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第1話「天使の恋」
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花梨は呆れるほかなかった。ゴールデンウィーク前のせいか、数が多い。
「花梨先輩、僕と付き合ってくださいっ!」
差し出された手。まるでマンガのような青春の一ページ……、なのだろう、彼らにとっては。呼び出された空き教室――似たような告白を受けるのも、何回目か覚えたくない。念の為、友人二人に教壇の中に隠れてもらっているのも、そろそろ申し訳なくなってきていた。彼女たちだって、暇なわけではないのだ。
何度も告白は受けているが、黒い翼の持ち主に応えることなんて出来ない。彼がなにを噓ついたのかは不明だが、そんな相手はごめんである。
「ごめんなさい」
花梨がお辞儀して断ると、名前も知らない男子生徒はぼそぼそとなにか言った後、教室からいなくなった。
よかった、今回は面倒事にならなくて。
先輩や、塾の生徒、果ては教師まで、連日こんなことが続いている。
「ごめん、もう大丈夫」
花梨が教壇の方に声を掛けると、二人の友人が出てくる。
「花梨、これで何回目?」
「数えてない。面倒だし」
「モテモテだねー、さすがにこないだの先生はどうかと思うけどー」
「でも、今の後輩君はなんでダメだったの? もう、仮にでも彼氏作った方が、厄除けになるんじゃない?」
「ハハハ、ピンとこなかったんだよねー」
まさか、理由が「翼が黒かったからだ」とは、思いもしてないだろう。
「花梨の『新しい恋』はまだかー。おまじないの効き目はまだ出てないー?」
「そうみたい、ハハハ」
花梨は心底面倒臭くなっていた。思わず心の内で嘆く。揃いも揃って黒い翼のやつばかり。「新しい恋」――せめて白い翼の人が告白してきてくれないだろうか。
半ば諦めていたが、転機はすぐにやってきた。名前も知らない後輩君の告白を断った翌日、花梨は放課後に教室で日直の仕事をこなしていた。目の前には、同じ日直の葵田という男子生徒。
彼は手を止めることなく、唐突に言った。
「花梨さん、俺と付き合ってみない?」
聞き間違いかと思ったが、顔を上げて彼を見た瞬間に本気であることがすぐに分かった。
葵田はまっすぐに花梨を見ていた。
花梨はすぐに彼の背後の翼を確認する。色は――白。
願いは叶った。灯台下暗し、というか少々意外な相手が目の前にいる。
「……いいよ。でも、私、あなたの下の名前も知らないけど、いいの?」
「もちろん。これから覚えてもらえればいい。花梨さん」
「スルーしてたけど、あなた、私のこと『花梨さん』で呼ぶのね」
「嫌だった?」
「ううん」
「なら、よかった。俺の名前は紫苑。変わってるでしょ。花の名前なんだ」
彼――紫苑は、にっこりと笑った。花梨は男性で初めて、笑顔が素敵な人だ、と思った。
◆
「あれ? 花梨、あの笑い方やめたの?」
「うん。もう必要なくなったから」
花梨の告白に左右二人の友人がぎょっとする。
「もしかしてゴールデンウィークで遊べない日があったのって……」
「家族で出掛けたのもあったけど、実は彼氏とデートしてた。ごめんね、言うのが遅れちゃって」
正直、彼女たちにどこまで話すか迷っていた。前回と同様になるなら、言わない方がいいのだ。
でも、きっと彼なら大丈夫。なぜなら彼の翼は白いのだ。
「ちょっと言い辛くて。同じくクラスの人だから……」
「えー、誰っ?」
「私も気になる。あんなに断っていたのに。誰が花梨のお眼鏡に適ったの?」
彼女の達の声に返答しながら、花梨は周囲の空気を敏感に感じ取っていた。今は昼食時であり、食事中だが、多くの人間が会話に興じている。そして、同時に耳を立てている。花梨は自身の周囲を覆う気配を敏感に感じていた。伺っている。探っている。花梨はこういう時いつも思う。所詮、他人の噂には、みな目がない。
