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第2章「狂竜、ご令嬢ルーシー」
第12話「不機嫌なお嬢さん」
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ロルフが目を覚ますと、いつもの朝だった。
最近になっていつも通りになった、頬をつつかれる感触で目を覚ます。
「……おはようございます、レイラさん」
「おはよう、ロルフくん」
顔だけ横に向けると、二週間前からこの屋敷のメイドとして働き始めたレイラがいた。二段ベッドの下の段で寝ているロルフに、外から手すりに顔を載せてこちらを見ている。なぜかメイド服ではなく、薄い水色の寝間着姿なのが目の毒だ。
今日は、水色か……。生地薄すぎなんだが。
にっこりと包み込むような笑顔が眩しい。エルフだけあって、その美貌は言わずもがな。
朝日に照らされて眩いばかりの金髪と、少し眠いのかとろんとした桜色の瞳。ゆるゆるの笑顔を無防備に晒しており、とても見ていられなかった。
見つめられて、こちらの方がどこか気恥ずかしさを覚えてしまう。
もはや、突っ込む気にもなれなかった。レイラが働き始めてから、数日後。同僚のメイドにでも聞いたのか、レイラは朝にロルフを起こしに来たのだ。その時も、こうやって頬をつつきながら「おはよう」と笑顔で言って。
それから一週間、レイラは当たり前のように毎朝起こしに来る。正直、どう対応していいのか分からなかった。拒否しようとすると、悲しい顔をされ「私のこと嫌いですか……」と自分の美貌を存分に活用してロルフを押してくる。そこまで言われると拒否するのも変な気がしてしまう。
結局なにもせず、されるがままになってしまった。まぁ、たかが起こしにくるというだけなので、問題があるわけではないのだが……。
ひたすらに目の毒ではある。
「今日もお仕事、頑張って下さいね」
「ああ」
返しながら体を起こす。立ち上がることは出来ないが、胡坐をかくぐらいなら問題ない。堪えきれず欠伸が出た。
「それだけですか?」
レイラは期待に膨らんだ瞳でこちらを見ている。
「……レイラも仕事頑張れ」
「はいっ」
なにが嬉しいのか、花が咲いたような幸せそうな満面の笑顔でレイラは頷いた。これはレイラが毎回言って欲しいと求めてくるのだから、拒否できなかった。おかしい。なんだか、どんどん彼女の求める通りになってしまっている気がする。
満足したのか、レイラは立ち上がると「では、今日もよろしくお願いしますー」と言って部屋を去って行った。なにかの柑橘系のいい香りを残して。思わず、すんすんと匂いを嗅いでしまう。と、同時になにやっているんだと思った。
「いやー、色男ですねー。ロルフ先輩」
二段ベットの上から声がかかる。グレンだ。どうやら、今ので起きてしまったらしい。いや、耳を立ててたのかもしれない。同室なのだかしょうがないが、恥ずかしさが増してくる。
「やめてくれ、どうしようもないだろ」
「ははっ、違いないですねー。よっと」
グレンは二段ベッドから降りてくる。レイラが来たということは、もう起床の時間だ。……こうして、日常の一部に入ってきているのが少し怖い。
二人ともベッドを整え、執事服に着替える。
「いやー、レイラさんも熱心ですよねー。どうするんですか、先輩」
「どうもこうもないだろ。俺はなにもする気はない。なにも言われてないしな」
「悪い男ですねー、先輩。……やっぱり、お嬢様ですか?」
「やっぱりってなんだよ」
「いやー……」
今は誰とも付き合うつもりは無かった。どうせ、そんなことをしても意味がない。
「先輩? どうしたんですか?」
「いや。なんでもない」
「しっかりして下さい。これから、お姫様を起こしに行くんですから、先輩は」
最後を強調され、ロルフは顔を渋くした。別に嫌なわけではないが、同僚に言われるのはなんとも気恥ずかしい。
お姫様。まさしく、そうだろう。ロルフの日課業務の一つ。ミアの起床のお手伝い。早い話が、眠りこけているのを起こしにいくだけだが。
レイラが毎朝やって来るように。
部屋にある唯一の姿見で、お互いに身だしなみを確認する。レイラが来るまではこんなことも無かった。
グレン曰く「レイラさんとのいちゃいちゃを、毎朝聞かされたら起きちゃいますよー。そりゃあ」と言われたのを思い出す。大袈裟に肩まで竦めていたのも。
本来、この時間に起きなくても問題ないのだから、若干申し訳なくはあった。
