1 / 6
プロローグ「天使は知っている」
しおりを挟む
教室は賑わっていた。特に花梨の友人である目の前の二人は、食べることを半ば放棄して、ずっと話している。学年が上がったばかりでも、この光景は変わっていない。
彼女たちが話している噂の内容は、物騒なことに二カ月ほど前に起きた殺人事件についてだった。ある一軒家で男子高校生が絞殺された事件。
身近でないからこそ彼女らの話の種の一つになっていると言える。だが、それも束の間。話題はいつの間にか互いの恋人ついてに切り替わった。
友人の一人が花梨を興味深げに見る。
「ねえ、花梨。彼氏と別れたって本当? 結局、私一度も見てないんだけど」
「あ、私も見てなーい」
「ハハハ、……うん、本当。いなくなちゃった」
花梨が笑うと、二人は首を傾げた。花梨は彼女たちの様子にこそ首を傾げる。そんな変なことを言っただろうか?
「ねえ、花梨の笑い方って、そんな感じだったっけ?」
「……ううん、これはわざと。新しい恋ができるおまじない」
「え、なにそれ。私もやってみたいっ!」
「あんた、彼氏いるでしょうが」
「だってー、いっくん最近そっけないんだもん。彼の前でわざとさっきの笑い方してやるの。訊かれたら、こう答えてやるの。『新しい恋のおまじない』って」
友人の一人が呆れたように首を振る。
「なんの意味があるのよ、それ。不安にさせるだけでしょ」
「それがしたいのー。やきもきさせてやるんだから」
憤然と意気込む彼氏持ちの友人。花梨にとって彼女の気持ちは理解しがたいものだった。ただ、「いっくん」とやらが困るのが確かなのは分かる。
「私がけいちゃんにそういうのしたら、怒られそうだなー」
「わ、でた。けいちゃん」
「なによ、なんか文句あるの?」
「だってねー、聞いているこっちが恥ずかしくなりそうな惚気ばっかりなんだもーん。そう思わない、花梨」
友人二人の忙しない会話を、ぼーっと聞いていた花梨は、とっさに話を振られ思わず「うん」と頷いてしまう。
「花梨まで……、そんなことないと思うけどなあ」
「いやいや、そんなことあるって」
花梨は知っていた。
彼氏持ちが聞けば、恥ずかしくなるのは無理もない。
「けいちゃん」はいないのだ。彼女の嘘――なにしろ、彼女の翼は黒色なのだから。
花梨には見えている。
翼は誰もが生やしていた。みんなは見えていないみたいだが、白い翼か黒い翼、どちらかが背中から生やしている。大きさも形もまったく同じ。ただし、色だけが違う。黒か白か。触れることは出来ない。ただ、そこに存在し、とあることを示してくれている。花梨に教えている。
花梨が翼を認識し始めたのは、つい最近だった。さらに、そこから翼の色の意味に気付いたのは、ひと月ほど前。友人がけいちゃんの話をした時だった。
具体的にどこかは分かっていない。しかし、花梨は友人が話すけいちゃんにはいささか疑問に思う所があった。人間味がない、というか、どこか空想の物語を聞いている気分になっていたのだ。
あの時も、今と同じ昼休みだった。翼の意味は分からずとも、花梨は存在には慣れ始めていた。普段の生活ではなんの支障もないため、もはや風景の一部になっていたのだが――「けいちゃん」の話をする彼女の翼がみるみる黒に染まっていったのだ。話が終わる頃には完全に真っ黒になった。
もしや、と思った。
花梨は好奇心をそそられた。校内で見かけた白い翼を生やしている者三人に、わざと嘘をついてもらうことを試し――ようやく確信にいたった。
――翼は「元々は白く、私――『橘花梨』に嘘をついた者が黒くなる」のだ、と。
だから、花梨は知っている。翼が黒い彼女は、噓をついている。
彼女たちが話している噂の内容は、物騒なことに二カ月ほど前に起きた殺人事件についてだった。ある一軒家で男子高校生が絞殺された事件。
身近でないからこそ彼女らの話の種の一つになっていると言える。だが、それも束の間。話題はいつの間にか互いの恋人ついてに切り替わった。
友人の一人が花梨を興味深げに見る。
「ねえ、花梨。彼氏と別れたって本当? 結局、私一度も見てないんだけど」
「あ、私も見てなーい」
「ハハハ、……うん、本当。いなくなちゃった」
花梨が笑うと、二人は首を傾げた。花梨は彼女たちの様子にこそ首を傾げる。そんな変なことを言っただろうか?