「葵田くん、葵田紫苑くん」
彼氏となった、彼の名前を言う。
大丈夫だ。
葵田くんの翼は白いのだから。
「花梨先輩、僕と付き合ってくださいっ!」
差し出された手。まるでマンガのような青春の一ページ……、なのだろう、彼らにとっては。呼び出された空き教室――似たような告白を受けるのも、何回目か覚えたくない。念の為、友人二人に教壇の中に隠れてもらっているのも、そろそろ申し訳なくなってきていた。彼女たちだって、暇なわけではないのだ。
何度も告白は受けているが、黒い翼の持ち主に応えることなんて出来ない。彼がなにを噓ついたのかは不明だが、そんな相手はごめんである。
「ごめんなさい」
花梨がお辞儀して断ると、名前も知らない男子生徒はぼそぼそとなにか言った後、教室からいなくなった。
よかった、今回は面倒事にならなくて。
先輩や、塾の生徒、果ては教師まで、連日こんなことが続いている。
「ごめん、もう大丈夫」
花梨が教壇の方に声を掛けると、二人の友人が出てくる。
「花梨、これで何回目?」
「数えてない。面倒だし」
「モテモテだねー、さすがにこないだの先生はどうかと思うけどー」
「でも、今の後輩君はなんでダメだったの? もう、仮にでも彼氏作った方が、厄除けになるんじゃない?」
「ハハハ、ピンとこなかったんだよねー」
まさか、理由が「翼が黒かったからだ」とは、思いもしてないだろう。
「花梨の『新しい恋』はまだかー。おまじないの効き目はまだ出てないー?」
「そうみたい、ハハハ」
花梨は心底面倒臭くなっていた。思わず心の内で嘆く。揃いも揃って黒い翼のやつばかり。「新しい恋」――せめて白い翼の人が告白してきてくれないだろうか。
半ば諦めていたが、転機はすぐにやってきた。名前も知らない後輩君の告白を断った翌日、花梨は放課後に教室で日直の仕事をこなしていた。目の前には、同じ日直の葵田という男子生徒。
彼は手を止めることなく、唐突に言った。
「花梨さん、俺と付き合ってみない?」
聞き間違いかと思ったが、顔を上げて彼を見た瞬間に本気であることがすぐに分かった。
葵田はまっすぐに花梨を見ていた。
花梨はすぐに彼の背後の翼を確認する。色は――白。
願いは叶った。灯台下暗し、というか少々意外な相手が目の前にいる。
「……いいよ。でも、私、あなたの下の名前も知らないけど、いいの?」
「もちろん。これから覚えてもらえればいい。花梨さん」
「スルーしてたけど、あなた、私のこと『花梨さん』で呼ぶのね」
「嫌だった?」
「ううん」
「なら、よかった。俺の名前は紫苑。変わってるでしょ。花の名前なんだ」
彼――紫苑は、にっこりと笑った。花梨は男性で初めて、笑顔が素敵な人だ、と思った。
◆
「あれ? 花梨、あの笑い方やめたの?」
「うん。もう必要なくなったから」
花梨の告白に左右二人の友人がぎょっとする。
「もしかしてゴールデンウィークで遊べない日があったのって……」
「家族で出掛けたのもあったけど、実は彼氏とデートしてた。ごめんね、言うのが遅れちゃって」
正直、彼女たちにどこまで話すか迷っていた。前回と同様になるなら、言わない方がいいのだ。
でも、きっと彼なら大丈夫。なぜなら彼の翼は白いのだ。
「ちょっと言い辛くて。同じくクラスの人だから……」
「えー、誰っ?」
「私も気になる。あんなに断っていたのに。誰が花梨のお眼鏡に適ったの?」
彼女の達の声に返答しながら、花梨は周囲の空気を敏感に感じ取っていた。今は昼食時であり、食事中だが、多くの人間が会話に興じている。そして、同時に耳を立てている。花梨は自身の周囲を覆う気配を敏感に感じていた。伺っている。探っている。花梨はこういう時いつも思う。所詮、他人の噂には、みな目がない。
「葵田くん、葵田紫苑くん」
彼氏となった、彼の名前を言う。
大丈夫だ。
葵田くんの翼は白いのだから。
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