」
「まぁ、そうですね。彼女もいないんですから当たり前じゃないですか?」
「ふふー、そうねー、ロルフは彼女いないもんねー」
そんな愉快そうに言わないで欲しい。悲しくなってくる。いや、別に欲しいかといわれると微妙ではあるけど。ただ、いないという事実は変わらないのだ。男の小さいプライドが傷つく。
「朝ごはん食べに行きましょう」
「そうですね」
トン、と椅子から降りたミアは、ロルフの腕を掴んで部屋を出る。外見が幼く見える彼女だが、年齢はれっきとした十七歳。なので今になって、こうしたスキンシップが増えるのは困る。周りへの対応も、ロルフ自身の気持ち的にも。
困る。本当に。
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