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エピローグ「堕天使の恋」
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「花梨、もうすぐよ。忘れ物しないでねー」
「はーい」
助手席の母の言葉に花梨はスマホを見ながら答えた。
夏休み、お盆の時期。世間はお盆休みと――とある失踪事件のニュースに彩られていた。SNSは事件で一色になり、花梨が見ているのもその情報だった。
まあ、あと二、三週間もすれば、事件のことなんてみんな忘れるだろうな。
前回の殺人事件と同じ。
情報を見る限り、事件の捜査に進展はないようだった。分かっているのは一人の男子高校生が、両親の出張中に失踪したということだけ。生死も、方法も分かっていない。
すでにニュースで失踪中になっている男子高校生の恋人が自分であることは、警察にはバレていた。事情聴取も受けてはいるが精々確認程度。さほど本腰を入れている様には見えなかった。それに事件の詳細を訊かれたところで「おまじない」のおかげで、もう覚えていない。残っているのは彼氏が「紫苑」という男子高校生だったということだけ。
ニュースで騒がれているのは、彼が少々お金持ちの家系だったことが理由だった。事件そのものではない。
ちらっと目の前に座る両親を見る。まだ、翼は見えている。二人ともなんの嘘かは分からないが、翼は真っ黒だ。花梨の周辺は黒い翼ばかりだった。また紫苑のような白い翼を生やしている男性はいないだろうか。
花梨の中では、すでに事件のことは薄れつつあった。気にしていてもしょうがない。それよりも、新しい恋がしたかった。
親戚の家は、まあまあな田舎にあった。たまに来るには丁度いいかもしれないが、住むのにはうっとおしそうな人間関係がありそうな、そんな場所。
着いて早々に食事になった。今時珍しく、かなりの人数の親戚が集まっている。子供たちがいるのも原因だろう、やたらと騒がしく感じる。
畳敷きに、縦長のローテブルが二つ縦に並んでいる。ずらっと並んだ料理に、お酒に、子供たち。毎年見ている光景だった。
「ハハハ」
「あら、花梨。あなた、そんな笑い方だった?」
「うん? これ、恋のおまじないだよー。学校で流行ってるの」
「へえー、変わってるわね」
母はすぐに興味を失くし、別の話題が花を咲かす。
花梨は親戚を見るが、ほとんどが黒い翼だった。こうやっておまじないをしてみるものの、今の所新しい恋はやって来そうにない。
そう思っていると、一人――少し年下の男の子が目に入る。彼はやや離れた場所から花梨を見ていた。だが花梨が彼を見ると、すぐに視線が逸らされてしまう。
彼は――白い翼だった。しかも、何度か言葉を交わした覚えがある。確か名前は蓮くん。ここ最近落ち込み気味だった花梨の心に光が差し込んだ。
――見つけた。
花梨はそう思った。
子供たちの食事は終わり、今度は大人たちの飲み会が始まる。
花梨はその場から離れ、ちらちらとこちらを見ていた蓮くんのもとに行き、二人で抜け出した。
家というよりも屋敷というのが相応しい場所で、長い廊下を二人で歩く。隣を歩く蓮くんは緊張しているようだった。
「久しぶりだね。元気だった?」
「うん。花梨お姉ちゃんは?」
「ふふっ、もちろん。風邪一つ引いてないよ」
お気に入りの真っ白いワンピース、久しぶりに会った蓮くんには魅力的に見えているだろうか。
足取りが軽くなる。
蓮くんの背中側を見る。触れられない、けれど確かにある。こうして話していても、まだ白い翼が。
この子なら、蓮くんなら、大丈夫だ。
蓮くんが訝し気な目で、花梨を見る。
「花梨お姉ちゃん、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
花梨は「ハハハ」と笑わず、蓮くんに向けて優しく微笑んだ。女の子らしく、彼に好かれるように。
完
「はーい」
助手席の母の言葉に花梨はスマホを見ながら答えた。
夏休み、お盆の時期。世間はお盆休みと――とある失踪事件のニュースに彩られていた。SNSは事件で一色になり、花梨が見ているのもその情報だった。
まあ、あと二、三週間もすれば、事件のことなんてみんな忘れるだろうな。
前回の殺人事件と同じ。
情報を見る限り、事件の捜査に進展はないようだった。分かっているのは一人の男子高校生が、両親の出張中に失踪したということだけ。生死も、方法も分かっていない。
すでにニュースで失踪中になっている男子高校生の恋人が自分であることは、警察にはバレていた。事情聴取も受けてはいるが精々確認程度。さほど本腰を入れている様には見えなかった。それに事件の詳細を訊かれたところで「おまじない」のおかげで、もう覚えていない。残っているのは彼氏が「紫苑」という男子高校生だったということだけ。
ニュースで騒がれているのは、彼が少々お金持ちの家系だったことが理由だった。事件そのものではない。
ちらっと目の前に座る両親を見る。まだ、翼は見えている。二人ともなんの嘘かは分からないが、翼は真っ黒だ。花梨の周辺は黒い翼ばかりだった。また紫苑のような白い翼を生やしている男性はいないだろうか。
花梨の中では、すでに事件のことは薄れつつあった。気にしていてもしょうがない。それよりも、新しい恋がしたかった。
親戚の家は、まあまあな田舎にあった。たまに来るには丁度いいかもしれないが、住むのにはうっとおしそうな人間関係がありそうな、そんな場所。
着いて早々に食事になった。今時珍しく、かなりの人数の親戚が集まっている。子供たちがいるのも原因だろう、やたらと騒がしく感じる。
畳敷きに、縦長のローテブルが二つ縦に並んでいる。ずらっと並んだ料理に、お酒に、子供たち。毎年見ている光景だった。
「ハハハ」
「あら、花梨。あなた、そんな笑い方だった?」
「うん? これ、恋のおまじないだよー。学校で流行ってるの」
「へえー、変わってるわね」
母はすぐに興味を失くし、別の話題が花を咲かす。
花梨は親戚を見るが、ほとんどが黒い翼だった。こうやっておまじないをしてみるものの、今の所新しい恋はやって来そうにない。
そう思っていると、一人――少し年下の男の子が目に入る。彼はやや離れた場所から花梨を見ていた。だが花梨が彼を見ると、すぐに視線が逸らされてしまう。
彼は――白い翼だった。しかも、何度か言葉を交わした覚えがある。確か名前は蓮くん。ここ最近落ち込み気味だった花梨の心に光が差し込んだ。
――見つけた。
花梨はそう思った。
子供たちの食事は終わり、今度は大人たちの飲み会が始まる。
花梨はその場から離れ、ちらちらとこちらを見ていた蓮くんのもとに行き、二人で抜け出した。
家というよりも屋敷というのが相応しい場所で、長い廊下を二人で歩く。隣を歩く蓮くんは緊張しているようだった。
「久しぶりだね。元気だった?」
「うん。花梨お姉ちゃんは?」
「ふふっ、もちろん。風邪一つ引いてないよ」
お気に入りの真っ白いワンピース、久しぶりに会った蓮くんには魅力的に見えているだろうか。
足取りが軽くなる。
蓮くんの背中側を見る。触れられない、けれど確かにある。こうして話していても、まだ白い翼が。
この子なら、蓮くんなら、大丈夫だ。
蓮くんが訝し気な目で、花梨を見る。
「花梨お姉ちゃん、どうしたの?」
「ううん、なんでもない」
花梨は「ハハハ」と笑わず、蓮くんに向けて優しく微笑んだ。女の子らしく、彼に好かれるように。
完
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