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あの日の恋人
しおりを挟む僕にはたった一人だけ恋人がいた。
その子の目はぱっちりと長いまつ毛に覆われて、いつも伏(ふ)し目がちでとても愛くるしかった。その子の鼻はすらりと鼻筋が通っていて、大きすぎて主張の激しいわけでもなく小さすぎて愛想が悪いわけでもない。顔の真ん中にさりげなく、おしとやかにひょこんと据(す)えられていた。
その子の唇は、ほんのり膨らんで、しかしいたずらに男性を惹(ひ)き付けはしない硬さを持ったピンク色で、とても上品だった。
その子はそれほど明るい性格ではなかった。茶髪交じりのセミロングをふんわりと肩までさげ、よくうつむいて歩いているような子だった。そして、とても花を好いていて、花の名前や花言葉などをほとんど覚えていた。僕もその影響で花の知識は人よりも豊富だ。
僕たちは小学校の入学式で初めて出会い、中学二年生の春に付き合い始めた。そしてその二年後、高校一年の夏、プールに行く気すら起きないようなひどい猛暑日にその子は亡くなった。交通事故にあったらしい。詳しいことはよく知らない。
僕が自分の家の中で暑さにやられてだらしなくぐったりしていた時、いきなりその子の父親の携帯から電話がかかってきて「うちの子が……」と言い始めた。その瞬間、僕の世界の時間が止まった。周りから音は消え失せ、世界はぐるぐると秩序もなく暴れだす、もはや自分が立っているのか座っているのかすら分からなくなっていた。そこからのことはよく覚えていない。ただ、蝉(せみ)のやかましくジリジリと鳴いている声の中、自分の部屋の中央にうずくまり、僕は一匹の蝉となっていつまでもやかましく泣きわめいていた。
静々(しずしず)となんて泣けるはずがなかった。
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