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第2章「狂竜、ご令嬢ルーシー」

第13話「竜」

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「おはようございます、お父様」
「ミア、おはよう。……それとロルフくん」
「おはようございます」

 食堂に入って早々、内心、ロルフは冷や汗が止まらなかった。
 うわー。ギルド長、怖ぇーって。
 ミアの父親はギルド長だけあって、元々冒険者だった。その腕前は現在の一線級の冒険者たちにも引けを取らなかったらしいのだが……。
 今、現在進行形でロルフはその彼から威圧をされているわけだ。原因は間違いなくミア。ミアの態度が変わってから、ギルド長のロルフを見る目が険しくなった。誰か助けて欲しい、いや、本当に。少し前まで平和だったのに。
 ミアは父親のそんな変化に気付いていないのか、それとも無視しているのか分からないが、テーブルまで歩いて行く。腕を組んだままで。
 ははっ、近付けば近付くほど威圧がやべー。
 もはや笑うしかない。
 他人事にすることでどうにか逃避しつつ席に着く。なぜか、ミアはロルフの隣だが。向かいには変わらずしかめっ面のギルド長がいた。
 精神衛生上ここ程よくない場所もないと思う。

「お父様も朝食?」
「いや、夜食だ。昨日の夜に呼び出しがあってな」

 ギルド長の仕事は余程忙しいらしい。ギルドのトップでもあるはずなのに、夜中に呼び出しを食らうとは。

「ふあ~、あらー? あなた、そんな険しい顔してどうしたのー?」

 ロルフが口を開こうとすると、食堂に一人の女性が入ってきた。お尻まで届く長い黒髪と垂れ目が特徴的な女性。ミアの母親だ。グラマラスな体型はお嬢様とは似ても似つかなかった。

「むっ、ミージア。そんなことはないぞ」
「もう、そんなことあるわよー」

 見る限り、寝起きらしい。普段以上にほわほわしている。ロルフはどうにもミージアが苦手だった。……なんというか、ギルド長とは別の意味で厄介なのだ。
 ミージアはギルド長の眉間をぐりぐりと人差し指でいじっていた。どことなく妖しげな雰囲気が漂う。

「……私の前でいちゃつくのやめてくれる?」
「むっ……」
「ふふっ、はーい。そうだ、私も一緒に朝食、食べるわ。ロルフちゃん、お願い」
「承知しました」

 厨房に行くと、使用人たちの喧騒の中でレイラがいた。声を掛けるとすぐに来てくれる。今は無いはずの尻尾が彼女の背後に見えたような気がした。
 レイラ本人から聞いた話では、いろんな仕事を試しているらしい。どうやら今日はここみたいだ。

「レイラって料理できるのか?」
「教会でよく作っていましたから……。あそこは自給自足が基本なので」

 なろほど。確かに、言われてみればそうか。その内レイラの手料理も食べられるのかもしれない。

「私はまだロルフくんたちにお出しできる料理は作れませんが……。練習に付き合って下さることは出来ますか?」
「ん? まぁ、いいぞ。あんまり参考になるとは思えないけどな」
「ふふっ、いいんですよ。ロルフくんがいいんです」
「そう、なのか?」
「ええ。じゃあ、その時はお声かけますね」
「よろしく?」
「はい、こちらこそ」

 レイラはにっこりと笑みを浮かべる。
 トントン拍子に話が進み、いつの間にかレイラの料理練習を付き合うことになってしまった。断る理由もないので別に良かったのだが、周りの視線が微妙に痛い気がする。

「じゃあ、私は注文お伝えしていきますので……」
「あ、ああ、頼む」
「はい、頼まれました」

 レイラはつい数週間前にここにきたとは思えない程の馴染み具合で、さっそく厨房に入っていった。
 食堂に戻ると、ミージアを除く料理がすでに用意されていた。

「すみません、奥様。お先にいただきます。……どうかされましたか?」

 席につき、ギルド長とミアと一緒に用意された料理を食べようとして妙な雰囲気に気付く。ギルド長はしかめっ面で、ミアは赤面している。ミージアだけがニコニコでとても楽しそうだった。
 はは……、このメンツだと奥様が最強だな。誰も彼女に敵わない。

「なんでもないわよー。……ミアちゃんが可愛いねって話してただけ。ロルフちゃんはどうかしら?」
「……どうとは?」
「ミアちゃんが、異性、としてどうかということよ」