しかし、いちゃいちゃしているつもりは毛頭ない。
「さーて、行くかー」
「そうですねー」
お互いに身だしなみを整えるのを終え、ロルフは仕事の始まりを感じる。シャキッと芯が体に通る。グレンとともに部屋を出た。
彼と廊下で分かれ、ロルフはまず一階の調理室に向かった。中にいた厨房のおっちゃんに朝食を作ってもらうように頼む。前だったら、起こした後、ミアが着替えている最中に出来たのだが……。
その後、いつも通りミアの寝室に向かった。ドアをノックする。返事はなかったので、中へ入った。
「ミアー、起きる時間ですよー」
声も掛けるが返答はない。
部屋の中はカーテンに閉め切られ、真っ暗だった。どうやら、まだ起きていないらしい。ロルフは寝室の大窓に付いているカーテンを、わざとらしく音を立てながら開けていく。部屋に、清々しいほどの朝日の差し込んで来た。
開け終えても、ミアはまだ起きていなかった。
「ミアー、朝ですよー」
ベッドに近付き、掛布団を被ったその小柄な体を揺する。
黙っていれば、人形みたいな可愛らしさなんだけどなー。
ミアはデフォルメされた竜の人形に顔を埋め、すーすーと寝息を立てている。朝日に照らされている銀髪が光を反射し、その艶やかさを物語っていた。長いまつ毛と小さな顔。周りからは、とても自分と同年代に見えないだろう。本人は気にしているみたいだから言わないけど。
「ん、んー、……ふぁ~」
「おはようございます、ミア」
ミアはまぶたを半分開け、目をこすりながら欠伸をする。とろんとした瞳がこちらを捉えると、途端に不機嫌そうな視線に変わる。
「……おはよう、ロルフ」
名前で呼んでいるのに、声まで不機嫌そのものだ。
んー、やっぱり気のせいじゃないよなー。今回はどうすれば直るのか。
これまでも些細なことでミアが機嫌を損ねることは、一度や二度じゃなかった。それこそ何回もあったのだ。むしろ、からかうくらいのこともしていた。だが、今回のはやや深刻というか、重い。おまけに根本の原因は正直どうしようもない。八方塞がりもいいとこだ。
ミアはレイラが屋敷にメイドとして働き始めてから、不満そうな態度を崩さない。前に一度、ギルドでレイラが話していて、ミアに遭遇したことがあったが、あの時も不機嫌だった。
そのことは覚えていたので、レイラが屋敷にメイドとして働きに来た時には嫌な予感がしていたが――
「今日も、メイド、に起こされたのロルフ?」
メイドの部分を強調してミアが訊いてくる。一体、使用人の誰が話したのか。これも不興の一因なのだろう。分かっているが、止めようがない。というか、止めたらそれ以上のなにかをレイラはしてくるだろう。必ず。
「ええ、まぁ。止めようとしても聞かないので……」
「ふーん、そう……」
「あの、ミア?」
「着替えるから、そこで待ってて」
体を起こしたミアは、ぎゅっと人形を抱き締める。ロルフにベッドで座っているように言うと、人形を抱いたままクローゼットと姿見のある方へ向かった。薄く真っ白な寝間着姿が目の毒のため、慌てて顔を逸らす。
「ロルフ、こっち向いたら殺すからね」
「分かってますよ」
「ふん」
ロルフはミアに背中を向け、大人しく着替え終わるのを待つ。
レイラが来てから、朝の着替え中にミアはロルフを追い出すのをやめた。あんなに嫌がっていたのに。どういう意味があるのかは分からなかった。振り向いたら殺すと言っているし。確かなのは、ミアが着替えている間は、ただただ気まずいということだけだった。
毎朝起こしに来る度に、衣擦れの音を聞かされる身にもなって欲しい。こっちは男だぞ。あることないこと想像してしまうのはしょうがないと思う、うん。このせいで、色々とからかいにくくなってしまった。
「んっ、……もう、いいわよロルフ」
「今日も可愛いですよ、ミア」
「はいはい、早く食べましょ」
振り向けば人形を抱いたツインテールの可愛らしいミアがいた。学園の制服を着ていなければ、彼女の年齢はもっと幼く感じるだろう。性格も含めて。
あからさまなおためごかしだが、ほとんど本心だ。一割くらいは、ご機嫌伺いだが。それでも、多少は効果があったようで声の機嫌が上がっている。起き抜けの不機嫌さよりは増しだ。
ミアは人形を抱きながら、ロルフの腕にぎゅうと抱き付いてくる。女性特有の柔らかさを感じるのを気に留めないようにしながら、ミアとともに一階に降りていった。途中の何人かの使用人たちとすれ違うが、みな温かい目を向けるばかりで、挨拶こそすれ誰も突っ込んでこない。その度にミアは腕の力をぎゅうと強める。
