4 / 6
第3話「人間の邪推」
しおりを挟む
「いらっしゃい」
日傘を畳んで玄関扉を開けると、紫苑が出迎えてくれた。彼はにこやかに笑っている。……でも、どこかぎこちなく見える。
なんで? そう訊きたい言葉を呑み込み――
「お邪魔します」
なるべく明るく言って、彼の家に入った。今の花梨には遊園地デートに行った時のような幸福感が薄れていた。
「傘はそこに立ててね」
「うん」
花梨は日傘を言われた場所に差し、サンダルを脱ぎながら頭を巡らせる。
つい数週間前までは、こんなことはなかった。一体なにが原因なのだろう。思いつかない。そもそも、一週間前くらいまでは普通だったのだ。それが週明けには、なにかが変わっていた。怖い。教えて欲しい。
花梨は早くこの状態から抜け出したかった。頼みの綱である翼も色が変わっていないのだから、嘘をついているわけでもないようだった。
白いワンピース、肩を出している部分が妙に肌寒く感じる。
前を歩く紫苑の頭の中を覗き込みたい衝動に駆られる。そんなこと絶対に出来ないというのに。
リビングに入ると、一気に涼しく感じる。
「花梨?」
「あっ、ごめん」
考えに熱中し過ぎた。紫苑が心配そうな顔を覗かせる。
「……体調が悪いなら、宿題やるのやめる?」
「ううん、大丈夫。外が暑かったらぼーっとしちゃったみたい」
「そっか。今日、暑いからなー」
彼の言う通り、今日はかなりの熱さだった。外は三十度越えで、エアコンで涼みでもしなければ熱中症になってもおかしくない。
「エアコンは付けてるけど、寒過ぎたら言ってね」
紫苑の手がぐりぐりと頭を撫でてくる。
「うん」
「麦茶、飲むか? 花梨」
「うん、飲みたい」
彼が冷蔵庫に向かう足音を聞きながら、リビングのローテーブルに座る。
夏休みの宿題は順調に進んだ。紫苑は同学年の中でも頭がいい。花梨自身も悪いわけではないが、彼ほどではなかった。紫苑は丁寧に教えてくれた。彼の用意してくれた麦茶を飲みながら、凪のような時間が流れる。聞こえるのは自分たちのシャーペンの音だけ。
まるで世界に二人だけ取り残されたようだった。
「ねえ」
花梨は自身の出した声が思いの外響き、内心で驚く。喉が勝手に鳴る。
紫苑がノートから顔を上げた。
花梨は彼の背後にある翼を見る。
告白されてから、ずっと変わらない、真っ白な翼。
だから、大丈夫。
「紫苑――私に隠していることない?」
喉が渇く。花梨は怖くてたまらなかった。でも、訊かずにはいられない。
彼の唇が開く。
「……なにも隠してないよ?」
不思議そうな表情。まっすぐにこちらを見つめる瞳。からん、とコップに入った氷の音が聞こえた。
「花梨? なんで泣いているの?」
花梨は絶望した。
ああ、なんで。知りたくなかった。でも、目が離せない。
紫苑の翼――真っ白だった翼は、背中の根元からなにかを吸い上げているように真っ黒に染まっていっていたのだ。
「花梨?」
紫苑が名前を呼んでくれている。嬉しいはずなのに。大好きなはずなのに。すべてが裏返る――
「紫苑、ごめん」
ダメだ。また、ダメになった。
日傘を畳んで玄関扉を開けると、紫苑が出迎えてくれた。彼はにこやかに笑っている。……でも、どこかぎこちなく見える。
なんで? そう訊きたい言葉を呑み込み――
「お邪魔します」
なるべく明るく言って、彼の家に入った。今の花梨には遊園地デートに行った時のような幸福感が薄れていた。
「傘はそこに立ててね」
「うん」
花梨は日傘を言われた場所に差し、サンダルを脱ぎながら頭を巡らせる。
つい数週間前までは、こんなことはなかった。一体なにが原因なのだろう。思いつかない。そもそも、一週間前くらいまでは普通だったのだ。それが週明けには、なにかが変わっていた。怖い。教えて欲しい。
花梨は早くこの状態から抜け出したかった。頼みの綱である翼も色が変わっていないのだから、嘘をついているわけでもないようだった。
白いワンピース、肩を出している部分が妙に肌寒く感じる。
前を歩く紫苑の頭の中を覗き込みたい衝動に駆られる。そんなこと絶対に出来ないというのに。
リビングに入ると、一気に涼しく感じる。
「花梨?」
「あっ、ごめん」
考えに熱中し過ぎた。紫苑が心配そうな顔を覗かせる。
「……体調が悪いなら、宿題やるのやめる?」
「ううん、大丈夫。外が暑かったらぼーっとしちゃったみたい」
「そっか。今日、暑いからなー」
彼の言う通り、今日はかなりの熱さだった。外は三十度越えで、エアコンで涼みでもしなければ熱中症になってもおかしくない。