 隣りのミアを見れば、俯いており、髪で顔が隠れていて表情が分からなかった。いつものミアならこの辺でミージアを止めてくれると思うのだが――

「えー、とミアは大変可愛らしいと思います。それに学園でもミアほどの才媛はいらっしゃないでしょう」

 ちらっと見えたギルド長の眼光が凄まじく、ミアを下げた物言いをしようものなら首を刎ねられそうだ。文字通りに。実際ミアは優秀で美人、――性格はまぁ、だいぶアレだが。それがなければ誰でも羨むような人物だろう。学園では猫を被っているために男女問わず人気があるらしい、教師を含めて。訊きもしないのに、ルーシーがぺらぺらと話していたのを思い出す。

「うんうん、ロルフちゃんはいい、執事、よねー」
「お母様、そろそろ私でも怒ります」

 奥様は執事の部分を強調し、棘のある言い方をしていた。笑顔のままだが、どこか圧迫感がある。思わず押し黙ったロルフに、ミアは顔を上げてミージアを咎めた。

「……ミアちゃんがそれでいいならいいけどー。後で聞かせてねー、ミ、ア、ちゃん」

 年甲斐もなく口を尖らせるミージア。十代の少女の様な拗ね方だが、彼女の場合それが似合うものだから質が悪い。
 ギルド長……、目が険しいままなんだが……。誰か彼を宥めて欲しい。
 女子会よ、と盛り上がるミージアは隣のギルド長の様子に気付いていないようだった。ずっと、彼が無言なのも気になる。
 ニコニコしているミージアに見られながら食事をする。正直食べにくいのだが、この人に言ったところで無駄だ。さっきの話題からみな話さないのも理由の一つだった。

「……お父様。昨日はどのような用件で呼び出されたのですか?」

 話題を変えるためか、無言が耐えられなかったのか、ミアが尋ねる。丁度、ミージアに料理が運ばれた時だった。
 運んできたメイドがレイラではないことにほっとする。ここで、レイラとミアが微妙な空気になりようものなら、ミージアはすぐさま察知するだろう。しかも、喜んで首を突っ込んでくるに違いない。それはもうとびきりの笑顔で。

「竜が出たらしい。その話のせいでうちは大騒ぎだ。ロルフくんには、今日伝えられるだろう」
「竜、ですか?」

 食事はミージア含めて進んでいた。ギルド長はまさに食らっているというのが相応しい様で、どんどん料理がなくなっている。

「むぐっ、そうだ。貴族街のほうで家の倒壊があったらしいんだが――竜がその家から飛んでいくのが見えたらしい」

 竜が現れたともなれば無理もない。
 おまけに貴族街ということは、大方どこかの貴族がギルドに通報したのだろう。城壁近辺の貧民街なら間違いなくここまで情報が早く回っていない。
 それにしても――

「家から竜が? どこに行ったのですか?」

 貴族街。それも、家から外に竜が出た、と聞いてロルフはまさかと思う。でもルーシーのは一部の変化しか見たことが無い。完全変化はなにかと副作用があるから、と。あの無邪気な笑顔が頭に浮かぶ。同時に教会前の広場でレイラをぶっ飛ばしていた、体の大きさに不釣り合いの腕も。

「それがなぁ、森の方向に行ったというだけで、なんの情報もないんだ。困ったことにな……」

 ギルド長は自身の髭を撫でながら、ため息をついた。もしかしたら、昨日は情報収集に明け暮れたのかもしれない。それなのに飛び去った方向しか分からないとは、確かに愚痴りたくもなる。
 ロルフはそこから続くギルド長の愚痴を聞きながら、思う。ルーシーの可能性は高い。ただ、完全竜化など見たことないし、どういう状態になるのかも分からない。横目でミアを伺えば、ぽかんと口を開け固まっていた。
 竜は国にとって災害そのものだ。地震や噴火、ダンジョンからのモンスター氾濫と変わらない。もし、仮にルーシーが完全に変化しているならば、一人の人間としては扱われない。災害動物として殺されるだろう。幸いなのはルーシーが竜化出来ることを、レイラ、サンディ、ミア、そして自分くらいしか知らないことだ。

「ミア、そろそろ……」
「え、ええ。そうね。お父様、お母様、学園に行ってきます」
「あら、そう?」
「おお、もうそんな時間か」

 ミージアはにこりと笑いかけ――「ミアをお願いね、ロルフ」と声を掛けてくる。その目は真剣身を帯びており、明らかになにかを察していた。

「もちろんです、奥様」
「なにしてるの、ロルフ。行くわよ」

 いつもよりどこか固い口調で、ミアが告げた。
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