ハハハ

辻田煙

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プロローグ「天使は知っている」

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 教室は賑わっていた。特に花梨かりんの友人である目の前の二人は、食べることを半ば放棄して、ずっと話している。学年が上がったばかりでも、この光景は変わっていない。
 彼女たちが話している噂の内容は、物騒なことに二カ月ほど前に起きた殺人事件についてだった。ある一軒家で男子高校生が絞殺された事件。
 身近でないからこそ彼女らの話の種の一つになっていると言える。だが、それも束の間。話題はいつの間にか互いの恋人ついてに切り替わった。
 友人の一人が花梨を興味深げに見る。

「ねえ、花梨。彼氏と別れたって本当? 結局、私一度も見てないんだけど」
「あ、私も見てなーい」
「ハハハ、……うん、本当。いなくなちゃった」

 花梨が笑うと、二人は首を傾げた。花梨は彼女たちの様子にこそ首を傾げる。そんな変なことを言っただろうか?

「ねえ、花梨の笑い方って、そんな感じだったっけ?」
「……ううん、これはわざと。新しい恋ができるおまじない」
「え、なにそれ。私もやってみたいっ!」
「あんた、彼氏いるでしょうが」
「だってー、いっくん最近そっけないんだもん。彼の前でわざとさっきの笑い方してやるの。訊かれたら、こう答えてやるの。『新しい恋のおまじない』って」

 友人の一人が呆れたように首を振る。

「なんの意味があるのよ、それ。不安にさせるだけでしょ」
「それがしたいのー。やきもきさせてやるんだから」

 憤然と意気込む彼氏持ちの友人。花梨にとって彼女の気持ちは理解しがたいものだった。ただ、「いっくん」とやらが困るのが確かなのは分かる。

「私がけいちゃんにそういうのしたら、怒られそうだなー」
「わ、でた。けいちゃん」
「なによ、なんか文句あるの?」
「だってねー、聞いているこっちが恥ずかしくなりそうな惚気ばっかりなんだもーん。そう思わない、花梨」

 友人二人の忙しない会話を、ぼーっと聞いていた花梨は、とっさに話を振られ思わず「うん」と頷いてしまう。

「花梨まで……、そんなことないと思うけどなあ」
「いやいや、そんなことあるって」

 花梨は知っていた。
 彼氏持ちが聞けば、恥ずかしくなるのは無理もない。
「けいちゃん」はいないのだ。彼女の嘘――なにしろ、彼女の翼は黒色なのだから。
 花梨には見えている。
 翼は誰もが生やしていた。みんなは見えていないみたいだが、白い翼か黒い翼、どちらかが背中から生やしている。大きさも形もまったく同じ。ただし、色だけが違う。黒か白か。触れることは出来ない。ただ、そこに存在し、とあることを示してくれている。花梨に教えている。
 花梨が翼を認識し始めたのは、つい最近だった。さらに、そこから翼の色の意味に気付いたのは、ひと月ほど前。友人がけいちゃんの話をした時だった。
 具体的にどこかは分かっていない。しかし、花梨は友人が話すけいちゃんにはいささか疑問に思う所があった。人間味がない、というか、どこか空想の物語を聞いている気分になっていたのだ。
 あの時も、今と同じ昼休みだった。翼の意味は分からずとも、花梨は存在には慣れ始めていた。普段の生活ではなんの支障もないため、もはや風景の一部になっていたのだが――「けいちゃん」の話をする彼女の翼がみるみる黒に染まっていったのだ。話が終わる頃には完全に真っ黒になった。
 もしや、と思った。
 花梨は好奇心をそそられた。校内で見かけた白い翼を生やしている者三人に、わざと嘘をついてもらうことを試し――ようやく確信にいたった。
 ――翼は「元々は白く、私――『たちばな花梨』に嘘をついた者が黒くなる」のだ、と。
 だから、花梨は知っている。翼が黒い彼女は、噓をついている。
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