「エアコンは付けてるけど、寒過ぎたら言ってね」
紫苑の手がぐりぐりと頭を撫でてくる。
「うん」
「麦茶、飲むか? 花梨」
「うん、飲みたい」
彼が冷蔵庫に向かう足音を聞きながら、リビングのローテーブルに座る。
夏休みの宿題は順調に進んだ。紫苑は同学年の中でも頭がいい。花梨自身も悪いわけではないが、彼ほどではなかった。紫苑は丁寧に教えてくれた。彼の用意してくれた麦茶を飲みながら、凪のような時間が流れる。聞こえるのは自分たちのシャーペンの音だけ。
まるで世界に二人だけ取り残されたようだった。
「ねえ」
花梨は自身の出した声が思いの外響き、内心で驚く。喉が勝手に鳴る。
紫苑がノートから顔を上げた。
花梨は彼の背後にある翼を見る。
告白されてから、ずっと変わらない、真っ白な翼。
だから、大丈夫。
「紫苑――私に隠していることない?」
喉が渇く。花梨は怖くてたまらなかった。でも、訊かずにはいられない。
彼の唇が開く。
「……なにも隠してないよ?」
不思議そうな表情。まっすぐにこちらを見つめる瞳。からん、とコップに入った氷の音が聞こえた。
「花梨? なんで泣いているの?」
花梨は絶望した。
ああ、なんで。知りたくなかった。でも、目が離せない。
紫苑の翼――真っ白だった翼は、背中の根元からなにかを吸い上げているように真っ黒に染まっていっていたのだ。
「花梨?」
紫苑が名前を呼んでくれている。嬉しいはずなのに。大好きなはずなのに。すべてが裏返る――
「紫苑、ごめん」
ダメだ。また、ダメになった。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ラヴィ
山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。
現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。
そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。
捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。
「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」
マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。
そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。
だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。

ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
【短編】怖い話のけいじばん【体験談】
松本うみ(意味怖ちゃん)
ホラー
1分で読める、様々な怖い体験談が書き込まれていく掲示板です。全て1話で完結するように書き込むので、どこから読み始めても大丈夫。
スキマ時間にも読める、シンプルなプチホラーとしてどうぞ。
パラサイト/ブランク
羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。

赤い部屋
山根利広
ホラー
YouTubeの動画広告の中に、「決してスキップしてはいけない」広告があるという。
真っ赤な背景に「あなたは好きですか?」と書かれたその広告をスキップすると、死ぬと言われている。
東京都内のある高校でも、「赤い部屋」の噂がひとり歩きしていた。
そんな中、2年生の天根凛花は「赤い部屋」の内容が自分のみた夢の内容そっくりであることに気づく。
が、クラスメイトの黒河内莉子は、噂話を一蹴し、誰かの作り話だと言う。
だが、「呪い」は実在した。
「赤い部屋」の手によって残酷な死に方をする犠牲者が、続々現れる。
凛花と莉子は、死の連鎖に歯止めをかけるため、「解決策」を見出そうとする。
そんな中、凛花のスマートフォンにも「あなたは好きですか?」という広告が表示されてしまう。
「赤い部屋」から逃れる方法はあるのか?
誰がこの「呪い」を生み出したのか?
そして彼らはなぜ、呪われたのか?
徐々に明かされる「赤い部屋」の真相。
その先にふたりが見たものは——。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる