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Track1、再会

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「ねぇ、軽音部の怪談って知ってる?」

 ふっと耳に入ったクラスメイトの言葉。
 けど、それは私に向けられたものじゃない。

「怪談? なにそれ」

 話しかけられた誰かが、不思議そうに言葉を返す。その反応に気分が良くなったのか、最近できたものなんだけどさー、とそのクラスメイトは得意げに続きを話し始める。

「なんでも、軽音部の部室から、無数の楽器の音が聴こえて来るんだって」
「はあ? 軽音部なんでしょ? そんなの当たり前じゃん」
「それが、違うのよー。だって、うちの軽音部は部員が一人しかいないんだもん」

 部員が一人って、それ軽音『部』って言うの? ――そんな疑問が心の中で浮かんだ。瞬間、誰かが、それ部でいのかよ、とつっ込んだ。
 気になっていたことを代弁してくれた誰かに感謝をしつつ、同時に勝手に他人の言葉に耳を傾けている自分に嫌気がさす。

(……はあ、なにをやっているのだろう)

 放課後の教室は、ひどくにぎやかだ。
 当番の掃除をする者、その帰りを待つ者、ただダベりたいだけの者、様々な理由で残っているクラスメイト達の声が軽やかに響き渡る。
 けれど、その声が私に向けられることはない。私もそれが向けられないことを知っている。それなのに、時折、馬鹿みたいに他人の会話に耳を向け、こんな自分でも入れる隙間がないかと、この耳はまだ探していたりする。

 十月上旬、月曜日、秋。
 夏休み明けにこの学校に転入してきて、一か月近くが過ぎていた。

           **********

「ち、千葉県から来た、『古賀こがまなみ』です! よ、よろしくおねがいし、ひゃ、ひゃいっ」

 あ、噛んだ。

 そう心の中で冷静にツッコんだ自分とは裏腹に現実の自分は、きっと林檎も驚きの真っ赤具合だったに違いない。
 九月頭。
 二学期が始まると同時に、このクラスにやってきた私の第一声は右のような具合でスタートした。
 そもそも引っ越しが決まったのは、夏が来る少し前のこと。父の転勤が決まったからだった。
 引っ越しそのものは別に初めてじゃない。父の仕事柄、数年単位で引っ越しをする人生を送って来た。けれど、それでもいつもは県内をぐるぐるするだけですんだ。今回のように都心に、なんてことは初めてだった。
 けど、父が行くのなら、私はついていかなければいけない。だって、私には母がいない。生まれてすぐに母を亡くしてしまった私は、父がどこかに引っ越すというのなら、そのあとについていくしかない。
 ……まあ、どうせ、向こうでもそれらしい友達や人間関係があったわけでもないし、引っ越してもそう問題はなかったわけだけど。
 それにそれだって、全て私自身に問題があるわけだし。引っ越し同様、しかたないことだ。

 そして、それは都会に来ても相変わらずだった。

 鞄の中に物を詰め終えると、教室をあとにする。だが、この背中に声をかけてくれる者は誰もいない。私以外に向けられた、バイバイ、また明日、という声だけが耳に届く。
 ――……一応言い訳をしておくと、これでも一応、頑張りはしたのだ。
 最初の噛んだ件から、近寄りやすい子だと思われたのか、それとも転入生という肩書きに気になって近づいてきたのか、転入当初は何もせずとも色んな人達に話しかけられた。
 数人の女子グループに誘われてお昼を食べたりもした。近くのコンビニなどで買ったというオシャレな飲み物や菓子パン、お菓子の類を広げる、そんな彼女達の間に私もいた時があったのだ。

『千葉のどの辺から来たの?』
『向こうの高校ってどんな感じ?』
『方言とかってなんかないん?』
『県民の日には夢の国がタダになるって本当?』
『家に必ず赤い犬の人形があるってのは?』
『夜な夜なその犬の赤い毛が伸びて、赤い毛玉おばけなるって話は?』

 ――……少しおかしいものも混じってはいるが、まあそんな感じにエトセトラ、エトセトラ。
 今でも思う。きっと、ここでなにか面白い返しの一つでもできる子だったなら、今の私は一人じゃなかったと。
 ズラズラと並べられていくたくさんの質問。テレビの中でしか見たことがなかったオシャレでキラキラと輝いたクラスメイト達。なんだかいたるところからしてくる、甘くていい香り。
 まるっきり場違いな空間だった。まるで、舞踏会に誘われたはいいものの、まともなドレスがなく、浮いてしまったお姫様みたいな。
 今まで体験したことのない空間に、私の中のなけなしの会話力は縮んでいく。あの、その、えっと、無意味で面白みもない言葉ばかりが消えていく。
 それに、言い訳をすると、確かに私は千葉県民だけど、皆が期待するような情報は何も持っていない。県内を引っ越し続けたと言っても、観光地のような場所へは一度も越したことがないし、面白い方言があるような場所――海側に行けばあるらしい、とは聞いたことがある――にだって住んだことはない。というか、県民の日でも、流石に夢の国がタダになることはないです……。
 都田舎、とでも言えばいいのだろうか。栄えてもいなければ、だからと言って廃れてもいない。特徴的なものはなにもない平凡的な場所にばかり住んでいた。期待されるような話は私には出来ない。
 結局、言い淀んでいる内に、彼女達の興味は私から手の中にある雑誌やスマホへと移ってしまった。

 それを見て、ああ、また自分は失敗に終わったのだな、と悟った。
 せっかく自分が中心の話題だったのに――。

 自分が他人と話すのが苦手なことはわかっていた。人と話すぐらいなら、趣味の絵を描いていた方が楽しい。
 けど、学生である以上、グループには所属しないといけない。じゃないと、困るのは自分だ。友達がいない生徒に、学校という集団公共施設は生きづらい。
 けれど、結局この一か月、私は一人できてしまった。
 なんとかしなきゃ、と隣の席の人への挨拶をしてみたり――つまりつまりだし、小声だったけど――もした。でも、返事はなかった。髪がモサッとした男の子。高身長のせいか、なんとなく存在感が威圧的だ。

(名前は……、確か高、なんとかくんだったような……)

 そういえば、彼には転入初日も挨拶をしたけど、返事はされなかった。

 もしかしなくても、私、嫌われてる?
 というか、私の存在って最早空気みたくなってる?

 (……ずっと、こんな生活なのかなぁ)

 誰も知り合いのいない廊下を歩く。いくつもの教室の前を過ぎて、階段を降りて昇降口を目指す。

(こんなんなら、どんなくだらない話でもしておくべきだっただろうか……。いや、でも、どうせ私じゃ、それすらもまともに話せない未来しか想像できないか……)

 次第に増えていく人の間を縫うようにして歩いていると、ふいに前の方から団体が走ってきた。校内で走り込みをしている、野球部の人達だ。
 あわてて端に寄る。数瞬後、私の横を彼らが走り抜けていく。真っすぐに廊下を駆けていく姿は、私の姿など目に入らないとでも言うように颯爽とその場から去っていく。

「部活かぁ……」

 部活の一つにでも入ればまた違ったのかなぁ……。そんな、今さらなことを考える。

 けど、入りたかった美術部は、前年度を持って無くなってしまっていた。なんでも生徒が前年度の時点で一人しかいなかったらしい。
 そもそもうちの学校には別で漫画部があり、そちらの方に人数が集中してしまったらしい。現代を生きる若者はお堅い芸術な絵よりも、現代チックな絵の方が好みだった、というお話だ。
 まあ、実際、美術部だって半ばお茶会ばかりするような部活だったりするし、それだったら資料と称して漫画の持ち込みが可能で、しかも堂々と読める部活動の方が皆いいに決まっている。
 私も、そっちの方がいい。でも、大人数と話すのは苦手だ。
 結局怖気ついてしまい、漫画部へ入部は出来なかった。担任の先生からは、三人部員を集められれば作ることができるぞ、とは言われたが、そんなことできるわけもなく、大人しく教室で一人寂しく絵を描くだけの毎日となった。
 そういえば――……、とふと先ほどのクラスメイト達の会話が頭の中によみがえる。

『部員が一人きりの軽音部』

 怪談云々は置いといて、よくまあ、一人きりで部活動なんてできるものだ。一応、学校の決まりで、部活動が廃止するのは人がいなくなってかららしい。
 けど、それでも私だったら一人で部活なんて絶対できない。だったら、さっさと辞めて、個人活動でもなんでもしている。

(そもそも、軽音って、一人でできるものなの?)

 うーん、と首をひねる。わからない。あいにく、音楽には興味がない。わかるのは、最近流行りのCMソングのサビくらいだ。
 ただそれでも、一人ででもやれているのは凄い。

 ……一人でも、自分からなにかをできたり、始められる人は凄い。

 同じ一人でも、一人ぼっちで廊下を歩く私とは意味が異なる。雲泥の差だ。
 はあ、とついた小さな溜息が、周囲の雑踏に踏み潰される。
 私自身が踏み潰されないように気をつけながら、私は今日も今日とて一人で学校をあとにしたのだった。
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