「ねえ、花梨の笑い方って、そんな感じだったっけ?」
「……ううん、これはわざと。新しい恋ができるおまじない」
「え、なにそれ。私もやってみたいっ!」
「あんた、彼氏いるでしょうが」
「だってー、いっくん最近そっけないんだもん。彼の前でわざとさっきの笑い方してやるの。訊かれたら、こう答えてやるの。『新しい恋のおまじない』って」
友人の一人が呆れたように首を振る。
「なんの意味があるのよ、それ。不安にさせるだけでしょ」
「それがしたいのー。やきもきさせてやるんだから」
憤然と意気込む彼氏持ちの友人。花梨にとって彼女の気持ちは理解しがたいものだった。ただ、「いっくん」とやらが困るのが確かなのは分かる。
「私がけいちゃんにそういうのしたら、怒られそうだなー」
「わ、でた。けいちゃん」
「なによ、なんか文句あるの?」
「だってねー、聞いているこっちが恥ずかしくなりそうな惚気ばっかりなんだもーん。そう思わない、花梨」
友人二人の忙しない会話を、ぼーっと聞いていた花梨は、とっさに話を振られ思わず「うん」と頷いてしまう。
「花梨まで……、そんなことないと思うけどなあ」
「いやいや、そんなことあるって」
花梨は知っていた。
彼氏持ちが聞けば、恥ずかしくなるのは無理もない。
「けいちゃん」はいないのだ。彼女の嘘――なにしろ、彼女の翼は黒色なのだから。
花梨には見えている。
翼は誰もが生やしていた。みんなは見えていないみたいだが、白い翼か黒い翼、どちらかが背中から生やしている。大きさも形もまったく同じ。ただし、色だけが違う。黒か白か。触れることは出来ない。ただ、そこに存在し、とあることを示してくれている。花梨に教えている。
花梨が翼を認識し始めたのは、つい最近だった。さらに、そこから翼の色の意味に気付いたのは、ひと月ほど前。友人がけいちゃんの話をした時だった。
具体的にどこかは分かっていない。しかし、花梨は友人が話すけいちゃんにはいささか疑問に思う所があった。人間味がない、というか、どこか空想の物語を聞いている気分になっていたのだ。
あの時も、今と同じ昼休みだった。翼の意味は分からずとも、花梨は存在には慣れ始めていた。普段の生活ではなんの支障もないため、もはや風景の一部になっていたのだが――「けいちゃん」の話をする彼女の翼がみるみる黒に染まっていったのだ。話が終わる頃には完全に真っ黒になった。
もしや、と思った。
花梨は好奇心をそそられた。校内で見かけた白い翼を生やしている者三人に、わざと嘘をついてもらうことを試し――ようやく確信にいたった。
――翼は「元々は白く、私――『橘花梨』に嘘をついた者が黒くなる」のだ、と。
だから、花梨は知っている。翼が黒い彼女は、噓をついている。
0
お気に入りに追加
1
あなたにおすすめの小説
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
ラヴィ
山根利広
ホラー
男子高校生が不審死を遂げた。
現場から同じクラスの女子生徒のものと思しきペンが見つかる。
そして、解剖中の男子の遺体が突如消失してしまう。
捜査官の遠井マリナは、この事件の現場検証を行う中、奇妙な点に気づく。
「七年前にわたしが体験した出来事と酷似している——」
マリナは、まるで過去をなぞらえたような一連の展開に違和感を覚える。
そして、七年前同じように死んだクラスメイトの存在を思い出す。
だがそれは、連環する狂気の一端にすぎなかった……。
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではPixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。


パラサイト/ブランク
羊原ユウ
ホラー
舞台は200X年の日本。寄生生物(パラサイト)という未知の存在が日常に潜む宵ヶ沼市。地元の中学校に通う少年、坂咲青はある日同じクラスメイトの黒河朱莉に夜の旧校舎に呼び出されるのだが、そこで彼を待っていたのはパラサイトに変貌した朱莉の姿だった…。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる