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第2話「恋の味」
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季節はすっかり梅雨になった。うるさいほどの雨音が花梨の耳を塞ぐ。じめじめとした熱気が肌に纏わりつき、なにもかもがうっとおしく感じる時期。今の花梨には、右耳に付けているピアスが唯一ヒンヤリとして気持ちいいものだった。
「花梨」
帰宅する生徒の声とも合わさり、音の洪水となっている学校の正面玄関で、葵田くんの声だけがすっと耳に入ってくる。
傘を開いた彼に身を寄せる。
花梨は雨が好きじゃなくなっていた。彼の手が傘で塞がってしまうのだ。
曇り空の中、雨の柱を割り開きながら、葵田くんとともに駅に向かう。
「葵田くん、私と付き合うの嫌じゃない?」
「嫌なわけないよ。どうして? なにかあった?」
葵田くんの翼は白色のままだった。彼は嘘をついていない。
「ううん、でも私が付き合ってること言っちゃったから、大変じゃないかなって」
「確かに、大変ではあったね」
花梨は少々後悔していた。誰かと付き合っていることまでを言うのは良かったが、相手が葵田くんであることを明言すべきではなかった。
友人二人は悪くない。告白避けの効果は確かにあった。だが、その分彼に迷惑がかかってしまったのだ。きっと言っていないだけで、色々あったと思う。
だから、彼が嫌気が差していないのか気になってしまう。連日続く雨のせいかマイナス思考気味になっているのもいけない。
「でも――花梨のことは大好きだから、そんなことはあり得ないよ」
「ありがとう、葵田くん」
花梨は傘を持つ彼の手を上から握る。ちらっと見た、葵田くんの背後――彼が「大好き」とはっきり言っても、やはり翼の色は白から変化しない。
「私も大好きっ!」
無邪気に笑える。そのことが嬉しい。やはり、と思う。前の時とは違う。
◆
また雨だった。中間テストも終わり、恋人になって初めての遊園地デート。入場した当初は大丈夫だったのだが、途中から降ってきてしまった。だが、これはこれで楽しい。園内で購入したお揃いの雨合羽。天候が悪くても遊べるアトラクションの数々。
花梨は、なによりも葵田くん――紫苑とデートできることが楽しくてしょうがなかった。
楽しい時間ものほどあっという間に過ぎるものはない。気付けば夕方を過ぎ、夜のパレードの時間になっていた。花梨は、心地のいい疲労感と幸福感に包まれていた。
明後日には、また学校だなんてとても信じられない。この時間、この空間。隣にいる彼も。すべてが愛おしくてたまらなかった。
「紫苑」
「ん? 花梨、どうした?」
雨はいつの間にか晴れ、夜空は雲一つない。花梨にとって生まれて初めて見るパレードが目の前で進んでいる。予想以上にキラキラしており、キャラクターたちが可愛らしい。
「ううん、呼んだだけ。沢山、呼びたくて」
「そうか……。花梨、やっと噛まずに言えるようになったもんな」
彼がからかうように笑う。告白してきたのは紫苑だったが、いつの間にか花梨が照れることが増えていた。
「もおー、からかわないでよ。紫苑」
「もっと呼んでよ。俺は呼んでくれると嬉しい」
「紫苑……」
花火の打ち上がる音が聞こえた。紫苑と一緒に顔が上がる。夜空には満開の花が咲いていた。色とりどりの花たちが。
「花梨」
彼に名前を呼ばれる。一瞬、繋いでいた手が寂しくなるものの、代わりに肩を抱かれ、身体の熱が上がる。
紫苑を見ると、彼の顔がすぐそばまで近付いていた。言葉はなく、数瞬後、ただ唇が触れたことが分かった。
苦しい。でも、もっと……。
そう思った時には、紫苑は離れていった。
「花梨、好きだよ」
「紫苑、私も大好き」
花火もパレードも、もう耳には入っていなかった。ただ心臓の鼓動と唇に残った感覚だけが、花梨に唯一意識できるものだった。
「花梨」
帰宅する生徒の声とも合わさり、音の洪水となっている学校の正面玄関で、葵田くんの声だけがすっと耳に入ってくる。
傘を開いた彼に身を寄せる。
花梨は雨が好きじゃなくなっていた。彼の手が傘で塞がってしまうのだ。
曇り空の中、雨の柱を割り開きながら、葵田くんとともに駅に向かう。
「葵田くん、私と付き合うの嫌じゃない?」
「嫌なわけないよ。どうして? なにかあった?」
葵田くんの翼は白色のままだった。彼は嘘をついていない。
「ううん、でも私が付き合ってること言っちゃったから、大変じゃないかなって」
「確かに、大変ではあったね」
花梨は少々後悔していた。誰かと付き合っていることまでを言うのは良かったが、相手が葵田くんであることを明言すべきではなかった。
友人二人は悪くない。告白避けの効果は確かにあった。だが、その分彼に迷惑がかかってしまったのだ。きっと言っていないだけで、色々あったと思う。
だから、彼が嫌気が差していないのか気になってしまう。連日続く雨のせいかマイナス思考気味になっているのもいけない。
「でも――花梨のことは大好きだから、そんなことはあり得ないよ」
「ありがとう、葵田くん」
花梨は傘を持つ彼の手を上から握る。ちらっと見た、葵田くんの背後――彼が「大好き」とはっきり言っても、やはり翼の色は白から変化しない。
「私も大好きっ!」
無邪気に笑える。そのことが嬉しい。やはり、と思う。前の時とは違う。
◆
また雨だった。中間テストも終わり、恋人になって初めての遊園地デート。入場した当初は大丈夫だったのだが、途中から降ってきてしまった。だが、これはこれで楽しい。園内で購入したお揃いの雨合羽。天候が悪くても遊べるアトラクションの数々。
花梨は、なによりも葵田くん――紫苑とデートできることが楽しくてしょうがなかった。
楽しい時間ものほどあっという間に過ぎるものはない。気付けば夕方を過ぎ、夜のパレードの時間になっていた。花梨は、心地のいい疲労感と幸福感に包まれていた。
明後日には、また学校だなんてとても信じられない。この時間、この空間。隣にいる彼も。すべてが愛おしくてたまらなかった。
「紫苑」
「ん? 花梨、どうした?」
雨はいつの間にか晴れ、夜空は雲一つない。花梨にとって生まれて初めて見るパレードが目の前で進んでいる。予想以上にキラキラしており、キャラクターたちが可愛らしい。
「ううん、呼んだだけ。沢山、呼びたくて」
「そうか……。花梨、やっと噛まずに言えるようになったもんな」
彼がからかうように笑う。告白してきたのは紫苑だったが、いつの間にか花梨が照れることが増えていた。
「もおー、からかわないでよ。紫苑」
「もっと呼んでよ。俺は呼んでくれると嬉しい」
「紫苑……」
花火の打ち上がる音が聞こえた。紫苑と一緒に顔が上がる。夜空には満開の花が咲いていた。色とりどりの花たちが。
「花梨」
彼に名前を呼ばれる。一瞬、繋いでいた手が寂しくなるものの、代わりに肩を抱かれ、身体の熱が上がる。
紫苑を見ると、彼の顔がすぐそばまで近付いていた。言葉はなく、数瞬後、ただ唇が触れたことが分かった。
苦しい。でも、もっと……。
そう思った時には、紫苑は離れていった。
「花梨、好きだよ」
「紫苑、私も大好き」
花火もパレードも、もう耳には入っていなかった。ただ心臓の鼓動と唇に残った感覚だけが、花梨に唯一意識できるものだった。
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