ここ最近のミアの甘えたが増したことにみんな気付いているのだろう。特に自分に対して。なんというか、密着度が増していた。
最近になっていつも通りになった、頬をつつかれる感触で目を覚ます。
「……おはようございます、レイラさん」
「おはよう、ロルフくん」
顔だけ横に向けると、二週間前からこの屋敷のメイドとして働き始めたレイラがいた。二段ベッドの下の段で寝ているロルフに、外から手すりに顔を載せてこちらを見ている。なぜかメイド服ではなく、薄い水色の寝間着姿なのが目の毒だ。
今日は、水色か……。生地薄すぎなんだが。
にっこりと包み込むような笑顔が眩しい。エルフだけあって、その美貌は言わずもがな。
朝日に照らされて眩いばかりの金髪と、少し眠いのかとろんとした桜色の瞳。ゆるゆるの笑顔を無防備に晒しており、とても見ていられなかった。
見つめられて、こちらの方がどこか気恥ずかしさを覚えてしまう。
もはや、突っ込む気にもなれなかった。レイラが働き始めてから、数日後。同僚のメイドにでも聞いたのか、レイラは朝にロルフを起こしに来たのだ。その時も、こうやって頬をつつきながら「おはよう」と笑顔で言って。
それから一週間、レイラは当たり前のように毎朝起こしに来る。正直、どう対応していいのか分からなかった。拒否しようとすると、悲しい顔をされ「私のこと嫌いですか……」と自分の美貌を存分に活用してロルフを押してくる。そこまで言われると拒否するのも変な気がしてしまう。
結局なにもせず、されるがままになってしまった。まぁ、たかが起こしにくるというだけなので、問題があるわけではないのだが……。
ひたすらに目の毒ではある。
「今日もお仕事、頑張って下さいね」
「ああ」
返しながら体を起こす。立ち上がることは出来ないが、胡坐をかくぐらいなら問題ない。堪えきれず欠伸が出た。
「それだけですか?」
レイラは期待に膨らんだ瞳でこちらを見ている。
「……レイラも仕事頑張れ」
「はいっ」
なにが嬉しいのか、花が咲いたような幸せそうな満面の笑顔でレイラは頷いた。これはレイラが毎回言って欲しいと求めてくるのだから、拒否できなかった。おかしい。なんだか、どんどん彼女の求める通りになってしまっている気がする。
満足したのか、レイラは立ち上がると「では、今日もよろしくお願いしますー」と言って部屋を去って行った。なにかの柑橘系のいい香りを残して。思わず、すんすんと匂いを嗅いでしまう。と、同時になにやっているんだと思った。
「いやー、色男ですねー。ロルフ先輩」
二段ベットの上から声がかかる。グレンだ。どうやら、今ので起きてしまったらしい。いや、耳を立ててたのかもしれない。同室なのだかしょうがないが、恥ずかしさが増してくる。
「やめてくれ、どうしようもないだろ」
「ははっ、違いないですねー。よっと」
グレンは二段ベッドから降りてくる。レイラが来たということは、もう起床の時間だ。……こうして、日常の一部に入ってきているのが少し怖い。
二人ともベッドを整え、執事服に着替える。
「いやー、レイラさんも熱心ですよねー。どうするんですか、先輩」
「どうもこうもないだろ。俺はなにもする気はない。なにも言われてないしな」
「悪い男ですねー、先輩。……やっぱり、お嬢様ですか?」
「やっぱりってなんだよ」
「いやー……」
今は誰とも付き合うつもりは無かった。どうせ、そんなことをしても意味がない。
「先輩? どうしたんですか?」
「いや。なんでもない」
「しっかりして下さい。これから、お姫様を起こしに行くんですから、先輩は」
最後を強調され、ロルフは顔を渋くした。別に嫌なわけではないが、同僚に言われるのはなんとも気恥ずかしい。
お姫様。まさしく、そうだろう。ロルフの日課業務の一つ。ミアの起床のお手伝い。早い話が、眠りこけているのを起こしにいくだけだが。
レイラが毎朝やって来るように。
部屋にある唯一の姿見で、お互いに身だしなみを確認する。レイラが来るまではこんなことも無かった。
グレン曰く「レイラさんとのいちゃいちゃを、毎朝聞かされたら起きちゃいますよー。そりゃあ」と言われたのを思い出す。大袈裟に肩まで竦めていたのも。
本来、この時間に起きなくても問題ないのだから、若干申し訳なくはあった。
しかし、いちゃいちゃしているつもりは毛頭ない。
「さーて、行くかー」
「そうですねー」
お互いに身だしなみを整えるのを終え、ロルフは仕事の始まりを感じる。シャキッと芯が体に通る。グレンとともに部屋を出た。
彼と廊下で分かれ、ロルフはまず一階の調理室に向かった。中にいた厨房のおっちゃんに朝食を作ってもらうように頼む。前だったら、起こした後、ミアが着替えている最中に出来たのだが……。
その後、いつも通りミアの寝室に向かった。ドアをノックする。返事はなかったので、中へ入った。
「ミアー、起きる時間ですよー」
声も掛けるが返答はない。
部屋の中はカーテンに閉め切られ、真っ暗だった。どうやら、まだ起きていないらしい。ロルフは寝室の大窓に付いているカーテンを、わざとらしく音を立てながら開けていく。部屋に、清々しいほどの朝日の差し込んで来た。
開け終えても、ミアはまだ起きていなかった。
「ミアー、朝ですよー」
ベッドに近付き、掛布団を被ったその小柄な体を揺する。
黙っていれば、人形みたいな可愛らしさなんだけどなー。
ミアはデフォルメされた竜の人形に顔を埋め、すーすーと寝息を立てている。朝日に照らされている銀髪が光を反射し、その艶やかさを物語っていた。長いまつ毛と小さな顔。周りからは、とても自分と同年代に見えないだろう。本人は気にしているみたいだから言わないけど。
「ん、んー、……ふぁ~」
「おはようございます、ミア」
ミアはまぶたを半分開け、目をこすりながら欠伸をする。とろんとした瞳がこちらを捉えると、途端に不機嫌そうな視線に変わる。
「……おはよう、ロルフ」
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んー、やっぱり気のせいじゃないよなー。今回はどうすれば直るのか。
これまでも些細なことでミアが機嫌を損ねることは、一度や二度じゃなかった。それこそ何回もあったのだ。むしろ、からかうくらいのこともしていた。だが、今回のはやや深刻というか、重い。おまけに根本の原因は正直どうしようもない。八方塞がりもいいとこだ。
ミアはレイラが屋敷にメイドとして働き始めてから、不満そうな態度を崩さない。前に一度、ギルドでレイラが話していて、ミアに遭遇したことがあったが、あの時も不機嫌だった。
そのことは覚えていたので、レイラが屋敷にメイドとして働きに来た時には嫌な予感がしていたが――
「今日も、メイド、に起こされたのロルフ?」
メイドの部分を強調してミアが訊いてくる。一体、使用人の誰が話したのか。これも不興の一因なのだろう。分かっているが、止めようがない。というか、止めたらそれ以上のなにかをレイラはしてくるだろう。必ず。
「ええ、まぁ。止めようとしても聞かないので……」
「ふーん、そう……」
「あの、ミア?」
「着替えるから、そこで待ってて」
体を起こしたミアは、ぎゅっと人形を抱き締める。ロルフにベッドで座っているように言うと、人形を抱いたままクローゼットと姿見のある方へ向かった。薄く真っ白な寝間着姿が目の毒のため、慌てて顔を逸らす。
「ロルフ、こっち向いたら殺すからね」
「分かってますよ」
「ふん」
ロルフはミアに背中を向け、大人しく着替え終わるのを待つ。
レイラが来てから、朝の着替え中にミアはロルフを追い出すのをやめた。あんなに嫌がっていたのに。どういう意味があるのかは分からなかった。振り向いたら殺すと言っているし。確かなのは、ミアが着替えている間は、ただただ気まずいということだけだった。
毎朝起こしに来る度に、衣擦れの音を聞かされる身にもなって欲しい。こっちは男だぞ。あることないこと想像してしまうのはしょうがないと思う、うん。このせいで、色々とからかいにくくなってしまった。
「んっ、……もう、いいわよロルフ」
「今日も可愛いですよ、ミア」
「はいはい、早く食べましょ」
振り向けば人形を抱いたツインテールの可愛らしいミアがいた。学園の制服を着ていなければ、彼女の年齢はもっと幼く感じるだろう。性格も含めて。
あからさまなおためごかしだが、ほとんど本心だ。一割くらいは、ご機嫌伺いだが。それでも、多少は効果があったようで声の機嫌が上がっている。起き抜けの不機嫌さよりは増しだ。
ミアは人形を抱きながら、ロルフの腕にぎゅうと抱き付いてくる。女性特有の柔らかさを感じるのを気に留めないようにしながら、ミアとともに一階に降りていった。途中の何人かの使用人たちとすれ違うが、みな温かい目を向けるばかりで、挨拶こそすれ誰も突っ込んでこない。その度にミアは腕の力をぎゅうと強める。
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